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チートなし異世界生活記  作者: 半田付け職人
第7章 もう一つの俺の物語
109/119

未来の追憶 -成功と繁栄-

 気づいた時、俺は会社の会議室にいた。

 再現される前の状況だ。

 目の前には上司、議題は俺が開発した製品の新機能である、生産管理最適化システムについて。

 一瞬、元の時代に帰ってきた?と、思ったが、何かおかしい。

 色彩があまりない。

 白黒ではないが、やけに色褪せたような、そんな風景。

 上司の言葉もはっきりとは聞こえない。

 だが、内容は分かる。

 そんな不思議な状態だった。

 俺は、自分の開発した機能について力説する。

 上司も満足そうに頷いている。

 その内容で、客先に提案することになった。

 俺はその機能に自信があった。

 もちろん、客先だって満足してくれるだろう。


 俺は早速、メールで新機能を追加した修正版の仕様書を送った。


 客先の反応は上々だった。

 すぐに採用が決まり、運用が始まった。



 運用後、すぐに成果は表れ始めた。

 最適化システムを導入した客先の生産効率が、目に見えて改善したのだ。

 俺は喜んだ。

 客先にも感謝され、とても満足した。

 苦労した甲斐はあった。


 俺は、その成功によって更に勢いづいた。

 どんどん機能の強化を進めた。

 成功している間は周りの人間も俺に文句を言わなかった。

 信頼関係が築けているわけじゃなかった。

 単に、成果が認められて、期待されていただけだ。

 だが、俺にはそれで十分だった。

 俺は、一人で仕事にのめりこんでいった。



 最初に開発した機能で成功してから、一年ほど経っていた。

 俺は、さらに新しい機能を追加しようと日々努力していた。

 そんな時、新しい出会いがあった。

 最初は客として、メールをやり取りしていた。

 俺の作った機能をいたく気に入ってくれた人だった。

 佐々木という人だった。

 何通かメールをした後、具体的な仕様を詰めるために打ち合わせを行った。

 そこで、余談として俺が追加しようとしている新機能について軽く説明をしたら、それが持つ可能性の話で意気投合した。

 俺は、会社に戻ってから上司とも相談して、佐々木さんと共同開発を行うことにしてもらった。

 会社間で共同開発契約を結び、俺が考案した新機能を実現するべく、佐々木さんと一緒に開発を進めた。

 それまで、俺の研究についてこれる人があまりいなかったため、ほとんど一人で作っていたが、佐々木さんは同じレベルで話をすることができた。

 そして、当然、一人で作っていた時よりも効率よく進めることができるようになった。

 最初は生産の流れを最適化する演算を組み込んだだけのシステムだったが、佐々木さんとの共同開発により、その演算式自体を自分で最適化する機能を実現した。

 つまり自己書き換えコードを搭載したシステムだ。

 それによって、さらに効率よく生産を進めることを狙った。



 自己書き換えコードを搭載したシステムは想像以上の成果を上げた。

 加速度的に効率化を進めることに成功したのだ。

 しばらく使ったユーザから、これ以上の向上は成しえないだろう、という評価をもらった。

 とても誇らしかった。


 それからしばらくして、メーカの生産管理だけに留まらず、様々な分野で同じ最適化手法が使えるのではないか、という議論をするようになった。

 例えば、より一般的な物流の管理システムであったり、交通インフラの管理システムなど。

 それに転用できれば、社会的に大きな価値が見いだせるんじゃないか、という話になった。

 この時には、会社の中でも俺の実績はかなり認められていたし、社長にもよく覚えられていた。

 何度か一緒に飲みに行ったりもした。

 そこで、会社一丸となって、社会の発展に貢献すると誓い合った。

 だから、その最適化手法を他の分野に転用するという新しい事業を始める時には、会社から潤沢な予算が与えられた。

 それに、佐々木さんをヘッドハンティングして、うちの会社に引き入れてくれた。


 俺はまた仕事に没頭した。

 大変ではあったが、楽しくもあった。

 自分の努力が形になり、成果が上がった。

 エンジニアとして、これ以上ない充実感を味わっていた。

 


