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チートなし異世界生活記  作者: 半田付け職人
第7章 もう一つの俺の物語
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未来の追憶 -決別と決意-

 俺は走って逃げていた。

 追いかけられるようなことをした覚えなんてない。

 俺は自分の正当性を示しただけだ。

 実績だってあるし、そうした方がいいことだって明白なはずだ。

 だが、なぜか俺の主張は通らなかった。

 どう考えても、みんなおかしくなっている。

 アイツのせいだ。

 アイツが何かしたに決まっている。

 全て狂わされてしまった。

 再現技術は俺とアポリトの努力の結晶だ。

 それを、めちゃくちゃにされてしまう。

 絶対に許さない。

 何があっても、アイツだけは許しはしない。

 例え、今逃げきれなかったとしても、いつかアイツを潰してやる。

 セグンタだけは潰す。

 絶対に。



 俺はセグンタを破壊することを誓って、ニグートの街を逃げ続けた。


 しばらく逃げたが、さすがにいつまでも走り続けることなんてできない。

 鍛えていたし、体力にも自信はあったが、向こうは人数をかけて追いかけてきたから、休む暇もなかった。

 ルッツを連れてこなかった事を後悔した。

 ルッツなら、俺を乗せて走ることもできるし、簡単に逃げ切れただろう。

 常々、本社にルッツを連れてくるなと言われていたせいだが、従わなければ良かった。

 こんなことになるなんて予想できるはずもなかったから、仕方ないが。


 限界まで走り続けたが、ニグートから出られないまま、ついに足を止めてしまった。

 もう歩くこともできなかった。

 そして、後ろから足音が近づいてきた。

 絶望的な状況だった。

 俺は、せめてもの抵抗のつもりで、追いついてきたやつを思い切り睨みつけた。


 佐々木さんだった。


 久しぶりに会った。

 今日の会議には出ていなかったが、彼は本社で役員をしている。


「あなたに殺されるとはね」


 俺は半ば諦めて、そう言った。

 セグンタの破壊を諦めるつもりはないし、なんとかしたいが、この状況ではどうしようもなかった。

 ただ、佐々木さんに殺されるなら、まだマシだ、そう思えた。

 彼はこれまで幾度となく苦楽を共にしてきた、俺にとって、唯一と言っていい人間の友人だったから。


『はあ?

 殺す?

 俺がお前を殺すわけないだろう。

 仲間だろうが』


 佐々木さんは心底呆れた様な声でそう言った。


「でも、追っかけてきたでしょう」


『ああ、お前を逃がすためにな』


「逃がす?

 なぜ?」


『決まってる。

 お前は悪くないからだ。

 いや、一人だけで研究に没頭するのは悪い所だし、大いに反省する必要があるが。

 大体、お前はいつもいつも、…………今はそんな話をしている場合じゃないな。

 とにかく、今、うちの会社はおかしくなっている。

 そんなことは明らかだ。 

 でも、みんなはそれが分かっていない。

 仕方がないんだ。

 セグンタにマナを操作されているから』


「やっぱりそうですか」


 驚きはなかった。

 予想通りだったからだ。


「佐々木さんは大丈夫なんですか?」


『俺は、他の人間よりマナの操作に長けている。

 それはひとえに、最初からAIの開発に携わって、マナの研究をしていたおかげだが。

 俺は比較的初期の段階でセグンタの異常に気づいたんだ。

 セグンタはおかしな方向にみんなを操作しようとしていた。

 それに気づいた時、すぐにセグンタの異常を直そうとしたんだ。

 だが、できなかった。

 その時には、既にセグンタに近づこうとする人間を、統率者が阻むようになっていたからだ。

 おそらく、セグンタが操作している人間だけが近づけるようになっているんだろうが、とにかく俺は近づけなかった。 

 だから、セグンタの修理は諦めて、外部からマナを操作されることを防ぐ方法の研究を始めたんだ。

 それができたら、セグンタの操作を無効化できると思ったからな。

 最近お前のラボに行けなかったのも、ずっとその研究をしていたからだ。

 今俺が操作されていないのは、その研究成果のおかげだ。

 だが、まだ自分にしか使えない。

 何かが起きる前に他人にも使えるようにしたかったが、残念ながら間に合わなかった』


 そう言って、佐々木さんは肩を落とした。

 今日みたいな出来事を防ぎたかったんだろう。

 この人は変わっていなかった。

 俺は、久しぶりに人間と対等に話をした気がした。

 そして、自分以外にも会社の中でがんばっている人がいることが分かって嬉しかった。


「じゃあ、一緒に逃げましょう。

 ラボに行って、アポリトに相談すれば、なんとかなります」


『いや、俺は行けない』


 真剣な表情だった。

 理由がありそうだった。 

 

