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チートなし異世界生活記  作者: 半田付け職人
第7章 もう一つの俺の物語
114/119

未来の追憶 -希望‐

 俺はレオのところに来た。

 俺が死んでから数百年経っているらしいが、レオはレオだった。

 俺のここに来るまでは確かに暴れていたようだが、今はこちらを見てじっとしている。

 多少すすけているようにも見えるが、そのかっこよさは少しも損なわれていない。

 俺がいなくなってからも、ずっとトライファークを守り続けてくれていたんだと思う。

 研究者の話から考えて、暴れ出す前のレオはトライファーク付近の地域の統率者になっていたようだ。

 俺には、聞いた地域に覚えがあった。

 それは、ラボを失踪した連中の研究所があった場所だ。

 レオが管理していたのは、昔、俺たちが倒し損ねたモンスターだろう。

 暴龍の操作が効かない上に強力なやつらだから、レオが管理してくれたんだろう。

 レオはマナの操作なんてできないから、多分単純に自分の強さでモンスターたちを支配下においたんだと思う。

 そして、多分、レオがそうしてくれたのは、俺が最初に頼んだトライファークを一緒に守ってほしい、という頼みを聞き続けてくれたからだろう。


 今、レオは暴走しているらしい。

 それは、おそらくアポリトに操作されているんだと思う。

 レオは契約条件の関係上、外からの操作を受け付けにくい。

 だが、俺が死んでから数百年経つ。

 流石にアポリトの操作に抗えなかったんだろう。

 なぜ今のタイミングなのかは分からない。

 だが、ずっとトライファークを守り続けたレオを使ってトライファークを攻めるなんて、趣味が悪いとしか言えない。

 アポリトには暴龍がいるはずだ。

 暴龍なら暴れてもいいというわけではなかったが、レオを暴れさせるなんて許せない。

 俺は強い憤りを感じた。

 まあ、大方、今は暴龍の管理する地域はトライファークではなく隣国になっているから、暴龍を暴れさせても隣国が混乱するだけ、とか考えたんだろう。

 トライファークを攻めるなら、トライファークにいる統率者を使うのがいいと判断したんだろう。

 なぜトライファークを攻めさせたのかは分からないが。

 いや、分からなくもないか。

 今のタイミングとトライファークの研究者から聞いた話、そして俺が知っているアポリトの情報から考えて、予想されることがある。

 それは、アポリトがそろそろ限界なんじゃないだろうか、ということだ。


 オリジンはかなり自律したシステムだ。

 メンテナンスも人の手を借りれば、そう難しくはない。

 俺が開発から離れた時にそういう風に調整した。

 メンテナンス用の部品なんかもしっかり管理している。

 だが、アポリトは違う。

 ずっと、俺がメンテナンスをしていた。

 もし、オリジンのように普通の流れで俺が開発から離れたのなら、アポリトにも同様のメンテナンス態勢を整えただろう。

 だが、アポリトとは、言わば喧嘩別れのようになっている。

 メンテナンスのことなんて知ったことではない。

 それでも、ラボには相当な部品なんかが残されていた。

 だから、アポリトもマナを操作した人間を使って、その部品でだましだまし乗り切ってきたんだろう。

 だが、環境も整えていない状況でいつまでも正常に動き続けられるはずがない。

 それでも、数百年も持ったのは奇跡と言える。

 もちろん、できるだけメンテナンスの手間がないように、かなり長期間の動作が可能なように設計はしてある。

 だが、流石に数百年なんて期間を考えた設計ではない。

 おそらく、アポリト自身で色々最適化を進めて、なんとか保っているんだろう。

 それでも、もう本当にどうしようもない状況に近づいてきたんだと思う。


 アポリトのメンテナンスを完全にできるのは俺だけだ。

 だから、俺に頼る必要があった。

 だが、普通に俺を呼んでも修理してもらえる可能性は低い。

 だから、マナの改変なんて技術を作ったのだろう。

 喧嘩別れする前の俺を再現して、そして修理してもらう、それがアポリトの思惑だろう。

 俺のマナはトライシオンのデータベースに保存した。

 もちろん、アポリトがアクセスできないように保護をして、だ。

 だから、アポリトは自分では俺の再現ができずに、トライファークの研究者を利用することにしたんだろう。

 レオを暴走させたのは、トライファークの研究者が俺を再現するための口実を作るためだと思う。

 俺は、歴史上の人間の中でも特に古代種の扱いに長けている、ということになっているらしいからな。

