トリップ同士
『ああ、俺も日本から来た。』
店主はあっさりとトリップしてきたことを認めた。
まあ、前に来たときのやり取りで俺がトリップしてきたことは分かってたみたいだしな。
よく考えればあの時の俺は迂闊だったな。
ハイパーヨーヨーがこっちの世界にあるかどうかなんて、考えていなかった。
いや、ヨーヨーはまだしもプラモデルやミニ四駆があるかどうかなんて、ちょっと考えれば分かるだろう。
もっと慎重になって然るべきだった。
いや、結果として、俺がトリップ者であることが分かり、この雑貨屋店主と話す機会ができたのだから、よかったのだが。
異世界からのトリップ者だとばれたから命が狙われる、とかいうことがあるのなら隠す必要があるが、あまりそうなる理由は思い当たらない。
よく考えれば、俺は最初にサラさんにトリップしてきたことを隠したが、今となっては、それほど隠す意味があるとは思わない。
最初から、正直に話しておけば、色々教えてもらうのに都合が良かったんだろうか。
いや、信じてもらえるかどうか、という問題もあるな。
いきなり、私異世界からトリップしてきました、とか言われたら胡散臭いことこの上ない。
うーん、なんとも言えないとこかな。
いや、今はそんなこと考えている場合じゃないな。
「そうですか。
まあ、先日のやり取りで予想はできていましたが。」
『そうだろうな。
ある程度、分かってくれなきゃ、もう一度来ないかもしれなかったからな。
多少分かるように言ったつもりだ。』
ああ、サラさんの目の前で下手なことは聞けない、とかわざとらしくつぶやいていたのはそのせいか。
本人を目の前にしてつぶやいても聞こえてるし、怪しさ全開だっつーの、とか思ってたけど、あれは一応、俺に自分がトリップ者だと伝える意図があったんだな。
思ったより頭がいいんだろうか。
『それで、だ。
お互い聞きたいことはあると思うんだが、まず、お前こっちに来てからどれぐらい経つ?
おまえがこの世界について、どの程度知ってるかによって、色々事情が変わってくる。』
「いや、俺はそんなに経ってませんよ。
今日で5日目です。
こないだこの店に来た日の前の日に飛ばされてきました。」
『5日?
ほとんど来たとこだな。
それにしても、飛ばされた日の次の日にこのファスタルにいたのか。
それはおかしいな。
どういうことだ?』
店主が少し眉を寄せて、考える仕草を見せた。
何を悩んでいるのかよく分からない。
「俺はトリップしてきた直後に、サラさん、こないだ一緒にこの店に来た子と出会って、それでバイクに乗っけてもらってファスタルに来ました。」
『ああ、あの外出禁止の日ってことか。
あの日は確かあの王女様は辺境に調査に行ってるとかなんとかって聞いたと思うんだが。』
「ええ、俺は気づいたらその辺境にいましたから。」
『なんだと。』
店主は再度ちょっと考えた後、
『おまえ、こっちに飛んできた後に記憶が曖昧だったりしてないか?』
なんでそんなこと言うんだ?
サラさんにも記憶がないと疑われたが。
俺ってそんなにボケてるように見えるのか。
「いや、自分ではそんな風には思ってないですけどね。
会社で会議してて、気づいたらこっちに来てたって感じで。
まあ、その後に何かあったのに記憶がなくなってるから覚えてない、って可能性はなくはないですけど、持ち物なんかはそのままでしたから、考えにくいと思いますけど。
記憶がなくなってたら、その辺も判断はできないから、絶対とは言えないですけど。」
『そうだな。
まあ、可能性としては、色々ありえるんだろうが。
とにかく、話を進めるか。
おまえはまだこっちに来たばかり、少なくともおまえの認識では来たばかりだから、この世界についてはよく分かってないと思う。
ちなみにどれくらいのことを把握してる?』
「そうですね。
俺が今知ってるのは・・・」
俺はサラさんから聞いたこの世界の歴史とか、ユラさんの国が【あの国】と小競り合いをしているとか、そのあたりのことを説明した。
古代種のことは説明していない。
あれは、俺にとっては素敵なロマンだが、今、世界の話をする上では確認する必要はないだろう。
『なるほどな。
確かにお前らの言う【あの国】は科学的には他の国とは比べ物にならんだろうな。』
「見てきたんですか?」
『見てきた、というか、俺はそこにトリップしてきた。
俺の考えでは、おまえもそこにトリップしてきたと思うんだがな。
その後、何かがあってその記憶がなくなって、辺境にいる時に気がついた、と思うが、まあ、なんとも分からんが。』
「それは、どういうことでしょう?
