撃破
ルッツの咆哮とともに発生した突風が這いずりしものを吹き飛ばした。
そして、這いずりしものはそのまま壁に激突して身もだえしている。
何が起きた?
ルッツがやったのは確かだと思うけど、何をしたのか分からない。
いや、とにかく助かった。
「ルッツ、助かった」
俺はルッツに声をかけた。
そこで気づいた。
ルッツがぐったりしている。
俺はルッツに駆け寄った。
「ルッツ、大丈夫か?」
『くうん』
なんとか大丈夫なようだが、かなり消耗しているみたいだ。
どうやったのかは分からないけど、さっきのはかなりの力を振り絞った行動だったのだろう。
何が起きたのかも気になるが、細かいことは後で考えることにする。
とにかく、ルッツにこれ以上の戦闘は無理だ。
「ルッツ、サラのところまで下がっててくれ。
あとは俺がなんとかする」
『わう』
ルッツはそう言って、ゆっくりとサラの方へ歩き出した。
ルッツが作ってくれたこのチャンスを逃すわけにはいかない。
俺は、這いずりしものの方へ向き直る。
まだダメージから立ち直ってはいない。
「サラ、今のうちに攻撃をしてください」
俺はサラに呼びかける。
『はい。
いきます』
そう言って、サラは5撃目を放ってくれた。
既に準備をしていてくれたようだ。
それは、這いずりしものへ一直線に飛んで行き、体の中心付近を削り取った。
その衝撃に這いずりしものは苦悶の表情をしている。
いや、表情なんて分からないが、苦しんでいるのは見れば分かる。
俺もその攻撃に続く。
光弾を這いずりしものの顔面に当てる。
ほとんど効かないのは分かっているから、連続して光弾を放つ。
とにかく、サラのおかげで、かなりのダメージを与えていることは確かだ。
あと一押しで倒せる。
そのためにはサラに攻撃を続けてもらわないといけない。
俺が這いずりしもののヘイトを集める。
そして、俺に攻撃をさせる。
だが、現状、這いずりしものの薙ぎ払いは防ぐ手段がない。
だから、薙ぎ払いをさせないように、体勢を崩し続けるように光弾を放ち続ける。
サラの6撃目が放たれる。
また這いずりしものの体の一部が消滅する。
もう這いずりしものの姿はぼろぼろだ。
最初は全身棘のような毛に覆われていたが、度重なるサラの攻撃を受けた部分は焼け焦げていて、毛もない。
見るも無残といった様子だ。
俺も続けて光弾を放つ。
ダメージは与えられないが、少し体勢を崩すことはできている。
今はそれで十分だ。
また牙で攻撃してきたら、口の中に光弾をぶち込むつもりだったが、もう牙で攻撃をすることはなくなっていた。
流石に学習しているようだ。
俺の役割は時間を稼ぐことと攻撃の的になること。
倒すのはサラに任せる。
そう割り切って、攻撃を続けていた。
牙を使わない這いずりしものの攻撃方法は至って単純だった。
突っ込んでくるだけ。
それなら俺でも、なんとかかわすことができた。
何発目か分からない光弾を放ったとき、這いずりしものがそれまでとは違う反応を見せた。
これまでは光弾を気にせず突っ込んできて、食らうたびに少しのけぞっていたが、今度は光弾を見て、少し突っ込む軌道を変えた。
そして、這いずりしものは初めて光弾を避けた。
回避行動を取ったのは、おっさんの攻撃を合わせても、これが初めてだ。
これはまずいかもしれない、そう思いながら俺は再び光弾を放つ。
かなりの速さで這いずりしものに迫っていくが、また避けられた。
そして、這いずりしものは大きく震えた。
その行動が薙ぎ払いの前兆だと気づいた俺は急いで光弾を放つ。
なんとか薙ぎ払いだけはやめさせなければならない。
だが、また這いずりしものは光弾を避けた。
くそ、完全にタイミングを掴まれている。
這いずりしものは、そのまま薙ぎ払いの体勢に入る。
まずい。
今度こそ防ぎようがない。
俺は少しでも回避できる可能性を上げるために、急いで後退した。
後退しつつ光弾を放つが、やはり這いずりしものは光弾を避ける。
そして、薙ぎ払いを始めた。
くそ、これじゃ避けきれない。
『うおおおおおおおおおおお』
おっさんの大声が聞こえたかと思うと、這いずりしものの体が揺れる。
そして、大きく体勢を崩して薙ぎ払いが止まる。
「おっさん!