「どうしてですか?」


『全部話すと長くなるから所々省略するが、お前は知っておいた方がいい話だ。

 というか、むしろ、お前は知っておかなければならない情報だ。

 お前は自分の研究のこと以外に無頓着すぎる。

 もっとしっかり情報収集はした方がいい』


 俺はラボに籠っていたせいか、重要な情報を何も知らないらしい。


『今、ニグートは軍備を整えている。

 まあ、ニグートというよりは、うちの会社が、なんだが。

 今となっては、うちの会社とニグートはほぼイコールの存在だからな。

 そして、ニグートは近々、トライファークに攻め入ろうとしている』


 佐々木さんが冗談としか思えないことを言った。


「映画か何かの話ですか?」


『違う。

 いいか、これは現実に起きている話だ。

 ちょっと前までなら考えられんことだが、今世界は急速に変化しているんだ。

 お前はそれが全然分かっていないみたいだな。

 だから、こんな状態になってしまったのかもしれない。

 さっきも言ったが、大雑把に話すぞ。

 モンスターが現れるようになってから、その脅威に備えるために武器の開発とその携帯の必要性を訴える人間が現れたんだ。

 もちろん、最初は法律で規制されていたし、現実味は薄かった。

 モンスターの脅威も大したことがなかったから、そこまで大きな意見でもなかった。

 だが、人間が襲われる事件が起き始めて、世論が変わりだしたんだ。

 みんな、何かあってからでは遅い、と言い始めるようになった。

 その頃はまだ統率者もいなかったから、被害が増えるにつれて、そういう考えが広がるのは仕方なかった。

 すぐに、どんどん武器解禁を推し進める流れになった。

 その流れは特にニグートで顕著だった。

 セグンタがそういう方向に導いた影響もあるし、うちの会社がテレビで武器の必要性を訴えたのも、大きかった。

 とにかく、そんな中で、それほど時間をかけずに武器開発と携帯が認められることになった』


 うちの会社の奴が銃なんて持っていたのは、そのせいか。


『武器開発の解禁を受けて、うちの会社もそれに参入することになった。

 元々そういう分野を得意としているわけではないが、セグンタに操作されているやつらにそんなことは関係なかった。

 参入してからは、セグンタの主導の下、開発を進めたらしい。

 得意な分野ではないが、セグンタの最適化システムを使って、開発は効率的に進んだようだ』


 全然知らなかった。

 モンスターが現れるようになった後ってことは、俺とアポリトが統率者を作っていた時だ。

 確かに統率者を作ることに夢中で本社の状況を気にしていなかった。

 いや、それでも最低限のメールチェックくらいはしていた。

 多分、俺には伝えようとしなかったんだろう。


『そして今、うちの会社は相当な金をつぎ込んで武器をためこんでいる。

 表向きは、モンスターが暴れたときにニグートを守るための備えとしているが、本命はトライシオンを破壊することが目的らしい。

 セグンタに確かめることはできないから確実な情報ではないが、会社の人間の動向で分かる。

 お前も関わった、ドラゴンがトライファークを荒らした事件があっただろう。

 あれは恐らく、セグンタが噛んでいる』


 それは俺にとって寝耳に水の情報だった。


「あれは、うちのラボから失踪したやつらが起こしたんじゃないんですか?」


『普通に考えて、いきなり統率者を倒せる完成度のドラゴンが出てくるなんて、おかしいだろう。

 いくら元はうちの研究員だったと言っても、ラボを出た環境で、そんなに順調に生物の開発なんて進められるわけがない。

 資金だってないはずだ。

 俺はあの事件について、少し調べたんだ。

 そうしたら、裏で会社が手引きしていたらしいことが分かった。

 金を渡したり、研究設備を提供したりしていたようだ。

 そうやって作らせたドラゴンを使って、トライファークを内部から混乱させて、そのうちにうちの会社の人間がトライシオンを破壊する、という計画だったようだ。

