調査員統括
再びルッツと中庭に来た。
ちなみに俺が破壊した壁はまだ直ってはいなかった。
けれど、よく見てみたら、ちょっと亀裂が小さくなっていた。
おお、すごい。
どういう仕組みなのか教えて欲しい。
聞いても全然分からないだろうけど。
まあ、機会があったら誰かに聞いてみよう。
「よし、ルッツ行くぞ。」
いつも通り、棒を投げて遊び始めた。
◇
1時間くらいルッツと遊んだが、ルッツは本当に元気だ。
俺もいい運動になるから助かるな。
どんどんルッツのスピードは上がってる気がするし。
「よし、ちょうどいいから食堂に寄って、晩飯を食ってから帰ろう。」
ルッツと食堂に移動して、いつも通りの日替わり定食を頼んだ。
あ、今日もおっさんがいる。
と思ったら、そこにサラさんもいた。
お、サラさんがこっちに気づいた。
笑顔で手招きしている。
サラさんかわいいなあ、と思いながらルッツと近づいた。
『ユウトさん、今から夕飯ですか?』
「そうです、さっきまでルッツと中庭で遊んでたんですけど、ちょうどいい時間になったので、晩飯にしようと思って。」
『そうですか。
じゃあ、私ももう仕事は終わってますので、ご一緒させてください。
あ、紹介が遅れました。』
そこで、思い出したかのように後ろを振り返りながら、おっさんの方を向いて、
『ユウトさん、この人が先日話していた調査員の統括です。
統括、この人が今言っていたユウトさんです。』
と、それぞれを紹介した。
ああ、やっぱり?
まあ、そうだよな。
俺だって、色んな物語とかを読んできた身だし、お約束ってやつはある程度心得ているつもりだ。
それで、この場面でおっさんが調査員の統括であることに、なあんだってええええ?全然予想してなかったあああ。とか馬鹿みたいに驚くようなことはありえない。
いや、そもそも俺もう27歳だし、そんなに若くないから、いちいちリアクション取ってられんというのもある。
ていうか、逆におっさんが統括じゃなかったら、誰が統括なのよ、とも思っていた。
おっさんが毎朝毎朝、中庭をぼこぼこにしているのに、誰も注意しなかったのも、近づきがたいだけじゃなくて、偉い人だからだろうなあ、とは思ってたし。
いや、偉い人っぽいんだから多少は自重しろよ、とも思ってたけど。
まあ、調査員統括の話を聞いた直後からそう思ってたわけじゃないけど。
だけど、自分から話しかけるというのも憚られたんだよなあ。
偉い人と仲良くするにこしたことはない派なんだけど、だからといってめんどくさそうな人に自分から積極的に絡みたいわけではない。
どっちつかずだったので、流れに任せようと思って、問題を先送りにしていたわけだ。
事なかれ主義とも言う。
俺の悪い癖の一つだ。
俺がそんなことをうだうだ考えていると、おっさんが俺を見ながら
『おう、知ってる。
いつもそこの犬と馬鹿みたいに走り回ってるやつだろ。
おまえのことはユラとサラからも聞いた。
かなり有望みたいだな。
期待してるから、まあよろしく頼むぞ。
なんかあったら俺に言ってくれていい。』
「ええ、俺もよく覚えてますよ。
いつも中庭で暴れ回ってる人でしょ。
ユウトです。
有望かどうかは分かりませんけど、がんばりますんでよろしくお願いします。」
と、ちょっと皮肉交じりに返しておいた。
だって、おっさんがルッツと馬鹿みたいに走り回ってるとか言うから。
『わっはっは。
すまんすまん。
馬鹿みたいにとか言われて怒ったか。
だがな、おまえ、あれは誰がどう見ても馬鹿みたいにとしか言えんぞ。
めちゃくちゃな距離をめちゃくちゃなスピードで犬と走り回るのを1時間も繰り返してりゃな。
しかも、その直後に食堂でモリモリ飯食ってりゃ、そりゃどんな体してんだ、って思うだろ。』
「いえ、あなたに言われたくないですよ。
いつも中庭が崩壊するかと思うくらい暴れ回った後に、5人前くらい飯食ってるじゃないですか。」
『当たり前だろう。
俺は調査員の統括だぞ。
それくらいできんで、調査員をまとめることなどできんだろうが。』
と、よく分からん理屈で返された。
