22日目 破壊
次に気づいたときは、ベッドで横になっていた。
最初、今いるのが現実なのか、記憶の世界なのか、少し混乱して分からなかった。
だが、すぐに感覚で分かる。
現実だ。
戻ってきた。
俺は、自分の頬を涙が伝っているのに気づいた。
泣いているらしい。
自分の不遇に泣いているのではない。
いや、不遇と言っていいのかどうかも分からない。
責任の多くが俺にあることは確かだから。
全ての記憶が、かなりリアルな実体験のように感じられたが、どこか映画を見ているような感覚でもあった。
この記憶が映画だったら、どれだけ良かっただろう。
これは現実だ。
もう取り返すことのできない、過去に起きてしまった事実だ。
俺にとっては、未来でもある。
取り返すことのできない未来、という矛盾に絶望を感じる。
俺にはどうしようもない、過去の未来だ。
それは、俺にとっての現実とは少し違うかもしれない。
だが、もう一人の俺にとっては紛れもない現実であり、そして、それを他人事と考えることなんてできない。
もう一人の俺は全てを俺に託し、そして、俺も受け取ったから。
俺自身、覚悟はできているつもりだ。
ただ、もう一人の俺の悔しさが、報われなさが、俺には辛かった。
彼は、別に幸せを求めて動いていたわけではない。
単に、自分の責任を果たそうとしていたんだ。
だけど、それは果たせなかった。
だから、俺のやることは決まっている。
もう一人の俺も思っていたことだが、直接の責任が俺にあるのかどうかは正直、よく分からない。
俺は自分自身で何かをやった記憶はないのだから。
でも、知ってしまった。
俺が、この世界をめちゃくちゃにする原因を作ってしまったことを、知ってしまった。
だから、俺に責任がないなんて言えるはずがない。
やらなければならない。
もう一人の俺は、俺の未来を自分の未来と重ねてくれた。
そして、その上で、俺を戦いから遠ざけようとしてくれた。
本当は、自分一人で終わらせたかったんだ。
そして、俺には関係ない所で生きてほしかった。
それは、責任を取らなければならないと思っている反面、そんなことに関係のない自分が、どこかにいて欲しいという、彼自身の、言わば利己的な願いだったんだろう。
自分には逃げることは許されないことだと分かっていて、逃げるつもりもなかったけれど、どこかで自分に対する救いを求めていて、それが俺という存在だと思ったんだ。
だから、俺が最後まで首を突っ込まないように、俺には全ての真実は教えないで、自分だけで責任を果たそうとしたんだろう。
でも、それは果たせなかった。
そして、もう一人の俺は最後まで迷っていたけど、どうしても俺自身が責任を取らなければならないと判断した。
だから、俺に全てを託した。
それでも、最後の判断を俺に委ねたのは、俺に対する申し訳なさのせいだろう。
その、もう一人の俺の想いと、そんなことは知らずに、この非日常をどこか楽しんでいた自分の無知さ、馬鹿さが悔しくて、涙が流れたんだと思う。
ふと、自分の手が暖かいものに包まれているのを感じる。
横を見ると、ベッドの横の椅子にサラが座っている。
頭はベッドに預けている。
どうやら、寝ているようだ。
俺の手を握ってくれている。
俺のことを心配して、様子を見ていてくれたんだろう。
とても久しぶりに会えた気がして、サラの顔を見て、少しホッとした。
「サラ」
俺は静かに声を掛けた。
サラが目を覚ます。
『ユウト。
起きたんですか?
