【あの国】
ヨーヨーで中庭の壁を破壊してしまった。
ものすごい音がなったのだが、多分それを聞きつけて、ユラさんがすごい形相で走ってきた。
ああ、逃げたいけど言い逃れできる状況じゃないな。
「はあ、しょうがない。
正直に話して謝るか。」
と、腹を括ったところでユラさんが目の前に来た。
そして、俺の姿を認めるなり、形相がみるみるうちに緩んでいった。
そして、なぜかどんどんニコニコしだした。
あかん、これあかんやつや。
『ほっほー、何事かと思ったら、ユウト君じゃない。
すごい音が聞こえたから、何事かと思って来てみたら、なるほどなるほど。
うん、ちゃんと説明してくれるよね?』
あ、これ答え方間違ったら解剖されるやつや。
「は、はい。」
と、包み隠さず事細かに説明をした。
説明の途中から、ユラさんは笑うのをやめて、真剣な表情になった。
具体的には、壁を割ったのがヨーヨーだと言った辺りから。
多分最初は興味本位でおもしろがっていたのに、途中で何か深刻な状況だと判断したみたいだ。
いや、これそんなに深刻な状況か?
壁は直さないといけないけど。
弁償だよなあ。
そんなに金はないんだけどな。
『じゃあ、この惨状はそのおもちゃのせいなのね?』
「ええ、本当にすみません。
すぐには無理ですけど、弁償します。」
『ああ、それはいいのよ。
わざとじゃないみたいだし。
それより、さすがサラが見込んだ男ね。
あなたは本当におもしろい。
いっそ、解剖して調べたいくらい。』
「いや、それはちょっと勘弁してください。」
『冗談に決まってるじゃない。
それより、そのヨーヨー?のことだけど、』
冗談とは思えない。
サラさんも言ってたし。
ってのは冗談だけど。
「はい、さっきも説明したとおり、雑貨屋でもらいました。」
『うん。
他国のおもちゃだとか。
まあ、あなたがそれの使い方を知っている理由はよく分からないし、それはそれで興味深いけど。
今はそれより、それが本当は何なのかが問題ね。
もしかしたら、古代の武器なのかもしれない。
ええ、その可能性は高いわね。
それに、それが古代の武器なら特に問題はないわ。
他にも古代の恐ろしい兵器っていうのは、たくさん見つかってる。
でも、そうじゃなくて、それが他国で作られたものだとしたら、その方がちょっと深刻ね。
ユウト君はサラから【あの国】のことは聞いたことあるかしら?』
「ええ、なんでも科学が発展している国で、ユラさんの国と小競り合いをしているとか。」
『そう。
まあ、私はそのような状況がとても気に食わないわけだけど、今はそれは関係ないからいいわ。
問題なのは、うーん、そうね。
はあ。』
そこでユラさんは諦めたようにため息を吐いた。
『色々複雑な事情があるから詳細は省くけど、この件に関しては、うちの国がどう考えても悪いわ。
でも、【あの国】は国自体が科学者気質で、技術の探求第一で周りの国からの干渉とかは、煩わしい虫くらいにしか思っていないと思う。
だから、うちの国のことも大して気にかけていない。
それは私にとっては、ありがたいんだけど、それでも、適当にあしらっていても、うちの国を追い払えるくらいの武力があることは確実なの。』
そういえば、サラさんもドラゴンを撃退する兵器を作ったという噂があると言っていたな。
『それに、気にかけていないとはいえ、頻繁にちょっかいを出されて、うちの国に対して不満が溜まっているのも間違いないと思うわ。
だから、いつかうちの国に攻撃をしかけてきてもおかしくない。
いえ、もういつ攻撃されてもおかしくない状況だと、私は思っているわ。
そうなったとしても、それは自業自得なんだけど、自業自得とは言え、私は自分の国に滅んでほしくはない。
それで、そのおもちゃ自体はたいした脅威だとは思わないけれど、そんなおもちゃにこれだけの
威力を出させることが可能な現代の技術は今まで見たことはないわ。
それが古代の遺物でないとしたら、作れるのは恐らくあの国しかない。
今まで、あの国に関する色んな噂があったけど、実際にそれを目にしたことはないわ。
だから、どんなにすごい噂があろうと、そんなことが本当にあるのかどうか、誰も判断なんてできなかったの。
情報だけ入ってきても実物がないから確認のしようもなかったし。
最近はもう情報すら入ってこないし。
そのおもちゃはもしかしたら初めてあの国の技術について知る手がかりになるかもしれない。
だから、そのおもちゃがどこで、どんな目的で作られたのかはできたらはっきりさせておきたいの。
ユウト君、できたら、そのおもちゃの出自について分かる範囲でいいから、調べてくれないかしら?
