出会いと報告 - サラ視点 -
今日、不思議な人に会いました。
辺境に着くまではいつも通りでした。
もうこの調査も何度も来ているので、最初の頃より緊張感がなくなっていたのは事実です。
ですが、いつもと違って辺境に入っても全くキュクロプスが現れる気配がなかったので、かなり周囲を警戒して運転していました。
あのわんちゃんに気づけたのは偶然でした。
たまたまふと前を見ると道路に黒い塊が見えたのです。
危ない、と思ってブレーキを掛けましたが手遅れで、とっさに大きくハンドルをきって避けたのです。
それでわんちゃんを避けられたのはよかったのですが、バイクが道路を外れて路肩の砂場に突っ込んでしまいました。
幸い怪我はなかったので、すぐに動かそうとしたのですがタイヤは空転するばかりで、私の力では起こすこともできずに立ち往生してしまったのです。
その時にはまだキュクロプスは現れていなかったのですが、いつ襲われるか分からない状況でしたし、結界石で守られていると言ってもそれほどの強度はありませんから、キュクロプスが現れれば死ぬのを待つだけでした。
しばらく、途方に暮れていましたが、歩いて帰れるところまで帰ろうと決め、顔をあげました。
そこで、彼がこちらに向かって歩いているのを見つけたのです。
最初見た彼は、こちらを見てすごく驚いているようでした。
多分バイクを初めて見たのでしょう。
現在動くものは国全体でも20台ほどしかないようですから。
ですが、私はそんなことよりもこの心細い状況に現れた彼が天からの救いに思えたのです。思わず、
「あ、こんな所に人が。
助かったぁ。」
とつぶやいてしまいました。
それから、彼に助けを求めようとして近づいた時、彼の容姿に気づきました。
少し変わった服装をしていましたが、それはそれほどおかしいというほどではありません。
それよりも私が驚いたのは、本当にきれいな黒髪にきれいな真っ黒の瞳をしていることでした。
黒髪、黒目の人はそれほど珍しくはありませんが(私もそうですし)、ここまできれいな髪と瞳の方はそういないと思います。
と、呆けそうになりましたが、今はそんな状況ではないと思い直し、
「すみません、そこの子犬を避けようとしてバイクでこけてしまいまして。
一人では動かせなくて困っていたんです。
申し訳ないのですが、少し手を貸していただけませんか?」
と話しかけると、なぜか彼は先ほどよりも驚いた顔をして、
『構いませんよ。それよりお怪我はありませんか。』
と、答えてくれました。
なぜそんなに驚いているのか分かりませんが。
そしてこの時、彼がこんな辺境を一人で歩いてきたことに気づきました。
周りになにか乗り物などがある様子もありません。
正直、かなり怪しい人に話しかけてしまったのかもしれません。
ですが、怪我の心配をしてくれるあたり、悪い人ではないと思いました。
「ええ、体は大丈夫です。
それよりもバイクが壊れていないかの方が心配で。
こんな辺境で身動きが取れなくなったらどうしようかと途方に暮れていたんですよ。」
気になったので、こんな辺境という部分をちょっと強調して話してみました。
すると、彼はなぜか遠い目をしながら納得したような表情をしていましたが、その反応の意味は分かりませんでした。ですから、さらに
「あなたも見た所、お一人のようですが、こんな所でどうされたんですか?」
と、尋ねた所、ちょっと困ったような表情をしながら
『いえ、ちょっと事情がありまして。こんなことを言っても信用してもらえないでしょうが、怪しい人間ではありません。』
とても怪しい言葉を頂きました。
『と、とにかくバイクを動かしましょう。
いつモンスターが襲ってくるか分かりませんし。』
続けて彼はこんなことを言いました。
ですから私は
「そうですね。でもこの道路は結界石があるので、道路上にいる限り
モンスターは襲ってきませんよ。」
と言いました。この結界石は私が設置したもので一般に出回っているものとは少し違うため、彼も気づいていなかったのかもしれません。
それよりもモンスターというのはキュクロプスのことでしょうか。
あの怪物を知っているのであれば、こんな所を一人で歩くなどできるはずはないのですが。
『そうでしたね。とにかく、バイクを動かしましょう。』
と、彼は言いました。
【そうでしたね。】というのはどういう意味でしょうか。
結界石のことには気づいていたけど、モンスターが襲ってこないことは知らない?
そんなことがあるのでしょうか。
確かに私も辺境の怪物が襲ってきたなら結界石が破壊されると思いましたが、この方は一人でこんな場所を歩いていたにしては、受け答えがおかしいです。
とにかく、色々怪しい人なのは確かなようですが、まずはこの状況を何とかするのが先だと思いましたので、
「分かりました。それでは、申し訳ありませんが、お願いします。」
とお願いしました。
かなり重いものですが、二人で動かせばなんとかなると思いますし、動かせないとどうしようもなくなりますから、がんばろう、と思っていた所、彼はバイクに近づき、
『とりあえず、俺が起こして道路まで戻しますので、こけないように補助だけ
お願いします。』
と言われました。
起こす?一人で?
