異世界生活8日目 日課~依頼の確認
「は、夢か。」
大量のサラマンダーに襲われた。
飛びつかれて、もうすぐ食われる、みたいなシーンで目が覚めた。
目が覚めてから、夢だと気づいてほっとする。
バタバタしてて、あんまり考えてなかったけど、やっぱり大きな獣が襲い掛かってくるってのは、恐ろしいものがあるよな。
こっちの世界に来て、スライムに続いて2回目の経験だったけど、まだまだ慣れそうにはない。
まあ、恐ろしくて身動きが取れなくなる、みたいなことにならないのは俺の図太い神経のおかげだろう。
時刻は6時だった。
いつも通りだ。
「ルッツ、行こう。」
◇
日課の朝練を済ませた。
おっさんには挨拶だけしておいた。
その後、一度帰ってからシャワーを浴びて、食堂で朝食を摂った。
だいぶ生活のリズムができてきた。
やっぱりある程度リズムを作って生活した方が安定するな。
どうも最近情緒不安定な傾向があるから、安定した生活は大切だと思う。
体は調子いいんだけどな。
朝食を摂った後、今日のマッピングの準備をした。
今日は地下の探索は行わないが、昨日の今日なので、準備はしっかりとすることにした。
とは言っても、現状、武器はヨーヨーしかない。
今日、武器屋に行く予定にはしているが、今準備できる装備は昨日までと大して変わらなかった。
一通り準備を済ませたところで9時前になったので、総務課に行くことにする。
人に会うだけだから、ルッツは連れて行かない。
俺が総務課前に着いたとき、そこには既に知らない人が立っていた。
まあ、知っている人の方が少ないんだけど。
その人が総務課のいつもの担当の人と話していた。
遅れたか?
いや、まだ9時にはなっていないはずだ。
「すみません、お待たせしてしまいましたね。」
遅れてはいないが、一応そう声をかけて、近づく。
『あ、おはようございます。
こちらへどうぞ。
打ち合わせ室を取ってありますので。』
そう言って、担当者が先導してくれる。
ついて行くと、総務課の横の小さな部屋が打ち合わせ用の部屋になっているようだ。
担当者、依頼者っぽい人、俺の順番に部屋に入った。
『では、ご紹介させていただきますね。
こちらの方がファスタルの裏通りのマッピングの依頼者で地理省の方です。』
『どうも、地理省のレオンハルトです。
交易都市ファスタルの都市整備を任されています。
とは言っても私が着任したのはまだ最近ですので、具体的な整備はまだ進んではいませんが。』
レオンハルトさんは俺よりちょっと年上くらいのいかにも仕事ができそうな人だった。
名前からするとドイツ系かな。
まあ、この世界にはドイツとかないんだけど。
ちょっと意外だったのは、思ったより若い人だったことだ。
多分30歳そこそこだと思う。
国の機関で、ある程度責任を持った立場の人なんだから、もっと年上の人かと思っていた。
確かに実務の責任者というのは比較的若い人がやることもあるから、そんなにおかしいことではないのかな。
ユラさんは多分もうちょっと若いし。
「どうも、調査員のユウトです。
今日はわざわざご足労頂きましてありがとうございます。」
俺も挨拶を返した。
礼儀正しそうな人には礼儀正しく返すべきだろう。
『では、すみませんが私はこれで一旦失礼します。
決まったことがあれば、あとでご報告ください。』
と言って、総務課の担当者は退室した。
『では、早速本題に入りたいんですが、先ほど担当の方から昨日問題が起きたことは伺いました。
それに関しては後で詳しくお聞きしたいので、先に本来の用件を済ませても構いませんか?』
「ええ、そうですね。
確か、契約期間の延長と私が質問した調査対象範囲の件ですよね。」
『そうです。
まず、契約期間に関してなのですが、私の希望としまして、契約期間は無期限として頂きたいのです。
昨日お送り頂きましたデータを私の方で精査しまして、申し分のない調査を行って頂いていることを確認しました。
1日に1エリアのマップ作成のペースで行って頂けているようですから、スピードに関しても申し分ありません。
正直、期待以上と言えます。
もちろん、これからもそのペースを続けて頂ければありがたいのは言うまでもありませんが、元々誰にも受けてもらえない依頼でしたから、1週間に1エリア程度でも問題ありません。
現状の依頼の希望期間は1ヶ月となっていますが、その期間後に再度依頼の募集をかけて、新しい人の応募を待つよりもあなたに延長して依頼を請け負って頂いた方が安定した情報収集につながるのではないか、と判断したわけです。
もちろん、こちらから契約延長をお願いするわけですから、報酬に関しては相談に乗れると思います。』
ふむ。
これは俺にとって、とても魅力的な提案だ。
俺としても、マッピングは最後までやりたいから、元々契約期間は延長するつもりだった。
ただ、無期限、というのはどうなんだろう。
「まあ、俺としても無下に断るつもりはありませんが、無期限、というのはどう捉えたらいいでしょうか?
