異世界生活10日目 打ち合わせ~地下へ
「ふわぁ、朝か。
今日も良く眠れたな」
昨日の夜は緊張してなかなか眠れないかと思ったけど、ルッツのおかげでしっかりと眠ることができた。
やっぱり犬はいい。
心の安定をもたらしてくれる。
時間は6時。
「ルッツ、行こう」
いつも通り、中庭に行くことにする。
おっさんと地下探索の打ち合わせをするつもりだから、一応、ヨーヨーとナイフも持っていく。
◇
中庭にはすでにおっさんがいた。
隅の方でアルクさんが実験をしているのも見える。
何日かかけて実験をするって言ってたからな。
内容を聞きたかったけど、今日はあんまり他のことを気にしている余裕はない。
またの機会だな。
「統括、おはようございます」
『おう。
昨日はちゃんと眠れたか?』
「ええ、なんとかね」
『ほう。
なかなか図太い神経してるみたいだな』
「そうですね。
統括には言われたくありませんけど」
『わっはっは、違いない。
じゃあ早速だが、今日の探索について確認しとこう』
「はい」
『まず第一に、これは一応おまえが地理省から受けた依頼だ。
そして、俺はおまえの補助をしているという形になる』
「そうですね」
『おまえの受けた依頼は裏通りのマッピングだ。
だから、地下探索もマッピングを行うのが基本として進める』
「はい、そのつもりです」
『問題なのは、その地下にモンスターが現れることだが、基本的にモンスターは俺が処理するから、おまえはあまり気にしなくていい。
自分の身を守ることを考えておけ』
うわ、心強いな。
「それでいいなら俺は助かりますけど、統括の負担が大きすぎませんか?」
『いや、役回りとしてはそれが妥当だからな。
余計な気遣いはいらん。
あとな、地下の広さがよく分からん上に、どういう構造になっているかも分からん。
だから、あまり一気に探索は進めん。
いつもおまえがマッピングを終わらせる時間には探索を切り上げるようにしたらいい。
俺も今は他の依頼を受けてはいないから、しばらくはおまえに付き合える。
だから、じっくり進めるつもりにしておいて構わない。
ある程度、地下の状況と危険度が分かれば、他の人間に協力させてもいいが、しばらくは俺とおまえで調査を行う。
これは可能性は低いと考えているんだが、あまりにも危険な場合は、一度探索は中断して人員を整えてから再探索する』
「そうですね。
俺もそれがいいと思います」
おっさんは見た目に反して、堅実に探索を進める予定をしているみたいだ。
どんどん進めるぞ、とか言われたらどうしようかと思っていた。
人の上に立つ人間なんだから、流石にそんなに軽率なわけないか。
『基本的な方針はこんな所だ。
あとな、照明はこれを使う。』
おっさんが手に持っていた器具を渡してきた。
それは、クリップ付きのLEDライトみたいなものだった。
自転車のハンドルについてそうなやつだ。
おっさんは帽子を取り出して、それに取り付けた。
『ここのスイッチを押すと光が点く。』
そう言いながらおっさんは実演してくれた。
小さい割にはけっこう明るいな。
俺も試しにナイフを付けているベルトに取り付けてみた。
うん、邪魔にはならない。
今は周りが明るくてよく分からないけど、多分照度も十分だと思う。
「よさそうですね。
これはどのくらい持つんですか?」
『2、3日は問題なく使える。
一応、毎日探索から帰ってきたら俺がエレクターを補給しておくから、今回の探索では特に問題はないはずだ。』
「分かりました。
そういえば、統括の武器ってなんなんですか?」
『俺か?