大丈夫ですか?』
サラはすぐに質問してきた。
やっぱり心配してくれていたようだ。
「はい。
大丈夫です。
俺はどうなっていました?」
サラの様子からして、ロクな状況じゃなかったんだろう。
『それが、トライファークの代表者に何かを頭に押し付けられてから、意識を失って。
それで、それからはずっとうなされていました。
たまに、叫んだりしていたので、怖ろしい夢でも見ているのかと思いました』
ああ、それはちょっと恥ずかしいな。
確かに怖ろしい記憶だったけれども。
「俺が気を失ってから、どれくらい経っていますか?」
俺の体感的には、何十年も経っている気がする。
自分の一生を経験したわけだからな。
かと言って、それを見る前の記憶が薄れているというわけでもない。
不思議な気分だ。
『あれは、昨日の夜のことでしたから、まだ、数時間しか経っていません。
本当に大丈夫なんですか?』
「ええ。
それで、トライファークの代表者は?」
『ユウトに何かした後、すぐに……』
本当に、最後の力を振り絞って俺に記憶を見せてくれたらしい。
「そうですか。
レオルオーガはどうしていますか?」
俺はサラを心配させないように、できるだけ普通の調子で話を続ける。
『しばらくユウトの様子を見た後に、ここまで運んでくれました。
流石に建物の中には入れなかったので、今は外で待機していると思います』
部屋の様子で気づいた。
ここはニグートのホテルか。
前に泊まった所だろう。
確かに、ここにレオは入れないだろうな。
俺は、今トライファークの代表者と軽く融合したような記憶になっている。
少し、俺の中にトライファークの代表者がいるような、そんな気分だ。
だから、レオのことも、とても身近な存在に感じている。
できたら、力を貸してほしいとも思っている。
「ドラゴンたちはどうなりました?」
今、外は静かだ。
攻撃が続いているとは思えない。
『どこかへ飛んでいきました』
「方角は?
ファスタルの方じゃありませんか?」
『そうです。
どうして分かったんですか?』
おそらく、ラボに行ったんだろう。
もう一人の俺を始末したから、あとは俺がラボに行くのだけ注意すればいいと思ったんだろうな。
もう一人の俺が持っていた端末のことをアポリトは知らなかったはずだ。
あれは、もう一人の俺がトライシオンと独自に作り上げたものだから。
まさか、こんなふうに俺が記憶を受け継ぐとは思ってなかったんだろう。
俺はバックアップの存在を知らないと思っているんだろうな。
好都合だ。
そうとなったら、何か感づかれる前に早く動いた方がいい。
「色々あったので。
あの、みんなを呼んでもらえますか?
話さないといけないことがあります」
俺は、みんなに話すことにした。
そして、できることなら、協力してもらおう。
もう一人の俺が考えていた通り、俺には心強い仲間がいる。
◇
部屋には、おっさん、サラ、マイさん、ルッツ、俺が集まっていた。
外にレオがいるのは確認した。
あとで、レオにも協力を仰ごう。
俺の言うことを聞いてくれるかどうかは分からないが。
俺は、もう一人の俺から託された記憶の話をした。
そして、アポリトを破壊する必要があること、ただし、バックアップを先に破壊しなければならないことを説明した。
アポリトの強制停止コードに爆弾が仕込まれていることは言わなかった。
言えなかった。
ただ、みんなを巻き込むつもりはなかった。
最後は、俺だけでなんとかすればいいと思った。
「ですから、あのでかいドラゴンが向かったのはファスタルの辺境のラボです。
アイツは相当強力なようです。
それに、多くのドラゴンを率いています。
だから、できたらみんなの力を貸してください。
これは俺の問題で、俺が果たすべき責任なので、本当はみんなには関係ないんですが。
でも、俺だけではアポリトの破壊は難しいです。
だから、手伝って欲しいんです」
盛大におっさんにため息をつかれた。
『ここまで一緒に来て、お前はまだそんなことを言っているのか。
いいから、早く行くぞ。
余裕はないんだろう』
