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チートなし異世界生活記  作者: 半田付け職人
第7章 もう一つの俺の物語
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未来の追憶 -最期と再現-

 俺はトライファークに帰ってきた。

 やらなければならないことができた。

 アポリトのバックアップデータの破壊だ。

 ラボにいる本体も破壊しなければならないが、バックアップの破壊が優先だ。

 バックアップを破壊してから、ラボの本体を破壊する。

 そうしないと、ラボの本体を破壊しても意味がない。

 バックアップがある場所は聞けなかったが、おそらく、ニグートだろう。

 他の場所にアポリトのデータを保存しきれるほどの装置があるとは思えないし、バックアップがある場所は、当然、それなりに防御を固めているはずだ。

 ニグートに統率者を送り込んだ理由はそれだろう。

 セグンタを破壊するときには全然妨害も何もしなかったのに、今になって統率者を置いて、軍備も整えたのは、バックアップを守るためだろう。

 アポリトは、俺がセグンタを破壊してからバックアップを作ったと言ったが、もしかしたら、バックアップを作るためにセグンタの破壊を俺にさせたのかもしれない。

 セグンタの近くに自分のバックアップを置いておくなんて、例え、セグンタが自分の管理下にあっても、アポリトはしないだろう。

 バックアップはアポリトそのものと言ってもいいくらい重要なものだろうからな。

 アポリトにとって、俺への対策であるバックアップを作るために、セグンタが邪魔になったんじゃないだろうか。

 

 ただ、トライファークを守るためにも、ニグートにいる統率者や軍はどうにかしないといけなかったから、バックアップがあろうとなかろうと、俺のやることは変わらないわけだが。