例えば、俺がファスタルからどこかへ引っ越す、となった場合、恐らくほとんどマッピングの作業はできなくなるでしょう。
その場合には、無期限の依頼契約があるので、俺が何らかのペナルティを負うような契約内容になる、ということがあるんでしょうか?」
向こうから頼みにきているので、そんなに俺に不利な条件をつけることはないと思うが、念のためだ。
確認すべきことは確認しておこう。
契約ってのは怖いんだ。
痛い目にあってからでは遅い。
『いえ、無期限というのは、どちらかと言えば、あなたの負担を減らしたいという意図がありますね。
契約期間が切れる度に更新手続きをするのは面倒でしょう?
もちろん、私はそれを望みませんが、あなたの都合で契約を破棄したい場合は特にペナルティなく破棄して頂いて構いません。』
うーん、他意はないらしい。
あとは、報酬の増額、か。
正直、今の水準でも報酬は十分、というかもらいすぎだと思っているからな。
「報酬に関してですが、報酬は今のままで構わないです。
その代わり、と言ってはなんですが、ちょっとお願いがあるんですけど。」
『お願い、ですか?
何でしょう?』
「マッピング装置の整備、というか調整を行っている人を知っていたら紹介して頂きたいんですが。」
『マッピング装置の調整ですか。
あれは、国のエレクター技師が整備したものですが、何か不都合が起きていますか?』
「いえ、あの装置自体はとても役に立っていますよ。
今のところは全く問題ありません。
俺が用があるのは、今俺が持っているエレクターを使う機械について、ちょっと相談したいことがあるからですよ。
俺が国のエレクター技師に会うのは問題ありますか?」
『問題ありませんよ。
私としても、その程度のことで無期限契約を了承して頂けるのなら、ありがたい限りです。』
よかった。
マッピング装置はケースから充電しているが、見たところワイヤレス給電のようだった。
俺のスマホは、当たり前だが、ワイヤレス給電なんかに対応はしていない。
ただ、あのケースには、光から発電して機器を充電する、という機能があるのは確かなので、なんとか電気を外部に取り出してスマホの充電をする、ということができないか試したかった。
あれは借りている装置なので勝手にいじるわけにはいかないから、あれを調整している技師にそういう改造ができないか相談してみたかった。
まあ、ダメならサラかユラさんに相談して研究所のエレクター技術者を紹介してもらおうかと思ったけど、あのケースがそのまま使えるならその方が都合がいいと思っていたのだ。
「じゃあ、それでお願いします。
急かして申し訳ないのですが、いつ紹介して頂けますか?」
『そうですね。
私が帰り次第、技師に連絡を取って、会える日をこちらの担当者の方に連絡します。
希望の日などはありますか?』
「いえ、私はいつでも構いません。
ご連絡をお待ちしています。
では、もう一つの、調査対象範囲のほうは?」
『それは、はっきり答えられないのが正直なところです。
本当はファスタルの全ての地図を作る、というのが理想ではありますが、ある程度の地図ができた時点で我々は大規模な区画整理を行いたいと考えています。
ですから、最低限、我々が区画整理を行えるだけの地図、最大限、拡大し続けるファスタルの全景図、ということになりますね。
細かい判断はお任せしますが、できるだけ正確な地図を広い範囲で、というのが私の希望です。
また、もう一つ、こちらの方が面倒なお願いなのですが、これからはすでにマッピングを行ったエリアに関しても、定期的に変わった点がないかを確認して欲しいのです。