そう言われると、【あの国】がトリップを行っているように聞こえるんですが?」
『ああ、そう言ってる。
おまえは、察しがいいな。
まあ、【あの国】がどんな国なのか、から説明したほうが良さそうだな。
あくまで俺が知ってる範囲で、だから正確な情報は多くはないが。』
「ええ、お願いします。」
『【あの国】は、いやまあ、名前を言っても問題ないだろう、トライファークと言う。
自分たちでは科学立国トライファークとか言っていたがな。
まあ、名前なんぞどうでもいい。
他の国では名前を呼ぶのが禁忌とされてるようだが、別に名前を言ったくらいで殺されたりしねえよ。
色々事件があったのは確かだから、迂闊に情報を話すと危険があるってのは事実だがな。
ああ、今から話す内容もできたら人に話さないほうがいい。
基本的にトライファークの連中は滅多に国から出ることはないが、情報の管理を徹底してるのは確かだ。
自国の情報をぺらぺらしゃべる奴がいるって分かると何するか分からねえ。』
いや、あんたこれからぺらぺらしゃべろうとしてますやん、とは言わなかった。
俺と話をする上で、俺に最低限の情報がなければ話にならない、と踏んだんだろう。
俺としても、下らない事を言って、折角得られる情報をつぶすことはしたくない。
つい、喉元までツッコミが出掛かったが。
「分かりました。
あまり不要なことは話さないようにします。
とはいえ、ユラさん、研究所の所長から色々調べてほしい、と言われてるので、その人にはある程度の話はするかもしれませんが。」
『その辺の判断はおまえ自身がすりゃいい。
おまえが必要だと思ったら話せばいい。
ただ、トリップ云々は話す意味もないと思うがな。
俺は俺でおまえが誰かに情報を話して、自分の身が危険になりそうだったら、さっさとこの店を捨てて、また別の国に逃げるからな。』
まあ、自分の身の安全が一番だろうからな。
当然の判断だ。
『それで、本題だが、トライファークが人をトリップさせてるのは確かだが、残念なことに俺にはその原理とか方法は分からねえ。
だから、俺が今から話すのは、俺がこっちにトリップしてきてから何をしていたか、だ。
おまえにも無駄な話にはならないはずだ。』
「ええ、俺もそう思います。
ぜひお願いします。」
『まず、俺がこっちに飛ばされたのは、5年前だ。
俺もまあ、おまえと似たような状況だった。
仕事してて、気づいたら目の前の景色が変わってた。
おまえと違うのは、俺がいたのはどこかの実験室の中だったんだ。
周りには大掛かりな機械があった。
映画に出てきそうな装置だと思った。
恥ずかしい話、俺は最初宇宙人にさらわれたのかと思ったんだ。』
「それはなんというか、恐ろしい状況ですね。」
『ああ。
ただ、呆然としていると、すぐに人がやってきた。
トライファークの研究者だった。
まあ、その時の俺にそんなこと分かるはずもない。
今から考えたら腹立たしいが、俺は人が来てくれて助かったと思ったんだ。
俺をトリップさせたやつを目の前にしてな。』
「そりゃ、いきなりよく分からん状況になって、目の前に人が現れたら、その人を頼ろうとしてしまいますよね。」
俺がサラさんにそうしたように。
サラさんで良かった。
『その通りだ。
そして、まあ、あいつ自身はそれほど悪いやつでもなかった。
研究命の科学バカだったが。