報酬を出してもいいわ。』
「そうですね。
これについては元々調べるつもりでしたから、報酬なんかは要りません。
それはいいですから、俺からも聞きたいことがあります。
その国に関して、誰も国の名前を言わずに【あの国】と言います。
それは、なぜなんですか?」
『それは、いくつか理由があるんだけど、さっきも言った通り、あの国は科学者気質で技術の探求に没頭しているわ。
でも、というか当然かもしれないけれど、自国の技術が外部に流出するのを極端に嫌がってる。
だから、さっきも言ったとおり、本当に情報すら、なかなか手に入らなかったの。
それなのに、ある時、あの国の一人の技術者がうちの国に亡命してきたの。
まあ、うちの国が莫大な研究資金と研究設備の提供をエサに引き抜いたらしいんだけど。
で、その人はあの国の技術をうちの国にもたらしかけたんだけど、研究を始めよう、という時になって、謎の変死を遂げたの。
今でも、死因は分かっていないけど、情報漏えいを恐れたあの国がどうにかして、その研究員を消した、と考えられているわ。
その一件から、あの国は今まで以上に情報統制が厳しくなった、と言われてるの。
言われてる、というのは、本当に何の情報も出てこなくなってしまったから、情報統制が厳しいかすら確認できないの。
噂では、今ではトラブルを起こした研究員とか、思想があの国の理念に合わない人間は秘密裏に処分される、なんて言われているわ。
それで、世界中から危険国指定されて、あの国に関する風説を立てることが禁止されている。
今では一般の人はほとんどあの国の存在自体を忘れているわ。
いつしか、みんなの中であの国の名前を出さないということが暗黙の了解となった。
それが、あの国と言っている理由よ。』
なにそれ、怖い。
謎の変死って黒魔術か何かか?
いや、科学の国でそれはないだろう。
偶然の可能性もあるよな。
でも、話を聞いた限りではあまりお近づきにはなりたくないな。
ヨーヨーのことを調べるなら、その国のこともちょっと調べざるをえないだろうけど。
まあ、一方だけの意見を聞いて判断するのはだめだと思うし。
もしかしたらめっちゃ平和志向の国かもしれない。
とにかく、調べるにしても細心の注意は払おう。
「ヨーヨーの件については、俺は今ファスタルの裏通りのマッピングの依頼を申請しているので、その契約ができたら、まず雑貨屋周辺から始めてみます。
それでそのときに、雑貨屋に行って店主に色々聞いて見ます。
それと、このヨーヨーなんですけど、本来ならお渡しして調べてもらったほうがいいんでしょうけど、どうしましょう?」
『ああ、その依頼なら多分今日中には契約書が届くと思うわよ。
さっき、処理手続きが上がってて私が承認したから。
あと、ヨーヨーは調べたいのはやまやまなんだけど、あなたのマナでしか動かないみたいだし、下手に分解して壊すのも嫌だから、今は受け取らないわ。
その代わり、調査する必要があれば、協力してほしいの。』
「分かりました。
俺もそのつもりで変な扱いはしないようにします。
あと、契約ができたら、すぐに調査は始めることにします。」
『ありがとう、そう言ってもらえるとありがたいわ。
じゃあ悪いけどお願いね。
何か分かったら連絡して。
私の部屋に直接来てくれてもいいわ。
場所はサラに聞けば分かるから。』
「分かりました。
あの、この壁はどうしましょう?」
『ああ、その壁は自己修復機能がついてるから、明日には直ってるわよ。』
自己修復だって?
すごいな。
これも古代の遺物だろうな。




