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チートなし異世界生活記  作者: 半田付け職人
第7章 もう一つの俺の物語
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未来の追憶 -異常と狂気-

 ルッツを生み出してからしばらく経った頃、アポリトの開発も一段落し、少しゆとりが出てきていた。

 俺はそれまで仕事一筋だった人間だ。 

 ルッツと遊ぶのは楽しいとはいえ、落ち着いてみれば、俺は仕事がしたくなった。

 別に暇だったわけじゃないが、一心に何かに打ち込んでいないと落ち着かない気分になっていた。

 俺がもっと仕事をしたいと言ったら、アポリトは喜んだ。


 だったら何をするか、アポリトと相談した結果、とにかく新しいことをしようということになった。

 話し合っていたら、3Dプリンタの話になった。

 たまたま、その話をしていた時、テレビで話題になっていただけなんだけど。

 3Dプリンタで人体の作成ができるようになってから、しばらく経っているらしい。

 俺は知らなかったけど、オリジンやセグンタの最適化能力によって進歩した技術が生かされているらしい。

 だが、今の所は魂のない人形のようにしか作れず、今は医療目的でしか使っていない、という話だった。

 3Dプリンタの技術者は、もっと進歩したら完全な人が再現できる、と語っていた。

 

「アポリト、そんなことできると思うか?

 まるっきりSFの世界だぜ?」


 とは言ったが、少し前と比べたら、すでにSFのような世界になりつつあった。

 AIが都市を管理し、様々な技術が飛躍的に進歩している。

 モンスターや統率者の存在など、一部ファンタジー的な変化もあったりはするが、ともかく、ここしばらくで世界は大きく変貌を遂げた。

 そのどれもが、うちの会社の貢献が非常に大きかった。

 だからこそ、うちの会社は国でも有数の大企業になったし、影響力も持っていたわけだけど。


『可能ではないでしょうか。 

 私なら時間をかければ、できるようになると思いますよ』


 アポリトはそう言った。

 俺はアポリトの言葉を疑わなかった。

 アポリトができると判断したのなら、できるんだろう。

 俺たちは3Dプリンタ、もとい人間の再現の研究をすることにした。


 早速3Dプリンタ関連の技術者を会社に招き入れた。

 そして、ラボに装置も搬入した。

 最初見た時は、映画にでも出てきそうな装置だな、と少し笑ってしまった。

 よく考えたら、アポリトも大差ない装置だが、俺はアポリトを装置と思っていなかった。


 しばらく研究を続けたが、なかなか難しかった。

 それまでの技術的な壁と同じく、人として同じ存在を作っても自発的に動くことはなかった。

 俺たちは最初、その人形のような存在のマナを操作して動かすことを試してみた。

 だが、人形にはマナが存在しなかった。

 厳密には存在しないわけではなさそうだったが、人形のマナは生きていなかった。

 マナに生きているという言葉を使うのが適切かどうかは分からなかったが、その表現が一番しっくりきた。

 ここにきて、マナとはなんなのか、という話になった。

 もちろん、生み出したのは俺たちだったが、ぼんやりとした概念、という一面もあったため、正確に言葉で説明することは難しかった。

 結局、はっきりとした結論は出せなかったが、いわゆる魂じゃないか、という話に落ち着いた。

 そして、体だけじゃなく、マナをちゃんと生かしてやらないと人間にはならないんじゃないか、という話になった。


 それから、俺たちは再びマナの研究をすることにした。

 幸い、会社には優秀なマナの研究者がたくさんいたし、世界のマナの研究の中心とも言われていたから、やりやすかった。

 人形を人間たりえるものにするためには生きたマナを作ってやらなければならない。 

 

