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チートなし異世界生活記  作者: 半田付け職人
第8章 22日目以降 責任
118/119

最終話 生活記 - サラ視点to     -

「うーん。

 朝かぁ」


 伸びをして、目覚めました。

 今日もいい天気みたいです。

 

「ルッツ君、行きましょう」


 時刻は6時30分。

 私は朝にあまり強くないけど、最近はこの時間に起きるのが習慣になってきました。

 起きたら、中庭に行きます。


『うぉらぁあああああああああ』


 中庭ではいつも統括が先に朝練を始めています。

 統括はあの戦いの前よりも随分強くなったみたいで、中庭が前以上に荒れてしまうようになりました。

 さすがに、そろそろお姉ちゃんに怒られると思います。


『おう、サラ』


 統括はいつも私を見つけると挨拶をしてくれます。


「おはようございます。

 今日もすごいですね」


 私は素直な感想を言いました。

 実際、統括はものすごいです。

 誰もついていけないと思います。

 統括と一緒に運動できるのなんて、ユウトくらいです。


『俺は統括だからな』


 統括はいつもそれです。

 でも、その言葉には不思議な説得力があります。


 私も最近朝練をしています。

 ルッツ君の運動のためでもあるけど、主に自分のためです。

 私はもっと体力をつけないといけないと思っています。



 アポリトとの戦いから、まだ三週間しか経っていません。

 でも、世の中は大きく変わり始めています。


 まず、ニグートは混乱が拡大しています。

 代表者を始め、主要な人間たちがアポリトの操作から解放されたためです。

 別に、今までの記憶がなくなったわけではないから、公務を行えないというわけではありません。

 ただ、今までの自分の行動の意味が理解できずに、辻褄の合わないことが増えているようです。

 それでも、どれだけ混乱していても人がいる以上、国は動いていくし、そのうち落ち着くだろうとお姉ちゃんは言っていました。

 今のところ、私たちには帰国命令は来ていません。

 目の前のことを処理するのに手一杯で、私たちに気が回っていないらしいです。

 もしニグートが変わるために私の力が必要だというのなら、協力しようと思っています。


 トライファークも変わりました。

 代表者は元の人に戻ったけれど、今回の一連の出来事とマイさんの主張を受けて、他国と技術交流をするという方針に転換しました。

 最近聞いたんですが、マイさんはトライファークの代表者の一族らしいです。

 今、マイさんが色々動いてトライファークは前に進み始めています。

 その一環で、ファスタルとトライファーク、というよりもうちの研究所とトライファークは共同で色々な研究を行うことになりました。

 お姉ちゃんとマイさんが契約を交わして、自由にやりとりをできるようにしたおかげです。

 その契約の時にファスタルの保守主義の役人が文句を言おうとしたのを、統括が一喝して黙らせました。

 統括はファスタルでは代表者と同じくらい発言力がある人物なので、そんなことができるみたいです。

 お姉ちゃんがお礼を言うのを、統括はいつも通りの調子で、俺は統括だから研究所の発展に協力する義務がある、と言って笑っていました。

 ユウトが上司にしたい男No.1だ、なんて言ってたけど、私もそう思います。


 そんな風にトライファークはファスタルと交流を始めました。

 でも、ニグートとはしばらくは難しいかもしれません。

 流石にどちらの国もお互いに対して、色々な感情を持っています。

 元々はニグートがトライファークを一方的に攻めていたせいで、ニグートが恨まれていただけだったんですが、今回の戦いではトライファークの攻撃でニグートの街にもそれなりに被害が出たので、話が難しくなっているようです。

