入門書と鍵入手
元の世界について考えていた俺は、部屋に戻ってきたサラさんに元気がないと心配されてしまった。
サラさんにはあんまりよけない心配をかけたくない。
「大丈夫です。
ちょっと帰ってきて気が抜けちゃったみたいです。」
『そうですか。
何かあったら遠慮せずに言ってくださいね。
これ、昨日と同じものですが、紅茶です。
これでも飲んでリラックスしてくださいね。』
「ありがとうございます。
これおいしいですよね。
サラさん紅茶がお好きなんですか?」
『ええ。
紅茶にはちょっとこだわりがあります。
と言ってもそんなに高価なものではないんですけどね。』
と言って微笑む部屋着サラさんを見て、おいしい紅茶を飲んで、
本当に落ち着いてきた。
部屋着の威力恐るべし
・・・じゃなくて紅茶のリラックス効果はすごいなあ。
◇
「それで、さっき言っていたマナの使い方に関する本ってどれなんですか?
今日はもうあんまり読む気はないんですけど、ちょっと目を通しておきたくて。」
『それなら、え~と・・・
・・・これです。
この本が昨日ちょっとお話した学院で使うマナに関する最初の教科書です。
いわゆる入門書ですね。
あまり細かい内容ではなくて、概要の説明が主といった感じです。
ですから、ちょっと物足りないかもしれませんが、まずはマナがどういったものか知って頂いた方がいいかと思います。』
「そうですね。
俺もそれがいいと思います。
ちょっと確認したいんですけど、今日おっしゃってた話では、マナは起動因子であって、直接的なエネルギーではないんですよね?」
『そうですね。
マナ自体が何かを動かす、という類のものではないです。』
「じゃあ、マナを使っても何か危険が起きる、ということではないんですよね?」
『そうですね。
考え方の問題でもあるかもしれませんが、マナを使って何を動かすかによって危険かどうか決まるのであって、マナ自体が危険というわけではないです。
何かしようと思っているんですか?』
「いえ、折角ですからちょっと中庭でヨーヨーを使ってみたいと思っているんです。
それで、あれは俺のマナに反応したということですから、マナ自体が危険ではないとすれば、あとは俺のヨーヨーの操作自体が問題ということになるんだろうなと思って。」
『そうですね。
あまり中途半端な知識でマナを扱うのは本当はお勧めできないんですけど、
ユウトさんはヨーヨーがすごくお上手なようですので、ある程度無茶をしなければ大丈夫だとは思います。
一応、あの中庭の施設は、ある程度の強度は持たせてますので、裏通りの雑貨屋で出た光くらいなら大きな問題は起きないと思います。
でも、できたらあんまり危険なことはしないでくださいね。』
釘を刺されてしまった。
「分かりました。
もうちょっとしっかりマナのことが理解できて、ある程度使えるようになるまで、軽く遊ぶ程度にしときます。」
『多分ユウトさんならすぐに使いこなせますから、焦らなくても大丈夫ですよ。』
「サラさんがそう言ってくれるなら、そうだと信じることにします。
とりあえず、明日はこの本を勉強して、マナがどんなものか位は分かるようにしてみます。」
『そうですね。
分からない所とかあったら、明日帰ってきてから聞いてくださいね。
あ、その本の中に一杯私の書き込みがあると思いますけど、それは気にしないでくださいね。』
「ああ、昨日ちょっと数学の本を見ましたけど、そこにも書き込みがありましたね。
本の説明の補足がされていて、分かりやすくてよかったと思いますよ。」
『え?
もう何かの本を見られたんですか?
どの本ですか?』
「ええと、それですね。」
『これですか?
内容は分かるんですか?』
「そうですね。
俺はその方面の専門家ではないですけど、それくらいなら分かりますよ。」
『それくらい?
そうですか。ユウトさん頭いいんですね。
薄々そうじゃないかと思ってましたけど。』
あれ?
サラさんがちょっと凹んでしまった。
「いや、一応俺も若いときにけっこう勉強とかしてましたから、その時に学んだ内容だから分かるだけですよ。
ぱっと見て分かったわけじゃないですよ。」
と、謎のフォロー。
『いえ、いいんです。
むしろユウトさんならできて当然なんです。
私もがんばりますからいいんです。』
なぜだかサラさんの中での俺の評価はかなり過大な方向に振り切っている。
どこかで修正しないと、いつかがっかりされそうで怖いな。
「あの、俺けっこうバカですからあんまりできることは多くないですよ。
たまたま知っていただけです、たまたま。」
『そうですね。
人間謙虚さが大事ですよね。
自分の身の丈を知って慎ましやかに振舞わないと恥をかきますよね。
ユウトさんにマナのことを教えるなんて、おこがましいにも程がありますよね。』
と、よく分からない方向に行っている。
あれ、どうしよう。
これ、どうしたら帰ってきてくれるんだ。
分からん、分からんが放っておくのはかなりまずい気がする。
「サラさん!
俺はサラさんに感謝してますし、頼りにもしています。
何かを教わるならサラさんからがいいと思っています。
ですから、そんなことを言わずによろしくお願いします。」
と、サラさんの肩を持って、真っ直ぐに目を見ながら力強くお願いした。
すると、なぜかサラさんの顔は見る見るうちに真っ赤になり、
『あわわわ、分かりました。
お、お任せください。
わ、私としたことが取り乱しました。
明日からもがんばりましょう。
じゃあもう寝ます。
おやすみなさい。』
と言って、立ち上がって部屋を出て行ってしまった。
あれ、なんか間違えた?
人にものを頼むときは誠意を持ってお願いするべきだと思ったんだけど。
と、思っていると、再びサラさんがドアを開けて、そろっと入ってきた。
そして、
『あの、これ、この家の鍵です。
明日から、これがないと不便でしょうから。
あと、私は7時半くらいに出て、帰ってくる時間ははっきりしませんが、その間はお好きにして頂いて結構です。
では、おやすみなさい。』
と、すごい早口で言って出て行った。
う~ん、俺なんか悪いことしたかな。