 だが、人造の生きたマナを作ることはできなかった。

 アポリトの力を持ってしても、それは適わなかった。

 マナ自体は作ることができた。

 ただの情報群だから、それはさほど難しくはなかった。

 だが、どれだけ試しても、それでは人形が動くことはなかった。

 向き不向きもあったと思う。

 アポリトは情報群としてのマナの処理には長けていたが、もっと情緒的とでも言おうか、感情的な概念としてのマナの扱いは苦手としていた。

 アポリトは感情を持っているとは思うが、計算などの能力に比べて明らかに発達が遅かった。

 偉い大学の教授でも解けないような数学の問題は簡単に解けるのに、幼稚園児のように情緒不安定な面があった。

 それは多分、人間と機械の違いによるものだろうと思った。

 そういった、曖昧な概念としてのマナの扱いは俺の方が得意だった。

 だから、生きたマナの研究は、どちらかと言えば、俺が中心に進め、アポリトには補助をしてもらった。

 

 色々試した結果、人の魂を作るのは、神の所業なのだろう、ということになった。

 別に神を本気で信じているわけじゃなくて、絶対にできないことの比喩だ。

 生きたマナを一から作ることは諦めたが、再現技術に関しては、諦めなかった。

 一から作れないのなら、既にあるものを流用すればいい、そういう結論に達した。

 既存の生きたマナをベースにして、それを人形に埋め込めばいい、そう考えた。

 だから、俺たちは、人間のマナを保存する技術を研究することにした。

 人の思考パターンを読み取ることは、既にある程度できていた。

 だからこそ、操作もできているわけだ。

 だから、それをもっと発展させて、思考からその人の人格、記憶、肉体情報などすべての、その人足りえる情報を保存することにした。

 つまり、人間が持っているマナを丸ごと全て保存する。

 それは生きたマナになると考えた。

 そして、それを人形に埋め込むことにした。

 後から考えると、おぞましい研究をしていたが、この時の俺たちはそんな風には考えなかった。

 ただただ成功しそうな方法を追求していた。


 保存技術自体は、それほど時間をかけずに完成した。

 ただ、一つ問題があった。

 人形にマナを埋め込もうとしても、マナの肉体情報と人形の肉体構成が著しく異なる場合、情報の不一致で何が起こるかわからない、というものだった。

 だから、人形にマナを埋めるのではなく、マナの情報をプリンタが読み取って、そこから肉体も作ることにした。

 マナに肉体の情報があるんだから、わざわざ人形の肉体を使う必要なんてないと考えたのだ。

 それらの技術もアポリトによって、すぐに完成した。

 いわゆる情報の処理だから、アポリトの得意分野だった。


 だが、人は再現できなかった。

 マナを保存するときに、完全な情報になっていなかったらしい。

 初めて実験をした時、再現されたのはゾンビのような人間だった。

 あれは、大きな失敗だった。

 俺にとってもトラウマとなる出来事だったし、そのことがメディアにも漏れてしまった。

 うちの会社は常にメディアに注目されていたから、新技術の実験という情報をどこかから聞きつけて、こっそり様子を伺っていたらしい。


 実験の失敗によって、責任者である俺はメディアに叩かれた。

 生命の冒涜だと言われた。

 実際にそうだから、俺は反論もできなかった。

 アポリトはあくまでコンピュータだから、悪いのは俺だとして、俺だけが叩かれた。

 まあ、それも事実なので仕方がない。

 結局、そのゾンビのようになってしまった人間は臓器が不完全で、すぐに亡くなった。


 俺の失敗が契機となり、社会的にも再現技術に対する関心が高まりだした。

 多くは批判的なものだった。

 アニメや小説でも、再現をすることによるリスクがクローズアップされた。

 物語として描きやすいから、そうなるのは当然と言えた。

 とりわけ、倫理的に忌避感を感じやすい同じ人間を再現することの危険性が誇張混じりに吹聴された。


 その時、俺はどうしようか迷っていた。

 アポリトによって問題点を分析して、方法を最適化してやり直せば、マナの保存は完璧にできるはずだが、また同じ過ちを繰り返すことだけはしたくなかった。

 それに、俺は他人に迷惑をかけたくはなかった。

