四日目終了 マッピング装置
総務課でマッピングの依頼の契約を済ませてから帰宅した。
『お疲れ様でした。
今日はこれからどうされますか?
マナを使う練習をされるんでしたら、つきあわせて頂きたいです。』
「そうですね。
寝る前にそれもしますけど、その前にこのマッピング器具の使い方について、ちょっと確認しておきます。」
『そうですか。
私も興味があるので、一緒に見ていてもいいですか?』
「どうぞ、と言ってもおもしろいものかどうか分かりませんが。」
『ちょっと着替えてきますので、またすぐに来ますね。』
「はい。俺も着替えてます。」
一旦サラさんと別れた。
俺は自分の部屋で部屋着に着替えた。
ルッツはいつものソファの上に行って、丸まって寝始めた。
うん、ルッツは今日もいい子だ。
よし、それではマッピング装置を見てみよう。
総務課から渡されたのは、けっこう大き目のアタッシュケースっぽいかばんだった。
あんまり重くはないけど、持ち運びには向いてないよな、これ。
旅行に行くときによく使うコロコロのついたかばんがほしいな。
どうでもいいけど、あのコロコロって本当はなんて名前なんだろ。
俺はコロコロって呼んでたけど、あれって全国共通の名前なんだろうか。
いや、本当にどうでもいいな。
アタッシュケースの中は3つに区切られていた。
1つ目の仕切りの中にはピン球くらいの玉っぽいのが10個入っていた。
10個のうち赤いのが一つと青いのが一つあって、それ以外は銀色だ。
2つ目の仕切りの中にはタブレット端末っぽいものが入っていた。
3つ目の仕切りの中には説明書とかが入っていた。
試しに玉っぽいのを取り出して見てみると、玉ではなかった。
ピン球の下3分の1くらいが切り取られて、側面にスリット上の穴も開いていた。
切り取られた箇所を見てみると、中にプロペラっぽいものがついていた。
プロペラには小型のモータがついていて、その先に基板がついているみたいだけど、小さすぎてよく見えないな。
あと、めっちゃ軽い。
モータとかプロペラとかついてるのにピン球とそんなに変わらないんじゃないか、これ。
多分古代の遺物なんだろうけど、すごいな。
高く売れるんじゃないだろうか。
あ、でも俺身元が割れてるから悪いことはできないよな。
と言ってもこの世界での俺の身元なんて、あってないようなもんだけどな。
これ分解してみたいな。
一個壊したことにして分解してやろうか。
いやいやいや、そういうことをすると多分調査員としての信用がなくなるんだろうな。
依頼の申請の時に記入する登録番号からその辺の履歴とか見られそうだ。
真面目に依頼だけをこなそう。
ただ、これ見ても使い方は全然分からんな。
俺は基本的に説明書は読まないタイプだ。
大体雰囲気で使えるし。
けど、こんだけ使い方分からないとなると、説明書読むしかないよなあ。
『ユウトさん、入ってもいいですか。』
「どうぞ。」
その時、サラさんが部屋着で入ってきた。
部屋着いいな。
『どうですか?』
「ちょっと見てみてるんですけど、全く使い方が分からないので、今から説明書を読もうと思ってます。」
『そうなんですね。
へえ、私も初めて見ます。
変わった形ですね。』
「ええ、俺も初めて見ました。
ええと、説明書の最初は、注意書きみたいですね。」
家電みたいだな。
警告とか注意から書いてあるやつ。
あれって、ちゃんと警告とかしておかないと訴訟を起こされた時に負けるからとか色々理由があるんだよな。
この世界では訴訟も何もないと思うけど。
「注意書きによると、プロッタのプロペラ、プロッタってのはその玉のことみたいですね、に触ると怪我をする怖れがあるので、回っているときには触らないこと、だそうです。
そりゃそうですよね。
あとは、・・・衝撃に注意するようにとか、一般的な注意っぽいですね。
あと、このケースの天板がジェネレータになってるから、使わないときはこのケースに入れて保管しておくと制御端末とプロッタの充電ができるそうです。
ジェネレータって太陽の光でエレクターを作るんですよね?」
『そうですね。
でも、太陽光よりは効率は悪いらしいですけど、この部屋にあるような室内灯でもエレクターは作れるみたいですよ。』
「そうなんですか。
じゃあ、部屋に置いておく時にこのケースに入れとけば大丈夫なのかな。」
ていうか、多分エレクターって電気だから、俺のスマホの充電できないかな。
電圧さえ合わせる事ができたらできる気がするんだよな。
