最後の望み
トライファークの代表者が地面に倒れ込んでいる。
撃たれたらしい。
あまりに突然のことで、全く状況についていけない。
でも、大変なことが起きたということだけは、すぐに理解できた。
「大丈夫ですか!?」
俺は代表者に駆け寄る。
代表者の体を確認すると、胸を撃たれたようだった。
服に血が広がっていく。
まだ細かい状況は把握できていないが、どう見ても代表者が危険な状態であることは分かる。
このままだと、死んでしまうかもしれない。
『ゲホッゲホッ』
代表者が咳き込んだ。
『ぐっ。
なん、だ?
う、撃たれた、のか?』
かなり痛みがあるようだが、意識を失ってはいないらしい。
ただ、本人も何が起きたのか分かっていないみたいだ。
巨大なドラゴンに意識を奪われていたせいで、周りが見えていなかったからだろう。
それは、代表者だけではない。
多分、おっさんもルッツもサラやマイさんも、レオルオーガでさえ、ドラゴンのことに気を取られていたと思う。
いつも殺気に敏感なおっさんやルッツが気づかなかったってことは、うまく気配を消していたということなんだろうか。
『く、くそ。
ここまで来て。
あと、あと少しなのに。
どこの、どいつが』
代表者は苦しそうな顔をしながらも、周りを確認している。
撃ったやつを探しているようだ。
俺もその動きにつられて辺りを見回す。
そこで、建物の陰にいる男を見つけた。
そいつの手には大きな銃が握られているのが見える。
代表者を撃ったのがその銃かどうかなんて分からないが、その男はこちらを見ていた。
この状況で、犯人が別だなんてありえない。
「おい、そこのお前!
なんてことをしたんだ?」
俺はその男に叫ぶ。
代表者のことは嫌いだが、必死に行動しているのは分かっていた。
そして、嫌な奴だということは確かだし言い方も悪かったが、なんだかんだ助言はくれた。
それは、俺たちのことを想ってくれたわけじゃないかもしれない。
もしかしたら、自分の目的のために俺たちを利用しようとしたのかもしれないし、ただの気まぐれかもしれない。
真意は分からないが、もし利用しようとしたんだとしても、そのことに不満はない。
実際に俺たちにとっても、有用な情報だったから。
それに、どうしても目的を果たしたかったということなんだろう。
多分、目的ってのは辺境のAIを破壊することだろうけど。
どうして、そのことにこだわっているのかは分からない。
だけど、トライファークの代表者にとっては、何をおいてもやらなければならないことなんだろう。
態度からそれは良く分かる。
コイツはそれを邪魔しようとしているんだ。
なぜか、無性に腹が立った。
『おおっと、見つかっちまったか』
陰にいた男が砕けた口調で話しながら出てきた。
見たことないやつだ。
さっきの様子からして、大して隠れる気はなかったと思う。
だから、見つかったとか言ってるのは本心じゃなくて、ただふざけているだけだ。
その軽い調子に苛立ちが募る。
「お前、いきなり何してんだ?
ぶっ飛ばすぞ」
俺は自分でもよく分からないテンションで食って掛かる。
『おお、怖え怖え。
おっかねえなあ。
何してるも何も、愚かなソイツを消しに来ただけだよ』
言っていることは物騒なのに、終始へらへらしながら軽い口調で話すせいで男は何でもないことと思っているように見える。
自分の進む道に石ころが転がっていたから、どかしただけだよ、とでも言っているような感じだ。
その場にそぐわない態度は、こちらに不気味な印象を与えている。
『あなたは、どうしてここに?
いや、それよりもなんでこんなことを?』
そう言ったのはマイさんだ。
知り合いなのか。
『ああ、マイじゃないか。
久しぶりだな。
ひでえじゃねえか。
人のバイクを勝手に持って行きやがって。
おかげでここまで来るのに苦労したぜ』
その言葉で気づく。
コイツ、ファスタルで消えたトライファーク人か。
でも、なんでこんなことになっているのか分からない。
マイさんの言葉にも答える気はなさそうだ。
『何を言ってるんですか?