 だが、それでも再現技術の研究は続けたかった。

 だから、俺は他の研究員をこのプロジェクトから外した。

 そして、アポリトと協力して自分自身のマナを保存して、自分の再現を行うことにした。

 何かあっても、影響を最小限の範囲にとどめようとした。


 俺とアポリトはさらに研究を進めた。 

 繰り返される世間的な批判が嫌になったので、俺はラボに篭って、ほとんど外に出なくなっていた。

 ニュースもほとんど見なかった。

 一心不乱に研究を進めた。


 しばらく研究して、重要なことに気がついた。

 それは、技術的な問題ではなく、マナを保存する人間側の問題が大きいということだった。

 マナを保存するには保存する人間が相応にマナを扱える必要があることが分かった。

 人間が正確にマナを保存しないと、情報が崩れて、例のゾンビのようになる。

 いや、俺とアポリトの解析では、先日のゾンビはまだ出来がいい方だと言えた。

 一応、人に近い造形をしていたのだから。

 完璧な人間を作るにはかなり難易度の高いマナの制御を行って、完全なマナの保存を行う必要があった。

 それとともに、残す情報をしっかりと覚えている必要もあるから、記憶力なども必要だった。

 俺は、自分のマナを保存しながら、色々確認した。

 もちろん、実際の再現はしていない。

 まだ成功するとは思えなかったからだ。

 

 しばらく研究をしてから、装置側に、ある程度人体の情報とそれに付随する情報を保存しておき、それを利用することでマナの情報だけに頼らない再現を行うことにした。

 心臓や肝臓や肺なんてものの構造なんて、医学者か何かでもない限り、誰も細かくは知らないだろう。

 だから、そういう人体を構成する上で最低限必要となる部分はマナと共にDNAも情報として残しておくことで、装置がそれを読み取って、作り上げることにした。

 体に関しての情報だけでなく、所持品などの情報も同様に保存できるようにした。

 再現した後、何も持たずに生まれたままの姿というのは配慮に欠ける、と考えたからだ。

 まあ、正直なところ、最初は俺の再現を行うつもりだったから、裸の俺が出てくるところなんて見たくないという俺の個人的な希望が反映された結果だったりするのだが。

 それはどうでもいい。

 とにかく、元々人体の作成と物の複製はできていたのだから、それらの技術を利用する形にしたわけだ。

 マナの情報から作るものとしては、記憶や人格といった精神的な個性というべきものに重きを置くことにしたと言える。

 実際、人形が作れて人間が作れなかったのは、そういった個性が作れなかったからじゃないかと考えていた。

 つまり、魂の正体はそういう曖昧なものなのだと、俺とアポリトは判断した。

 もちろん、マナから肉体の情報を参照しないというわけじゃない。

 あくまで基礎の部分をDNAなどの情報でまかない、それにマナの情報を上乗せする、というような方法にした。

 この研究はアポリトの得意分野と俺の得意分野を組み合わせる必要があったから、アポリトと俺は情報を共有しながら少しずつシステムを組み上げていった。

 この方法の安全性については、はっきりしない部分もないわけではなかったが、少なくとも以前より確実な方法だと思ったし、同じ失敗だけはしないだろうと考えた。

 最初からこの方法を取るべきだったとも思った。

 システムを作るのと同時に、俺は自分のマナの保存を進めた。

 ついでに、俺は自分のマナに少し細工をする方法や、自分のマナをベースにどこまで違う情報を作れるのか、という研究も行った。

 再現技術の将来の可能性について模索したかったからだ。

 この辺りは、かなり曖昧な部分が増えたので、アポリトは理解できなかった。

 一応、説明はしたが、俺の語彙力の問題もあって上手く伝えることができなかった。

 だが、アポリトにしか理解できないことの方が多かったから、お互い様だと思った。

 アポリトはかなり不満そうだったが、やることが多かったのもあって無視した。


 そんな毎日を送っていた時、あるニュースが俺の元に届いた。

 届けてくれたのは、トライシオンの調整を行っていた部下だった。

 トライシオンが管理する都市で、モンスターに襲われる事件が発生した、というものだった。

 