そんなことは無理です。
私は確かに非力かもしれませんが、これでも辺境の怪物の調査を任されるような身でもありますから、それなりに鍛えています。
この方は確かに逞しい体をされていますが、一人では無理です。
「かなり重いですから一人では無理ですよ。
私も手伝いますので、2人で動かしましょう。」
と言ったのですが、彼は
『多分大丈夫ですよ。こう見えても鍛えてますので。』
と答えて、本当に軽く起こしてしまったのだ。
私はあっけにとられていたのだが、彼の
『ハンドルお願いします。』
という言葉で気を取り直し、
「あ、すみません。ハンドルはロックされているので、私のマナがないと
動かないんです。」
と言いながらロックを外しに行きました。
彼はなぜか私の言葉を聞いた後、目を輝かせていましたが、何かおかしなことを言ったでしょうか。
とにかく、ハンドルのロックを外すと、彼はバイクを道路に戻して固定してくれました。
最初は怪しく感じましたが、本当に助けて頂きましたし、とてもいい人だと思いましたので、
「本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です。
あ、まだ名乗っていませんでしたね。
私はサラといいます。
失礼でなければあなたのお名前を伺いたいのですが。」
と言って、自己紹介をしました。
『俺は佑翔といいます。
大したことはしてませんよ。
困ったときはお互い様です。』
彼はそんなことを言いながらはにかんでいました。
私はこの時の彼の笑顔があまりにも眩しくてどきどきしてしまったのです。
◇
思えば、これまでの人生で、と言ってもまだ19年しか生きていませんが、家族以外からこんなに純粋な笑顔を向けられたことはないかもしれません。
私はこう見えても王族の端くれです。
周りにも色んな人が集まってきました。
けれど会う人会う人ほとんどが私に気をつかっているか、取り入ろうとしているか、そんな人ばかりで本当に対等な友人などほとんどいません。
学院時代にはこんな私にも普通に接してくれる友人ができかけたのですが、そんな人もなぜか数日経つと私を避けるようになったのです。
ファスタルの街の人々は私に良くしてくれていると思いますし、研究所の人たちは対等に扱ってくれますが、あくまで、王女として、とか、仕事上の仲間として、といった感じで、友人と呼べる存在は今はいません。
彼とはそんな友人になれるのではないか、なぜかこの時にそう思ったのです。
ですから、彼にお礼をしたいと申し出たのですが、彼は街に連れて行ってほしいと行っただけでした。
辺境の調査もこのあたりで完了でしたので、あとはファスタルに帰るつもりでしたから、彼にそれを伝えると、ファスタルまで同行したい、と言われました。
やっぱり彼は一人で乗り物もないようでした。
ですが、この時には私はもう彼に対する警戒心はほとんどなくなっていましたので、気にはなりませんでした。
◇
その後、彼は私が轢きかけたわんちゃんの様子を見ていました。
私もこんな所に子犬がいるなんておかしいとは思いましたし、私のせいで怖い思いもしたでしょうから、気にはなりましたが、弱り切っているようでしたので、どうしようもないと思っていました。
その時、彼が胸ポケットから何かの塊を取り出したかと思うと、砕いて、わんちゃんに食べさせたのです。
すると、ほとんど身動きもとれなかったはずのわんちゃんがどんどん回復して
自分で立てるまでになっていたのです。
確か、古代文明の文献で似たような話を見たことがあります。
疲弊しきった獣に薬を与えてすぐに回復させるというような。
ですからつい、
「え?なにこれ?ありえない。何あの秘薬?まさか伝承にあるあの・・・」
と呟いていましたが、彼の方を見ると彼も驚いているようですから、分かっていてやったのではなかったようです。
その後、彼は助けた犬をどうしようか真剣に悩んでいたようでした。
あの薬のことも気になりましたが、彼の困った様子を見ていたくなかったので、わんちゃんも一緒にお送りするように申し出ました。
すると、彼はもう地面に頭をつけそうな勢いでお礼を言うので、
「構いませんよ。
困ったときはお互い様です。」
と、彼に言われたのと同じ言葉をかけました。
私は彼に言われた言葉がどれだけ嬉しかったのか伝えたかったのです。
◇
その後、彼とわんちゃんを乗せてバイクを走らせました。
壊れていなくて本当によかったです。
走らせ始めてすぐに気づきました。
後ろに人を乗せているのにマナの干渉が全くないのです。
家族を乗せた時だって干渉して数kmで辛くなるのに、この時はどれだけ走っても全く辛くありませんでした。
彼はものすごいマナの使い手で干渉しないようにしてくれているのか、とも思いましたが、どうも彼はマナの使い方を知らないようでした。
私は素質がある、と言いましたが素質なんて言葉で片付けられるものでしょうか。
ちょっと異常だと言わざるを得ません。
でも、もしかすると私たちはとても相性がいいのかもしれない、と思うと、なんだか無性にうれしく感じて、とても上機嫌に会話ができました。
