異世界生活12日目 地下探索~古代種~撤退
『よし、今日も注意して進むぞ』
統括の言葉に俺も頷く。
今日も地下探索に来ている。
今は、地下への階段を降りたところだ。
ここまでのところは異常はない。
当たり前か、日課をこなしてから、ここまで歩いてきただけだからな。
問題はここからだ。
昨日の夜に相談した通り、今日はレオンハルトさんに借りた地図に描いてあった印の地点を目指すことにしている。
俺が地図を確認した感じでは、この階段の位置から10km程度かな。
縮尺がはっきりとはしないから、あくまで俺の地図との比較で大体の距離を計算している。
俺もおっさんもルッツも体力はあるし、それなりのスピードで進めるだろうから、マッピングを進めながらでも昼くらいには目標地点に近づけると考えている。
まあ、モンスターの出現次第なんだけどな。
「とりあえず、昨日探索を終えた地点まではさっさと進みましょう」
幸い、昨日まで探索を進めていた方向は印の方向に向いている。
『そうだな。
モンスターが出ないとは限らんから、油断だけはするなよ』
「ええ」
俺もそれは考えていた。
昨日、全くモンスターが現われなかったのは、今日大量に現われるフラグかもしれない、とか。
まあ、現実はフラグとか関係なく進むもんだけどな。
それから、すぐに昨日の探索終了地点に辿り着いた。
俺の予想は外れて、今日も全くモンスターに出くわさなかった。
全く見かけることもなかった。
『この静けさは不気味と言えば不気味だが、探索を進める上では悪くない状況だ。
警戒しつつ進めるぞ』
「ええ、じゃあマッピングを始めます」
ちなみに今日はレオンハルトさんに借りた地図もちゃんと持ってきている。
目標地点が描いてあるのだから、当たり前だけど。
マッピングをしつつ、この地図と比較をしながら目標地点を目指す。
◇
昨日の終了地点から2時間近く進んだが、相変わらずモンスターは出てこない。
ここまでマッピングを進めたところでも、やはり古代の地図は間違っていない。
今日は分岐の先をほとんど確かめずに進んでいるので、正確なところは分からないが、少なくとも今日進んでいる道は古代の地図にもきちんと描かれている。
「やっぱり、この地図は正しそうですね。
ここまでは大体地図にある道と一致しています」
『ということは、この先にはその印に示されたものがある可能性は高いな』
「そうだと思います。
あと少しで印の手前の空間が見えてきますから、そこを確認して問題なければそのまま進みます。
もし強力なモンスターとかがいるようなら、脇道がないか探します」
『ああ、それでいい』
そう確認した後、5分くらい進んだところで、急にルッツの耳が立った。
前方を警戒しているようだ。
「統括、やっぱり何かいるっぽいです」
『ああ、注意して進むぞ』
進んでいくと、ルッツの鼻の上にシワが寄ってきた。
かなり警戒心をむき出しにしている。
初めて見る表情だ。
『これは、不味いかもしれんな』
統括がそんなことを言い出す。
「強そうなのがいますか?」
『お前は感じんか?
図太いのかもしれんが、ここまでのプレッシャーを感じないというのは考え物だな』
確かに前方に何かいるような気配を感じてはいるんだが、別にプレッシャーという感じは受けていない。
おっさんとルッツの表情を見ると、かなりやばそうだけどな。
『とにかく、何がいるのかは確認するぞ。
ここからはできるだけ音も立てないように注意しろ。
マッピングも一旦は中止だ』
よっぽどだな。
おっさんの表情から、俺も事の大きさが分かってきた。
マッピング道具を仕舞い、警戒しながら進む。
そして、すぐに目的の空間が見えてきた。
その空間は大体、小学校のグラウンドくらいの広さだと思う。
ここまでの地下の構造と比べて、明らかに広い空間だった。
だが、その空間の広さなど、全く気にならなかった。
なぜなら、その空間の奥に、異様な姿をしたものがいたからだ。
それは、ぱっと見は大きな毛虫、というか毛の生えた蛇だった。
大きな、というか超巨大な、という感じだが。
全長で言えば、数十メートルはあるんじゃないだろうか。
体の太さも数メートルはあるだろう。
昨日の土竜を小粒に感じてしまうような大きさだ。
体表には棘のような毛がびっしりと生えていて、いかにも近づいたら危なそうだ。
そして、顔の部分は複数の目と牙が生えた大きな口が見える。