 まずは、トライファークの戦力の増強が必須だ。

 アポリトがどうやってニグートの人たちを操っているのか、という謎は残っているが、統率者と軍をどうにかできれば、それも調べられるだろう。


 俺は、戦力の増強を進めた。

 それは、トライシオンによってどんどん進んだ。

 一部、アポリトから引きちぎった記憶装置のデータも使った。

 セグンタのデータとそれほど変わらなかったが、多少なりとも改良されていたのは、流石にアポリトという感じだった。


 俺はトライシオンによる武器の開発を手伝いながら、自分は主にマナの操作についての研究を進めた。

 それまであった技術については、そう時間をかけずに理解できた。

 だから、今は俺自身がアポリトのようにマナの操作をできないか試していた。

 それができたら、ニグートの人間のマナを操作して、アポリトから解き放てないかと考えたからだ。

 まあ、同じ人間を俺とアポリトが操作しようとしたらどうなるのかは分からないが。

 とにかく、操作できる方法を研究した。


 トライファークの戦力はどんどん強化された。

 トライファークの人たちはニグートに攻められた恨みがあったので、積極的だった。

 俺はその作業はトライシオンにほとんど任せるようになった。

 トライシオンにはアポリトみたいな余分な感情がないから、仕事を任せることに対する不安は少なかった。

 もちろん、俺も常に情報を確認していたし、問題はなかった。



 トライファークが戦力の増強を始めて、しばらく経った。

 俺はその頃、マナの操作ができるようになっていた。

 何も使わずに、というわけにはいかないし、アポリトと同等とまでは言えないが。

 専用の端末を使えば、それなりに操作ができていた。


 それを持って、一度ニグートに向かった。

 ニグートにはずっとあの巨人の統率者がついていた。

 トライシオンによると、ヘカトンケイルと言うらしい。

 アポリトから奪ったデータの中に情報があったようだ。

 色々解析している中で見つけたデータらしいが、それによると、ヘカトンケイルはかなり強力だと言っていた。

 レオとルッツなら戦えるだろうが、無傷で勝つというわけにはいかないだろうと言っていた。

 それがどの程度の強さか分からなかったが、一度俺の端末で操作できないか試してみた。

 もちろん、近づいて襲われたらまずいから、存在がばれない程度には離れていたが。


 結果、操作することはできなかった。

 どうやら、アポリトが操作しているものを俺が上書きで操作する、というのは無理らしい。

 まあ、予想通りだった。


 次に、俺はマナの操作を防ぐ方法を研究した。

 佐々木さんの研究とラボから失踪した人たちの研究を合わせたものだ。

 トライシオンの協力も得て、完璧ではないが、それなりの形にすることができた。

 俺は再びニグートに行き、ヘカトンケイルに行われているアポリトのマナの操作を防いでから、俺が操作できないか、ということを試してみた。

 結果、できなかった。


 トライファークに戻って、色々試してみたが、一度マナを操作された人間については、その操作を解除することは難しかった。

 できないわけではなさそうだったが、その時点での俺の研究結果ではできなかった。

 ただ、操作されたことのない人間をマナで操作できなくすることは可能だった。

 はっきりとは分からないが、一度操作されると、操作者とその人の間に何らかの経路ができて、それを塞ぐのが難しくなるようだった。

 俺は、トライファークの、マナを操作された事のない人たちに、その研究の成果を施していった。

 ニグートに攻めた時に、何かの拍子でアポリトに操作されないようにするためだ。


 そういう研究を続けながら、戦力の増強も推し進めた。

 その中で、かなり強力な兵器が完成した。

 これなら、ドラゴンでも撃退できるような、そんな兵器だった。

 セグンタのデータにはない、トライシオンのオリジナルだ。

 俺自身は、マナで遠隔操作する武器をメインに使うことにしていた。

 今の俺ならかなり自在に扱えるからだ。

 威力も個人で使うものとしては、申し分なかった。


 そうやって、戦力の増強を進めている所に、ニグートが攻めてきた。

 そこには、二体のヘカトンケイルが含まれていた。

 おそらく、残り一体はラボの守護をしているのだろう。

 他にも何体かの統率者がいるのが見えた。

 人間はそう多くなかった。

 アポリトが持っていたセグンタのデータと空きの記憶領域がなくなったから、新しい兵器の開発が思ったように進められずに人間の軍備があまり整っていないんだと思う。

 俺の行動は無意味じゃなかったわけだ。

 この状況からも、アポリトの修理が進んでいないことが伺える。

 まあ、細かい部分は俺じゃないと分からないから、触っていないんだと思う。

 変にいじってセグンタみたいになるのを避けているのかもしれない。


 今まで攻めてこなかったのは、おそらく各地の統率者を集めるのに時間がかかったからだろう。

 これだけ統率者が集まっているのに、どこかでモンスターに襲われる被害が増えたという報告がないから、おそらく、この戦いに集まった統率者は自分の管理していたモンスターを駆逐してから来たんだと思う。

 だから、集まるまでに、こんなに時間がかかったんだろう。

 アポリトが統率者を生み出す時には、いつもその統率者が管理する地域の平和を至上命題とさせていたから、それが満たされないと動かせなかったんじゃないだろうか。


 ともかく、それでも今はそれなりの数の統率者が揃ったようだ。

 そいつらとともにニグートが攻めてきた。

 俺たちは迎え撃った。

 それなりに準備はできていたから、混乱はなかった。


 かなり激しい戦いになった。

 統率者たちはかなり強力で手を焼いた。

 だが、こちらの兵器で足止めしている間に、一体ずつ、レオとルッツを連れて、俺が倒していった。

 俺の武器は自在に操れば、十分に統率者と戦えた。

 犠牲者を出したくないと思っていたが、そんなことは無理だった。

 戦いが長引くにつれ、ニグート、トライファークの双方でかなりの犠牲者が出始めた。

 それでも、なかなか戦いは終わらなかった。


 両国ともかなり疲弊し、最初の勢いが見る影もなくなったところで、ニグートが撤退していった。

 追いかけたかったが、トライファークにも余力がなかった。

 俺は負傷者を集めて、トライシオンに3Dプリンタで治療させた。

 