 ただ、建物の被害はあっても、軍関係者以外への人的被害はほとんど出なかったので、もう少し落ち着けばなんとかなると思います。

 私とマイさんは友達になれたのだから、ニグートとトライファークの仲もいつかは修復できると信じています。


 ファスタルはトライファークと交流を始めたこと以外は、今のところは大きく変わっていません。

 でも、オリジンの存在が知られるようになり、オリジン自身も人間と協力する意思があるということで、これからは協力して街の整備から始めることになっているみたいです。


 私も最近は忙しく動き回っています。

 統括と一緒に各地で起きている古代種関係の問題の対処にあたっているからです。


 アポリトがいなくなってから、それまで大人しかった古代種の一部に変化が現れました。

 どうやら、アポリトの管理がなくなったせいで、それぞれの古代種たちが自分たちの意思で行動するようになったみたいです。

 ほとんどは、今までと変わらず周辺のモンスターの管理を行っているようです。

 そういう古代種は姿を見せることがないから実際のところは分かりませんが、古代種研究会の見解ではそういうことらしいです。

 問題は、地域の管理を放棄した古代種です。

 今のところは、管理を放棄した古代種自身が人を襲うようになった、という話は出ていません。

 ですが、古代種と思われる巨大なモンスターがどこかへ行く姿が目撃された後、急にその地域のモンスターの凶暴化が始まった、という例がいくつか出ています。

 私と統括はルッツ君と一緒にそういう地域を回って、モンスターの討伐をしたり、人里との境界に監視所を作ったり、いろいろなことをしています。

 別に私がやる必要があったわけではありません。

 モンスターの対処には統括の力が必要だったので、統括がお願いされた仕事に私も加えてもらっているだけです。

 そうしたのは、今はまだ研究に打ち込める気分ではなくて、何も考えずに忙しく働きたかったからです。

 そんな私の気持ちを理解してくれたのか、統括は快く私の同行を許可してくれました。


 そうやって各地を動き回っていると、よく辺境を通ります。

 そこは、ラボがあった場所を中心に直径1kmくらいの範囲で、大きなクレーターのようになっています。

 私はそれを見ると、いつもあのときのことを思い出してしまいます。



 ラボで奥の扉を開いてから、ユウトは急におかしくなりました。

 本人はどう思っているか分からなかったけど、何か隠していることなんてすぐに気づきました。

 でも、強く頼まれて、統括も納得してしまったから、私は渋々バイクのところで待つことにしました。

 本当はついていきたかったけれど、ユウトが何かを決意していたことも分かっていたので、止められなかったんです。

 私たちはバイクのところでも無言でした。

 みんな何か話す気分ではありませんでした。

 じっと、遠くのラボの方を見ていました。

 その場所からはラボの入り口は見えません。

 だけど、ユウトが戻ってくるのはその方向からのはずなので、ずっと待っていたんです。


 しばらくして、誰かが走ってくるのが見えました。

 最初、ユウトかと思ったけど、すぐに違う人だと分かりました。

 走ってくるのがアポリトの操作を受けた男だと気づいて、私たちは警戒しました。

 

 その人は、私たちの姿を見つけてこちらに走ってきましたが、ある程度近づくとそれ以上こちらに来るのを躊躇っていました。

 なぜかは分かりませんが、こちらの様子を伺うばかりで近寄ってきません。

 その様子を見かねて、統括がその人の方に行きました。


『お前は、ラボの中で俺たちの仲間に会わなかったか?』


 統括はものすごい威圧感を放ちながら、その人に聞いています。


『あ、会った』


 その人は挙動不審で、さっきまで見せていた飄々とした態度とは大違いでした。


『戦ったのか?』


『いや……』


 はっきりしないまま、黙りました。


『じゃあ、何か話したのか?