うん、やっぱり俺は将来はこんなおっさんになりたい。
めちゃくちゃ言われてもこのおっさんが言ってるならしょうがないな、というような気にさせられる。
でも、現時点で積極的に絡みたいタイプの人間でもない。
正直、頼りになるけどめんどくさい、ってキャラっぽい。
男版ユラさんて感じがする。
ユラさんに言ったら怒られそうだけど。
『おまえは、頭もいいと聞いている。
調査員に関して、なんか変えて欲しいこととかあったらどんどん俺に言え。
俺は普段は統括室にいるか調査に出てることが多いが、おまえとは中庭とか食堂とかで会うだろうから、その時に言ってくれればいい。』
と、言ってくれた。
やっぱり、頼りになるのは確かなようだ。
まあ、程よい距離で仲良くさせてもらおう。
おっさん、改め統括と話していると、しばらくポカンとしていたサラさんが
『ユウトさん、統括とお知り合いだったんですか?』
「いえ、知り合いというか、まあ、朝練仲間です。」
『朝練仲間?へえ』
とよく分かっていない顔をされたので、
「朝、ルッツと中庭で遊んでる時間に統括も運動してるんですよ。
それで、朝は他に人がいないから、俺が勝手に朝練仲間って思ってるだけです。」
と、苦笑しながら説明した。
すると、統括が、
『おう、朝練仲間か。
そりゃいいな。
これからもよろしく頼むわ。』
と、笑顔で言ってくれた。
いい人なのは間違いないので、これからも色々助けてもらうことがありそうだな。
「はい。こちらこそお願いします。
これからどんどん働くつもりですんで、分からないことがあったら教えてください。」
『任せろ』
という言葉を最後に統括は食事に戻り、俺とサラさんとルッツも近くの席で食事を始めた。
ちなみに、統括は今日も5人前食っている。
ホント、どの口で、どんな体してんだ、とか言ってるのやら。
◇
食事後、サラさんから封筒のようなものを渡された。
『ユウトさん、この中にユウトさんの調査員登録証が入っています。
さっき、お姉ちゃんから受け取りました。
それで、ユウトさんが正式に調査員になりましたから、統括に話していたんです。』
なるほど、わざわざおっさんに俺のことを言ってくれたのか。
相変わらずいい子だ。
この研究所では、人事権は責任者であるユラさんにあって、採用された後、面倒をみるのが、おっさん、もとい統括みたいだな。
「ありがとうございます。
さっき俺も中庭でユラさんに会って、マッピングの依頼の契約書が今日中に届くと言われたんですけど、どこかに取りに行けばいいですか?」
恥ずかしいから、ユラさんに怒られた、とは言わない。
中庭の壁を壊したことも言わない、恥ずかしいから。
できたら、誰の記憶にも留まらないうちに壁が直ってくれたらいいと思う。
ていうか、いつもおっさんが暴れてる所の壁を壊したから、事情を知らない人が見たらおっさんが壊したと思うかもしれない。
おっさんなら壊しそうな気がするし、壊しても意外じゃない。
おっさん、すまん、そしてありがとう。
『総務課で受け取れるはずですよ。
帰りに寄っていきますか?』
「はい。お願いします。」
◇
それから、家に帰る途中に総務課に立ち寄って、裏通りのマッピング依頼について尋ねた。
すると、契約書と調査に使用する器具一式が届いていたので、受け取った。
契約書には依頼書に書かれていた条件などの他に調査報告は調査の度にしてくれるのが望ましいが、最低1週間に1回程度でも構わないことが書かれていた。
また、報酬は調査結果確認後、すぐに研究所の総務課で受け取れるように手配してくれることなども書かれていた。
あとは、調査器具の使用方法などが書かれている説明書が中に入っているから、それを読んでから使うように、とか注意書きを渡された。
契約書にサインをして、写しだけ受け取った。
「じゃあ、帰りましょうか。」
と、サラさんに声をかけて帰宅した。
ちょっと、古代種の調査の依頼も気になったが、今度一人の時にゆっくり見ることにした。
どうせ、マッピングの報告に頻繁に総務課に行くことになるし。