見ようによっては、人面にも見えるが、非常に禍々しい外見をしている。
今は寝ているのか、動いてはいない。
「統括、あれは?」
俺は統括に近づいて、ひそひそ声で尋ねる。
まだ距離があるので、声は聞こえないだろうが、その恐ろしいモンスターを前に俺は既にびびっていた。
おっさんはおっさんで大量の汗をかいている。
相当やばいらしい。
『はっきり断定はできんが、恐らく【這いずりしもの】、だろうな。
古代の文献に外見の記述があるのを見たことがある』
「古代の文献に記述、ということは、もしかして古代種ですか?」
『ああ、よく知ってるな。
古代種なんてものには、そうそうお目にかかれるもんじゃないから、そうと決めるのは早いかもしれんが。
ただ、這いずりしものに関しては、伝承としての話もいくつかある。
その話に出てくる外見から考えてもあいつは這いずりしもので間違いないだろう。
どちらにしても、何の準備もなしに近づいていいようなやつじゃない。
一旦戻るぞ』
そう言うおっさんに従って、来た道を引き返した。
しばらく戻って、少し落ち着いてから、おっさんが話し出した。
『まさか、こんなところで古代種に出くわすとはな。
確定したわけではないが』
「古代種って見つかってないんじゃなかったんですか?」
俺が読んだ論文には発見事例はない、と書かれていた。
『いや、ずっと見つかっていなかったんだが、ここ数年、相次いで発見事例が上がっている。
もちろん、俺は見るのは初めてだが』
俺が読んだ論文が発表されて以降に発見されてるんだな。
「俺が読んだ論文では、古代種がいる地域のモンスターは大人しくなるって書いてましたけど、ここのモンスターって普通に襲ってきましたよね?」
『それもな、古代の文献には確かにそう記述されていたらしいが、最近発見されている事例から言えば、そうとも言えないらしい。
だが、それは文献が間違っているのか、長い時の流れの中で古代種自身が何か変質したからなのかは分かっていない。
あとな、古代種は人間の言うことを聞く、と文献には書いているが、今はそうでもない、というよりもどうやって言うことを聞かせるのかが分からないらしい。
ただ、話しかければいいというもんではないようだ。
話しかけた後に襲われた、という報告も上がっている。
そもそも、発見事例自体が少ないから、何一つはっきりしたことは分かっていないんだ』
おっさんはかなり詳しいな。
おっさんて俺と趣味が近そうだから、古代種にロマンとか感じて調べたのだろうか。
ただ、調査員統括という立場上、知っておかないといけないだけかもしれないが。
「なるほど。
あの、這いずりしものに関しては、どんな伝承があるんですか?」
『ああ、外見に関しては、あの見たままに記述されている。
外見以外だと、曰く、容易に近づくこと能はず。
攻撃せしもの、其の毒に依りて地を這いずらん、だそうだ。
要は近づいて、攻撃しても毒によって死ぬことになる、ということらしい。
解釈としては、体液に毒がある、と考えられている。
あいつ自身も這いずっているが、近づいたものも地に這いずることになるから、這いずりしものと名づけられたらしい』
「じゃあ、倒すってのは難しいですか?」
『まあ、古代種を討伐した例も、というか、まともに戦った例すらもほとんどないから、なんとも言えんが、体液に毒があるなら遠距離から強力な攻撃を仕掛けて倒すしかないだろう。
俺との相性は最悪だろうな』
そうだな。
おっさんは、技とか使わずに上げに上げたレベルに物を言わせて物理で倒すタイプだから、近づいてはいけないタイプの敵にはお手上げじゃないだろうか。
「ヨーヨーで遠くから攻撃して削るとか?」
『それは悪くないだろうが、倒しきれるかは分からんぞ。
というかな、お前は戦う気満々だが、古代種を見つけたとなると勝手に倒していいものか分からんぞ。
一応、色々な所に対策を相談する必要が出てくるだろうからな。
倒すにしろ、捕獲するにしろ、放っておくにしろ、古代種研究会に連絡して判断を仰いだ方がいいだろうな』
おお、古代種研究会はやっぱりちゃんとした組織なんだな。
いや、それはどうでもいいか。
「じゃあ、とりあえずアイツには手を出さないということで」
『ああ、仮に討伐することになっても、何らかの準備はいるだろう』
「今日の探索は終わりにしますか?