 お前はなぜこんなところにいる?』


 統括が少し声を荒げながら、聞いています。

 統括もユウトのことをとても心配しているから、煮え切らない態度に苛立ったんでしょう。

 私も同じ気持ちでした。


 その時、ラボの方で何か音がしたので、私たちはみんなそちらの方を向きました。


 その直後、ラボの中から大きな音がしたかと思うと、何か光がこぼれました。

 そして、その光はどんどん大きくなっていきました。

 私は突然のことにまったく理解が追いつかず、その光を凝視していました。


『伏せろ』


 という、統括の大きな声が聞こえたけど、動けませんでした。

 次の瞬間、何かに上からのしかかられました。


 ルッツ君でした。

 ルッツ君が動かない私を倒して、覆いかぶさってくれていました。


 ルッツ君に倒された直後、今まで聞いたこともないような大きな音が鳴りました。

 ものすごい爆発音でした。

 同時に、ものすごい突風が吹き荒れました。

 私たちのすぐ上を、ものすごい勢いで岩や石が吹き飛んでいるのが見えました。

 地面も大きく揺れて、大きな地震が起きているかのようでした。


 しばらく、その衝撃は続きました。

 私は耳をふさいでいたけど、それでもずっと音が続いているのが聞こえました。


 あたりが静かになった後、私はすぐに起き上がって、ラボの方を見ました。

 そして、その一帯が大きく削り取られたように、何もなくなっていることに気づきました。


 私はすぐにラボがあった方に走りました。

 でも、もうどう見てもラボはなくなっていました。

 それでも、私はその周辺を探し回りました。

 岩の陰を調べたり、土を彫ったり、とにかくどこかにユウトがいると信じて探しました。

 でも、ユウトどころかラボの痕跡すら、影も形もなくなっていました。

 唯一、ラボと繋がっていたと思われる何かの線が地面から出ているのを発見したけど、ラボ側は綺麗に切れてなくなっていました。


 統括はアポリトに操作されていた男に詰め寄っていました。


『おい、これはどういうことだ?

 ラボは、あいつはどうなった?』


『これは、アポリトが仕掛けたもの、らしい。

 アポリトを破壊したら、こうなるってことみたいだ。

 お前たちの仲間、サエグサユウトはこのことを知っていた。

 それで、俺を逃がして、自分はアポリトと一緒に』


 私はその場にへたり込んでいました。

 信じられませんでした。

 ユウトが巻き込まれた?

 アポリトと一緒に?

 ユウトが何か覚悟していたことは知っています。

 多分、何か危ないことをするんじゃないかと思いました。

 でも、ユウトは戻ってくるって言いました。

 だから、何かあっても戻ってくるはずです。

 そう、信じていました。

 それなのに、こんなことって。

 私はまた、その辺りを探し始めました。

 どこかに、どこかにユウトがいる、そう思って。


『サラ、一度ファスタルに帰るぞ』


 統括に声をかけられました。

 でも、私はそんなことできません。

 見つかるまで、ユウトを探すことにしました。


『どう見ても、ここにはあいつはいない。

 一度、ファスタルに帰るぞ』


 また、統括に言われました。


「嫌です。

 私はここで探します」


 私は、拒否しました。


『気持ちは分かるが、どう考えても、この付近にあいつはいない。

 俺たちも疲れているし、ここに長居しても仕方がない。

 帰るぞ』


 私は統括の言い方に少しカチンときました。


「嫌って言ってるじゃないですか。

 帰りたいなら、統括は帰ったらいいです。

 私はユウトを見つけるまでここにいます」


 統括が悪いわけじゃないのに、統括に食って掛かる様な言い方をしてしまいました。


『馬鹿野郎。

 あいつがそんなこと望んでると思ってるのか?