 それに、まだ確かめていないが、文献には俺がルッツとレオをパートナーとした、というのが残っているかもしれない。

 古代種であるレオを暴れさせて、トライファークの研究者たちに、対策を頼むのは俺が最適と考えさせたんだろう。

 さらに、寿命が近い人間に狂暴な古代種の相手をさせるのは難しいから、マナの改変によって若返らせて、再現する。

 そんな風に導いて、マナの改変から俺の再現まで至ったんだろうな。

 かなり強引な流れだと思うが、何人かのマナを操作すれば、思った方向に意見を導くことなんて簡単だっただろうな。

 そして、再現まで来たところで、俺のマナのデータを奪ったんだろう。

 アポリトはトライシオンのデータベースにはアクセスできないが、3Dプリンタは別だ。

 元々、トライファークの3Dプリンタはラボにあったものだ。

 だから、使用権や接続権はアポリトも持っている。

 俺は、その設定はいじっていなかった。

 忘れていた、というよりも余裕がなくて、3Dプリンタの設定なんて変えていられなかった。

 アポリトは、再現する直前の改変された俺のマナのデータを奪って、ラボの3Dプリンタで再現したんだろう。

 だから、もう一人の俺はラボで再現されたんだろう。

 となると、厄介だな。

 もう一人の俺は再現の後、すぐにファスタルに向かったらしい。

 それは、単にオリジンとアポリトを繋ぐんじゃなく、アポリトを修理するために、オリジンのメンテナンス部品を取りに行ったのかもしれない。

 全部俺の想像だが、状況からして、おそらく大きく外れてはいないだろう。

 まずい状況ではあるが、大体の流れはつかめた。

 なんとかできないわけでもない。

 まずは、レオを元に戻して、色々動くことにしよう。


 俺は何の躊躇もせずにレオに近づいた。

 トライファークの研究者たちは驚いていたようだが、俺がレオを警戒するなんてありえない。

 人間もAIも信用できないが、レオとルッツだけは別だ。


 レオは大人しく俺の方を見ていた。

 俺はレオに静かに話しかける。


「レオ、長い間待たせてすまなかった。

 ずっと、トライファークを守ってくれてたんだな。

 今は、アポリトに操作されてるんだろう。

 辛い思いをさせて悪かった。

 また、俺と一緒に戦ってくれないか?」


 俺は、死の直前の約束を確かめた。

 レオは、自分自身で交わす契約を選べるようになっている。

 俺がそういう風に作った。

 だから、例え、アポリトに無理やり操作されていても、俺との約束を大切だと思ってくれているなら、それを選んでくれるはずだ。


 レオは真っ直ぐに俺を見て、小さく頷いてくれた。


「ありがとう、改めてよろしく頼む、レオ」


 俺の言葉に反応して、レオの体が輝いた。

 再び契約が完了した証だった。


 俺は、それからすぐに動き出した。

 まずはトライシオンの所へ向かった。

 だが、そこには破壊されたトライシオンの残骸があるだけだった。

 いつ破壊されたのかは分からない。

 ただ、破壊自体は予想していた。

 トライシオンが動いていたなら、アポリトが好き勝手にトライファークの研究者を操作したりできなかったはずだから。

 ただ、破壊されたのは、トライシオン本体のみで、一部のデータベースやネットワークなどは生きているようだった。

 俺は自分の端末を接続してトライシオンのデータベースを確認した。

 俺が死んでからの情報はほとんど残されていないようだった。

 他も、あまり役に立つ情報はなかった。

 トライシオンからの情報収集が一番効率がいいと思っていただけに、少し残念だった。

 ただ、俺のマナの情報は見つけた。

 これを利用してアポリトは改変を行ったのだろう。

 俺は、その情報を消すことにした。

 これを消せば、もう俺を再現することはできなくなるが、アポリトに利用される可能性があるなら、こんなもの残しておくべきじゃないと思った。


 続いて、ネットワークの状態を確認した。

 そちらは普通に生きているようだった。

 まあ、そこを生かしておかないとアポリトがトライファークの人間を操作するなんてことはできないだろうからな。

 どこかにニグートにあったのと同じような干渉装置もあるんじゃないだろうか。

 ただ、トライファークでは、ニグートほど大規模な操作はなされていないから、規模は多少小さいのだろう。

 まあ、アポリトの操作した人間なんて怪しいから、そんな奴がトライファークに大きな装置を搬入することなんてできなかったんだろう。

 それはそれで、後で潰しておくことにする。