俺はこれだな』
そう言っておっさんはグローブのようなものをはめた。
ボクシングみたいに大きいやつじゃない。
こぶしとかの部分が補強されていて、軍人が持ってそうな、うーん、なんて名前だっけ。
なんちゃらグローブ。
忘れた。
とにかく、それがおっさんの武器らしい。
というか、自分の肉体が武器だ、と言いたげだな。
つい、そんな装備で大丈夫か?と聞きたくなる。
おっさんは期待通りの答えを返してくれそうな気もする。
でも、ぐっとこらえて我慢する。
こんなつまらない衝動でフラグを立ててたまるか。
「へ、へえ、統括らしくていいんじゃないですか」
という生返事を返すのが精いっぱいだった。
『俺の武器はいいんだが、問題はおまえだ。
全く扱いが分からんのだろう。
今日の朝練はお前が武器を使う練習だ』
おっさんはホントに部下のことをよく考えているよな。
気配り上手なナイスガイだ。
『とりあえず、俺がお前に攻撃するから、なんとかしろ』
やり方がおかしいとは思うけども。
でも、やらなきゃやられる、というのは確かなわけだし、おっさんの攻撃をなんとかできたらサラマンダーは余裕だという気もする。
うん、ありがたいな。
ルッツには悪いけど。
「ルッツ、今日は一人で遊んでてくれ」
『わう』
ルッツはちょっと残念そうだったけど、大人しく一人で走って行ってくれた。
「じゃあ、お願いします」
『おう、行くぞ』
◇
しばらく、おっさんの怒涛の攻めを受け続けた。
最初は遠慮してナイフは使わなかったんだけど、途中でおっさんに
『お前が武器を使う練習をしてるんだから、ナイフを使わないと意味がないだろう。
鞘付きだったら問題ないから、ナイフを使え』
と言われたので、使うことにした。
鞘付きだとちょっと使い勝手は変わるけど、抜き身でやりあうわけにもいかないしな。
おっさんだったら抜き身でもダメージなさそうな気がするのが恐ろしいけど。
とにかく、ナイフを使っておっさんと組手のようなことをした。
あれ?組手って素手での格闘のことだっけ?
いや、まあそれはどっちでもいい。
とにかく、おっさんと一対一で戦った。
戦った、と言っても俺は防戦一方だったけど。
まあ、探索の時に俺は攻めなくていい、と言われていたから積極的に攻めにいかなかったのもあるけど、それ以上におっさんがどんどん攻めてくるから、反撃のしようがなかった。
ただ、俺は元々はナイフは切るとか、突くとかの攻撃に向いてるんじゃないかと思ってたんだけど、なんとなく防御にも使えそうな感じだった。
相手の攻撃をいなしたり、機先を制したりするのにも使えると思う。
ナイフを使って攻撃をいなして、空いた方の手で攻撃する、とかも慣れたらできそうだ。
おっさん相手には無理だったけど。
あと、俺としてはナイフを自分の腕の延長のように考える、という感じで使うと、おかしな動きにはならないように感じた。
短時間の練習だけの話だから、それでいいのかは分からなかったけど、教えてくれる人がいない以上、変にナイフばかり意識するんじゃなくて、自分にとって扱いやすいように使って、他の動きの邪魔にならないようにするのがいいんじゃないかと思ったためでもある。
1時間くらい組手をしていただろうか。
おっさんが攻撃の手を休めた。
『まあ、こんなとこか。
探索に行く前にバテても仕方ないしな』
そう言うけど、おっさんは汗ひとつかいてなかった。
俺もだけど。
お互いバカみたいな体力してるよな、と思ったけど、この世界の人ってみんなこうなのか。
サラは違ったけど。
男はみんな体力がすごいとか。
おっさんを見てると、ないとは言い切れないのが怖い所だ。
「そうですね。
まだまだナイフが使えるようになったとは言えませんけど、最初よりはマシになった気もしますし」
『俺はナイフ格闘はよく分からんが、お前は筋は悪くないんじゃないか。
それだけ動けたら、サラマンダーごときに遅れは取らないだろう』
俺としては、近接戦闘型っぽいおっさんがナイフ格闘を知らないのはどうなんだろう、と思ったけど、この人は武器とか使ったことなさそうだ。
使ったとしてもロケットランチャーとかぶっ放してそうなイメージだ。
とにかく、おっさんのお墨付きをもらったので、地下探索もちょっとは安心かな。
「まあ、この間襲い掛かってきたやつの攻撃くらいなら問題ないと思います。
倒すのは統括に任せますけど」
『ああ、それでいい。
じゃあ、食堂で朝飯食ったら探索に行くか』
「はい。
一旦家に帰ってマッピング道具とか揃えてから食堂に行きますね」
『おう。
俺は朝飯食ってるから、しっかりと準備して来い』
それから、おっさんと一旦別れて一度家に帰った。
ルッツは一人で運動してたけど、それなりに満足してくれたようだ。
明日からはまた一緒に運動してやろう。
◇
家に帰ると、サラに声をかけられた。
『ユウト、今日は本当に気をつけてくださいね』
「ええ、大丈夫ですよ。
心配してくれてありがとうございます」
『危なかったら、すぐに逃げてくださいね』