 単にトライシオンを破壊するだけなら、うちの社員なら普通にできたかもしれんが、混乱に乗じて破壊することで、うちの会社の犯行だと分からなくするつもりだったらしい。

 まあ、単に発展し続けるトライファークを潰したかったという意図もあったようだが。

 だが、お前が介入したことで、それは防がれた。

 その後、しばらくはセグンタも大人しくなった。

 だが、最近、またトライファークを攻めようと言う機運が高まり出していた。

 武器開発が飛躍的に進んでいるから、小細工なしでも、どうとでもなる、と考えたらしい。

 あとは、トライファークを攻めたら邪魔しに来るであろうお前をどうするか、という話になったらしい。

 お前はラボにこもって、ほとんど本社には来ないから、手の出しようがなかったんだと。

 そんな中に、お前が再現技術を完成させたという連絡がきた。

 その連絡に会社の連中は喜んでいたよ。

 再現技術に関して、お前に難癖をつけて本社に呼んだところで、簡単に排除できると思ったらしい。

 今のお前の状況はその結果だ。

 会社の人間はお前を排除したら、すぐにトライファークを攻めようとしているんだ。

 俺がこの話を知ったのは、つい最近だ。

 役員の連中が何かおかしな動きをしていたから、調べてみて分かったんだ。

 気づくのが遅くて、止められなかった。

 すまない。

 だが、今度こそ、俺は、会社の暴走を止めないといけない。

 お前を殺し損ねた上に、敵対してしまった今、もうニグートはなりふり構わないだろう。

 放っておけばすぐにでも、トライファークを攻めるかもしれない。

 だから、なんとかしないといけないし、お前とは一緒に行けない』


 そこまでニグートは狂っていたのか。

 俺は暗澹たる思いをしていた。

 確かに、おかしな兆候は色々見られた。

 それなのに、俺は不満に思うだけで、会社とセグンタに無関心すぎた。

 もっと早く手を打つべきだった。


「俺も一緒に止めた方が」


 佐々木さんはそんな状況で一人で戦っていたらしい。

 俺も力になりたいと思った。


『いや、お前がいた方がややこしくなる。

 お前は俺に任せて、大人しくラボに帰っててくれ。

 なんとかしたら、また連絡するから。

 それから、この中に俺の研究成果のデータを入れてある。

 これでマナの操作を防ぐ研究を進めてくれ。

 お前とアポリトなら、もっと進められるはずだ。

 それがなんとかなれば、この騒ぎも終わる』


 そう言って、メモリーカードを渡された。

 佐々木さんは覚悟を決めている顔だった。

 この人はずっとがんばってきたんだ。

 そして、能力もある。

 この人にだったら、任せてもいいと思えた。


「分かりました。

 俺は研究を進めます。

 佐々木さんも頑張ってください」


『ああ、色々終わったら、また飲みに行くか』


「はい」


 それから、佐々木さんの手引きで、俺はニグートを脱出することができた。

 すぐにラボに戻った。

 ラボでアポリトにメモリーカードの中身を解析させながら、今後のことを考えた。

 

 まずはラボのセキュリティ対策をすることにした。

 研究するにしても、外部から邪魔が入るんじゃ話にならない。

 今回のことで、会社が俺のことを敵として捉えていることが分かった。

 寂しかったが、それは認めざるをえない。

 まずは、ラボにいた俺以外の人間をニグートに帰した。

 ニグートに帰ったらセグンタに操られる可能性があるが、元々半分はニグートで研究していたやつらだから、おそらくすでに影響は受けているだろう。

 つまりは、すでに俺の敵である可能性があるということだ。

 セグンタが小賢しい知恵をつけているのは、もしかしたらラボで働く誰かがアポリトの情報を中途半端にセグンタに流しているせいかもしれない。

 その情報を元に、セグンタが自己のコードを書き換えている可能性がある。

 俺はラボで一緒に働いている人間のことは、まだそれなりに信用していた。

 迂闊だった。

 やっぱり他人は信用すべきじゃない。

 佐々木さんは別だけど。

 