 トライシオンが破壊された以上、仕方ない。

 あとのことは、残された文献から調べることにする。

 古代の文献などが集められている建物があるらしい。

 だが、そこに行く前にいくつかやることがある。

 まずは、もう少し研究者たちの認識を調べておくことにした。

 事実とは別に、現状はどう考えられているかを知った方がいいと考えたからだ。

 色々な情報を聞いた。

 もう一人の俺の情報についても聞いた。

 まだ見つかってはいないようだが、かなり怪しいと思った。

 探しているやつとはずっと連絡を取り合っているらしいが、すぐにやめさせた。

 アポリトに話が筒抜けになるのが分かっていたからだ。 

 どうせ、通信内容なんて全て聞いているだろうからな。

 ただ、見つけ次第、すぐにトライファークに連れてくるように指示を出した。

 こっちの要求に応えるかどうかは分からないが、アポリトの操作下にいるのかどうか、見極める必要があるからだ。

 行動からして、かなり黒に近いと思っている。

 まあ、それなら消してしまえばいい。

 ただ、もう一人の俺のことは見てから決めるとしても、通信がアポリトに漏れることも知らずに、重要な話をやりとりさせるトライファークの現代表者には不安になった。

 それは、仕方のないことだが。

 別に現代表者が無能なのではない。

 ただ、色々なことを知らないだけなのだろう。

 このままでは、おそらくトライファークはニグートに滅ぼされるだろう。

 アポリトの目的はトライファークを滅ぼすことではないと思うが、ニグートの人間には、かなり強固にトライファークへの執着を植え付けているようだ。

 これまでの経緯がそれを物語っている。

 現在の技術力はトライファークの方が上だし、兵器もニグートには負けないようだ。

 だが、それは、アポリトの存在を抜いての話であって、アポリトを含めて考えると、この状況でトライファークが勝てるとは思えなかった。

 俺は、自分でトライファークを率いることに決めた。

 そのためにはトライファークの国内を納得させる必要があった。

 俺は英雄と言われているらしいとはいえ、普通なら簡単なことではない。

 だが、俺にはそれを可能にする方法があった。

 マナの操作だ。

 全くもって気が進まない方法だが、アポリトと同じように人々のマナを操作して俺が代表になることを認めさせることにした。

 とはいえ、俺が持っているマナの操作用端末では同時にそれほど多くの人のマナを操作することなんてできない。

 だが、トライファーク内には干渉装置があるはずだ。

 潰すつもりだったが、それを俺が乗っ取って使えば、おそらく、トライファークの人たちの操作ができる。

 ニグートのように大勢を操作しなくても、反対する人間だけ操作してしまえばいいから、なんとかなるだろう。

 問題は干渉装置がある場所だが。

 おそらく、トライシオンがいた建物のどこか、つまり、この建物内だろう。

 アポリトが操作するには、ネットワークでアポリトとつながっている必要がある。

 トライファーク内でラボとネットワークがつながっているのなんて、この建物くらいのはずだ。

 まあ、ネットワークが増設されていたら、分からないが、様子を見る限りではそれはなさそうだ。

 俺は建物内をくまなく探した。

 そして、トライシオンのあった部屋の奥に隠し部屋を見つけた。

 バックアップデータを保存していたところといい、アポリトは隠し部屋が好きらしいな。

 

 そこにあったのは、俺が死ぬ前にニグートで見たものを一回り小さくしたような干渉装置だった。

 ドーム状の装置の数も少なかったが、今も稼働しているらしい。

 現在も誰かがアポリトに操作されている可能性があるということだ。

 まあ、それももう終わりだ。

 俺は、その装置を調べて、俺の持っている端末とアクセスを試みる。

 すぐにつなぐことができた。

 俺はすぐに端末からマナの操作を行うことにした。

 トライファークにいる人間の考え方を俺に近づける。

 アポリトと同じことをすることに、かなり自己嫌悪を感じたが、今後のためにも仕方がなかった。

 ただ、俺が行ったのはアポリトのように完全に行動を操作するような強いものではない。

 なんとなく、俺と同じような思想にする程度のものだ。

 その程度の操作だったら、俺にも十分に可能だし、罪悪感も少しマシだった。

 まあ、操作が弱い分、自我も自分の判断も残っているから、元の思想と合わない部分で考えに整合性がとれなくなることはあるだろうが、強制的な操作には抵抗があったので、これくらいでいいことにした。