大丈夫なんですか?」
『すまん、待たせたな。
安心しろ、あの程度でずっと寝てられない。
俺が戻ったからには、もうさっきの攻撃はやらせん』
おっさんは、サラの攻撃によって体表の毛がなくなっている部分に体当たりをしていた。
なるほど、あの棘のような毛のある部分に素手で攻撃することは難しいが、サラが攻撃して毛がなくなった部分ならば、素手でも攻撃できる。
そして、体当たりならば、皮膚を破って体液を飛散させる可能性は低い。
おっさん考えたな。
「助かった。
俺はこのまま正面から顔面を攻撃して気を引きます。
おっさんは薙ぎ払いを防いでください」
敬語とタメ口が混じっているが、気にしていられない。
おっさんも気にしていない。
そういえば、さっきからおっさんと言ってしまっている。
いや、そんなこと考えている場合じゃない。
『おう、任せろ。
さっきの攻撃は体勢を崩していればできんはずだ。
俺が寝ている間にがんばってくれたらしいな。
もう一息だ。
気を抜くなよ』
おっさんが復活してくれた。
頼もしいこと、この上ない。
あとは、光弾を避けられるのを何とかしないと。
どうすればいい。
飛び道具を避けにくくする方法。
何かあっただろ。
そこで、ネットで見た格ゲーの飛び道具の使い分けの話を思い出した。
格ゲーの飛び道具には、たいてい弱、中、強の3種類がある。
俺はそういう類の攻撃は常に強しか使っていなかった。
強いに越したことはない、という考えからだ。
だが、ネットの情報では、その3種類は威力だけでなく、スピードが違うらしい。
確認したら、確かに全然速さが違っていた。
そのスピードの違いを利用して飛び道具を避けにくくする、ということができるらしい。
本当は避けにくくする以上に他の技や移動とつなげて、色々な効果を生むらしいけど、初心者の俺にはよく分からなかった。
今の状況で考えると、這いずりしものは俺の現状の最高スピードの光弾に合わせて回避行動を取っている。
そこで、敢えて遅い光弾を混ぜる。
すると、ヤツが想定しているタイミングでは光弾は進まず、回避は失敗する、はずだ。
要は攻撃に緩急をつければいいんだ。
野球のストレートとチェンジアップの使い分けと同じだろう。
それでいこう。
最初は光弾のスピードをコントロールすることはできなかったが、今では多少のコントロールは可能だ。
試しに遅い光弾を放つ。
這いずりしものはさっきと同じように回避しようとする。
だが、そのタイミングではまだ光弾は這いずりしものに到達していない。
そして、回避行動を終えて、元の体勢に戻った這いずりしものに着弾した。
威力は速い光弾より少し落ちるが、それでも体勢を崩すことはできるようだ。
なんとかなりそうだ。
そこから、おっさんとサラと俺の三人は連携しつつ、這いずりしものを攻め続けた。
俺はうまく光弾を制御して、避けさせずに体勢を崩し続ける。
俺の光弾を受けても体勢が崩れきらずに、薙ぎ払いを行いそうな素振りを見せたら、すぐにおっさんが体当たりをして防ぐ。
そうして、何度目か分からないサラの攻撃が這いずりしものの胴体に当たったとき、ついに地響きを立てて這いずりしものが崩れ落ちた。
だが、まだ動いている。
『まだ、倒してないぞ。
油断するなよ。
サラ、攻撃を続けろ』
おっさんはまだ気を抜いていない。
流石だ。
ここで油断するなど、愚の骨頂。
俺も攻撃を続ける。
倒す直前に最後に放ってくる強力な一撃で全滅させられる。
そんなことは何度も経験している、ゲームの中でだけど。
攻撃を続けながら考える。
這いずりしものは満身創痍だ。
おっさんが復活した今、薙ぎ払いは防がれる。
最後にやってくるとしたら、なんだろう。
あいつの最強の攻撃はなんだ?
カトーさんは、這いずりしものが厄介なのは体液が強力だからだと言っていた。
今まではサラの攻撃のおかげもあって、体液は一度も食らっていない。
だが、這いずりしものの最強の攻撃が体液なんだったら、最後に使うのは体液だと思う。
体には傷をつけていない。
だとしたら、体液を使うなら、どうやる?