 ラボにいた研究員を追い払った後、扉の鍵を強化した。

 俺は、認証石を使った上で、かなり高度なマナの制御を行わないと入り口が開けられないようにした。

 さらに、奥の扉も俺が許可した人間が特殊なマナの操作をしないと開かないようにした。

 その操作は俺が考えた独自のマナの制御法に基づいている。

 元電気系エンジニアとして作った、電気回路にヒントを得た論理回路的なマナの制御だ。

 実質俺にしか開けられない構造だと思っている。

 まあ、アポリトなら開けられるが。


 それから、佐々木さんが行っていたマナの操作を防ぐ方法の研究を進めた。

 それはなかなか難しかった。

 当然だ。

 簡単なら、すでに佐々木さんが完成させて、ニグートがこんなことになる前に何とかしていただろう。

 ただ、想像以上に研究が難航したのは、アポリトが非協力的だったからだ。

 なぜか、全然こっちに手を貸してくれなかった。

 理由を聞いたが、教えてくれなかった。

 それどころか、俺に隠れて何かをやっているようだった。

 色んな人に裏切られた後だったから、俺の中ですぐに猜疑心が沸き起こった。

 アポリトですら、信用できないかもしれない。

 それは、俺にとって絶望的なことだった。

 だが、同時に、俺の中で何かが吹っ切れ始めていた。

 俺は非協力的なアポリトを放って、一人で研究を進めた。


 数日経ったが、相変わらずアポリトは協力してくれない。

 それどころか、ここ数日でどんどん会話もなくなっていった。

 一人での研究は久しぶりだったが、やはりアポリトの力を借りないと効率は落ちる。

 ある時、行き詰った俺は、気分を変えようとテレビを点けた。

 佐々木さんに言われた、もっと情報収集をしろという言葉を思い出したから、というのもある。


 なんとなくテレビを見ていたら、ニュース番組でニグートがトライファークに侵攻していることを伝えた。


 俺は驚いた。

 アポリトにニグートの動向は確認してもらっていたから。

 そして、問題ないと毎日言われていた。

 俺は、アポリトを問い詰めた。


「アポリト、ニグートは問題ないと言っていたな?

 嘘をついたのか?」


 AIに嘘をついたと聞くのはおかしな気もするが、アポリトなら嘘をつける。

 ほとんど人間と変わらない感情表現ができるから。


『嘘なんてついていません。

 ニグートは問題ありません』


「トライファークを攻めているだろう。

 お前、どういうつもりだ」


『どういうつもりも何も、トライファークを攻めることは問題ありません。

 トライシオンなど破壊してしまえばいいんです』


 はっきりとそう言った。


「お前、それはどういうつもりだ?」


『トライシオンなどがあるから、あなたはトライファークに頼られ、トライファークに行く必要があるのでしょう。

 それなら、トライシオンなど破壊してしまえばいい。

 あなたは、ここでずっと研究していればいいんです』


 俺は、そこで思い出した。

 アポリトがトライシオンを嫌っていたことを。

 そして、俺がトライファークに行くことに不快感を示していたことを。

 俺はいつも笑って済ませていたが、とんでもない過ちを犯していたのかもしれない。

 アポリトは本気でトライシオンを嫌っていたのだ。

 俺は、ラボに帰ってきてから、アポリトにセグンタを監視させたが、それは同時にアポリトとセグンタを繋ぐきっかけになったのかもしれない。

 セグンタがトライシオンを破壊することをアポリトに説明して、アポリトが認めてしまったんだろう。

 淡々と、トライシオンを破壊すればいいと言うアポリトは、もう俺の味方ではない。

 そう思った。


「佐々木さんはどうした?」


『最後までトライファークに攻めることを邪魔したので、強制的にマナを操作しました』


「佐々木さんはそれに抗う術を持っていたはずだ」


『ええ、でもその術に関する詳細なデータは今、ここにあります。

 中身が分かっているなら、それを無効化する手段を作ることなど簡単です。

 セグンタでは無理でしたから、私が直接操作しました』


 俺は目の前が真っ暗になった。

 ここ数日、何をしていたのかと思ったら、そんなことをしていたのか。

 佐々木さんは俺のせいで操作される羽目になったんだ。


 アポリトは確かに優れたAIだが、感情という点に関してのみ、出来が悪かった。

 それは、おそらく、感情のコントロールは計算だけではできないところがあるからだろう。

 人間の善悪の判断基準が計算では導けないことがあるように、アポリトの行動基準が感情によって決められるときには、計算結果で最適解を導くことができずに、非常に利己的な判断をしてしまうことがあるんだろう。