 新事業のための開発が始まって、いくらかの月日が経った。

 色々苦労したり挫折したりもしたが、ついに形になるものができた。

 まだプロトタイプだが、俺たちは、それを最初に作り上げた複合的なシステムとして、社会のこれからの発展の源となることを願って、【オリジン】と名付けた。


 オリジンは優秀だった。

 作った本人が言うのもおかしいかもしれないが、よくできていた。

 問題の解決と、その後の最適化に圧倒的な力を発揮した。

 それは徐々に、公的な機関にも認められるようになっていた。

 その頃には、うちの会社はかなり有名になっていたので、頻繁にメディアの取材も来るようになった。

 俺は、そんなものに時間を取られるよりも開発を進めたかったので、対応は会社に任せた。

 メディアはこぞって、ついに優秀なAIが開発された、と報じていた。

 人工知能というものがSFではなくなった、と言われ出していた。

 会社とメディアは仲良く宣伝を繰り返していた。

 お互いの利害が一致していたんだろう。

 だが、俺には関係のないことだった。

 俺は仕事を続けた。


 オリジンにも自己書き換えコードは搭載されていたが、まだ人の手によるアップデートも繰り返されていた。

 そして、どんどん新しい機能を追加していった。

 俺は、オリジンによる自己書き換えコードを用いた最適化の論理が気になったので、音声出力機能を付けることにした。

 オリジン自身がどういう論理で書き換えを行っているのか、直接聞きたかったからだ。

 元は俺が作った機能だが、どんどんオリジンが書き換えているから、どうなっているか楽しみだった。


 思っていたより、音声で説明させる機能というのは難しかったが、苦労の末に実現した。

 音声出力自体は元々色々な分野で使われていたから、それも参考にした。

 そして、オリジンの判断を聞くことができるようになった。

 それは、想像以上に難解で、複雑な論理をともなっていた。

 俺はそれを理解するために、必死に考えた。

 そのことで、俺自身の思考力も鍛えられていった。

 俺の意図したことではなかったが、しゃべるようになったことで、さらにオリジンはAIらしくなった、と言われるようになった。



 またしばらく月日が経った。

 オリジンの開発は続いている。

 もちろん、運用もされていて、成果も上がっている。

 そして、ついに来週から新たな試みが行われることになった。

 それは、オリジンを使って、完全に最適化された街を一から作る、というものだった。


 その街の候補地は、俺の会社からは少し離れているが、交通の要所になりえる場所だった。

 そこは色々な街からアクセスできる位置にあって、確かに街があれば便利そうな場所だった。

 ただ、うまく作らなければ、渋滞なんかがひどいことになって、周辺の交通の流れを妨げることが予想できた。

 だからこそ、公的な機関もオリジンの最適化能力に目をつけたのだ。

 その街は【第一最適化実験都市】と名付けられた。

 人工知能による初めての試験的な街作りだからだ。

 長い名前だが、成功すれば正式に違う名前を考える予定らしい。

 その街の入り口には、オリジンが管理していることを示す看板【First AI】が建てられた。

 俺は我が事のように喜んだ。

 オリジンに感情はないから、俺とのやりとりは機械的なものだったが、音声出力機能を搭載してから、自分の子供のように思えるようになっていたから。



 第一最適化実験都市が作られてから、しばらく経った。

 今日は成果の確認の日だ。


『すごい成果ですよ。

 予測値をはるかに上回っています』


 俺は部下からの報告を聞いて、満面の笑みを浮かべた。

 当然、とまでは言わないが、自信はあった。

 俺が命を懸けたと言っても過言ではないくらいに苦労して作ったシステムだからな。


「それで、そのデータは本社にも送ったんだろうな?」


『もちろんです。