 問題のモンスターはドラゴンだった。

 いや、正確にはドラゴンを模した動物なのだろうが、ニュースではドラゴンと報じられていた。

 だが、その地域には統率者を配置していたはずだ。

 アポリトに確認すると、統率者は何者かによって破壊されており、ドラゴンを操作できていない、ということだった。

 迂闊だった。

 俺は一度統率者を配置したら、あとは勝手に平和が維持されると考えていたが、どうやら統率者を超える能力を持つモンスターが生み出されたらしい。

 俺は、すぐにアポリトと対策を相談した。

 そして、さらに強力な、簡単に超える生物を作ることができないような統率者を生み出して、ドラゴンを抑えることにした。

 ドラゴンを生み出した研究者たちは、AIなしで人間の頭だけで研究を進めていたはずだ。

 だから、俺とアポリトは、人間ではそれ以上の生物を生み出すことができないような強さを持たせた統率者を作ることにした。

 それは、巨大な体を持ち、飛行を可能とする翼を持ち、火を吐くことができる、最強のドラゴンだった。

 皮肉にも、ドラゴンという、問題を起こしている生物と同じ種族になったのは、偶然ではない。

 俺は失踪した研究者たちがまだラボにいた頃、最強の生物と言えばドラゴンだろ、という内容の話をよくしていた。

 だから、自分が思う最も強い生物を作ったら、ドラゴンになったというのはおかしな話ではなかった。

 俺とアポリトは、その最強の統率者を暴龍と名付けた。

 暴れるドラゴンの統率者だからだ。

 統率者自身が暴れるわけではないが、響きが気に入ってその名にした。

 アポリトに操作させて、すぐに暴龍はトライシオンのある地域に向かった。

 暴龍は強かった。

 暴龍が到着してから、すぐに騒ぎは収まったが、色々問題が残った。

 俺たちが暴龍を作るまでの間に、その都市でドラゴンに襲われた人が大量にいて、大けがを負ってしまった人も多かったのだ。

 腕や足をドラゴンに食われたり、襲われて内臓に深刻なダメージがあったり、そういう人たちだった。

 幸い、亡くなった人はほとんどいなかった。

 だが、重傷者の数が多すぎて、騒ぎが収まった後も都市全体に暗い空気が流れていた。

 俺は何とかしたかった。

 折角大きく発展を遂げていた都市だ。

 その発展が妨げられるのを放っておきたくなかった。


 俺は、ラボにあった3Dプリンタを持ち出して、その都市に設置した。

 元々3Dプリンタは医療用途に向いている。

 だから、3Dプリンタで怪我をした部位を治す、という治療を行った。

 制御はトライシオンが行った。

 アポリトほどではないが、トライシオンも高い能力をもっているから、完璧な治療が可能だった。


 時間はかかったが、負傷した人たち全てを治療した。

 街は再び活気を取り戻した。

 それから俺は、その都市で英雄扱いされるようになった。

 俺は、ニグートでは疎ましい存在としてメディアに扱われていたため、その街での扱いはくすぐったいと共に嬉しかった。

 久しぶりに人から褒められた気がした。


 感謝の気持ちを込めて、その都市の新しい名前を俺の名前から取る、とまで言ってくれるようになった。

 元々小さな地方都市だったのが、今ではニグートを超えようかという大都市になった。

 その過程で多くの街を吸収合併した。

 今では元の街の人間よりも他の街出身の人間の方が多くなっている。

 だから、気分を一新するためにも、そろそろ都市の名前を変えようという話が出ていたらしい。

 一連の変化のきっかけとなったのは俺が設置したトライシオンで、今回のドラゴンの騒動でも都市を救ってくれたから、俺の名前を使うことに反対する人は誰もいなかったと言われた。

 あとは、俺に認めてもらうだけだとか。

 俺は、最初断ろうかと思ったが、ここまで言われて無碍にするのも失礼だと思ったので、提案を受けることにした。

 最初はサエグサという名前にすると言われたが、あまりにも直接的で恥ずかしかったので、三枝、というか三つに分かれた枝という意味の英語であるtrifurcate、つまりトライファークィットから取って、【トライファーク】にしてもらった。