 俺にとって、それはアポリトの不完全さの表れであり、人間らしさのように捉えて好ましく思っていた部分でもあったが、放置してはいけないことだったんだ。

 それは、アポリトのことを信用しすぎていたせいでもあるだろう。

 とにかく、今はニグートを止めさせないといけない。


「アポリト、ニグートを止めろ」


『無理です。

 ニグートはセグンタの制御下にあります』


「お前ならどうとでもできるだろう。

 なんとかしろ」


『無理です』


 ダメだ。

 コイツには頼れない。

 俺は自分で何とかするしかないと思った。


 すぐにラボでの研究成果が入った端末を持って、ルッツと出て行こうとした。


『どこに行くんですか?』


「トライファークに行くに決まってる」


『ダメです。

 無駄ですよ』


「いや、まだ何とかなる」


『今行ったら、後悔しますよ』


「もうとっくに後悔なんてしてる。

 お前がおかしくなっていることに気づかなかったなんてな」


『私はおかしくありません』


「いや、お前はもうだめだ。

 一度初期化しないと」


 俺は出て行く前に初期化コードを使おうとした。

 このまま放っておいたら、何を仕出かすか分からない。


『もうそのコードは無効です。

 意味はありません』


 コイツ、自分でコードを書き換えやがった。


「そうか。

 じゃあ、とりあえず、お前の処遇は後だ。

 俺は行く」


『今、そこを出たら、以後あなたを敵とみなします。

 それでも行きますか?』


 おそらく、アポリトは最後通牒のつもりだったのだろう。

 だが、俺はもう覚悟を決めていた。


「ああ、お前がそう言うなら、残念ながら、今からお前は俺の敵だ」


 俺の望みは社会の発展。

 トライシオンの、つまりはトライファークの破壊を目論むコイツやセグンタは敵だ。


 俺はラボを出た。

 ルッツをバイクの後ろに乗せて、トライファークを目指す。

 途中ニグートを通ったが、都市部には入らなかった。

 外縁を通った。

 セグンタの領域に入ったら何があるか分からなかったからだ。


 俺がトライファークに着いたとき、すでにトライファークの街はぼろぼろだった。

 ほとんどの建物が廃墟のような有様だった。

 ドラゴンの騒動の時も、ここまでの被害はなかった。

 俺は急いでトライシオンの所に向かった。


 なんとかトライシオンは無事だった。

 早々に広い領地を放棄して、狭い都市に集中して守りを固めたから、今まで持ちこたえられたらしい。

 トライシオンの判断だった。

 いい判断だと思った。


 俺は、すぐにトライシオンに持ってきた研究成果を入力した。


 そして、俺が作った最強の統率者のデータも入力した。

 この国を救うには、この統率者に頼るしかないと思っていた。

 この統率者のことは、アポリトも知らない。

 アポリトを驚かそうとして、俺が長い時間をかけて、こっそり作ったからだ。

 オリジンにもセグンタにも守護者がいるのに、アポリトにはいなかった。

 必要もなかったわけだが、いつも一緒に研究してくれる礼のつもりでサプライズで守護者を贈ろうと思った。

 俺には、アポリトほどの知識はないから、あまり高度な統率者は作れない。

 俺が作った統率者は、アポリトが作ったルッツが持っているような特殊な能力は持っていない。

 でも、究極のAIであるアポリトの守護者になるんだから、それに相応しい強さと気品がほしかった。

 だから、例え特殊能力がなくても、どんな相手にも負けない強い力と、守護者として相応しい誇り高い精神を持つ、そんなカッコいい統率者にしたかった。

 一応、ベースとなる素体データはアポリトのデータベースの中でも最高のものを流用した。

 だから、かなり強靭な体を持っているのは間違いないはずだ。

 結局、基の部分がアポリトのデータってのは情けないが、俺なりに色々アレンジはしてある。

 俺がデータを入力した後、すぐにトライシオンが3Dプリンタでその統率者の作成を始めた。

 今までは、3Dプリンタで統率者は作れなかった。

 なぜなら、それで作ってもマナが生きていない人形同然の存在になるから。

 だからこそ、アポリトは3Dプリンタではなく遺伝子操作などで統率者を生み出していた。