 いいか。

 気持ちは分かる。

 俺だって、探したい気持ちはある。

 だけどな、どう見たって、この辺りにはもう何もないんだ。

 探したって見つからないのは明らかだ』


 統括にはっきりと言われました。

 私だって、そんなことは分かっているんです。

 どう見たって、もう何もありません。

 探すにも、何もないものは探しようがありません。

 でも、だからって、すぐに諦めるなんて。


『だがな』


 統括は続けて話しました。


『だが、あいつは戻ってくると言った。

 約束した。

 だから、俺たちはあいつを信じて待っていてやればいいんだ。

 それに、あいつはバイクのところへ戻るなんて言っていない。

 【必ず、みんなの所へ戻ります】、そう言ったんだ。

 だから、俺たちはあいつが帰ってきた時にちゃんとゆっくり休めるように、こんな辺境じゃなくファスタルに戻っていた方がいいんだ』


 統括の言葉を聞いて、私も思い出しました。

 確かにユウトはみんなの所へ、と言いました。

 それに、ユウトは私に、すぐに戻るから待っていてと言っていました。

 だから、私は統括の言う通り、ユウトのことを信じて待つことにしよう、そう思いました。


 私たちはファスタルに帰ることにしました。

 ただ、私と統括はファスタルに帰りますが、マイさんはトライファークに帰ると言いました。


『私もあなた方と一緒にファスタルに行きたいですけど、トライファークに事の顛末とこれからのことを話さないといけません。

 だから、私は一度トライファークに戻ります』


 マイさんはトライファークで責任のある立場らしく、色々やらないといけないことがあるみたいでした。


『でも、これからはトライファークも自分たちだけで閉じこもっていてはいけないということは分かりました。

 だからこそ、私も色々動きます。

 サラさん、これを渡しておきます。

 これですぐに連絡できます。

 私も何かあったら連絡するので、サラさんも、何かあったら言ってください』


 そう言って、ユウトが持っていたのと同じような端末を渡されました。

 トライファークで発掘されたものだと思います。


『じゃあ、私も行きます。

 あ、そのバイクは使って頂いて結構です』


 バイクは3台です。

 そのうち2台はトライファークのものですが、マイさんは1台私たちが使っていいと言ってくれました。


「ありがとうございます。

 でも、その人は?」


 全く心配していなかったけど、アポリトに操作されていた人は、一応、元々マイさんの護衛だったらしいので聞きました。


『いいんです。

 こんなやつ。

 歩いてトライファークまで帰ってこれば』


 マイさんは怒っているみたいでした。

 まあ、怒られて当然だと思うし、私も同情はしていません。

 その人も特にそれに対して抗議はしませんでした。

 自分がどう思われているのか分かっているんでしょう。

 でも、マイさんは歩いてでも、トライファークに帰ってくるように言ったんです。

 この人のしたことは許されることではないけれど、それでも見捨てはしないと思ったのかもしれません。


 その時、ずっと静かにしていたレオ君が動いて、その人を掴みました。

 それはもう軽々と、胴体の部分を握って、そのまま持ち上げました。

 別に攻撃しているわけじゃありません。


「レオ君?」


 私はその行動の意味が分かりませんでした。


『お前が、トライファークまで運んでくれるのか?