さっき、口の中に光弾を撃ち込んだ後、体液を吐き出す素振りを見せた。
多分、それだ。
俺は体液の吐き出しを予想した。
もし当たりだとしたら、口を開けさせなければいい。
俺は這いずりしものに接近して光弾を放ち続ける。
もし吐き出しをしそうになったら、さっきと同じように口を閉じさせるか、口の中に光弾を撃ち込めばいい。
あまり撃ち続けたら光弾は弾切れするが、まだ大丈夫だ。
そして、俺が今までで最も接近したとき、ぐったりしていた這いずりしものが顔を上げて、俺を牙でけん制してきた。
急な行動に驚いたが、うまくナイフで受け流すことができた。
危なかった。
ナイフを構えていて良かった。
だが、威力は殺しきれずに、俺は少し後ろに吹っ飛ばされた。
そして、俺との距離が少し開いたのを見て、這いずりしものは大きく息を吸い込んだ。
やばい、ここで来るのか。
体液の吐き出しを予感した俺は、急いで這いずりしものに近づく。
這いずりしものは息を吸い込んだ後、大きく口を開いた。
俺はその口に向けて光弾を放つ。
その光景は、スローモーションに見えた。
俺の放った光弾は、確かに這いずりしものの口の中に入っていった。
だが、這いずりしものは止まらない。
大きく開けた口の中から、体液らしき液体が出てくるのが見える。
やばい、あれを出されたらまずい。
俺は続けて光弾を放っているが、止まらない。
大量の体液が這いずりしものの口から出そうになったとき、
『おらああああああ』
という声とともに、おっさんが上から降ってきた。
どうやら、這いずりしものの胴体を利用して、上空にジャンプしたようだ。
そして、そのまま這いずりしものの脳天に膝を落とす。
這いずりしものは上から攻撃されるとは思っていなかったのか、全くの無警戒だったようだ。
無理やり上から頭を押さえて、口を塞がれる格好になった。
今にも口から出てきそうだった体液は、這いずりしものの中で出口を失っている。
どれだけの勢いで吐き出そうとしたのか分からないが、相当な圧力がかかったようだ。
這いずりしものの顔がゆがむほど膨らんだ後、再び崩れ落ち、今度こそ動かなくなった。
俺とおっさんは警戒を解かずに這いずりしものを観察する。
そして、完全に動かなくなったのを確認して、警戒を解いた。
「なんとか倒せたみたいですね」
『ああ、ギリギリだったがな』
『二人とも大丈夫ですか?』
サラが駆け寄ってきた。
「ええ、なんとか。
サラのおかげで倒せました」
『いえ、私は遠くから攻撃していただけです。
二人とも、すごかったです。
でも、お怪我はないですか?』
「俺は大丈夫だけど、統括は大丈夫ですか?」
『ああ、まあ多少体は痛むが、どうと言うほどのことはない』
ほんと、化け物だよな。
薙ぎ払いをまともに食らっていたのに。
そこにカトーさんも近づいてきた。
「あ、カトーさん。
助かりました。
統括を起こしてくれなかったら、負けてましたよ」
『いえ、私は戦うことはできませんから、それくらいはお役に立たないと』
『ああ、悪かったな。
おかげで、俺も役立たずで終わらなくて済んだ』
おっさんもそう言って苦笑している。
実際、カトーさんがあそこで動いてくれなかったらやばかった。
「ルッツ、大丈夫か?」
『わう』
ルッツはサラの後ろを歩いていた。
かなり疲弊しているが、怪我なんかはない。
初めて会ったときの様子と似ている。
あの時も怪我はなかったが、ぐったりとしていた。
今はその時よりはマシだが。
「ルッツのあれはなんだったんでしょう?」
『そうですね。
ルッツ君からすごい風が起きたように見えましたけど』
『そうなのか?
何があった?』
おっさんは気絶していたから、ルッツの活躍を知らない。
俺は、自分でも何が起きたのか分かっていなかったが、見たままのことを伝えた。
『それは、なんだろうな。
異常に頭がいいのは確かだが、それほど特別な能力を持っているとは思っていなかったが』
おっさんにも心当たりはないらしい。
『あの、そのことなんですけど』
カトーさんが口を開く。
「何かご存知なんですか?」
『確証はありませんが、その犬は古代種、もしくは古代種の子孫ではないでしょうか?』
いきなり、そんなことを言われた。