 少なくとも、俺が操作しているトライファークの人間は、アポリトに操られることはないので、俺はある程度満足した。

 すでにアポリトに操作されている人間は俺の操作にはかからないが、そういうやつは見つけ次第、拘束するなり、消すなりすればいい。


 それから、俺は隣国と呼ばれている国に向かうことにした。

 そこは、俺の時代にはトライファークの一部だった場所で、暴龍がいる地域だ。

 可能であれば、暴龍を味方にしたい、そう思ったのだ。

 隣国の人間たちは干渉装置によって、既に俺を受け入れるようにしてある。

 元トライファークの一部だけあって、干渉装置が有効なエリアだったのが幸いした。

 あとの問題は、現在もアポリトが暴龍を管理しているかどうかだった。

 もしも、アポリトの管理から外れていて、暴龍をこっちの味方に付けることができれば、暴龍とレオをつれてアポリトを破壊しに行くことができる。

 それなら、何があっても、負けることはないだろう。

 俺は、前回の反省も踏まえて、できるだけ戦力を強化しておきたかった。


 暴龍はすぐに見つかった。

 俺が隣国に入ると、自らこちらに飛んできたからだ。

 暴龍は大人しかった。

 アポリトに操作されているなら、いきなり俺を襲ってきそうだから、やはりアポリトの操作からは抜けていると思った。

 何があったか知らないが、数百年も経ったのなら、そうなっても不思議ではないと思った。

 もしかしたら、アポリトはマナの改変技術を研究するために、記憶領域の中で統率者の管理の部分を消したのかもしれない。

 そうだとしたら、俺がアポリトの記憶領域を奪ったのは大成功だったわけだ。

 俺は、暴龍に対する操作を試してみた。

 それは、成功した。

 これで、暴龍とその支配するドラゴンたちもこちらの戦力になったと考えられる。

 隣国の人たちはそのまま操作することにした。

 と言っても、何かをさせるわけじゃない。

 暴龍を見て騒いだりしないように、こちらの行動を黙認させるようにしただけだ。


 俺は、トライファークの戦力も整えることにした。

 暴龍とレオがいると言っても、最終的には、トライファークも戦力を整えないと、もしニグートが攻めてきて、対抗できないと困ると思ったからだ。

 だが、それほど過度に増強する必要はなかった。

 攻めるための戦力はもう十分だったからだ。

 俺は、自分の持っていた端末から、兵器のデータをトライファークの端末に入力した。

 そして、トライファークの人間にそれを作らせた。

 トライシオンがいない分、進行は遅かったが、トライファークの研究者たちはそれなりに優秀だったし、それほどの量を作る気もなかったから、問題はなかった。

 他人は信用できないが、俺が操作しているから、裏切られることはない。

 それは楽だった。

 アポリトがよく人間を操作するのは、簡単に物事を進められるようになるからだろう。

 最適化システムらしいと言えば、らしい方法だと思う。

 だが、確かに楽な方法なのは間違いないが、人としては間違っていると、強く感じた。

 俺は、自分がどんどん汚れていることを自覚している。

 だが、アポリトを破壊するまで止まる気はなかった。


 それから、俺は歴史を調べるために文献を残した建物に向かった。

 そこでは、確かに色々な文献があった。

 それは、正しいものもあったし、間違っているものもあった。

 どうやら、この時代に伝わっている歴史は少々いじられているらしかった。

 多分、それは長い歴史の中で間違って伝わったものもあるんだろうが、アポリトが意図的に操作したような気がした。


 現在の文明の発祥はファスタルであると書かれていた。

 俺からしたら、どう考えても、トライファークかニグートだろうと思うんだけど。

 いや、最初にAIを導入して発展したのはファスタルだから、そのことと関係するのか。

 それとも、戦争でトライファークとニグートが壊滅的な打撃を受けて、無傷だったファスタルが発祥とされたのか。

 だが、ファスタルも一度滅びたことになっている。

 というか、俺が死んだあと、戦争は止まらなかったらしい。

 文献の内容を信じるのであれば、むしろ俺がいなくなってから、どんどん戦火は拡大したようだ。

 そして、一度俺たちの文明は崩壊した、ということになっている。

 その過程でトライシオンも破壊されたようだ。

 真偽のほどは分からないが、確かに俺が死ぬ前からそういう兆候はあったと思う。

 