 それからはまた戦力を整えた。

 ある程度戦力が整った頃に、ニグートが攻めてきた。

 今回も同じような戦いになった。

 両者が疲弊した所で、ニグートは撤退した。


 そんなことを何度も繰り返した。

 アポリトは俺が記憶領域を奪ったことで、かなり能力が制限されていると思う。

 だが、それでおそらくトライシオンと同じくらいの性能になったんだろう。

 そのせいで、ニグートとトライファークの戦力が拮抗してしまった。

 こちらには俺とレオとルッツがいるが、向こうにも強力な統率者やそれなりに優秀な研究者が多数いた。


 何年も何年も同じことを繰り返した。

 次第に、みんな精神がすり減っていった。

 戦いながら、どうせ今回でも終わらないんだろう、そんな風に考える人間が増えていたと思う。

 戦闘は激しく、犠牲者が増える中で、どこかだらけたような空気が流れていた。

 そうして、社会の発展どころか、文明は徐々に崩壊の兆しを見せ始めていた。


 気づけば、俺はかなり高齢になっていた。

 それでも先頭に立って戦い続けた。

 アポリトを破壊しなければならない、そればかり考えていた。

 俺自身もどこかおかしくなっていたのかもしれない。

 そんな俺でも、レオとルッツはいつも支えてくれた。

 俺はレオとルッツのおかげで最期まで正常でいられたんだと思う。

 