おっさんはそれしか言わなかった。
俺の問題はおっさんの問題でもある。
仲間だから。
そう言ってくれたような気がした。
サラとマイさんも頷いている。
俺は、少し泣きそうになった。
もう一人の俺の人生を体験したせいか、人の優しさが異常に心にしみた。
俺は外に出る前に、持ち物を確認した。
俺が元々持っていたものの他に、もう一人の俺の荷物も持っている。
とは言っても、それは非常に少ない。
通常の端末、マナの保存用端末、操作用端末、マナウェポンのような武器。
以上だ。
遺された持ち物の少なさに寂しさを感じたが、今は目的のことだけを考えることにして、それらも遠慮なく使わせてもらうことにした。
外に出て、待機していたレオに話しかける。
「あの、俺が誰だか分かっている、よな?」
少し不安になって変な口調になってしまう。
今では、俺は勝手にレオのことをかなり身近で信頼できる存在と認識しているが、レオにとっては、良く知らない他人と思っているかもしれない。
だが、俺のそんな不安をよそに、レオはこちらを優しげな目で見ている。
「できたら、俺に、協力してほしい。
お前が、もう一人の俺に協力してくれたように、俺にも力を貸してほしい」
レオはこちらをじっと見ている。
俺の言うことをしっかりと聞いてくれている。
そして、深く頷いてくれた。
それは、信頼できるパートナーと言うに相応しい態度だった。
「ありがとう。
じゃあ、これからも頼む、レオ」
俺はそう声を掛けた。
そして、レオの体が輝いた。
レオが俺と契約してくれた証だ。
「それから、ルッツ」
『わん』
俺はルッツにも声を掛ける。
「今まで、不便をかけて悪かったな。
今、元の姿に戻すよ」
俺は、ルッツとのつながりを強く認識する。
もう一人の自分の記憶を見ることで、マナに対する理解は今までと比較にならないくらいに深まった。
そして、その使い方も、かなり理解することができた。
流石に、もう一人の俺と完全に同じとは言えないが、それでも今までとは違う。
ルッツは、俺に合わせて成長する。
それは、俺が、ルッツに対して行ったマナの制御に合わせて、という意味らしい。
最初に契約したとき、俺はマナを使えなかったから、子犬の姿のままだったんだ。
どうやら、俺が未熟なうちにパートナーだけが強大な力を持たないように、というアポリトの配慮だったようだ。
パートナーの力に頼って、自分の努力を怠らないように、という考えかもしれない。
AIとは思えない思考だけど、それがアポリトなのだろう。
俺のマナの制御に合わせて、ルッツも軽く光を放った。
それは、契約の時と、よく似た光だった。
そして、光が治まると、立派な成犬の姿になったルッツがいた。
これで、こちらの戦力は整った。
まずは、バックアップデータを破壊する。
◇
俺たちはニグートの要塞の地下、干渉装置の手前の空間に来ていた。
『ここに、そのバックアップとやらがあるんだな?』
おっさんに聞かれた。
「ええ、場所が変わってなければ、ですが。
レオ、頼む」
レオとルッツはその部屋を知っている。
だから、レオに壁を破壊してもらうことにした。
レオは持っていた棍棒で壁を破壊した。
奥の空間が見える。
直後、レオは大きく後ろに飛んで、隠し部屋から距離を取った。
レオが開けた穴が、中から出てきたモノによって、さらに広げられた。
そこには、多数の頭と腕を持つ巨人がいた。
ヘカトンケイルだ。
古代に俺がここで殺された時、ヘカトンケイルは倒していなかった。
その後も、歴史上にヘカトンケイルは出てこなかった。
いくつかの文献に存在が出てきていたが、どれもここでの戦いより前のものだ。
ずっと、ここにいたのか。
壁を直したのが誰かは知らないが、ずっと、あの部屋でバックアップデータを守っていたんだろう。
アポリトの操作によるものだろうが、物凄い献身だ。
目の前にバックアップデータは見えているのに、厄介な敵が出てきたものだ。
だが、俺はあまり不安は感じなかった。
俺は未来の記憶でヘカトンケイルとの戦いは経験済みだ。
それから考えても、こっちの戦力はアイツを打倒するのに十分だ。