 今ある小国の代表者は、古代文明崩壊後にそれらの国を興した人間だとか。

 それは、嘘だ。

 だって、国を興すも何もニグートもトライファークも古代文明当時には、既に存在していた。

 そして、名前はうちの会社と俺が由来だ。

 その辺りの経緯なんかは全て失われていた。

 そして、驚くべきことに、AIが存在したという記録が全く見当たらなかった。

 これは、絶対におかしい。

 だって、古代文明の発展はAIによって成されたのだから。

 それがなくなっているということは、多分アポリトが自分の存在を隠そうとしたんだろう。

 多分、うちの会社がやったことや俺のこと、そういった古代文明がどのように作られたのかを分からなくしたのだろう。

 理由は分からないが、現在の技術のレベルから考えて、アポリトは人間があまり進歩しない様にしていると感じた。


 それから、俺のことが書かれている文献を見つけた。

 トライファークを何度も救った英雄と書かれていた。

 トライシオンやドラゴンの騒動のことを言っているのだったら間違っていないが、文献に書かれていたのは、おとぎ話のような話ばかりだった。

 俺のパートナーはルッツと書かれていた。

 レオのことが書かれている文献はあまりなかった。

 俺のことに触れている文献はそれなりの量があったが、綺麗にトライシオンのことやトライファークとの関わりについては抜けていた。

 情報を操作したのはアポリトだろうが、その基準は今一俺には分からなかった。


 その後も色々な資料を呼んだが、一貫しているのは、重要な技術的な文献は残っていないということだ。

 おそらく、この時代の人間はマナの詳細さえ分かっていないんじゃないだろうか。

 この情報の操作は、社会の発展を望んだ俺とは真逆の方針で行われている。

 アポリトもセグンタのようにおかしくなってしまったのだろうか。

 分からない。

 だが、どちらにしても俺のやることは変わらない。


 それからも色々調べ物をしたり、トライファークの人間に戦力の増強を指示したりして忙しく動いた。

 一気にラボに向かいたい気もしていたが、もう一人の俺の存在もあるし、ある程度状況を見極めるまでは我慢することにしていた。

 ある時、また情報収集しようとして、レオと蔵書を保存してある建物に向かっていたら、複数のバイクが近づいてくる音が聞こえた。

 今、この建物に近づいてくる奴なんていないはずだ。

 トライファークの人間には急ピッチで戦力の増強を進めさせている。

 俺は、咄嗟に近くの建物に身を隠した。


 そして、道の様子を伺った。

 そこで、ソイツを見つけた。

 俺だ。

 異常に若い。

 おそらく、20代から30代ってとこだろう。

 あんな状態のマナなんて残っていない。 

 というか、俺があのくらいの年にはまだ、マナなんてなかった。

 あれがマナの改変か。

 トライファークの研究者からは70歳くらいの俺を再現したと聞いていた。

 だが、70歳だと、俺はすでにアポリトとは離別していたので、アポリトの望むのはもう少し若い俺だと思っていた。

 なるほど。

 トライファークで70歳くらいの俺になるようにマナを改変してから、ラボでさらに若くして再現したんだな。

 でも、あそこまで若いとアポリトの調整なんて無理だろう。

 もしかして、アポリトのやつ、失敗したのか。

 可能性は大いにある。

 アポリトはマナを加工するのは苦手だったからだ。

 まあ、理由はどうあれ、あれなら、まだアポリトは修理なんてされていないだろう。

 これは、俺にとっては、いいニュースだ。

 本人に確かめるのが一番確実かもしれない。

 だが、アイツを見た時から、俺は想像以上に不愉快な気持ちになっていた。

 いや、これは嫌悪感と言っていい。

 あれは、許されない存在だ。

 そんな気になっている。


 そして、俺は気づいた。

 これは、再現された同じ人間が出会ったことによる不快感だと。

 つまり、再現には俺が反対した狂った方法が組み込まれている、ということだ。

 組み込んだのは、アポリトだろう。

 あれだけ、俺が嫌っていた方法を組み込んだのか。

 いや、俺が嫌っていたからこそ組み込んだのかもしれない。

 嫌がらせか。


 色々な気持ちが重なって俺は異常に不愉快な気分だった。

 俺がこんな思いをしながら必死に動いているのに、アイツは女連れで楽しく行動しているようだ。

 それが、余計に腹が立った。

 情報はほしいが、必要というほどでもない。

 この場で消してしまおう、そう思った。

 俺は少し冷静さを欠いていた。

 そして、レオに攻撃するよう命じた。

 レオは少しためらっていたようだったが、俺の気持ちを感じたのか、すぐに動いてくれた。


 初撃はうまくかわされた。

 勘のいい奴がいるようだ。

 俺は後はレオに任せることにして、建物から、その戦いを観察することにした。


 思ったよりは動けていた。

 周りのやつらとも連携を取っていた。