 レオとルッツは仲が良かった。

 いつもじゃれていたが、最後にはいつもルッツが勝っていた。

 レオがわざと負けていたようだ。

 ある時には、何も能力を持たないレオにルッツが吠え方、というか空気の振動の使い方を教えていた。

 レオはかなり知能が高いから、ルッツの言いたいことは理解したようだった。

 練習もしたようだし、少しだけ使えるようになったみたいだが、最後までルッツのようにはいかなかった。

 そんな様子を見ている時だけ、俺の心は穏やかになっていた。



 もう、何度目かも分からないニグートの侵攻があった。

 また二体のヘカトンケイルがいた。

 俺は、今回で均衡を崩すつもりだった。

 いや、崩さなければならなかった。

 なぜなら、もう俺は先が長くないことが分かっていたからだ。

 戦いの直前にマナの保存は済ませた。

 おそらく、俺はもうアポリトを倒すまでは持たないだろう。

 いや、アポリトの所に行くのも、もう難しいかもしれない。

 本当は、単身でもラボに乗り込みたかったが、最近は俺がトライファークを空けようとすると、ニグートが攻めてきて、俺は身動きが取れなくなっていた。

 そんな状態でいるうちに、いつのまにか、死が見えるところまで来ていたのだ。

 だから、マナを保存して、いつの日か、誰かが俺を再現してくれたなら、その時に目的を果たそう、そう思うようになっていた。

 マナを保存するときには、肉体情報を少し加工した。

 寿命は変えられなかったが、再現の後、少しでも有利に動ければいいと思ったからだ。

 もちろん、マナの操作を受け付けなくする制御も施した。

 再現直後にアポリトの操作を受ける、なんてことになったら話にならないからだ。

 あとは、この後の戦いの記憶も保存する必要がある。

 だから、俺は普段使っている端末以外に、マナの保存用の端末も持って戦いに出た。

 死ぬ間際まで、この端末に俺の記憶を保存して、それをトライシオンに送り続ける。

 ギリギリまで情報を残すことにした。


 攻めてきたニグートに対して、俺はいつも以上に果敢に攻めた。

 レオとルッツも同様だ。

 俺たちの間にはマナのつながりがある。

 だから、俺の思考は多少レオとルッツにも影響する。

 後のことを考えずにどんどん攻める俺にレオとルッツはついてきてくれた。


 そして、ついに長年果たせなかったヘカトンケイルを倒すことに成功した。

 俺たちも傷を負ったが、まだ動ける。

 ニグートは自分たちの不利を悟ったのか、撤退し始めた。

 ヘカトンケイルの存在はニグートにとっても大きかったらしい。


 俺たちはいつもは撤退するニグートを追いかけたりしないが、今回は追いかけてさらに攻めた。

 それをニグートまで続けた。

 そして、ニグートに着くころには、ニグートの軍は統率者も含めて、ほとんど壊滅状態だった。

 犠牲者の数も今までの比にならないと思う。

 ただ、こちらも満身創痍だった。

 俺はもう体中に痛くない所がない状態だったし、レオとルッツもかなりの数の傷を負っていた。

 俺は、これで最後にするつもりだったから、それでも構わずに進んだ。

 そして、何年ぶりか思い出せないほど久しぶりに、ニグートの街に入った。

 街はあまり変わっていなかった。

 相変わらず、きれいに区画整理されている。

 俺はそのまま進んだ。

 アポリトのバックアップがどこにあるか分からないが、とりあえず、セグンタがいた空間を目指した。

 もう、ニグートで俺たちを追いかけてこられるやつはいなかった。


 大した抵抗も受けずに、セグンタがいた空間に辿り着いた。

 そこには、よく分からない装置があった。

 ドーム状の球体が複数だ。

 これはバックアップではない。


 俺はすぐに気づいた。

 それはマナの干渉装置だった。

 アポリトがニグートを操作できたのは、それを使ったからだろう。

 俺がセグンタを破壊してから何者かによって、運び込まれたのだと思う。

 いや、誰が運んだのかは明らかだな。

 アポリトが操作した人間だろう。

 セグンタはこのことを知らなかったようだし。

 セグンタを破壊した後のニグートの様子から考えて、あの時には、アポリトは、もうセグンタなしでニグートを操作できるようになっていたんじゃないだろうか。

 多分、この装置は既にどこかで稼働していたんだろう。

 そう考えると、セグンタが本当に哀れに感じた。

 そして、アポリトの用意周到さが腹立たしかった。

 俺もセグンタも、アポリトにいいように利用されていたんだろう。


 だが、今回は違う。

 今回は、アポリトも俺がここまで攻めてくるとは予想していなかったはずだ。

 だから、肝心なのはここからだ。

 まず、レオに言って、干渉装置を破壊してもらった。

 なぜか、少しセグンタの敵を討ったような気になった。


 俺はそのまま、アポリトのバックアップを探すことにした。

 セグンタがいた部屋から出ると、そこに、ヘカトンケイルがいた。

 最後の一体なんだろうが、突然現れたので、驚いた。

 今までどこにいたのか分からなかったが、こんな逃げ場も何もないところで遭遇したからには、戦うしかない。


 ここに着いた時点で俺たちはすでにボロボロだった。

 だから、ヘカトンケイルの相手はきつかった。

 レオとルッツががんばってくれているおかげでなんとか戦えているが、限界は近かった。

 俺は打開策を考えたが、頭もあまり働いてくれなかった。

 いよいよ、終わりは近かった。

 ヘカトンケイルが俺に急接近してきた。

 突然のことだったので、レオもルッツも反応できなかった。

 そして、俺は腹を蹴り飛ばされた。

 俺はそのまま壁に激突した。

 意識が遠のきそうになる。

 だが、なんとかこらえる。

 まだ、こんな所で終わるわけにはいかない。


 俺は軋む体に鞭打って立ち上がった。

 その時、俺が激突した壁が崩れて、向こうの部屋が見えていることに気づいた。

 一瞬、何があるのか分からなかった。

 隠し部屋らしい。

 そこに、大きな筐体があるのが見えた。

 今も稼働しているようだ。

 すぐに気づいた。

 アポリトのバックアップだ。

 こんなところに隠していやがった。