あなたが私の連絡を無視するから。
どうして何も言わずに消えたんですか。
今までどこにいたんですか?』
マイさんはすごい剣幕だ。
本気で心配していた相手がいきなり現れて、意味の分からない行動をしているから。
もしかしたら、マイさんも少し混乱しているのかもしれない。
『別になんもしてねえよ。
ファスタルからこっちに帰ってきてただけだ』
『なぜ無事なら無事と連絡してくれなかったんですか!?』
『ああ?
うるせえなあ。
どうでもいいだろ。
お前めんどくせえんだよ』
ひどい言い草だ。
逆ギレだ。
これが心配している人に対する言葉か。
と思ったら急に態度を豹変させて、ふわっと笑う。
『まあ、そんなことどうでもいいか。
俺の用は済んだから、行くわ。
ああ、ソイツもう助からないだろうから、俺に話す暇があったら、最後の言葉でも聞いてやった方がいいんじゃないか』
そんなことを言ってくる。
ころころ調子が変わる男の様子は奇妙でしかないが、どちらにしても、人を撃った直後の人間の態度じゃない。
コイツが何者かなんて俺は知らないが、普通のやつじゃないことは確かだろう。
この男の様子はニグートの代表者を彷彿とさせる。
もしかしたら、こんなやつだから、殺気なんてなくて、それでおっさんとルッツが気づかなかったのかもしれない。
「待て、このまま逃がすと思うのか?」
『ホントおっかねえなあ、失敗作のくせに。
別に逃がしてくれ、なんて言ってねえよ。
俺が勝手に帰るんだから』
そう言うと、男は空を見上げた。
すると、いつの間に来ていたのか、大きめのワイバーンが降り立ってきた。
俺を襲ったやつとは比較にならない大きさだ。
そのワイバーンは、男を背にのせると、すぐに飛び立とうとした。
簡単に逃がすわけにはいかない。
俺は追いかけようとした。
だが、その俺に気づいた男がこちらに向けて発砲してくる。
それを避けてている間に、ワイバーンは上空まで飛び上がってしまった。
「くそ、追いかけないと」
まだ、ワイバーンの姿は見えている。
陸上からでもバイクなら追いかけられるはずだ。
このまま逃がしはしない。
俺は急いでバイクのところに向かおうとした。
『待て』
だが、トライファークの代表者に止められた。
『今の男のことは放っておいていいから、ちょっと来い』
代表者は苦しそうだけど、はっきりと話している。
そうだ。
追いかけるのも大事かもしれないけど、今はそれどころじゃない。
早くなんとかしないと、代表者は手遅れになってしまう。
「しゃべらなくていいです。
今、手当てをします。
いや、今すぐ病院に行かないと」
『いや、いい。
もう助からん』
そんなことを言いだした。
危ない状態なのは見れば分かる。
正直、助かる見込みが少ないことも。
でも、まだ分からないはずだ。
「いきなり何を弱気になってるんですか。
いつも偉そうなくせに。
まだ大丈夫ですよ」
俺は目の前で人に死なれたことなんてない。
だからだろうか。
異常にうろたえているのが、自分でも分かる。
冷静に考えることなんてできない。
とにかく、なんとかしないと。
魔法でも、未来技術でも、なんでもいい。
嫌いな人間だとしても、目の前で死なれるのは嫌だ。
『いいと言っている。
どうせ俺はもう長くはなかった。
言っただろう。
俺は、再現の後、すぐに死ぬ運命だと。
寿命なんだ。
せいぜい、あと10日程度の命だった。
だから、死ぬのはいい。
覚悟なんて、とうにできている』
そんなことを言ってくる。
苦しいはずなのに、今も血は流れ続けているのに、はっきりと俺の目を見て話してくる。
『だが、俺にはどうしてもやらなければならないことがある。
もうお前も分かっているな。
アポリトのことだ。
もう俺自身にはできそうにないが。
それでも、俺がやらなければいけないんだ。
俺のケジメなんだ。
だから、お前がやれ。
お前は俺だ。
押し付けるようで悪いが、俺がやるべきことはお前がやれ』
真剣な目でそう言ってくる。
いつも馬鹿にしたような目でこちらを見下していたコイツが、真剣な目で俺に頼み事をしている。
「やるのはいいですけど。
でも、俺には扉さえ開けられないんですよ。
あんただって分かっていたじゃないですか。
だから、あんたががんばらないと」
そうだ。
俺には扉を開けることさえできなかった。
コイツに言われるまでもなく、自分でできるなら、やっている。
コイツみたいに確固たる目的というわけじゃない。
でも、これ以上ニグートのような国ができたりしないように、今回の顛末の黒幕は潰さないといけない。
そう思っている。
だけど、やる気があっても俺では、できないんだ。
だから、悔しいけど、コイツ自身がやるしかない。
『ああ、分かっている。
お前には色々欠けているものがあるからな。
だが、資質はあるんだ。
兆しだって見えている。
あとはきっかけと記憶があれば、できる。
だから、俺のをやる』
よく分からない。
何を言っている。
代表者の何かをくれる?