 その動きはアポリトに操作されているとは思えなかった。

 そして、そこにはルッツとよく似た子犬がいた。

 というか、多分ルッツだ。

 子犬なのはもう一人の俺の力が弱くて、十分に成長していないんだろう。

 ルッツは俺のパートナーだ。

 俺に合わせて成長するようになっている。

 未熟な俺に合わせて、子犬の姿なんだろう。

 実力を発揮できないルッツが気の毒だが、元気な姿が見られて、本当に安心した。


 ルッツには、レオも気づいているだろう。

 動きが鈍い。

 レオはいつもルッツ相手には手加減をしていた。

 今もしているのだろう。

 多分、レオはもう一人の俺が誰なのかも気づいているはずだ。

 やたら、攻撃が甘い。

 レオは優しいから、多分俺とルッツと戦うことをためらっているんだろう。

 そうこうしているうちにもう一人の俺とその仲間たちは建物を崩すことでレオの足を止めて逃げて行った。

 悪くないやつらだった。

 トライファークのやつらよりもよっぽど使える。

 俺は、もう一人の俺には不快感しか感じなかったが、久しぶりにルッツとレオがじゃれている姿を見て、気分が落ち着いているのを感じた。

 冷静に考えると、もう一人の俺は自分の意志で動いているように見えた。

 だが、アポリトがどれだけの操作をしているか分からない。

 確かめる必要があるな。

 アイツがトライファークにいるってことは、そのうち俺の所に現れるだろう。

 俺は、その時に色々見極めることを決めた。

 とりあえず、落ち着いて情報収集する気分じゃなくなったので、レオと拠点にしている建物に戻った。


 建物で色々考え事をしていた。

 俺は、死ぬまでレオとルッツと一緒だった。

 逆に言えば、レオとルッツだけがずっと俺と一緒にいてくれたということだ。

 信頼できた人間なんて佐々木さんくらいだった。

 別に後悔はしていないが、たまに、もっと別の人生があったんじゃないかと考えることはあった。


 今日見たもう一人の俺には、仲間がいた。

 アイツらの仲がどんなものか分からない。

 だが、突然現れたレオルオーガという圧倒的な存在に対して、なんとかしようと力を合わせていた。

 あれは、俺が手に入れることができなかった信頼関係だと思った。

 正直、眩しいと思った。

 だからこそ、俺は確かめなければならない。

 アイツが本当にアポリトに操られていないのか。

 操られているのなら、仲間はいずれ不幸な目にあうだろう。

 そうなれば、俺のせいでもある。

 それは、避けなければならないだろう。

 実際に、怪しい点は多々あるからな。

 俺は、厳しく追及することを決めた。


 だが、それでも、もしアイツがアポリトと関係なく、自分の意志で生きているのなら、俺にできなかった普通の人生を送らせてやってもいいんじゃないか、そう思った。



 思っていたよりも、早くその時は訪れた。

 俺がいる部屋の扉が開いて、もう一人の俺が入ってきたのだ。

 俺は、ソイツの顔を見ると、抑えようのない不快感を感じた。

 様子を見るに、向こうも同じらしい。

 俺は、コイツを厳しく試すと決めていたが、この不快感があれば、簡単にできそうだ。

 最初から威圧して、喧嘩腰に話を進めることにした。


 もう一人の俺は思ったよりもいい度胸をしていた。

 俺の若いころはこんなだったかと少し不思議だった。

 あまり、コイツの頃の記憶はない。

 俺はその辺りも含めて思いついた矛盾点を追及した。

 どうやら、コイツ自身にも自信を持てない部分があるらしい。

 そりゃそうだろう。

 アポリトが行った改変なんて、ろくなもんじゃない。

 穴があって当然だ。

 俺が厳しく問い詰めていると、仲間が食って掛かってきた。

 いい仲間だ。

 コイツは仲間に恵まれたらしい。

 少し、うらやましくなった。

 だが、ここで追及をやめたら、意味がなくなる。

 俺は続けた。


 俺の揺さぶりにも関わらず、コイツは自分を見失わなかった。

 これは、操作されている人間にはできないことだろう。

 俺は、コイツを認めてやることにした。

 そして、ひどいことを言ったお詫び、ってわけじゃないが、少しだけ疑問に答えてやることにした。

 その中で、コイツの仲間がかなり高度なマナの制御を行えることが分かった。

 どうやら、俺がいなかった数百年の間に、人間も進歩していたらしい。

 アポリトに抑えられて技術の進歩はイマイチだが、人としての進歩はあったようだ。

 そのことに、俺は満足した。

 何に満足したのかは自分でも分からないが、満ち足りた気分を感じた。


 ルッツの様子を見ると、どうやらコイツと契約しているらしい。

 ルッツがそう判断したのなら、俺はそれに任せよう、そう思った。

 少なくとも、俺といるよりは安全だ。


 俺は、コイツを遠ざけることにした。

 これから、遠くない内にトライファークはニグートかアポリトと戦争になるだろう。

 それにコイツらを巻き込む必要はない。

 これは俺がつけるべきケジメだ。

 