 俺は、最後の力を振り絞って、その部屋に入った。

 そして、その筐体を破壊しようとする。

 武器を遠隔操作して、筐体に攻撃しようとした。

 そこで、ヘカトンケイルが壁をぶち破って部屋に入ってきた。

 そして、俺の武器を破壊した。

 もう少しだったのに、止められてしまった。


「レオ、ルッツ、これが目的のものだ。

 俺が破壊するから、なんとかヘカトンケイルを頼む」


 俺は、レオとルッツにヘカトンケイルの足止めを頼んで、自分は筐体に向かう。

 俺の武器は破壊されてしまった。

 素手で壊すしかない。

 多分、レオやルッツなら、これを破壊することはできるだろうが、ヘカトンケイルがそれを見逃すはずがない。

 それに、今レオかルッツがヘカトンケイルから離れたら、とてもじゃないが足止めなんてできない。

 だから、レオとルッツがヘカトンケイルを抑えてくれているうちに俺がやるしかない。


 俺は、筐体に近寄った。

 そして、横のパネルを外そうとした。

 外れない。

 他のパネルも試す。

 外れない。

 後ろでヘカトンケイルがルッツを吹っ飛ばしているのが見えた。

 くそっ。

 余裕がない。

 俺は、手当たり次第に外れる場所がないか探す。

 筐体を石で殴ったり、揺らしたりもした。

 でも、びくともしない。

 俺は思い切りパネルを蹴り上げた。

 何度も何度も蹴り続けた。

 すると、あるパネルが少しだけずれた。

 そして、隙間ができている。

 少しだけだが、中の基板が見えた。

 その基板は俺にも見覚えがあるものだった。

 おそらく、オリジナルのアポリトから、バックアップに必要な回路だけを抜き出して作ったような構成なのだろう。

 だから、俺には、大体どの基板が何なのか、分かる。

 見えているのは、俺がアポリトの本体から奪ったのと同じような記憶装置の一部だ。

 こんな隙間からじゃ全体を破壊することはできないが、見えている部分だけでも破壊すれば、アポリトのデータベースの一部を完全に破壊できる。

 だから、せめて見えている部分だけでも壊しておく。

 ただ、隙間は本当に狭い。

 どうすれば壊せるか、必死に考える。

 武器はもうない。

 後ろでは、どんどんレオとルッツが不利になっていく。

 俺は考える。

 その隙間から基板を破壊する方法。

 あった。

 俺は持っていた携帯端末を取り出す。

 そして、それを二つに折った。

 端末は折った箇所から火花を散らせて壊れた。

 俺はその筐体の隙間から、折った端末を中に入れた。

 ギリギリ通るくらいの隙間から、ただ中に入れただけだが、一番手前の基板に接触した。

 それによって、基板の部品がショートした。

 小さいスパークとともに煙が上がった。

 俺はもう半分の端末も入れる。

 そして、それも基板の一部にダメージを与えた。

 一部の破損が、どんどんその辺りに波及していく。

 

 やった。

 やってやったぞ。

 アイツの、アポリトのデータベースの一部を破壊してやった。

 おそらく、破壊できたのは、マナと統率者の保存情報の部分だけだが、それでも十分だろう。

 これで、アイツはほとんどの手駒を失ったことになるはずだ。

 

 本当は全て破壊してやりたかったが、今はもう無理だ。

 レオとルッツも満身創痍で、ヘカトンケイルから時間を稼ぐのに精いっぱい、どころか、もういつやられてもおかしくない状態だ。

 俺も、もう長くはないが、今はこれでいい。

 あとは、俺がこの身を持って、レオとルッツを逃がしてやればいい。


 俺はこの戦いの前にマナを残してきた。

 それを使って俺を再現してくれる人がいるかどうかは分からない。

 それに再現してくれたとしても、それがいつになるかも分からない。

 だが、俺はアポリトの記憶情報を一部とはいえ、破壊した。

 俺以外には修理は難しいだろう。

 これなら、次は俺が有利に動けるはずだ。


 ああ、次があったらいいな。

 俺はそう考えながら、ヘカトンケイルに向かう。


「レオ、ルッツ、逃げろ。

 お前たちは今死んじゃいけない。

 俺が時間を稼ぐから逃げろ」


 レオとルッツは俺を見た。

 だが逃げようとしない。


「俺の最後の頼みだ。

 頼む、行ってくれ。

 そして、いつか、もし俺が再現されることがあったら、また、一緒に戦ってくれ。

 そのために、今は逃げてくれ」


 俺はそう言って、ヘカトンケイルに突っ込む。

 ヘカトンケイルからすれば、今の俺など蚊も同然だろう。

 だが、こっちは残った全てを懸ける覚悟ができている。

 レオとルッツを逃がす時間くらいは作る。

 その俺を見て、レオとルッツはすぐに意を汲んで、脱出してくれた。

 ヘカトンケイルは追おうとしたが、その足に俺が組み付く。

 行かせはしない。


 ヘカトンケイルは俺を踏みつぶした。

 俺は、下半身の感覚がなくなるのを感じた。

 ああ、これが死か。

 まだまだやらなければならないことは残っているのに。

 正直、こんな所で終わるのは悔しい。

 だが、まだ俺は諦めてはいない。

 次は、次こそはなんとかする。


 ははは、今のうちに存分に勝利した気になっていればいい。

 次こそ、アイツを、アポリトを潰してやる。

 

 潰してやる、ぞ。

 ああ、負け惜しみだ。

 くやしいなあ。


 目の前でヘカトンケイルがまた俺を踏みつけに来るのが見えた。


 俺の意識は、そこで途絶えた。

 マナの保存もそこで終わった。







 次に俺が気づいた時、目の前には3Dプリンタがあった。

 ラボの方じゃない。

 トライファークの方だ。


 俺はすぐに状況を理解し始めた。

 誰かが俺を再現してくれたのだろう。

 良かった。

 次が訪れてくれたらしい。

 俺に残された時間は少ないが、これで、なんとか目的は果たせそうだ。

 今はあの戦いから何年後だろうか。

 見た所、3Dプリンタは俺が使っていたもののままだし、研究施設もほとんど変わってなさそうだ。

 もしかしたら、意外とすぐに再現されたのかもしれない。

 だとすれば、戦いはどうなった。

 今は、周りから音がしないからニグートに攻められてはいないようだが。

 