ファスタルの裏通りがここまでややこしい状態になった原因に、ほとんどの人が気づかないうちに勝手に新しい道ができている、あるいは今まで繋がっていた道の途中に建物を建てて道を塞ぐということが頻繁に起きる、ということがあります。
ですから、変化があった場合は、その変化を地図に反映させないと、区画整理を行うことは困難になります。
もちろん、全ての建物を取り壊して、新たに整理した街を作る、ということも選択肢としてないわけではないのですが、ファスタルの規模を考えると、あまり現実的ではありません。
今ある区画を最小限の変更で整理する、ということを目指しています。
ですから、正確な地図が必要なのです。
すでにマッピングしていた箇所の変更の反映に関しても、報酬は出させていただきますので、そこはご安心ください。』
なるほど。
要望は大体掴めたな。
特に反対することもないと思う。
いい条件だ。
「分かりました。
俺にできる限り、正確な地図を広い範囲で作成させて頂きます。」
『ありがとうございます。
助かります。
私の訪問の目的は以上ですので、ここからは昨日起きたという問題についてお聞きしたいのですが、質問などはありますか?』
「大丈夫です。
では、昨日の話を説明させて頂きます。」
それから、俺は昨日裏通りで起きたことを話した。
おっさんに話したのと同様の内容だ。
『そうですか。
裏通りに地下が。』
レオンハルトさんの反応は思ったより冷静だった。
何か考えてはいるようだが。
「心当たりがありますか?」
『そうですね。
これはあまり我々の機関の人間以外には知られていないこと、というか関心を持たれていない事なのですが、我々が保管している古代の文献の中にファスタルの地図、とされるものがあります。
その地図には、ファスタルの地下にも何らかの施設があるとされています。
ですが、その地図は、大通りなど一致する部分もありますが、現在のファスタルとはかなり違いがあるので、公的な文献としてはあまり認められたものではありません。
我々の持つ歴史では今の文化が形作られてから最初にできた街がファスタル、とされていますので、古代の文献にファスタルの街が記述されているはずがない、と考えられているのも認められていない理由の一つです。
ただ、一部の歴史家の中には、実は古代にあった街の上に街を作ったのが現在のファスタルなのではないか、という説を唱える者がいます。
もしもファスタルの裏通りに地下があり、その構造が古代の文献とある程度一致するのであれば、その説が正しい可能性が高まるかもしれませんね。
モンスターがいる理由ははっきりとは分かりませんが、古代遺跡にはよくモンスターが現われますので、それと同じなのかもしれません。』
「そんな文献があることをここで私に話してもよかったんですか?」
『ええ、別段、機密事項というわけではありませんので。
ただ、あまり我々の保管している情報は表に出やすいものではありませんので、知っている人間は限られている、というだけです。
おそらく、この研究所でも知っている人はいないでしょう。』
なるほど、だからユラさんやおっさんも知らなかったのか。
情報の共有という意味では問題がある気もするな。
この研究所もファスタルの管轄なんだから、同じファスタルの他の機関の情報が入ってこないというのはまずくないだろうか。
まあ、そんなに重要な情報という認識がないだけかもしれないけどな。
「そういうことですか。
昨日、この研究所の人に聞いても誰も知らなかったものですから。
一応、私は2日後から地下の調査を行うつもりですが、それは構いませんか?
