心残り
夕食後、これからの予定を話しているうちにサラさんの部屋に戻ってきた。
『じゃあ、ちょっと着替えてきますので、部屋で待っててもらっていいですか。
ついでに飲み物を持ってきますけど、紅茶でいいですか?』
「ありがとうございます。
お願いします。
ほんとお世話になりっぱなしで、そのうち何かお礼をさせてくださいね。」
『ふふ、そんなの気にしなくていいですよ。
私が好きでやってるんですから。
でも、期待して待ってますね。』
と、サラさんは微笑みながら出て行った。
俺も折角だから今日買った部屋着に着替えることにした。
◇
うん、やっぱり家ではラフな服装に限るよな。
自分の家ではないけどな。
緩めの服装で愛犬をモフる生活。
ルッツも今日はそこそこ動いたから満足しているのか、完全に脱力して俺にされるがままになっている。
やべ、俺が求めてた心の平穏を異世界で見つけたかも。
よくよく考えたら最近ほんと仕事に追われてゆっくりできなかったもんなあ。
ほとんど休みなしでずっと仕事ばかりしてたせいか、ここ最近の記憶って仕事に関することしか残ってないくらいだし。
そんだけやって、やっと完成した俺の渾身の新仕様品も確実になかったことになるんだろうなあ。
元の世界で俺がどういう扱いになっているか分からないけど、上司は今頃過労死するくらいバタバタしてるんじゃないだろうか。
悪いことをしたな。
でも俺がやりたくてやったことじゃないし、今の俺にはどうすることもできないからなあ。
元の世界での最近の異常な忙しさを考えると、この平穏は忙しすぎて頭がおかしくなった俺の幻覚なんじゃないかと思えてしまう。
幻覚にしろ何にしろ、今はこの状況を全力で乗り切るしかないんだよな。
切り替えようとは思っているのだが、今のこの状況でもこんなことを考えるなんて、俺って自分で思ってたより仕事人間だったんだなあ、と残念な再確認をした。
あんまり家族の心配とかしない辺りも残念だよな。
まあ独り身だし、もう親元を離れて久しいから仕方ないけど。
ただ、それだけあの仕事の成果には自信があったってことでもあるんだけどな。
個人的には時代を変える可能性を秘めている、とか考えてたしな。
冷静になって考えるとちょっと恥ずかしいが、俺のいた業界には今まであんまりなかったのは確かだと思う。
残念ながらその核心部分は俺の頭の中とここにあるノートに詰まってるから、それがないと再現しようがないんだよな。
俺がいなくなってしまった以上、その機能が実現されることはないんだろうな。
やっぱり俺が元の世界に帰るしかないんだろうが、どうやって来たのかも分からないから、今の所は期待薄だな。
残念だ。
『お待たせしました。
入っていいですか?』
ノックの音とともにサラさんの声が聞こえてきた。
これ以上、元の世界のことを考えても仕方ない、と本当に切り替えて
「どうぞ。」
と答えた。
部屋に入ってきたサラさんに
『どうかされました?
何かさっきより元気がなくなってませんか?』
「大丈夫です。
ちょっと帰ってきてほっとしたら気が抜けちゃったみたいです。」
と言っておいた。
そんなに顔に出てたかな。
あんまりサラさんには余計なを心配かけないようにしないと。