『おい』
代表者はおっさんに話しかける。
『これから、俺がコイツにすることはコイツのためになることだ。
だから、どうなっても手出しをするな。
途中で手出しをしたら、その方が危ない。
絶対に手出しをするなよ。
放っておけば、勝手に目覚める』
代表者はサラやマイさんに向かっても言っている。
何を言っているんだ。
そんな危ないことされたくないんだが。
だが、そんな俺の気持ちを気にするつもりはないらしい。
『いいか、お前も絶対に逃げるなよ。
いや、始めてしまえばお前には逃げる方法なんてないがな』
めちゃくちゃ物騒なことを言ってくる。
そんなことを言われたら、今すぐ逃げたくなる。
コイツはもうまともに動けなさそうだから、走って逃げることは簡単だ。
だが、同時に、それだけ瀕死の状態なのに、俺のために何かをしようとしていることは事実だ。
ここで逃げてはいけない。
そう思う。
「分かりました。
何を言っているか分からないけど、逃げません」
俺は自然とそんな言葉を口にしていた。
その返答に代表者は一瞬、満足そうな表情を浮かべる。
すぐに苦しそうな顔に戻ったが。
『説明している余裕がないから、早速始めるぞ。
別に痛い目にあうわけじゃないから、心配するな。
ただ、少しばかり、きつい思いをすることになる。
それは、耐えてくれ』
少し、間が開く。
『それと、最後に、お前は俺だが、こんな状況になってしまったのは、元はと言えば、俺の責任だ。
その、悪かったな』
謝られた。
かなり不器用な言い方だったが、真っ直ぐに謝られた。
なんのことか分からなかったが、コイツに会ってから今までで、初めて不快感を感じなかった。
だからだろうか、その言葉は素直に俺の中に届いた。
「俺はあんたなんだから、あんただけの責任じゃありませんよ。
謝る必要はありません」
なぜか照れくさくて、そう答えた。
初めて、もう一人の自分と普通に会話をすることができた気がした。
俺のその言葉に、代表者は今度ははっきりと笑みを浮かべた。
『そうだな。
じゃあ、やるぞ。
レオ、最後の頼みだ。
しばらく時間がかかるだろうから、安定するまで、コイツを守ってやってくれ。
今まで本当に助かった。
恩に着る』
代表者はそう言って、最後にレオルオーガに礼を言った。
レオルオーガは寂しそうな表情をしているように見えた。
だが、すぐに頷くのが見えた。
その直後、代表者がポケットから何かの端末を出して、俺の頭に当てた。
直後、頭の中を直接焼けた棒でかき回されているような、そんな感覚に陥った。
熱い。
痛い。
気持ち悪い。
なんだこれ?
どうなっている?
苦しい。
頭が回る。
目の前が真っ白になる。
ここがどこなのか分からなくなる。
遠くに何かが見えてくる。
俺の意識はそこで途絶えた。