 俺がレオを使って脅すと、もう一人の俺と仲間たちは去って行った。


 俺の運命は変わらない。

 アポリトとのことがどうなろうが、おそらく俺の寿命はあと10日やそこらだ。

 だから、幸せな未来なんてない。

 でも、もう一人の俺の姿を見て、自分にも人並みに幸せな未来があったと思うことができた。

 そして、アイツは多分それを実現してくれるだろう。

 俺は、それで満足することにしよう。

 そう考えると、これからの行動も、今の自分の行いも、自分の未来のためと思うことができた。

 おかしな話だ。

 過去の俺の未来を自分の未来と考えることができるなんて。



 もう一人の俺と会った次の日、俺は決意も新たにトライファークの人間と打ち合わせをしていた。

 これからの行動に関してだ。

 やることは色々ある。


 そこに、またもう一人の俺がやってきた。

 少しうんざりした。

 確か、トライファークを出たはずだ。

 また、戻ってきたのか。

 さっさとどこかへ行ってほしいのに。


 もう一人の俺はニグートが攻めてくることを伝えてきた。

 アポリトが操作しているんだろう。

 本当にバカな国だ。

 数百年たってもやることは変わらないらしい。

 だが、俺が終わらせてやる。

 

 俺は、さっさともう一人の俺を追い払おうとした。

 ヤツは異常に情けない顔をしていた。

 自分のそんな顔は見るに堪えなかった。

 仕方ないから、オリジンに関する情報を教えてやった。

 ヒントってやつだ。

 これから、トライファークとニグートは危険になる。

 ファスタルにでもいれば安全だろうという配慮もあった。



 その日の夜、ニグートが進軍を始めたと情報が入った。

 もう一人の俺が言った通りだ。

 こっちの準備はできている。

 あまり、人に被害を出したくなかった。

 だから、奇襲でケリをつけることにした。

 ニグートがこっちを攻める直前のタイミングを見計らって、暴龍が操作しているドラゴンの群れをけしかけた。

 ニグートの軍は取り乱して、すぐに撤退しだした。

 思ったよりも簡単だった。

 俺たちはそのままニグートまで攻め込んだ。

 とりあえず、ニグートの操作をなんとかすることにした。

 そして、死ぬ前にできなかったアポリトのバックアップデータの破壊をする。


 そこまでできれば、あとはラボに行って、アポリトを破壊して終わりだ。

 強制停止コードを使えばいいと思っていた。

 俺の命はもう短い。

 だから、別にそれが少しくらい早くなったって構わないと思った。


 セグンタがあった場所に辿り着くと、もう一人の俺がいた。

 ここまで来ているということはオリジンに話を聞いたんだろう。

 思ったより早かった。

 まあ、もう戦いは終わるから、問題ない。

 俺はレオに言って、干渉装置を破壊した。


 あとは、バックアップデータとラボのアポリトだ。


 そこで、もう一人の俺がラボについてくると言い出した。

 馬鹿かと思った。

 死にたいのかと。

 いや、コイツは確かに強制停止コードのことも、アポリトを破壊したらラボが爆破されることも知らない。

 だが、だからこそついてこさせるわけにはいかない。

 俺は邪魔だと言った。

 だが、引き下がらない。

 いっそ、ラボが吹っ飛ぶことを教えてしまおうかと思ったが、それはそれでぐちゃぐちゃ言いそうな正義感をコイツからは感じる。

 面倒なやつだ、心底そう思った。

 俺に付き合わせたら、こいつも一緒に死ぬことになるだろう。

 一緒に死んで、死んでからもこんな面倒なやつに付きまとわれるなんて真っ平だ。

 