「レオ、ルッツ頼む。
統括、二人の援護を」
『わん』
『おう』
「サラ、マナウェポンとプロッタもどきで俺たちも援護しましょう。
マイさんはこれを使ってください」
俺はマイさんに、もう一人の俺が使っていたマナウェポンのような武器を渡した。
これは、元々トライファークで作られた武器らしい。
マイさんなら使えるだろう。
俺は、ヨーヨーとプロッタもどきで戦う。
◇
決着はなかなか着かなかった。
ヘカトンケイルはキュクロプスと同じような強さだった。
終始、こちらが押していたが、しぶとかった。
レオとルッツはお互いに連携を取り慣れた様子で戦っている。
おっさんもそれに負けずに合わせている。
ホントおっさんは化け物だ。
サラとマイさんの攻撃も効果的に当たっている。
俺ももちろん援護している。
単にヘカトンケイルの耐久力がすごいだけだ。
それだけなら、キュクロプスの比じゃない。
数百年も隠し部屋でバックアップデータを守っていたようなヤツだ。
我慢強さは折り紙つきということだろう。
でも、流石に、この状況をひっくり返せるような何かはなかったらしい。
徐々にこちらが押していき、最後はレオがとどめを刺した。
『ふう、とんでもないしぶとさだったな』
おっさんがそう言いながら、息を吐く。
「そうですね。
このメンバーで良かったですよ」
俺は心の底からそう思っていた。
というか、レオが協力してくれるのは相当大きい。
これなら、最後までなんとかなりそうだ。
「じゃあ、バックアップを破壊しましょう」
全員で隠し部屋に入った。
その床には、朽ち果ててはいたが、今俺が持っているものと同じような端末が落ちていた。
おそらく、俺が殺された時のものだろう。
言ってみれば、これがオリジナルの俺の持ち物だな。
俺自身の亡骸はなかった。
そんなもの見たくなかったから、よかった。
そして、バックアップが保存されている筐体に近づいた。
稼働しているのは確かだ。
パネルの一部が凹んで、隙間が見えている所があった。
見覚えがある。
やったのは俺だ。
少し、不思議な気分だった。
未来の記憶と現実が重なったような気がした。
「レオ、頼む」
俺が、これの存在を知ったのは記憶を見せられてからだ。
だから、実際には、知ってから一日も経っていない。
だけど、ここに辿り着くまでに、とてもとても長い時間と苦労を重ねた、そんな気分になっていた。
俺の中のもう一人の俺が、そう感じているのかもしれない。
レオはバックアップに近づくと、棍棒を振り上げる。
そして、少しの間の後、思い切り振り下ろした。
それは、必要以上の威力を込めていたと思う。
ものすごい衝撃音と共に、バックアップはきれいに吹き飛んだ。
レオはあまり感情表現をしないが、これには思う所があったのだろう。
レオの知能は人と変わらないくらいに高い。
考えてみれば、このバックアップに対する出来事の当事者はレオとルッツだけだ。
そして、俺はここで殺されているんだ。
何も思っていないはずなんてなかった。
バックアップの随所に点いていた光が完全に失われたのを見て、レオは安心したような、そんな表情を見せた。
一つの目的を果たすことができた。
それ自体は、それほど難しくもなかった。
だけど、ここに至るまでの色々な人の努力が、ようやく報われた。
俺も一段落した気になっていた。
あとは、アポリトの本体を破壊するだけだ。
「じゃあ、ラボへ行きましょう。
多分、昨日のドラゴンたちもいますから、戦闘になるでしょう。
十分に気をつけて行きましょう」
すぐに、ニグートを出た。
トライファークの軍に協力を求めても良かったが、やめておいた。
今は、もう一人の俺の操作は解けている。
つまり、トライファークにおける攻撃的な勢力は弱まっているということだ。
そこで、俺が協力を求めても、聞いてくれないだろう。
それに、あまりに人が多いと、アポリトを破壊するときに、逃げ遅れる人が出てしまいかねない。
ドラゴンの群れの相手をするには数が少ないが、いつものメンバーで最後まで戦うことにした。