 そんなやつ、放っておいてもいいと思うが』


 統括の言葉に、レオ君は頷きました。

 統括にはレオ君の考えていることが分かるみたいです。

 確かに、戦っている最中も意思が通じているみたいでしたから、二人は理解しあっているのかもしれません。


 そのまま、マイさんとレオ君はトライファークの方へ走り去っていきました。

 私たちは寂しく思いましたけど、ファスタルに帰ることにしました。

 ルッツ君は私たちと一緒に帰ってきてくれました。


 ファスタルに帰ってからは、ルッツ君はユウトの部屋のいつもの場所にいるようになりました。


 それから数日は、色々大変でした。

 色々なところへ報告したり、アポリトがいなくなった影響を調べたり。


 そして、私は古代種関係の問題の対処をすることになりました。



 今日も1日を終えて、ファスタルに帰ってきました。

 統括とルッツ君と一緒に食堂で夕食をとりながら、明日の打合せをしています。


 そこへ、血相を変えた総務課の人が駈け込んできました。

 すぐに、統括の所へ来て、


『統括、大変です。

 ファスタルに巨大なモンスターが向かって来ています』


 そう報告してきました。


 それを聞いて、かどうかは分かりませんけど、最初にルッツ君が反応しました。

 食べていた食事を放置して、走り去って行ったんです。


『おい、どういうことだ?』


 統括が総務課の人に聞きました。


『分かりません。

 報告に来た人の話だと、たまたま街から少し離れた所にいたら、道の向こうから何かが街の方に向かってくるのが見えたそうです。

 そして、すぐにそれが巨大なモンスターだと気づいたそうです。

 ファスタルの入り口付近にいた調査員の人たちが迎撃しようと準備してくれていますけど、もうすぐ街に着くと思われます。

 すみませんけど、ご助力お願いします』


『おう、分かった。

 任せろ』


 そう言って、統括も立ち上がりました。


「私も行きます」


 統括は少し困った顔をしましたが、結局止められませんでした。


 私たちはすぐにファスタルの入り口に向かいました。

 そこには、既に集まっていた調査員の人たちが武器なんかを準備しているようです。

 もう日が落ちかけていたので、照明も用意されていました。


 私たちもすぐにそこに加わって街道を確認しました。

 少し暗くなっているので見えにくいですが、少し先に確かに巨大な生き物がいるのが見えます。

 その生き物は今は立ち止まっているようでした。

 しばらく何かをした後、こちらに向かってきました。

 そして、その傍らには人影とそれに従う小さな影も見えます。


 徐々にこちらに近づいてくるにつれて、その生物の姿がはっきり見えてきました。


 それは、気品のあるライオンの顔と強そうな鬼の体を持った古代種、レオ君でした。

 その傍らには、さっき食堂を飛び出していったルッツ君がいます。

 そして、もう一人、人がいます。


 私は走り出しました。


 そして、すぐに、その人の所につきました。

 私は堪えきれずに、そのまま、その人を抱き締めました。


「おかえりなさい、ユウト」


『心配かけてすみませんでした。

 ただいま、サラ』





 ― サラ視点 終わり ―







 サラに抱きつかれた。

 よっぽど心配かけたんだろう。

 反省しないといけない。


 でも、正直、俺も帰ってこられるとは思っていなかった。

 

 アポリトに強制停止コードを使った後、確かに俺はアポリトと一緒に消え去った。


 でも、次に気づいた時、トライファークの再現装置の前にいた。

 状況はすぐに理解できた。

 俺はトライファークで再現されたのだろう。

 でも、俺のマナなんて保存されていないはずなのに、そう思った。

 まだ再現直後で少しぼんやりしていたが、アポリトを破壊する前の記憶を辿った。


 そこで、俺は自分にはなかったはずの記憶があることに気づいた。

 それは、もう一人の俺の記憶だった。

 俺が記憶の残滓と思っていた、俺の中にいた俺の記憶だ。


 俺がニグートで全てを託された時に行われたのは、正確には記憶を見せられたのではなく、もう一人の俺のマナを俺のマナに書き込むような行為だったようだ。

 マナの保存端末にあったもう一人の俺のマナを、マナの操作端末を使って無理矢理俺のマナに書き込む、みたいなことだ。

 それによって、俺は過去の記憶を見ることになり、さらに、俺の中にもう一人の俺の人格が作られたらしい。

 