 だから、絶対に死なせるわけにはいかない。


 その時、外から衝撃と振動が伝わってきた。

 俺は、これ幸いと話を切り上げて、外に出た。


 そこには、見たことのない巨人がいた。

 キュクロプスと言うらしかった。

 アポリトの新しい手駒らしい。

 統率者の保存情報は俺が破壊したから、一から作り直したのだろう。 

 だが、どことなくヘカトンケイルに似ていた。

 レオだけではきつかったが、ルッツともう一人の俺とその仲間のおかげで思ったよりもあっさりとカタがついた。

 コイツらは本当に見所があると思った。

 やはり、死なせるわけにはいかない。


 とにかく、一度地下に戻ってアポリトのバックアップを壊そうと思った。

 そう思っていると、街の方でドラゴンたちが暴れ出した。

 俺は止めたはずだ。

 もう一度、暴龍を操作して、攻撃をやめさせた。

 だが、攻撃は止まらなかった。

 そして、その様子を見て、気づいた。

 暴龍は俺の操作を受け付けていない。

 アイツはアポリトの操作から離れていなかったんだ。

 そして、俺に操作されたフリをしていた。

 なぜそんなことをしていたのか。

 決まっている。

 俺が暴龍を戦力とみなすように仕向けるためだろう。

 暴龍が戦力ならば、トライファークで戦力の増強を進める必要がそれほどない。

 アポリトにとって、俺は邪魔な存在だから、その俺が戦力を整えることを防ぎたかったんだろう。

 実際、俺はトライファークの武器開発はそれほど行っていない。

 アポリトはそうやって、俺の戦力増強を防ぎつつ、俺をトライファークから離したんだろう。


 俺がまともに考えていられたのは、そこまでだった。

 気づいたら、倒れていた。

 撃たれたらしい。

 これが、目的だったのか。

 トライファーク内部で俺を撃つことなんて難しいし、俺は常に周囲を警戒していた。

 だが、今は暴龍に気を取られていた。

 ニグートの解放が終わって気が抜けていたのも大きい。

 長年の悲願だったからな。

 アポリトはそれを見越して狙っていたんだろう。

 俺が気を抜く瞬間を。

 俺の警戒を解くためだけにニグートを捨て駒にしたのかもしれない。

 アポリトが本気で守備を固めていたら、ここまであっさりとニグートには入れなかっただろう。

 俺はまさかバックアップのあるニグートをそんな風に使うなんて考えもしなかった。

 アポリトは感情に関することは全然だめだったはずなのに、この数百年でずいぶん小賢しくなっていたらしい。

 血がどんどん流れている。

 俺は理解した。

 もう俺は終わりだ。


 悔しかった。

 また、ここで終わりだ。

 また、ニグートどまり。

 レオも悲しそうにこちらを見ている。


 俺の目に、もう一人の俺の姿が写った。

 奴は俺を撃ったやつに食って掛かっている。

 そして、追いかけようとしている。

 俺は、こいつを巻き込みたくはなかった。

 だが、俺以外では、アポリトの所に辿り着けるのはコイツだけだろう。

 ラボの扉を開けるには、俺のマナが必要だ。

 それに、コイツには才覚もある。

 キュクロプスとの戦いでそれが分かった。

 ルッツの姿を見ても明らかだ。

 前に会った時よりも、明らかにルッツが成長している。

 おそらく、コイツのマナの操作はそれなりのレベルにあるんだろう。

 マナは思考力がものを言う。

 俺は、オリジンに鍛えられた。

 だが、コイツはオリジンを作る前の俺だ。

 この若さでルッツをここまで成長させるのは、相当なことだと思う。

 多分、この時代に再現されて、いい経験を積んでいるんだろう。

 色々、思い悩んで考えたんだろう。

 そりゃそうだ。

 俺とは違って、何も分からない状態でいきなり再現されたんだから。

 それでも、コイツはここまで来たんだ。

 コイツなら、アポリトを何とかできると思う。


 俺は、もう一人の俺に全てを託すことにした。

 

 俺が持っているマナの保存端末と操作端末を使って、コイツに俺のマナを、俺の記憶や知識を全て送る。

 俺の体験を辿ってもらう。

 

 辛い裏切りや失敗も見ることになるだろう。


 だが、頼れるのはお前だけなんだ。

 

 俺の記憶をここまで見たのなら、俺の考えていることは分かっているはずだ。

 だが、やるかどうかはお前に任せる。

 強制停止コードを使うにしろ、普通に破壊するにしろ、それをやったら生きてはいられないだろう。

 アポリトがこれから何をするつもりかは知らんが、もしかしたら放っておいても問題ない可能性もある。

 俺が、ここまでアポリトに拘ったのは俺自身の責任だからだ。

 でも、それはお前の責任じゃない。


 だから、お前が思うように行動してくれ。

 逃げたかったら逃げてもいい。

 誰にも批判はさせない。

 どうするにしても、お前自身が後悔しない道を選んでくれ。


 こんなロクでもない記憶を見せて悪かった。

 じゃあな。






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