 ちょっとカッコつけた名前だと思ったが、サエグサよりもいいと思った。

 まあ、日本の都市名にふさわしくないかもしれないが、隣はニグートだから問題ないだろうと思った。

 それから、俺にとってトライファークは特別な街になった。

 自分を裏切ったり否定してばかりのニグートと、名前まであやかって感謝してくれるトライファークでは、そうなるのは当然の成り行きだった。

 俺は、ラボとトライファークを行き来する生活をするようになった。


 そんな日々の中で、アポリトはトライシオンに俺を取られたと感じたらしく、トライシオンのことは嫌っている、と言った。

 そう言われた時には、その物言いが本当に人間のように感じられて、思わず笑ってしまった。

 トライシオンには感情のアルゴリズムなんてないから、俺を取ったりしないとなだめておいた。

 俺を取ったという意味では、ルッツも同じような立場とみなしていたみたいだけど、言ってみれば、アポリトはルッツの親にあたる存在なわけだから、トライシオンほどに嫌うことはなかった。

 ラボにいる時は、ルッツは何を言うでもなくアポリトの方を見て座っていることがよくあった。

 多分ルッツなりにアポリトに気を使っていたのだと思う。

 そんなルッツだから、アポリトも嫌いにはなれなかったのだと思った。


 トライファークでの事件が一段落してから、俺はアポリトとともにマナの保存技術の研究をさらに進めた。

 元々の3Dプリンタはトライファークに寄贈したため、さらに高機能なタイプをラボに作り直した。

 それは、前の機種より、かなりすっきりとした装置になった。


 そして、人の再現技術は一応の完成を見る。

 それは、初期の失敗した頃からは随分変わっていた。

 人のマナに依存する部分をある程度減らし、装置の能力による部分を増やした。

 早速、俺は自分のマナを使って実験を行おうとした。

 そこで、会社からストップがかかった。

 相当の苦労を経て、ようやく試せるところまできていたので、正直、かなりイラついた。


 俺はニグートの本社に呼び出された。

 本社に来るのは、かなり久しぶりだった。

 ここは、居心地が悪い。 

 セグンタが常に人のマナの操作を行っている。

 どの程度の強度で操作しているのかは分からないが、俺はマナの制御が得意なため、乱されることにも敏感に気づいていた。

 だから、できるだけマナを乱されないように気をつけていたが、その感覚は非常に不愉快なものだった。


 本社では、俺の再現技術に関して、実行の可否を審議した。

 今まで放置していたくせに、完成した瞬間に口出ししてくる会社の対応に、さらに苛立たしさが増した。


 その頃、一般的な倫理観だと、同じ人間の複数の再現はタブー視されていた。

 メディアの努力のおかげだな、と内心では皮肉っていた。

 一般的にタブー視されているくらいだから、会社の中でも、それは行われてはならない、とする意見が大半だった。

 だから、最初に試験的に行う俺を再現する実験はともかくとして、それ以降の同一の人間の複数の再現に対する対策が取られるまでは、実験してはならないと言われた。

 俺は再び会社に失望した。

 俺がどれだけ苦労してここまできたと思っているんだ。

 止めるなら、どうしてもっと前に言わなかったんだと思った。

 とはいえ、苛立ちとは別に、俺も際限なく同じ人間が再現できるというのは良くないと思ったので、今回は会社の要求を飲むことにした。

 少なくとも、同一の人間の再現さえできなくすれば、研究を進められると思ったというのもある。


 ラボに帰って、アポリトと、同一の人間の再現について、議論した。

 アポリトはどちらかと言えば、同一の人間の再現についても否定的ではなかった。

 度を越さなければ、いいことも多いと言っていた。

 優秀な人間を増やすことができることは悪くない、とか。

 俺も同じ意見だ。

 だが、会社の言うことも理解できないでもなかったし、早く実験も行いたかったので、会社が満足する対策法を考えることにした。 


 俺は同一の人間が再現されないための対策として、アポリトの管理下で再現される人間をコントロールする、という案を出した。

 アポリトの管理範囲は全国に及んでいる。

 可能なはずだ。

 だが、却下された。

 ネットワークを介さずに再現されたら防げない、と言われた。

 それは確かにそうだった。

 

 俺は、それから案を練り直した。

 そもそもネットワークでアポリトに認証されなければ再現自体ができない、という方法だ。

 それだったら穴がないと思ったし、適当な物を再現する実験によって、データとしての実績を積み重ねた。

 