俺としては、古代種も気になりますけど、奥の印も気になるんで、他の道がないか探したいんですけど」
『そうだな。
できるだけ早く、古代種発見の連絡はした方がいいだろうが、今から帰って連絡しても、夕方に帰って連絡しても大差はない。
幸い、あいつがあそこから移動できるとは思えんしな。
もう少し探索していっても構わんだろう』
「それなら、一度一つ前の分岐まで戻りましょう。
そこから脇道を探します」
『ああ、道はお前に任せる』
それから、5分くらい歩いたところの分岐に戻ってきた。
「じゃあ、ここから、古代の地図にないルートを探します」
『ああ、マッピングは続けるんだな』
「ええ、古代種なんてものがいる以上、この辺りがこの地下の重要なポイントである可能性が高いでしょう。
ですから、マッピングはしっかりしておいた方がいいと思います」
『そうだな。
じゃあ、警戒しながら進むぞ』
それから、俺が進むルートを指示しながら、おっさんに先導してもらって進み始めた。
さっきの這いずりしものがいた空間を避けて印の地点に向かう必要があるから、それなりに大回りする。
「この分岐を右に進みましょう。
そのまま進めれば、印の地点のはずです」
俺は地図を見ながらおっさんに指示をする。
『いや、これはちょっと進むのは難しいかもしれんな』
俺はおっさんの言葉の意味が分からず、顔を上げて、道の先を見る。
瞬間、絶句することになった。
俺が指示した分岐の先には、無数のモンスターがいたのだ。
モンスターと言っても、古代種ではない。
ない、が数が多すぎる。
数十体のサラマンダーやウォーグ、俺が見たことのない種類のモンスターもいる。
それが進もうとした道にひしめいている。
この地下に生息しているモンスターが全てここに集まっているかのような、そんな光景だった。
「統括、これは」
『分からん。
分からんが、ここを進むのは流石に無理だろう。
いるのは雑魚ばかりだが、これだけ数がいてはどうしようもない。
しかも、違う種類のモンスターが集まっているのに、それぞれが争ってもいない。
これは異常だ』
「統括、もしかして、這いずりしものがこいつらを統率している、という可能性はありませんか?
俺が読んだ論文では古代種はその地域の危険な動物を統率する存在だと書いていました」
『それは、あるかもしれんな。
だとすれば、あの印の位置には、古代種が守る何かがある、ということだろう。
それが何かは分からんが』
「一応、他の道も調べてもいいですか?
この道以外にもあの印の地点に近づける道はあると思います」
『ああ、考えられるルートは調べておこう』
それから、印の地点に辿り着ける道を探した。
思ったほどに都合のいい道は見つからなかった。
ただ、あと一つ印の位置に辿り着けそうなルートを見つけることができた。
「ここは、今見たところでは、モンスターはいませんね」
『ああ、進んでみるか?』
「ええ、行きましょう」
ここまでと同じようにおっさんが先導して進もうとしたところで、ルッツがおっさんのズボンの裾を噛んで引っ張った。
進ませないようにしているらしい。
『どうした?』
「ルッツ、どうしたんだ?
この先に進みたいんだけど」
『わう』
ルッツはそう一声鳴くと、さらに強くおっさんのズボンを引っ張った。
「どうしたんでしょう?」
『コイツは勘がいいからな。
何か感じ取ったのかもしれん』
「そうですね。
でも、何かあるにしても調べないことには分かりませんからね。
もしかしたら、罠、ですかね。
罠があるかどうか調べる手段ってあるんですか?」
『ああ、あるにはあるが、罠の種類によるな。
全く調べられない種類の罠もある。
一昨日のウォーグが利用しようとした罠は、恐らく上に乗れば反応するタイプだ。
あの罠であれば、手当たり次第に石でも投げつけていけば見つけられるかもしれん。
だが、俺も罠に関しては、それほど詳しくないからな』
「じゃあ、とりあえず、ちょっとこの先に石を投げてみます?」
『そうだな。
物は試しだ』
おっさんはそう言うと、足元にあった石を拾って、適当に先の方に投げた。
その石が先の方の地面に落ちた瞬間、
周辺が轟音と爆風に包まれた。
一瞬、何が起きたのか、分からなかった。
しばらく呆然とした後、
「今のは、罠?」
『そうらしいが、これはちょっとどうしようもないな。
恐らく、一つではなく、複数の罠が仕掛けられているんだろう。
一つが働くと、他も連鎖しているんじゃないか』
「だから、この威力なんですね。
これだと、流石にこの道を進む、というのも難しいですね」
『そうだな。
こうやって石なんかで見つけられる罠はどうにかなるかもしれんが、この状況でそれ以外の罠がないと考えるのは楽観的過ぎるだろうな』
「ですね。
残念ですが、現状ではあの印の位置に辿り着くのは難しいでしょう。
一旦戻って作戦を練り直した方がいいですね」
俺とおっさんはこのまま進むのは無理と判断して、一度研究所に戻ることにした。