国の機関に任せた方がいい、ということはありますか?」
『いえ、調査員の方が調査してくれるのならば、それにお任せした方がいいでしょう。
もちろん、街中にモンスターがいる、という状況は非常にまずいのは事実です。
ですから、早急に対策を取る必要はあります。
ただ、我々が対策を取る、となっても実際の調査は研究所に依頼を出す形になるでしょうし。
そうですね。
今回の調査も正式な依頼として出させて頂くように手配します。
裏通りのマッピングと合わせてユウトさんにお受け頂く、という形で如何でしょう?』
「そうですね。
それでいいと思います。
ある意味、地下も裏通りの一部なので、いっそ同じ依頼の中での調査として頂けた方が、私としては手間が省けて助かるんですが。」
『それでよろしいなら、私も助かりますが、モンスターが出るのであれば危険度が増すでしょうし、報酬を上乗せする必要があると思うのですが。』
「そうですか。
では、地下のマッピングに関しては、遺跡の探索と同じ程度の報酬ということでいかがでしょう?」
『分かりました。
遺跡の探索は探索する遺跡によって報酬が色々変わりますが、今回の探索は全くの前情報がない場所となりますので、1km四方のエリアマップ作成ごとに20万位が妥当と考えますが、それで構いませんか?』
「ええ、それでお願いします。」
心の中では、ひゃっほう、報酬増えちまったぜ、なんて考えていた。
顔には出ていない、はずだ。
まあ、危険があるのは確かだけど、俺にはおっさんもついてるし。
あ、報酬はおっさんと分けるから、手取りは変わらないのか。
それでも十分だから問題ないな。
『では、その辺りの手続きは私がやっておきますので、依頼の方はお願いします。』
「分かりました。
じゃあ、あとはエレクター技師の方の紹介の件もお願いしますね。」
『承りました。
今後ともお願いします。』
「はい、こちらこそお願いします。」
ということで、打ち合わせを終えた。
レオンハルトさんと一緒に打ち合わせ室を出て、総務課の受付で担当者に打ち合わせが終わったことを伝えた。
担当者は打ち合わせ室の鍵を閉めるので、少しお待ちください、と言って総務課の奥に引っ込んでいった。
鍵を取りに行ってるのだろう。
『では、私はこれで失礼します。
今日はお話できて良かったです。
出向いた甲斐がありました。
これからもよろしくお願いします。』
「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
そう挨拶をして、レオンハルトさんは帰っていった。
レオンハルトさんが出向いた甲斐があった、と言った理由はよく分からなかったが。
『お待たせしました。
簡単でいいですので、打ち合わせ内容を教えて頂いて構いませんか?』
担当者が戻ってきて、そう尋ねてきた。
「はい、では・・・。」
レオンハルトさんとの打ち合わせ内容を説明した。
『分かりました。
では、依頼は多少内容に変更があるけれど、このまま継続。
変更内容に関しては、再度地理省から連絡が来る、ということですか?』
「そうですね。
あと、後日エレクター技師の方とのアポイントについて連絡があると思いますので、連絡があったら俺に伝えて頂きたいのですが。」
『分かりました。
連絡が来たら、直接伝えるか、サラさんの家に通知を届けるようにします。』
「ありがとうございます。
それと、これは打ち合わせとは関係ないのですが、レオンハルトさんが帰り際に話せてよかった、出向いた甲斐があった、というようなことを言われてたんですけどどういう意味か分かりますか?」
『正確なことは分かりませんが、たまに依頼者の方がこうやって直接お見えになることがあります。
そういった人はどうやら調査員自身を見に来ているようです。
そして、その調査員が信頼できるかどうかを判断されているようです。
信頼できると判断された場合には、その後、色々有利な契約を結んで頂けることもあるそうですよ。
おそらく、ユウトさんはレオンハルトさんに信頼されたんでしょう。』
「そう、なんですかね。
そんなに特別なことは話してませんけどね。
まあ、信頼して頂けるなら、それに越したことはありませんけど。」
『そうですね。
これから依頼をこなしていけば、何か頼まれるかもしれません。
損になることはないと思いますから、特に気にすることはないと思いますよ。』
なるほど。
まあ、悪いことにはならないだろうからいいか。
「分かりました。
ありがとうございます。
じゃあ、俺はこれで失礼します。
これからもお願いします。」
と言って、総務課を後にした。
思ったより時間がかかってしまったが、まだ昼までには時間がある。
部屋に戻って荷物を取ったら、ルッツを連れてマッピングに行くか。
5/10 誤字修正 機関 → 期間