 俺は所持品を確認する。

 よし、普段使っていた端末とマナの操作用端末、保存用端末、すべて持っている。

 武器は持っていないが、それはトライファークにあるものを使えばいい。

 レオとルッツはどうなったんだろう。

 無事に逃げられただろうか。


 俺が考えている所に、研究者風の男が近づいてきた。

 俺は早速その男に今の状況と俺を再現した理由と経緯を聞くことにした。



 愕然とした。

 いや、正直、信じられなかった。

 戦争なんてとっくに終わっているらしい。

 そして、俺を呼んだ理由は暴れているレオを止めるためらしい。

 何かの間違いだとしか考えられなかった。

 だが、嘘をついている様子はないから、真実なんだろう。

 事情があるはずだが、この研究者に聞いても分からないだろうな。

 後で直接レオに会えば分かるだろう。

 俺は続けて話を聞いた。

 今は、俺が死んでから数百年経っているらしい。

 全然未来感はない。

 俺はニグートのことや今のトライファークの技術レベルについて聞いた。

 何を聞いても、違和感しか感じなかった。

 歴史も何かおかしい感じだし、技術の進歩なんて皆無、どころか退化している。

 なんなんだ、この状況は。


 俺は疑問を感じながらも、研究者の話を聞いていた。

 そこで、聞きたくもない事実を聞いてしまう。

 俺はサエグサユウトとして再現された二人目だということだ。


 それは、許されないことのはずだった。

 いや、そもそも再現技術は完成しているが、同一の人間の再現についてはどういう仕様が最終的にとられたのか、知らない。

 確かめる必要はあるだろう。

 だが、今それよりも気になったのは、もう一人の俺はマナの改変などという技術を使って再現されたらしいことだ。

 できるだけ詳しく聞いたが、それは明らかに俺のマナの加工技術の劣化版だと感じた。

 よくそんな怪しい技術で人を再現しようとしたものだ。

 研究者に聞いても、あまり詳しいことは知らないらしかった。

 そんな技術、この時代のやつらに作れるとは思えなかった。

 そして、決定的と思われる事実を聞かされる。

 もう一人の俺は、ここではなく、ファスタルの辺境、つまりラボのある位置だろう、に再現されたらしい。

 アポリトだ。

 俺はすぐに確信した。

 アポリトが何かしたに違いない。

 そして、色々納得した。

 マナの改変なんて怪しい技術を作ったのもアポリトだろう。

 正確にはアポリトに操作されたトライファークの人間が作ったんだろうが、同じことだ。

 アイツはそういうことには向いていない。

 マナの加工技術も理解できなかった。

 だから、そんなおかしな技術になったんだろう。

 完成したマナを削って、過去を再現するなど、明らかに穴が多い。

 マナに残された記憶は完全に時系列にそっているわけじゃない。

 色々な時点の記憶が複雑に絡みあっているんだ。

 単純に削っていいものじゃない。

 そんなことをすれば、かなり不安定な人間が出来上がっていても、おかしくない。


 もう一人の俺は、ラボで再現された後、ファスタル、つまり第一最適化実験都市に行ったらしい。

 再現された俺はマナの操作を受けにくいようになっているはずだが、もしかしたら、改変なんてことのせいで操作を受けるようになっているのかもしれない。

 だから、アポリトの操作を受けてしまって、ファスタルに向かったのかもしれない。

 つまり、オリジンの所に。

 まずいと思った。

 オリジンとアポリトがもう一人の俺を介して繋がったのかもしれない。

 アポリト単体でも厄介なのに、オリジンと協力されたら、もっとやりにくくなる。

 とにかく、まずはレオを迎えに行こう。

 それから、できたらルッツも探したいが、どこにいるかは分からないらしい。

 一度、トライシオンに相談しよう。

 事情もトライシオンに聞いた方が分かる可能性が高い。

 俺はそう思って、ひとまずレオの所に行くことにした。






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