彼はマナについて、興味があったようですが、あまり持ち合わせもなさそうなので、学院に行くのは難しいかもしれません。
私は彼ともっと話してみたいと思うようになっていましたので、思い切って私が教える、と提案しました。
彼は遠慮していましたが、私がそうしたいと思ったことなので、強引にお願いしました。
それから、彼はファスタルに行くと言ったのに私のことを知りませんでしたので、ファスタルに住んでいる人ではないと思いました。
(私はファスタルでは一応有名ですし)
これからファスタルで宿を探すと言っていましたが、今日は外出禁止令も出ていますし、帰るのも夕方にはなりますから、宿が見つかるとは思えません。
男の人を家に呼ぶのはちょっと勇気が要りましたが、この人は大丈夫そうだ、となぜだか信頼できましたので、うちに泊まるように勧めました。
その後の彼の反応はよくわかりませんでしたが、最終的に泊まってくれるようでしたので、よしとしましょう。
そのあと、私の家に着くまでは透明になれる布を被って頂きました。
街の人に心配されたくなかったのもありますが、バイクで男の人を乗せていくのが少し恥ずかしかったのもあります。
◇
という内容を、私の気持ちは省いて、上司、つまりお姉ちゃんに報告しました。
彼女はとても難しそうな顔をして報告を聞いていましたが、
しばらく考え込んだ後、急ににやにやしだしました。
『サラぁ、随分その人のことを気に入ったみたいじゃないのぉ。』
とか言っています。
正直、うざっと思いました。
この人はとても優秀だし尊敬もしてますが、変なスイッチが入ると、そこはかとなくめんどくさくなります。
今ももうノリノリで私に絡んできています。
ユウトさんを家に泊める許可がほしいと言うと、にやにやしたまま
『オッケー、オッケー。何の問題もないわよ。
むしろ何か問題が起きてもオッケーよ。』
とか言ってきました。
この人は本当に何を言っているんでしょう。
とにかく、あっさり許可をもらえたのはよかったです。
すると、お姉ちゃんは急に真面目な顔になって、
『ところで、その人、きれいな黒髪と黒眼だと言ったわね?』
「うん。見たことないくらいきれいよ。」
『で、発言がおかしいのよね?
そして多分マナの素質が尋常じゃない?』
「そうね。そんな感じ。」
『もしかして、【あの国】の科学者だったんじゃないかしら。
それで、何かトラブルがあって記憶を消されてキュクロプスに
始末させようとして辺境に放置されたとか。
そこにたまたまあんたが通りかかったんじゃない?』
と言われ、私ははっとしました。
あの国、というのはこの国を治める小国の一つで科学技術では他の国とは一線を画す優秀さを持っています。
ですが、同時に怪しい噂も多く、記憶を消して抹殺しようとする、というのはありえる話だと思いました。
「それは、ありえるかもしれない。」
『もしそうだとしたら、あんたが保護してあんたの家にいる、というのは
確かに彼にとって一番安全かもしれないわね。
しばらく、様子を見ないと分からないけど、もし追手がいても
うちにはそうそう手出しはできないでしょうし。』
「そうね。分かった。
しばらくはうちにいてもらう。」
私は彼を守ることを強く決心しました。
『ま、そんなことはほとんどありえないけどね~。
可愛い妹のためにちょっとくらい協力してやんないと。』
と後ろを向いてにやにやしながらお姉ちゃんが呟いたのは私には聞こえませんでした。
その後も細々とした報告をして、家に戻りました。
◇
家に戻った後、ユウトさんから薬(彼は軽食と言ったが)をもらって、再びお姉ちゃんに届けると、放り投げるようにお金を渡されて、
『すぐに分析するから、あんたはもう帰りなさい。』
と、追い出されました。
本当に自分の興味に素直な人だと思いましたが、私も人のことは言えないので、
大人しく戻りました。
そして、部屋に近づいた時に廊下にすごい光が漏れているのが見えたのです。
私は急いで部屋に戻ってユウトさんに事情を聞きましたが、彼もよくわかっていないようでした。
今日は色々ありすぎて私も疲れていたので、様子を見ることにして問題を先送りしました。
それから、ユウトさんがシャワーを浴びている間に着替えて夕飯を作りました。
こんなことならもっと料理を勉強しておくんだった、と思いましたが、ユウトさんは喜んでくれたようなのでよかったです。
シャワー上がりのユウトさんは髪の毛が少し濡れていて、さっきよりかっこよく見えて少しどきどきしてしまったのは内緒です。
ご飯の後、とても眠たくなったので、すぐにお皿を片付けて寝ることにしました。
本当に今日は色々なことが起きた一日でしたが、振り返ってみるとなんとも言えない満足感に包まれた日だったと思います。
明日からもがんばろう、と思って眠りにつきました。
サラ視点の話です。
色々勘違いしているのにユウトと噛み合っていくところを表現しようとしましたが、難しい。
彼女の気持ちの変化も表現したかったのですが、
一日のうちにこんだけ変わるってのは少々不自然かもしれません。
純粋で思い込みの激しい子、と言う感じが出せていたら幸いです。
あと、上司なお姉ちゃんは主要な登場人物になる予定です。