情報収集~出発
俺はニグートを操っている存在を倒す。
そうすることに決めた。
あとは、いくつか気になっていることが残っているので、それを聞くことにする。
「さっき、俺の携帯端末は今あるネットワークインフラを使っていると言いましたよね?」
『はい』
「この端末は何なんでしょう?
俺が再現されたときに持っていたものなんです。
ですが、どこから、というかどういう情報から再現されたのか分かりません。
ネットワークインフラが使えるということはこの世界で有効に動いているということでしょうし、通信機としての機能が備わっていることは間違いないんですが」
やはり、スマホに関しては、できるだけ情報を集めておきたい。
これのせいで、俺の記憶や存在に自信を持てないでいる。
『解析します。
…………。
解析完了しました。
私の持つデータベースの中に該当する機種はありません。
その端末は私の知るどれとも異なります。
最も類似点が多いのは文明崩壊の直前頃に広く使われていた機種です。
それの機能を制限したものに非常に近いと考えます』
詳細は分からないようだが、元々俺が持っていたものじゃないことは確かなようだ。
「ちなみにあなたのデータベースの中には2015年時点での携帯端末のデータは登録されているんですか?」
『はい。
過去の端末データも登録されています。
あまりにも古いものに関しては詳細は登録されていませんが、外見と特徴は残っています。
過去の端末データと比較しても、あなたのそれはどれとも一致しません』
トライファークの代表者が言っていた通り、俺の記憶に何らかの作為がある事は確実だと考えざるをえないか。
その作為は、マナの改変とは別だと思う。
改変はあくまでその人の過去の姿を再現することが目的で、俺のはそれとは違う意図がありそうだ。
全く無関係ではないと思うし、誰が、何のために、というのも分からないが。
「なぜ俺の携帯端末が通信を行えることを知っていたんですか?」
『あなたが通信機能を使ったからです。
私はネットワーク上で通信機器のやり取りを監視しています。
だから、そこにいるあなたの仲間がトライファークとやり取りしていたことも知っています。
そういった通信記録も他国の状況を知るための重要な情報となります』
なるほど。
それは、俺がスマホで話した内容は全てコイツに把握されているってことだろうな。
気分はよくない。
もしかして、マイさんがトライファークと連絡が取れなくなったのは、そのことを知っている代表者によって止められたからじゃないだろうか。
確か連絡を禁じたのは代表者らしいから、可能性はあるな。
代表者は何かを異常に警戒しているようだから、通信記録から自分の行動などを把握されることを嫌がったんじゃないだろうか。
結局、俺のスマホの再現の謎は分からなかったが、多少の情報が手に入ったから良しとする。
「この世界には通信のインフラがあるのに、それほど通信技術が浸透していないように感じます。
それはなぜでしょう?」
『分かりません。
技術の進歩が進んでいないのは通信だけに限りません。
私は現在は、外部からの干渉に対する防御とメンテナンス以外では、人間と関わりはほとんどありません。
ですが、私が介入しなくても自然に技術の進歩は進むと予測していました。
現在の進歩の速度は私の予測よりも遥かに遅いです。
この都市に関しては、研究所を中心として最近ようやく技術の進歩が進みつつある状況です。
トライファーク、二グートの両国は、この都市よりは進歩していると言えますが、方向性に偏りが見られます。
ニグートに関しては、先ほどから説明している何物かの意図によるものかもしれません。
トライファークの偏りは情報が不足していて判断できません。
ここから得られるトライファークの情報が非常に少ないためです。
ニグートを操るものの影響がトライファークにも及んでいる可能性があると考えていますが、詳細は不明です』
俺が最初から感じていた進歩の偏りは、やはりこのAIも不自然だと判断しているようだ。
ニグートの何物かの介入の影響だろうか。
何かしらの理由はあるんだろうが、現状では何とも言えない。
進歩を遅らせても、いいことなんてないと思うんだけどな。
仕方ない、別の質問に移ろう。
「古代種、あなたにとっては統率者でしたか、それは何でしょう?」
最初は異世界だと思っていたから、そんな存在もいるものだろうと思っていた。
というか、ドラゴンとか聞いてときめいていた。
でも、ここは未来の世界だ。
普通なら、そんなファンタジー生物がいるとは思えない。
と言っても、実際にいるわけだから、いるはずがないなんて考える意味はない。
いるからには、歴史のどこかの時点で生み出されたということだろう。
『統率者は人によって作り出された、モンスターなどの脅威から人間を守る存在です』
その辺りの説明は聞いた。
俺が聞きたいのはそれじゃない。
というか、モンスターについても、なぜそんなものがいるのか気になる。
「存在理由は一応、理解しているつもりです。
そうじゃなくて、どうやって生み出されたんでしょうか?