スマホって確か5V系だったよな。
なんだかんだこの世界は電気で動いてるから、電気系の技術者って絶対いるはずだ。
探して話を聞いてみたいな。
マッピングついでにファスタルの街で探してみようかな。
研究所の人に聞いてもいいか。
ともかく、後は使い方さえ分かればいけるな。
「えーと、内容物は原点用プロッタが2つ、その赤いのと青いのですね。
後、計測用プロッタが8つ。
プロッタの制御と座標を記録する制御端末。
ジェネレータ内蔵ケースと説明書。
プロッタのプロペラの清掃用備品。
携帯プロッタホルダーで全部ですね。
うん、全部ありますね。」
プロペラの清掃は、なんか耳かきみたいなのでたまにやればいいみたいだ。
携帯プロッタホルダーというのは、プロッタを持ち運ぶとき用のベルトみたいだな。
まあ、計測に行くときにいちいちアタッシュケースを持ち運ぶのは不便だから、このベルトを使うんだろう。
「じゃあ、ちょっと動かしてみますね。」
『はい、楽しみですね。』
「まずは、制御端末の電源を入れる。
電源ボタンは、これですね。
お、点いた。」
制御端末が点灯した。
これ、どう見てもタブレットだろ。
てか、タブレットあるってことは絶対パソコンもあるだろ。
古代の遺物でもなんでもいいから、パソコンあるなら、ぜひ見てみたいな。
というか、そういえばサラさんのバイクの燃料計とかもデジタル表示だったから、古代文明的にはこういう機器類は一般的なんだろうな。
「制御端末の画面上にはプロッタの状態が表示される。
あ、確かに10個丸が表示されてますね。
で、表示の赤いのと青いのが原点用プロッタで、うん、分かりやすい。
それ以外が計測用プロッタの表示。
それぞれの表示の上のゲージがエレクター残量で、今は全部ほぼ満タンだな。
計測用プロッタの下の表示が原点用プロッタからの座標位置、と。
位置表示は赤いのからの位置と青いのからの位置の二つが表示される。」
ふむふむ、視覚的に分かりやすい。
やっぱり分かりやすいのが一番だと思う。
「それぞれの計測用プロッタには番号があって、プロッタ上部の点の数と制御端末上の表示の番号が対応している。
あ、ほんとだ。
プロッタの頭に点がある。
で、具体的な計測方法は、まず原点用プロッタを基準となる位置まで持ってくる。
すいません、サラさんその赤いプロッタを持っててもらっていいですか。」
『はい、これでいいですか?』
「ありがとうございます。
あ、プロペラには触れないように気をつけてくださいね。
それから、制御端末上の赤いプロッタの表示の上の計測開始ボタンをタップする。」
と、説明書を読みながら、計測開始ボタンをタップしてみた。
すると、サラさんが持っていた赤いプロッタのプロペラが回転しだした。
そして、サラさんが手を離してもその場に浮かんでいる。
「おお、すごい。
これどうなってんだ。
めっちゃかっこいいですね。」
プロペラがついてたから飛ぶとは思ってたけど、実際浮かんでいるのを見るとかっこいいな。
見た目は赤いピン球だけど。
『すごいですね。
これも古代の遺物でしょうね。
だから、こんなに軽かったんですね。』
そうだろうな。
飛ばすために極限まで軽量化を図っているのだろう。
この形状で飛ぶためには姿勢制御とか大変そうだけど、どうなってんだろう。
ジャイロセンサとかで姿勢は検知するとして、プロペラだけで制御できないだろう。
と思って、浮いているプロッタをよく見ると、側面のスリットが細かく開いたり閉じたりしているのが見えた。
おお、すごい。
このスリットから入る風の流れを制御して姿勢制御と浮遊動作を行っている、的な感じか。
考えた人めっちゃ頭いいな。
いや、もっと魔法的な力で飛んでくれた方が俺的には夢があるんだが、技術者としては科学的な装置の方が見ている分にはおもしろい。
「次に、計測用プロッタを計測点まで持って行く。
すみません、サラさん、今度はこのプロッタを持って、部屋の隅に行ってくれますか。」
『はい。
これでいいですか。』
「ありがとうございます。
それで、その計測用プロッタの計測開始ボタンをタップする。」
すると、原点用プロッタと同じように計測用プロッタも浮遊し始めた。
そして端末上の計測用プロッタの位置表示が変わる。
赤い方からの距離が(2,3)となっている。
これはX軸方向に2m、Y軸方向に3m離れている、という表示らしい。
どの方角がX軸方向とY軸方向なのかよく分からないな。