「統括がいるから滅多なことにはならないと思いますけど、俺も怖い思いはしたくないので、危なかったらすぐ逃げます」
『ほんとですよ。
無理しないでくださいね』
俺ってそんなに危なっかしいんだろうか。
サラの心配がすごい。
「はい。
サラも仕事がんばって」
『はい。
じゃあ、行ってきます』
「いってらっしゃい」
サラは終始元気がなかった。
ちょっと、心配しすぎな気がする。
まあ、今日無事に帰ってきたら、明日はちょっとはマシになるだろう。
その後、マッピング器具など一通り準備を整えて、食堂に行くことにした。
ルッツを連れて行くかどうか迷ったが、前に地下に行ったとき、俺よりルッツの方がサラマンダーの気配を敏感に察知していたので、連れて行くことにした。
前は突然襲われたので、かなり驚いたが、周りにいることが分かっていればそれほどの脅威にはならないと思う。
だから、気配に敏感なルッツはとても役に立ってくれると思う。
ふと、気配に敏感なルッツとあほみたいな攻撃力のおっさんがいてくれたら、俺いらないんじゃないか?と思ったけど、考えないことにする。
悲しくなるし。
「よし、ルッツ行こう」
ルッツに声を掛けて家を出た。
◇
食堂に着くと、おっさんはいつも通り5人前の定食を食べている。
相変わらずの化け物っぷりだ。
さっきまで動きまくってたくせに。
俺もおっさんの前に座って朝飯を食べた。
俺が食事を終えたのを見計らって、
『よし、じゃあ行くぞ』
とおっさんに言われた。
研究所を出てファスタルの街を歩く。
『とりあえず、地下の場所はお前にしか分からんから、ついて行くぞ』
サラも分かるんだけど、サラは裏通りにトラウマがあるから、実質、今は俺しか場所を知らないってことと同じだろうな。
「ええ。
ちょっと裏通りの奥の方まで入りますよ」
『ああ、流石に大通りからすぐの所にあったら、もっと早く見つかってただろうしな。
ちなみに今はマッピングはどの程度進んでるんだ?』
「そうですね。
大体1km四方のエリアマップが6枚分くらいですかね。
まだまだ始めたばかりですよ」
『まあ、お前が依頼を受けた日から考えると、かなり順調なペースだろうな。
こないだも言ったが、この依頼は重要だからな。
がんばってくれ』
「ええ。
報酬もいいですし、思ったほど危険もないですし。
いや、地下を見つけたこと以外は、ですけど。
これからも進めますよ。
裏通りの道の規則性も見えてきそうな雰囲気がありますし」
『何?
規則性?
そんなものがあったか?
ただただ混沌としているかと思っていたが』
「俺も最初はそう思ってたんですけどね。
マッピングしてたら、どうもそれなりにきれいな区画をいじくりまわしたせいで今みたいになったんじゃないかと思ってます」
『そうか。
その規則性がはっきりすれば、地理省のやつはかなり喜ぶだろうな』
「ええ、まだちょっとしかマッピングしてないので、気のせいかもしれませんから、もうちょっとはっきりしたら報告しようと思ってます。
あ、ここから裏通りに入りますよ」
話しながら裏通りに入っていく。
『そうだな。
変に期待させて気のせいでしたってのもまずいだろうからな。
この辺はマッピングが完了しているエリアなんだな?』
「ええ、最初にこの辺りから始めました。
ちょっと気になる店があったからで特に理由はありませんけどね」
そのまま話しながらどんどん裏通りの奥の方へと進んだ。
そして、しばらく歩いた後、前に見つけた広場へと辿り着いた。
「ここです。
あそこの建物の間に地下に降りる階段があります」
『なるほどな。
確かにこんな場所なら今まで見つからなかったのも頷ける話だ。
裏通りに住んでいる人間でもこんな何もない場所にはほとんど立ち寄らないだろう』
「そうでしょうね。
俺も最初は階段に気づかなかったですから。
一応、マッピングする上で細かく調査をすることにしてますから、念のために広場を端から見ていって見つけました。
これです。
この階段です。」
階段の前に立ち、おっさんに示す。
『どうだ?
おまえらが前に来た時から何か変わったところはないか?』
「見た所は変化はなさそうですね。
おそらく誰も入ってないとは思いますが、なんとも言えませんね。」
『そうか。
まあ、そうだろうな。
よし、じゃあ降りるか。
確認だが、俺が先導して入るぞ。
お前は後ろをついてこい。
マッピング作業をしながら進むから、ゆっくりになるだろうが、ちょうどいいだろう。』
おっさんは照明器具を取り出しながら、確認してきた。
「そうですね。
どんどん進んで、気づかない内にモンスターに囲まれました、じゃ洒落になりませんから用心して進みましょう」
俺もベルトに照明器具を取り付け、スイッチを入れた。
マッピングをするため、かばんから制御端末を取り出し左手に持った。
右手は空いているが、もしもの時はこっちの手でナイフを使うことにする。
「準備できましたよ。
行きましょう」
おっさんと頷きあって地下への階段を降りていった。




