バイク移動
サラさんの厚意に甘えて2人と1匹で交易都市ファスタルに向かうことになった。
ちなみに運転がサラさんで後ろに俺が座り、俺とサラさんの間に落ちないように犬を乗せている。
犬のせいでサラさんと密着できないが、後ろから密着するとマズイことになる可能性があるので結果オーライだ。
意味が分からない人は分からなくてオーケーだ。
その体勢になったところで、サラさんが
『では、出発します。』
と言った。
その瞬間、バイクのメーター類が輝きだし、エンジン音とは違う、独特な音が駆動部と思しきところから響きだした。
メーターを見てみると、おそらく速度計と燃料計が付いているのが見えた。
デジタル表示に近いが多分さっき言っていたマナ?で輝いているのであろう、幻想的な表示をしていた。
サラさんがハンドルを握ると静かにバイクは動き出した。
動作自体はバイクとほとんど変わらなかった。
恐ろしく静かであったが、道路からの振動は伝わってくるし、速度も似たようなものだと思う。
この世界にはヘルメットという文化がないようなので、風でサラさんの髪の毛が俺の前に流れるのが心地よかった。
なんかいい匂いもするし。
今更かもしれないが、サラさんはきれいだ。
ある種芸術的な綺麗さを持っている。
綺麗な黒髪、クリッとしているが意志が強そうな目、桜色の頬につやつやした唇。
年齢は聞いていないが、20歳くらいだろうか、少しあどけなさも残している顔立ち。
体型も素晴らしく、身長は160cmを少し超えたくらいだろう、胸は控えめだが、しっかりとあるし、くびれてるし、足は長いし。
日本人の究極を体現したような感じだと思う。
そう、サラさんは日本人ぽい。
言葉も日本語だし、余計に日本人ぽく感じる。
そのせいか、やたらと親近感を感じるのだ。
俺は奥手な方なのだが、サラさんとは気安く話せていると思う。
まだ会って数時間なのだが、こんなに女性と普通に話せるのは稀だ。
まぁ他の異世界の方に会っていないので、サラさんが異世界の中でどうか、というのは分からないが、この世界がみんなこんな感じなのだったら恐ろしいような素晴らしいような複雑な思いになると思う。
◇
このバイクは静かなため、風のせいで多少普段よりも聞き取りにくいが、普通に会話することが可能だ。
この機会にできるだけこの世界の情報をサラさんから得たかった。
まぁ、ただサラさんと話すのが楽しかったというのもある。
その上で、まず、俺は自分自身の設定を考える必要があると考えた。
最初にサラさんと話した時にも感じたが、俺は服装自体はそこまで奇異に見られなかったように思うが、話すとすぐにこの世界の常識がないことが露呈してしまうのだ。
その上で、都合よく情報も入手できる設定となると、
1.記憶喪失
2.超田舎者
3.正直に話す
4.超絶バカのふりをする
くらいだろうか。
まず、1と2は正直、アリだと思う。異世界トリップものの小説でもよく使われる手だと思う。
2はもしその地域のことを聞かれたときにぼろが出る可能性があるから、1の方がいいだろうか。
4は俺のプライド的にやりたくない。
サラさんにはいいカッコしたい、というのもある。
問題は3だが、ちょっと話しただけだが、サラさんは信用に足る人物なのではないかと思う。
秘密にしてくれと言ったらしてくれそうだし、事情を話して色々協力を頼めば応えてくれそうな気がする。
でもそれは彼女に対して負担になりはしないだろうか。
一人で抱えるのが辛いからといって他人を巻き込んでいいものだろうか。
信じてくれなかったら、デンパな人だと思われたら、と思うと怖いというのもあるが。
結局俺は、
「ちょっと事情があって、今は色々混乱しています。
おかしなことを言うかもしれませんが、その時は注意してくれませんか。」
と、なんの解決にもならない言い方であいまいなことを言ったのだった。
それでもサラさんは少し考えた後で、
『分かりました。苦労されてるようですね。
私でよければお役に立たせていただきますよ。』
と言ってくれた。本当にいい人だと思った。
それから、照れ隠しも兼ねてこちらから話題を振ってみた。
「それにしても、バイク壊れてなくてよかったですね。
ブレーキ痕を見ると結構激しく転倒したのかと思いましたけど、
サラさんも無傷のようだし、倒れ方がよかったのかな。」
『そうですね。一応私のマナで最低限の安全装置は動くようになっていますから。
今回は急な事故だったので、ちょっと不安でしたけどうまく保護できていたみたいです。』
また、【マナ】だ。よく小説なんかでも出てきたけど、魔法を使うための要素的なもので合ってるのだろうか?
どこまで常識なのか分からないが、ちょっと突っ込んで聞いてみた。
「サラさんはまだお若いのにマナの扱いがお上手なんですね。
俺なんか全然使えないのに、どこかで学ばれたのですか?」
と聞くと、サラさんは誇らしげな顔をした後、訝しげな顔になり、納得したような顔をした後で、腑に落ちた、という表情になった。
ころころ変わる顔はとてもかわいらしいのだが、バイクの後ろからでは横顔しか見えず、それがとても残念だった。
あと、なんか変なことを言ったのかと不安にもなったが、それほど気にならなくなっていた。
『そうですね。
これでも一応マナによるデバイス制御に関する研究をしているプロの端くれですから。
学院の成績もよかった方ですし。ユウトさんは学院には通われなかったんですね。
多分すごい素質がおありだと思いますが、使い方を知らないんですね。』
とのことだった。
なるほど、この世界では魔法学院的な所があって、そこでマナの使い方を学べると。
俺の素質がどうだかは分からないが、おそらく学院に行くのは研究熱心な家庭の子か貴族みたいな人たちが主なのだろう。
だから、俺のような一般人はマナについて深く知らなくて使えなくてもそれほどおかしなことだとは思われないようだ。
その辺は異世界もののテンプレ通りで理解しやすくて助かるな。
デバイス制御というのはこのバイクのコントロールとかのことだろう。
ちょっと言い回しが現代的で意外だが。
「マナを使えるようになるには大人になってから学んでは遅いでしょうか。
今日サラさんを見て、とても興味が湧いたんですが。」
『そうですか。特に大人になってから学べないということはありませんよ。
大人になってから学院に入られるかたもおられますし。』
『ユウトさんも学院に入られればいいのかもしれませんが、学費が相当高額ですから、なかなか簡単には勧めづらいですね・・・。』
と、最後の方は少し言いにくそうに言われた。
見るからに貧乏人だから学院には通えないと思われたのだろう。
いや、全くその通りです。情けない。
とは言いたくない。
「まぁ、ちょっと気になっただけだから大丈夫です。
機会があれば学んでみることにしますよ。」
と、気にしてない風に言った。
いや、ほんと今はまだそれどころじゃない、生活基盤を作る方が先だし。
『よかったら、私が少しお教えしましょうか。
あまり褒められたことではありませんが、私も素人ではありませんから。』
と、天使がのたまった。
この人はどこまで天使なのだろう。
「とてもありがたいのですが、そこまでご迷惑をおかけするわけには、
『迷惑じゃありませんよ!言ったじゃないですか、命の恩人だって。
まだまだ御恩は返せてないですから、ちょっとマナのことを教えるくらいなんでもないです。』
と、なぜか必死に訴えられた。
「そこまで言ってくださるのなら、ぜひお願いします。」
と答えることしかできなかった。
すると、サラさんはとても満足そうな顔をしていたので、俺もそれでいいか、という気になった。