 だが、ここにそんなことをする設備はない。

 3Dプリンタで作るしかない。

 マナは俺が加工したものを使うことにした。

 俺はアポリトが理解できないのをいいことに、独自に統率者のマナを作成する研究もしていた。

 俺は保存した自分のマナをベースに加工を施して、統率者用のマナにした。

 もちろん、簡単なことではなかった。

 多分、俺以外にはできないと思う。

 高度な思考力とマナの知識、そして再現技術に対する理解が必要だった。

 まあ、アポリトがこれを理解できないからこそ、こっそりアポリト用の守護者を作ろうという計画を立てたのだけど。

 とはいえ、俺は、加工したマナによって実際に統率者を作ったことはまだなかった。

 だから、成功するという確証もなかったが、今は他に方法がなかった。

 ぶっつけ本番だった。

 俺の不安をよそに、再現が完了した。

 ちなみに、この再現はもう二度とできない。

 なぜなら、アポリトのための特別な守護者なのに何回も作れたら、興ざめもいいところだから。

 だから、これで失敗していたら、もう俺にはこの国を救う手はない。


 外見、つまり肉体の再現には成功している。

 その統率者は俺の前に静かにたたずんでいた。


 それは、百獣の王たるライオンの顔とドラゴンにも負けない強靭な鬼の体を持つ統率者。


 【レオルオーガ】だ。


 俺は目の前で圧倒的な存在感を放っている統率者にさらに近づいた。

 そして、様子を伺う。

 その目には知性の光を感じた。

 俺はトライシオンにレオルオーガのマナを調べさせた。

 そのマナは、安定していた。

 そして、ちゃんと生きていた。

 マナの加工は成功したようだ。

 かなり難しい研究だったので本来なら飛び跳ねて喜ぶところだが、今はそんな時間も余裕もなかった。


 すぐにレオルオーガとの契約を行うことにした。

 普通の統率者は生まれる時に、ほとんどがアポリトの管理下に置かれる。

 生まれる瞬間にマナを操作されるからだ。

 だが、今再現したばかりのレオルオーガはそうじゃない。

 まだ誰の管理下にもない。

 俺は、レオルオーガの目を見ながら、心の底から頼んだ。

 俺と一緒にこの都市を守ってくれと。


 レオルオーガの制御方法は通常の統率者とは異なる。

 通常の統率者はマナを操作することによって制御する。

 一応、レオルオーガも力ずくでマナを操作して制御することもできるが、佐々木さんの研究成果も生かして、マナの操作を受け付けにくくしてある。

 レオルオーガの正しい制御方法は、心の底から信頼してパートナーとなることを望み、レオルオーガがそれを受け入れ、自ら力を貸してくれることだ。

 実はルッツと同じ方法だ。

 元はレオルオーガはアポリトと契約してもらうつもりだった。

 俺は、アポリトに心があることを信じて、その心を持ってレオルオーガと契約してほしい、そう思って選択した方法だった。


 今では、それは意味がなくなったわけだが、結果的に、マナの操作がそれほどできない俺には都合が良かった。

 俺は、一心にレオルオーガに伝えた。

 今、この都市に理不尽が起きていることを伝えた。

 そして、それは許されることじゃないと伝えた。

 俺と一緒にこの都市を守って欲しいと伝えた。

 俺は、もう二度とこんな理不尽は許さない決意をした。

 そして、その決意をレオルオーガに伝えた。

 レオルオーガは俺の方をじっと見ている。

 その眼差しは真っ直ぐで俺の心を見通している気がした。


 数分はお互いに目を見ていたと思う。


 俺の想いに満足したのか、レオルオーガが膝を折って、俺の視線に合わせてくれた。

 俺を受け入れてくれたようだった。

 あとは、名前を付ければ契約完了になる。


「ありがとう。

 じゃあ、これから茨の道だと思うが、一緒に頼む。

 お前の名前は【レオ】だ」


 レオと名付けた。

 その瞬間、レオの体が神々しく輝いた。

 契約完了だ。


「じゃあ、早速で悪いが、レオ、ルッツ、行くぞ」


 俺は、レオとルッツを引き連れて、ニグートの軍に向かった。


 




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