 とはいえ、元々の俺の人格があるから、もう一人の俺の人格ははっきりとは作られなかったようだ。

 それは、死ぬ直前に抱いていた強い想いだけを持った人格だった。

 その想いとは、アポリトの破壊を含む全てを終わらせる意思、その全てを俺に託す決意、そして、俺を死なせたくないという願いだったらしい。

 アポリトを破壊する意思と俺に全てを託す決意は俺自身にしっかりと受け継がれた。

 だからこそ、自分の身を犠牲にしてでも、行動できた。


 だけど、俺を死なせたくないという願いは俺自身には影響しなかった。

 最初の二つが大きくて、それと相反する願いなんて気づかなかったんだろう。

 でも、もう一人の俺の中では、その願いはそれなりに大きなものだったらしい。

 俺の中で、俺を死なせないためにはどうすればいいのか、考えたようだ。

 だが、どうしてもいい方法は思い浮かばなかった。

 それでも、自分に何かできることがないのかを考え続けたらしい。

 そして、俺がマナの保存端末を持っていることに気づいたようだ。


 保存端末は、俺には使い方が分からなかったし、単に形見のような感覚で持っていたものだった。

 だけど、もう一人の俺は使うことができた。

 それを使って、俺の知らない内に俺のマナを保存してくれていたらしい。

 保存したマナはラボのネットワークを介してトライシオンのデータベースに送っていた。

 そして、俺が最後にレオに話しかけた時に、全てが終わった後トライファークで俺を再現することを頼んだようだ。

 俺は、挨拶でもしたのかと思っていたけど、そんなことを言っていたらしい。


 ここからはマイさんに聞いた話だけど、レオはトライファークに戻ると、マイさんを3Dプリンタの所に連れて行ったそうだ。

 そして、俺の再現を頼んだようだ。

 マイさんは最初レオが何を言いたいのか分からなかったみたいだけど、必死にレオが説明して、なんとか伝わったらしい。

 だけど、マイさんはトライシオンのデータベースにアクセスできなかった。

 データベースにアクセスするにはそれなりの手順を踏む必要があるから、なかなかすぐにはできるようになっていない。

 マイさんも色々がんばってくれたけど、他にもやらないといけないことがあって、なかなか難しい状況だったらしい。

 そこへ、様子を見ていたアポリトに操作されていた男が自分がやる、と言い出したそうだ。

 自分には色々責任があるから、協力させてほしいと言い出したんだと。

 マイさんは信用できないと思ったらしいけど、自分はもうアポリトに操作されていないし、俺に恩もあるからやらせてほしい、と熱心に頼んだようだ。

 マイさんは元々その男を深く信頼していたから、自分がいる時だけ作業するという条件付きで認めたらしい。


 本当はすぐにサラに伝えようかと思ったけど、失敗する可能性もあったから、成功するまで黙っていることにしたようだ。

 そして、その男はデータベースへのアクセスを試しだした。

 男はアポリトの研究を手伝っていたくらいだから、AIのデータベースの扱いは慣れていた。

 それに、トライファークでの研究実績もなかなかのものだったから、腕はよかったようだ。

 それほど時間をかけずにデータベースへのアクセスは成功した。


 そして、俺が再現された。

 その後、レオはトライシオンのデータベースを破壊した。

 それも、もう一人の俺の願いだったらしい。

 自分が開発した装置で色々な不幸が起きてしまった。

 だから、もう二度とそれが繰り返されないように、そう思ったようだ。


 マイさんからサラとおっさんがファスタルに帰ったことを聞いて、すぐにレオと一緒にファスタルに向かうことにした。

 ファスタルの街に近づいたところで、ルッツがものすごい勢いで飛びついてきて、びっくりしたけど、その歓迎はうれしかった。

 そして、改めてファスタルに歩き出したところで、サラが迎えに来てくれたんだ。


 という内容をサラに説明した。

 サラは涙を浮かべていたが、笑顔で聞いていてくれた。


 俺は、サラと一緒に来てくれたおっさんの方を向く。


「統括も、心配かけてすみませんでした。

 まあ、無事ではなかったですけど、なんとか戻ってきました」


『ああ。

 ご苦労だったな。

 よく戻ってきた』


 俺はサラと統括に会って、戻ってきたことを実感した。

 マイさんからも聞いたが、今この世界は色々変わろうとしているらしい。

 もうアポリトはいないから、おかしなことにはならないはずだ。

 でも、アポリトを破壊したからと言って、俺の責任が全てなくなったわけがない。

 もう一人の俺も、俺がただ漫然と生きたのでは、俺を再現した意味がないと嘆くだろう。

 俺は前の人生では、世界をめちゃくちゃにする原因を作ってしまった。

 だから、今度こそはそうならないように、ちゃんとこの世界のためになるように努力することを決意する。

 俺一人だったら、また間違えることもあるかもしれない。

 暴走しそうになることもあるかもしれない。

 でも、俺はもう一人じゃない。

 心強い仲間がいる。

 頼りになるパートナーもいる。

 俺はそんな支えに助けてもらって、日々の生活を大切にして、この世界で生きていく。

 それが、俺の責任だ。





 ― チートなし異世界生活記 完 ―



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