というか、この世界では東西南北ってどうなってるんだろうか。
でも、地球と似たような環境で日本語も通じるから東西南北も同じっぽいかな。
「サラさん、ファスタルの街って、方角ってどうなってますか?」
ホウガク、何それ?と聞かれるのを覚悟で聞いてみた。
やっぱり分からないことは聞いてみるのが一番だ。
最近学んだわけだが。
『方角ですか。
大通りがそのまま南北に通っていますよ。
入り口の方が南で、この研究所側が北ですね。』
おお、東西南北じゃないか。
なんて都合がいいんだ。
じゃあ、この部屋の位置から考えて、X軸が東西でY軸が南北だな。
これで、地図が書けるな。
「なるほど。
じゃあ、大通りを基準にプロッタを設置して距離を計測しながらマップを作成すればいいんですね。
なるほど。」
『すごいですね。
この器具。
小さいのにすごく便利。』
「そうみたいですね。
これがあれば結構サクサク進められそうです。
で、計測終了時は計測終了ボタンをタップする。」
原点用プロッタの計測終了ボタンをタップすると、赤いプロッタがこっちに飛んできた。
俺の手元まで来て、俺が手に取ると電源が切れた。
「おお、なんだこの機能。
めっちゃ便利じゃないか。
なるほど、いちいち歩き回らなくてもマッピングできるようになってるのか。
なんてユーザーフレンドリーな設計なんだ。」
『すごいですね。
古代の遺物はすごいものが多いですけど、これは何ていうか、使いやすさが考え抜かれている感じがしますね。』
「ええ、これだったらホントにすぐ終わるかもしれないですよ。
あとは、履歴ボタンを押したら過去の計測履歴が閲覧できる、と。
これだな。」
履歴と書かれたボタンをタップすると、計測用プロッタの計測履歴がリスト上で出てきた。
一番上にさっき計測した(2,3)の表示がある。
あ、なるほど、これでちゃんと計測してるか確認して、データを捏造してないか確認するんだな。
でも、これってどこで計測したデータなのかは分からないから、いくらでもごまかしようはある気がする。
その辺は性善説に則ってってことかな。
まあ、研究所の調査員に依頼してるんだから、そこは信頼してるんだろうな。
「この装置があったら結構簡単にマッピング作業ってできると思うんですけど、この依頼って人気無いんですよね?」
『そうですね。
多分、みんなこの装置のことを知らないというのもあると思いますけど。
一番の理由はこの研究所の人たちのほとんどが裏通りに入りたくないと思っているからだと思いますよ。
未開の地、とかが好きな人はいっぱいいますけど、裏通りはただの汚くて迷いやすい場所ですから。
報酬も悪くないですけど、他にもいい報酬のものはたくさんありますし。
ユウトさんは裏通りに入ることに抵抗はないみたいですけど、そういう人は少ないと思います。』
なるほど。
汚れ仕事的な扱いか、トイレ掃除みたいな。
え、だとすると、サラさんは俺にトイレ掃除を勧めたのか?
いや、違う、サラさんは純粋に俺に向いてそうだから勧めただけだろう、そう思っとこう。
トイレ掃除が向いているってのもどうなんだろう、というのは考えない。
まあ、俺確かにトイレ掃除嫌いじゃないけど。
「そういうことですか。
まあ、俺は確かに裏通りに抵抗はない、というかおもしろそうだと思ってますけど。
うん、まあこれで明日から依頼を進められそうです。」
『そうですね。
でも、簡単でもあんまり無理しないでくださいね。
本当に裏通りは何があるか分かりませんから。』
サラさんの裏通りに対するトラウマはすごいな。
いや、俺も迷いかけたんだから確かに注意するに越したことはないか。
「分かりました。
肝に銘じておきます。
マッピング器具はこれである程度分かったので、これからマナを使う練習をしますけど、サラさんはどうされますか?
もう休まれます?」
『いえ、ご迷惑でなければユウトさんの練習を見せてもらいたいです。』
「迷惑ではないですけど、おもしろくないと思いますよ。」
『いいです。
眺めてるだけでもいいですから。』
「そうですか。
じゃ、ちょっとやってみますね。」
マッピング器具を片付けて、マナの練習装置を取り出した。
まずは、蛍光灯式オン、オフの確認からだ。
最初はゆっくりマナをオン、オフしていく。
そして、徐々にそれを早くしていく。
どんどん早くなっていった時に、サラさんが
『え?
それどうやってるんですか?』
と聞いてきた。
あれ?
なんかおかしいことしてたか?