 これなら、各地での採用間違いなしですよ』


 そうしてくれないと報われないからな。

 まあ、もう俺の手は離れているとも言えるが、やはり誇らしい。

 ふふふ、これが導入され始めたら世界は変わるぞ。

 楽しみだ。



 オリジンは圧倒的な成果を出していた。

 第一最適化実験都市の発展に伴い、俺はオリジンの開発からは離れていた。

 実は二つ目のAIの開発に着手している。

 それは、オリジンのシステムも使っているが、新しい概念を取り入れようとしている。

 マナだ。

 最初聞いたときは胡散臭い概念だと思ったが、それは俺と実に相性がよかった。

 マナは思考能力がものを言う。

 オリジンに鍛えられた俺の思考能力は、他の人よりもマナをうまく扱うことを可能にした。

 そして、二つ目のAIに組み込むために、AIの開発とマナの研究を同時に行った。

 その頃にはうちの会社は国の中でも大きな権力を握るまでになっていたので、マナの研究員も多数引き抜いていた。

 そして、俺はその研究員とも協力して開発を進めた。

 二つ目のAIは比較的すぐに完成した。

 名前は【セグンタ】とした。

 スペイン語で二番目を表すセグンダという単語から付けた。

 意味はそのまま、二番目のAIだからだ。

 スペイン語にした理由は、単純に響きがかっこいいと思ったから。

 セグンタはうちの会社の本社の地下に設置されることになった。

 そして、本社がある街の管理を任されることになった。



 セグンタを導入してから、本社がある街は大きく発展を遂げた。

 その功績を認められて、街に会社の名前をつけてもらえることになった。

 うちの会社は二宮テックだ。

 二宮テックがある都市だから、二宮都、【ニグート】という名前になった。

 ニノミヤトだと語呂が悪いから、音読みにしたらしい。


 ニグートの発展は目覚ましかった。

 元々それほど大きな街ではなかったから、区画整理もしやすかった。

 加えて、セグンタに搭載されたマナの操作機能により、人々の意志統一が促されたためだ。

 マナの操作機能は、それほど強い効果はない。

 単に、朝ご飯をパンにするか米にするか迷った時に、どちらにするかをぼんやりと決める、程度の効果だ。

 それでも、街の人の意識がある程度統一されると、発展は早かった。

 もちろん、そういう新しい機能を開発したら、オリジンにも搭載していった。

 オリジンが管理する第一最適化実験都市も順調に発展を遂げ、交易の中心になりつつあった。


 オリジンとニグートが安定して稼働し始めた頃、俺は会社から専用の研究室を作ってもらった。

 俺はそこをラボと呼ぶことにした。

 ラボは、第一最適化実験都市とニグートの間の場所に作ってもらった。

 どちらにも行くことがあったので、都合がよかったからだ。

 近くには小さな田舎町しかなかったが、俺はガチャガチャした環境が好きではないので、とても気に入った。

 俺はそこでまた開発に没頭した。


 次に俺が実験を進めたのは、生物の最適化だ。

 街の最適化はオリジンやセグンタによって、完成の域に近づいている。

 ならば、次はそこに住む生物が病気などに負けないように、強くする研究だ。

 ただ、俺はマナの研究を通して生物学も多少学んだが、所詮は門外漢だった。

 俺は、協力者を募った。


 協力者はすぐに集まった。

 中には、ちょっと怪しい感じのやつもいたが、それくらいの方が研究者として優秀っぽいという変なイメージがあって、受け入れた。


 生物の最適化の実験はラボで行った。

 研究自体は順調に進んだが、色々問題が出てきた。

 倫理的な問題だ。

 俺は究極の人間、というものを作りたいと思っていたが、それは断念せざるを得なかった。

 俺が小さい時から妄想していた理想の人間像は、もう確固たるイメージとして、俺の中にある。

 それを実現したかったんだが、仕方なかった。

 俺はその人間像に近づくために日頃から体を鍛えている。