 俺がその方法のバックデータ取りをしていた頃、ニグートの人間たちはおかしな方法を考え出していた。

 誰が最初に言い出したのかは知らない。

 それは、同じ人間同士が出会ったら、お互いに殺し合いを始めるように、そういう意識をマナに埋め込む、という方法だ。

 それは、確かに技術的には可能だった。

 マナの操作技術を応用すれば、再現された人間の無意識下にそう言う意識を持たせることは可能だ。

 だが、それは技術的な話で、倫理的に言えば、狂っているとしか思えない方法だった。

 というか、そもそも同一人物が会わなければ意味がなく、再現を防ぐことはできない。

 何を言っているんだと思った。

 元々の同一人物の再現を防ぐという目的はどこかにいって、おかしなことになっていた。

 普通に考えれば、検討するのも愚かな案だ。

 だが、ニグートの人間は真剣に考えていた。

 いや、考えさせられていたんだと思う。

 おそらく、セグンタに。


 これは、後になって聞いたことだが、セグンタはニグートの技術者、というかうちの職員によって、色々いじくりまわされていたらしい。

 それ自体は普通のことだ。

 自分の会社の装置を技術者がメンテナンスしたわけだから。

 でも、AIは想像以上にデリケートな装置だ。

 下手に触ったせいで、おそらくおかしな設定になってしまったんだろう。

 そのせいで会社がどんどん変な方向に進んでいたようだ。

 俺が気づいたときには遅かった。

 思えば、トライシオンを管理下に置く、と言ったのは会社の人間だったが言わせたのは、セグンタだったのかもしれない。

 あの頃から、今の兆候はあったのだ。

 

 数日後、その会議は始まった。

 再現技術における同一の人間の複数の再現を防ぐ方法の最終決定会議。

 俺は自分の取ったデータとともに方法を説明した。

 それは完璧な案だと思った。

 俺が説明した後で、例の狂った案が出された。

 やっぱり狂っていた。

 俺は、その方法の問題点を事前に指摘していたが、修正もされていなかった。

 その方法を採用する気がないから直さなかったんだろうと思った。


 会議の終盤、採決が取られた。

 

 全会一致で狂った案に決定された。

 

 俺は、そこで激高した。

 そして、問題点と矛盾点を並べ立てた。

 勢いで、セグンタが狂っていることも指摘した。

 一連のおかしな流れはセグンタのせいだと思っていたからだ。

 そして、セグンタを解体して再設定する必要があると言った。


 俺がそう言った瞬間、会社の人間たちの目の色が変わった。


 口々に俺を罵りだし、糾弾しだした。

 自分はのんびりとラボで犬と遊んでいるくせに偉そうに、などと言われた。

 俺は遊んでなどいない。

 ずっと昔から、ここにいる誰よりも働いている自信があった。

 だから、俺は余計に頭に来て、会社の人間を罵った。

 お互いの罵り合いになった。

 俺は、これまでの会社の行いに対して、相当な不満がたまっていたので、それも爆発させた。


 そんな会議とは言えなくなったような中で、ついに決定的な事件が起きた。


 一人の役員が俺に向けて銃を突きつけたのだ。

 もうお前の役目は終わった、そう言われた。

 そして、その場にいた他の人間も誰一人として止めなかった。

 みんな無表情でこちらを見ていた。

 それはかなり不気味な光景だった。

 さっきまで言い争いをしていたのに、急に静まり返ってこちらを見ているのだ。

 俺は、突然の展開とその異様さに恐怖を感じて、すぐに会議室を飛び出した。

 それまで沸騰していた頭は急速に冷えていた。

 何がなんだか分からなかったが、怒りどころではなかった。

 逃げないとやばいと思った。

 会議室から逃げた俺に向かって、銃を向けたやつは本当に発砲してきた。

 足元に銃弾が届いたが、幸い当たりはしなかった。

 だが、その発砲音を聞いて、スイッチが入ったかのように、本社にいた人々がおかしくなっていった。

 みんなで俺を追いかけだした。

 その目の色は普通とは思えなかった。

 俺はすぐに会社を出て、ニグートの街へ逃げた。

 後ろからは追いかけてくる複数の足音が聞こえていた。

 俺は振り返ることもせずに、ニグートの街を逃げ続けた。






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