それで、そいつの話すところでは、俺をトリップさせるのに、その実験室に設置されていた古代文明の遺物を使ったようだった。
あまり細かいことは教えてくれなかったがな。
どうも俺はやつらにとっては実験台だったらしい。
何か本命を呼ぶ前のお試し的な、な。
本当に迷惑な話だ。
まあ、はっきりそう言われたのではなく、漏れ聞こえた情報から推測するに、ではあるが。
そういう意味では、おまえはトライファークの本命、という可能性はある。
それだと、辺境にいた意味が分からないが。』
「そうですね。
俺自身に思い当たる節もありませんしね。」
『まあ、そうだろうな。
俺も何を考えているのかはよく分からん連中だったし。
隠していたから、分からなかったのかもしれんが。
それで、5年前にこっちに来てから、1年ほどトライファークの実験施設にいた。
いた、というか軟禁状態だった。
最初は研究者が出すものを俺が使えるかどうかを試された。
うちの店に置いてあるヨーヨーとかそういうやつだな。
それで何を確認していたのかは知らん。
マナが使えるかどうかとかを見てたのかもしれんな。
そういうおもちゃを製造したのはトライファークの連中のようだが、設計したのは、どうやら日本からトリップさせてきた人間だったようだ。』
「だから、どれも俺が見たことあるようなおもちゃばかりなんですね。
ということは他にもトリップしてきた人がいるということですよね。」
『おそらくな。
だが俺は一人も会っていない。
今生きているかどうかも分からない。
そして、1年の間に俺は色々実験をさせられた。
主にトライファークのシステムを最適化するためのことだったが。
俺は、日本でそういう仕事をしていたから、それが向いていると判断されたのかもしれない。』
「え、そうなんですか。
俺もそういう関係の仕事してますよ。
それだけでもないけど。」
『そうなのか?
そういう人間を集めていたのか?
他にも俺とお前の共通点が見つかれば何か分かるのか?
というか、そういえば、名乗ってなかったな。
俺は佐々木 信二だ。
おまえは?』
「俺は、三枝 佑翔です。」
『うん?
サエグサ ユウトだと?』
「はい。
それがどうかしましたか?」
『おまえ、もしかして、二宮テックの三枝か?』
二宮テックと言うのは、俺の会社の名前だ。
「ええ、二宮テック、開発センターの三枝です。
よろしくお願い致します。」
と、名刺を渡すときのような社会人的挨拶をする。
『おまえ、俺と何度か仕事のメールのやりとりをしているはずだが。』
店主には華麗にスルーされた。
「え?
記憶にありませんけど。
いつくらいですか?」
『2016年の5月くらいだ。』
「いや、俺トリップさせられたの、2015年の4月ですから、メールしてませんよ。」
『なんだと?
どういうことだ?』
「いや、だから俺がトリップしたのは2015年の4月21日の13:00からの会議中でしたよ。」
『何?
おまえ、やはり記憶がないんじゃないか。
俺は確かに2016年に生産管理最適化システムの件で、おまえとやり取りしたぞ。』
生産管理最適化システムってことは確かに俺だろう。
俺が開発したシステムだし。
じゃあ、本当に俺は記憶がなくなっているのか。
全然、そんな実感はないぞ。
こっちにトリップしてきたときのスマホの時間も合っていたし。
何か見落としがあるのか?