 元々はスポーツのために鍛えていたが、今はスポーツはやっていない。

 研究が成功すれば、俺をその理想に近づけることもできるかと思ったが、やはり自分で鍛えるしかないと諦めた。

 それまで以上にトレーニングにも精を出すようになった。


 研究では人間は扱えなかったから、動物実験を行った。

 最初はトカゲから始めた。

 実験用のラットを使っても良かったが、哺乳類を扱うことに抵抗があったので、最初はトカゲにした。

 トカゲを強くするために、大きくしたり、翼を生やせるようにしたり、色々試した。

 実験で生まれた生物はしっかりと管理する必要があったので、第一最適化実験都市の、地下のオリジンのいる空間に運んだ。

 そこでオリジンに管理を任せた。

 人間が管理するより確実だったし、この時にはマナの操作も以前よりは強くできるようになっていたので、その生物たちのマナを操作して管理してもらうことにした。

 だが、俺が生物の最適化に本格的に携わっていたのは、そのあたりまでだった。

 どんどんと研究が複雑化していったからだ。

 所詮専門外の俺には、ついていけなくなった。

 研究が高度になるにつれて、ラボには自然と、生物の解析や改良をする装置が増えていった。

 中には、俺が使い方を知らない装置もあったが、特に気にはならなかった。

 一応、報告は受けていたし、特に問題も起こらなかった。

 その頃、生物の最適化をある程度人に任せて、俺はさらに高い次元のAIを研究し始めていた。

 俺は、また研究に没頭した。


 オリジンとセグンタは確かに優れているが、管理できる範囲がそれほど広くない。

 それはハードウェアの能力の問題でもあるが、最初から広範囲の管理を想定していない、ということが大きかった。

 俺は、今度はもっと広い範囲で総合的に管理できるAIの設計を行っていた。

 それは、なかなか難しい作業だった。

 単に、同じ処理を広い範囲で、というわけにはいかなかった。

 広い範囲の管理には色々な条件が複雑に絡み合うことに、開発を始めてから気づいた。

 完成までには、かなりの年月を要するだろうと思った。

 だが、俺にはもう十分な蓄えもあったし、名声がほしいわけでもなかったから、じっくり開発を進めることにした。


 毎日、ラボでAIの開発を行っていたが、ある時、ニグートの隣の都市から、AIを導入したいという申し出があった。

 俺ももっと試してみたいと思っていたから、快く引き受けた。

 だが、会社からは少し苦言を呈された。

 当初の予定では、既にAI搭載形のシステムを設置した都市が、もっと増えているはずだった。

 そもそもオリジンの成功によって、各地に導入される話になっていたのだ。

 だが、その計画は一向に進まなかった。

 今はまだオリジンのある第一最適化実験都市とニグートだけだ。

 俺は、そのことに対して不満を持っていた。

 俺が聞いた話では、他の都市にAIを導入する計画は全て会社がつぶしているらしい。

 国で大きな権力を手にしていた会社は、政治的な圧力をかけてつぶしていたとか。

 なんでも、ニグートの優位性が失われることを恐れていたらしい。

 俺は会社に裏切られた気分だった。

 ニグートの隣の都市の計画もつぶそうとしたようだが、たまたま俺に直接依頼の連絡が来たから受けることができた。

 勝手に仕事を受けたと批判はされたが、俺は無視した。

 元はと言えば、会社が勝手に計画をつぶしたのが悪い。

 反骨心もあって、俺は、三つめのAIを気合を入れて設計した。

 ラボで研究していた新しいAIの機能も一部取り入れた。

 それによって、オリジン、セグンタに比べると、広い範囲での管理ができるようになった。

 俺は、この都市も大きく成長してほしいと思っていたから、当然の行動だった。

 ある程度形になったところで、現地に赴いて開発と調整作業を続けた。


 そうやって現地で開発を進めていた俺に、ラボで研究していた生物の最適化グループの半数の研究者が突然姿を消したという知らせが来た。