と思いながら、
「どうも何もマナを使ったり、やめたりしてるだけですよ。」
『そうなんですか。
でもそれにしては早さが異常だと思うんですけど。
う~ん、何か特別な方法とかあるんですか?』
やっぱり、この世界にはマナの制御に別の方法を当てはめて考える、という発想はなかったようだ。
「そうですね。
俺の場合は、マナの使う、使わないというのをスイッチのオン、オフのイメージに結び付けて使うことにしました。
そうしたら、いちいち色々考えなくてもよくなったので、早く切り替えることができるようになりました。」
と、俺が言った瞬間、サラさんの目が輝きだした。
あ、この目はユラさんぽい。
やっぱり、姉妹って似るんだなあ。
似てるのは顔だけかと思ったけど、中身も色々似てるんだな。
『なんですかそれ。
どういうことですか。
秘密でなければぜひ教えてください。
すみません、あつかましくて、でもすごく気になります。』
と、すごく詰め寄られた。
いや、近い近い。
近いって。
ん?
いや、もっと近寄ってくれていいって。
むしろどんどん寄ってきて。
と、いつかのユラさんの時とはちょっとだけ違うことを考えながら、
「教えるのは構いませんけど、まだ俺も確認中で、ちゃんと方法として確立してませんよ?」
『いいです。
私もマナの制御を研究するものの端くれですから、もしかしたらお役に立つこともあるかもしれません。』
と興奮しっぱなしのサラさんに俺の考えを説明した。
◇
しばらく説明した後、と言っても、回路図がどうとか、論理回路がどうとかは説明していない。
スイッチに置き換える部分だけだ。
回路図とかはまだ俺の中で整理できていないから、説明のしようがなかった。
『なるほどですね。
そんな方法があるんですね。
確かにマナというのは思考によるものですから、もっと自由に考える必要がありましたね。』
まあ、俺の場合、元の世界の漫画か何かでそんなような描写があった気がして、それがヒントになったんだけど、それは説明しようもないしな。
『この件は論文にして提出した方がいいかもしれませんね。』
「いや、俺論文とかめんどくさくて書きませんよ。」
と言うと、サラさんがちょっとがっかりした顔になったが、すぐに気を取り直して、
『じゃあ、私がもっとちゃんと理解してから代筆します。
ですから、これからもユウトさんのやり方を色々教えてくださいね。
あ、もちろん論文はユウトさんの名前で出しますので、ご安心ください。』
「いえ、論文の名義はなんでもいいですよ。
まあ、俺ももうちょっとちゃんと使えるようになったら説明します。
でも、もっと効率のいい方法があるかもしれませんから、これがいいかどうかはなんとも言えませんよ。」
『そうですね。
ですけど、今まで単純にマナを使う、ということに関しては、それほど難しくないのと、ある程度使い方の指導方法が定着していますので、研究はされていないと思うんです。
ですから、こういう方法もある、と世間に提案するのは必要だと思います。
もしかしたら、停滞しつつあるマナの研究に一石を投じることができるかもしれません。』
「そうですか。
そのあたりの判断は俺にはなんともつかないので、サラさんにお任せします。
俺も科学技術が進むことは大賛成ですから、よろしくお願いします。」
『お任せください。』
なんか、異世界に行って現代知識でチートする、てのはそんなに好きではなかったが、けっこう気分いいかもしれない。
まあ、この程度でチートとは言えないけど。
俺の中でのチートってのは絶対的な能力ってやつで、あんまり小さい努力の結晶とか、コツコツした下積みの先に達成するものって感じじゃないと思うんだよな。
場合にもよるけど。
チートいいなあ。
チートほしいなあ。
無限の魔力とか。
未来予知とか。
スキルポイントが通常の何十倍も入ってくるとか。
この世界には魔法もスキルもないっぽいけど。
この際、手から無限に唐揚が出せる能力でもいいからほしいなあ。
そういえば、あれって元ネタなんなんだろ?
今となってはネットがないから、調べられない。
なんか気になってきたぞ。
『あ、もうこんな時間ですね。
すみません、練習の邪魔しちゃって。
まだ練習されますか?』
気づけば11時前になっていた。
けっこうな時間だ。
手から唐揚とか言ってる場合じゃない。
俺は明日から社会人デビューするのだ。
「いえ、今日はこのくらいにしておきます。
明日はマッピングもしてみる予定ですから、もう休みます。」
『私も仕事ですから、もう寝ますね。
ありがとうございました、色々勉強になりました。
おやすみなさい。』
サラさんが出て行った。
本当は【あの国】のことについてちょっと考えようと思ってたんだけど、もう眠いからいいや。
どうせ明日雑貨屋の店主に会いに行くから、その時にでも聞いてみよう。
今日は色々あったなあ。
できたら、もっと毎日平和に過ごしたいな。
そんなことを考えながら、ルッツを抱いてベッドに入った。
4章終了です