よく分からない。
ただ、店主が言っていることが確かなら、俺は新製品を完成させて、ちゃんと発売できたらしい。
良かった。
自分では確認していないし、達成感もないが、良かった。
「そのシステムは俺が開発したものですから、多分俺で間違いないですね。
記憶の件は、ちょっとよく分からないですが。」
と、答えておいたが、店主の中では俺の記憶がなくなったのが確定したらしい。
納得した顔になっていた。
『まあいい。
とにかく、俺とおまえのような人間が集められたのは何か理由があるかもしないな。』
「トライファークではシステムの最適化をさせられたんですよね?」
『そうだな。
だから、単に自分たちの技術を改善するためにトリップさせた可能性はある。
おまえも分かっているだろうが、この世界の技術水準は日本より低い。
古代文明は、俺が知っている時点の日本よりも進んでいるがな。
だから、この世界の技術の進歩はちぐはぐだ。
トライファークもある面日本より進んでいる所はあったが、それほどでもないことも多かった。
だから、技術水準を高めるために日本の技術者を呼んだ、というのはありえなくはない。
なぜ日本の技術が自分たちより進んでいることを知っているのか、どうやって日本の人間を狙ってトリップさせているのか、分からないことは多々あるが。
だが、なんとなく、あの国の人間が求めていたのは、そういうことではない気がする。
はっきりと言えないが。
俺にできることが他にそれほどなかったからそうさせていたような気がしていたからな。
そういえば、お前こっちに来てから、苗字を名乗ったか?』
「いえ、ほとんど人に名乗ってもいませんし。
名乗っても佑翔としか言ってないですね。」
『そうか。
ならいい。
おまえも知ってると思うが、この世界の中ではマナが大きな役割を担っている。
マナってのは、その人間自身の情報であり、そのマナによって、色々なことができる、と考えられている、らしい。
この辺はお前の方が詳しいかも知れんな。
俺はマナはほとんど使えんしな。
使おうとしていないせいらしいが。
それで、苗字も合わせてフルネームを名乗るってのは、相手に自分の情報の多くを開示することになり、自分のマナを知られることにつながる、って考えられてるんだと。
理屈は俺に聞くなよ。
そういうことだ、とトライファークの奴らが言っていたんだ。』
なんなんだろう。
マナは思考パターンだと思うんだけど、名前となんか関係あるのか。
確かに最初マナを使うときに、自分自身のイメージを固めて使っていたから、自分の情報ってのはその通りなんだろうけど。
名は体を表すと言うから、関係はあるんだろうな。
フルネームがマナの一部という可能性はありそうだな。
「正直よく分かりませんけど、分かりました。
ご忠告ありがとうございます。
今までたまたま名乗ってませんでしたけど、そのうち名乗るところでしたよ。」
『ああ、名乗ってどうなるか俺にはよく分からんがな。
話に戻ると、俺は1年くらいはトライファークの研究所で実験をしていたんだ。
だが、あるときにトライファーク内で揉め事が起きたらしい。
どうやら、研究の方向性について、みたいだが。
けっこう大きな争いだった。
俺はチャンスだと思ったんだ。
いい加減、軟禁状態でよく分からん実験をさせられ続けるのにも飽き飽きしていたからな。
だから、俺は混乱に乗じて逃げた。
その時に、おまえにやったヨーヨーなんかも持ち出したんだ。
そして、その時に俺が逃げるのを手伝ってくれたのが、さっき言っていた科学バカだ。
やつも俺と一緒に逃げた。
逃げた先はニグートという国だ。
この国の隣にある国だ。
おまえの知り合いの王女さんの故郷だな。
やつはそこで研究を続けると言っていた。
俺はもうトライファークの人間と関わるつもりはなかったから、ニグートに入った時点でやつとは別れた。
やつは、そのすぐ後に殺されたみたいだな。
まあ、俺をこっちの世界に飛ばした張本人だから、そう恩を感じているわけではないが、トライファークから逃げるのを手伝ってくれたのもやつだからな。
残念だ。』
と言って、店主はため息をついた。
『ちょっと、一息入れるか。
コーヒー入れてくるから、待ってろ。』
そう言うと店主は打ち合わせスペースから出て行った。
長くなるので、一旦区切ります。