 集団でラボから出て行ったらしい。

 それも、研究データの大半を持って。

 主導したのは、最初の募集の時に採用した怪しい雰囲気のやつだということまでは調べがついた。

 アイツは、常々倫理に縛られて研究が進まないことに不満を漏らしていたから、どこかで好きに研究を続けるつもりかもしれない。

 俺は危険だと思ったから、見つけて止めようと探したが、大した手がかりもなく、どうしようもなかった。

 ただ裏切られた失望だけが残った。


 俺は、会社にも仲間にも裏切られた気がしていた。

 それを忘れるために、さらに仕事に没頭した。

 仕事に集中しているときは嫌なことを忘れられた。


 ほどなくして、第三のAIも完成した。

 完成後、動作確認をしている所に、会社の役員がやってきた。

 第三のAIがセグンタの管理下に入るように設定しろと言ってきた。

 俺は、それでは、この都市の自由な発展が損なわれる可能性があると固辞した。

 その時に、かなり激しい言い争いになったが、俺は譲らなかった。

 俺にしか細かい設定はできなかったので、俺の意向を無視して設定を変えることはできなかった。

 俺はこの時に会社に対して、さらに深い失望と裏切りを感じていた。

 今のように会社が大きくなる前だが、俺は社会の発展のために尽くそうと社長と誓い合っていた。

 今会社がしているのはそれと真逆のことだ。

 もちろん、会社が利益を追求するのは当然のことだが、今のようにAIを独占するよりも、広く普及させた方が、結果として利益も得られるはずだ。

 今会社がしているのは利益の追求ではなく、ただ優越感に浸りたいだけの馬鹿な行動だと思った。


 俺は、3という数字を表すトライと会社に対する皮肉の意味を込めて、第三のAIの名前を【トライシオン】という名前にした。

 スペイン語で裏切りという意味だ。


 トライシオンの稼働後、その都市は目覚しい成長を始めた。

 近隣の都市も吸収合併してかなり大きくなっていった。

 トライシオンの管理可能な範囲は広いため、ゆくゆくはニグートよりも大きくなると思っていた。

 会社はそれがたまらなく不愉快だったようだが、俺にはどうでも良かった。

 トライシオンの完成後、俺は再びラボで研究を再開した。

 トライシオンを作った経験も生かして、第四のAI開発をどんどん進めた。



 かなり時間はかかったが、ついに第四のAIを形にすることができた。

 比喩ではなく、俺の全てを込めた。

 俺には、おそらくこれ以上のものは作れないと感じた。

 だから、第四のAIには、ギリシャ語で究極を意味する【アポリト】と名付けた。


 アポリトを使って、次に何を研究するか考えた。

 俺は、生物の最適化が中途半端な進捗で足踏みしていたので、協力することにした。

 大量の研究者の失踪後、人員の補充もしてもらえず、ろくに進められていなかった。

 まあ、俺はそれほど役に立てなかったが、アポリトが役に立った。

 問題点をどんどん解決してくれたのだ。

 俺はアポリトと共に仕事に没頭した。



 アポリトの改造と生物の最適化の研究を進めている中で、あるニュースが目についた。

 異形の生物がどんどん発見されている、という話だった。

 俺には思い当ることがあった。

 うちのラボから消えた連中だ。

 そいつらは、どうやらトライシオンの管理する地域の端あたりにいるらしい。

 その地域で明らかにおかしな生物の発見事例が増えていた。

 そして、人に対する被害も出始めていた。

 俺はなんとかしたいと思った。

 責任の一端は俺にもあったから。


 アポリトと相談して、対策を考えた。

 結果、俺たちは、人に危害を加える可能性のある生物を統率して制御する、統率者という存在を作ることにした。

 逃亡した研究者たちの研究がどれほど進んでいるか知らないが、アポリトがいる俺たちの方が進んでいることは確実だ。

 そして、最近マナの操作の研究も大きく進んでいた。

 ほぼ完成したと言っていいだろう。

 それは、恐ろしい技術に育っていた。

 下手をすれば人間の意志を曲げてしまうほどに。

 アポリトもそれを危惧していたが、今はその技術を利用することにした。

 マナの操作能力を持たせた強力な生物を作り、統率者とする。

 統率者が人を襲う生物たちのマナを操作して、大人しくさせる。

 そして、統率者はそのままその地域に残り、一帯の平和に貢献する、そんな役目を持たせることにした。

 統率者たち自身はアポリトが操作することによって、アポリトを頂点とした広い範囲での平和を管理できる、そんなことを目指した。

 

 その試みはうまくいった。

 おかしな生物の報告事例は相次いだが、アポリトの作成する統率者によって大きな事故が起きることはなかった。


 そこで、また会社から変な横槍が入った。

 自分たちも統率者がほしい、などと言いだしたのだ。

 俺は、ニグートは平和だから必要ないと言ったが、セグンタを破壊されたらどうする?門番が必要だ、と迫られて、仕方なくアポリトと一緒に統率者を作った。

 それは、大きなサソリのような統率者だった。

 そいつを、セグンタが設置されている部屋の前の空間に、守護者として配置した。

 そして、管理権限はセグンタに持たせた。

 同時に、オリジンの方にも守護者を付けた。

 こちらは巨大な毛虫にした。


 俺は度重なる会社の裏切りと横槍に疲れていた。

 今では、アポリトだけが心の支えになっていた。

 アポリトは裏切らない、そう思っていた。

 だが、アポリトはラボから出ることができない。

 俺はオリジンやトライシオンの調整などでラボから出ることも多かったため、そういう時にも連れて行けるパートナーがほしいと思った。

 気づけば、俺は結婚する年齢ではなくなっていたし、昔からほしいと思っていた犬を飼うことにした。

 だが、犬の寿命は短い。

 俺は、生涯のパートナーがほしかった。

 だから、犬型の統率者を作ることにした。

 統率者は長命だ。

 それは、遺伝子操作によって長命な種族の特徴を受け継がせたり、最適化によって最小限のエネルギーで生命活動を行えるようにしていたりなど、様々な要因がある。

 同時に、元々人を襲う生物を統率するために作られたものだから、それぞれ強力な力を持っている。

 ただ、細かい話は、もう俺には理解できない。

 アポリトの領分だ。

 とにかく、俺はずっとほしかったグローネンダールという犬種に似せた統率者を作った。

 俺が楽しみにしていたせいか、アポリトはかなり強力な統率者にしてくれたらしい。

 別に強くなくても良かったが、アポリトの心遣いが嬉しかった。

 その統率者には、【ルッツ】と名付けた。

 名前は昔から決めていた。


 ルッツはかわいかった。

 人間は裏切りばかりでうんざりしていた。

 アポリトはいいやつだが生き物じゃない。

 ルッツの存在は、すぐに俺にとってとても大きなものになった。

 俺はいつもルッツといるようになった。

 アポリトも最初は俺が元気になって喜んでいたが、俺が以前と比べて仕事に打ち込まなくなってアポリトよりもルッツといる時間が増えて、悲しんでいたようだった。

 こんな、感情らしきものをアポリトが持っていることは少し前から気づいていた。

 本当に感情かどうかは分からなかったし、膨大なデータの蓄積の中から最適な行動を選択した結果が、感情の発露のように感じられただけかもしれなかったが、俺にはどうでもよかった。

 俺にとって、気を許せる相手はアポリトとルッツだけだったから、単純に、人間的な意思疎通ができるようになって、喜んだ。

 だが、後になって考えてみれば、この時のアポリトの感情の萌芽を俺はもっと真剣に考えるべきだった。





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