モンスターに関しても、いつからいるんでしょう?
少なくとも2015年にはいなかったはずです」
『モンスターに関しては、正確にいつからいるのか、という記録はありません。
少なくとも、2030年頃にはそれまでの通常の生態系には見られなかった生物が大量に発見された、という報告が残っています。
それは、外見は既存の生物とほとんど同じで体が異常に大きいものや、既存の生物同士を掛け合わせたような特徴を持ったものなどが多かったようです』
体が異常に大きいものや既存の生物同士を掛け合わせたもの。
そう言われてみれば、俺がいた時代、つまり2015年でも確かにそんな情報を見たことはあったな。
例えば、巨大な犬やワニや猪や魚など。
ネットでそういう類の画像を何度も見たことがある。
俺はそういう画像を見るのは好きだったけど、全部合成だと思っていた。
この世界におけるモンスターの祖先がそういう画像の生物達だったということだろうか。
あと、掛け合わせの動物といえば、例えばライガーとかか。
確か、ライガーってかなり大型になったりするんだよな。
そういう突然変異的な巨大生物とか、人為的な掛け合わせとか、そういうのの先にモンスターがいるということなのか。
「モンスターってのは自然発生的に現れた種類なんですか?」
『いえ、突然発生の生物にさらに遺伝子操作を行った結果に生み出された種類だと考えられています。
金持ちの好事家による悪乗りで作られたとか、マッドサイエンティストの実験によって作られたとか、色々な話が残されていますが、真相は分かりません。
ですが、いつの間にかそういった種類が増えていて、気づいたときには、人が襲われる事件も起きる状態になっていました。
そこで、そういったモンスターに対抗するために、正式に研究されて、遺伝子操作と異種交配によって生み出されたのが統率者とされています。
その研究と時を同じくしてマナの研究がほぼ完成していたため、統率者の制御方法としてマナの操作が行われました』
なるほど。
ファンタジーな要素だと思っていたけど、確かに俺が知る時点の世界でも、この世界のようになる兆しはあったんだな。
まさか、こんな風になると想像していた人はいなかったと思うが。
自然界の不思議と科学の進歩がおかしな形で結びついてしまったんだろうな。
「もう一つ、この地下にある開かない扉は何ですか?」
『あれは、先ほど説明した、私やインフラの整備に使用する機械や部品が格納されています。
劣化をできるだけ防いで、長期保存を可能とするために厳格な環境の管理を行っています。
そのため、不用意に開けられないようにロックをかけています』
なるほど。
そんなに何百年も部品なんかがもつはずがないと思っていたが、保存用のものは劣化対策をした環境下にあるわけか。
それでも俺の常識ではそんなに長期の保存は不可能だが、未来には可能になったということだろうな。
事実、コイツは今俺の目の前で動いているわけだし。
とりあえず、今聞きたいのはそれくらいか。
元々、トライファークとニグートの争いを止める相談をしにきた。
そして、そのための情報は手に入れた。
「俺は聞きたいことは聞けました。
他に何かありますか?」
みんなに聞く。
特になさそうだ。
「じゃあ、一旦研究所に戻ってユラさんに今の話を報告しましょう。
それから、ニグートに向かって黒幕になっているやつを探したいと思います。
方法はあとで相談したいんですが、とりあえず戻っても良さそうですか?」
『ああ』
おっさんが代表して答えてくれた。
サラはニグートの話でショックを受けてから、元気がない。
無理もない。
なんとか励ましてあげたいが、そう簡単な問題でもないから難しい。
マイさんも何かを考えているようだ。
トライファークとの通信を聞かれていたことについてだろうか。
いや、もしかしたら護衛の人が地下付近で行方不明になったから、それかもしれない。
俺は会ったことがない人だから、思い入れがあるわけではないが、マイさんにとっては仲間だったはずだ。
聞いてみるか。
「すみません、もう一つ聞きたいことがあります。
数日前にトライファークの人間がこの地下付近で消息を絶っています。
その人は通信機で連絡を取っていたから、あなたも存在は知っていると思いますが、心当たりはありますか?
モンスターに襲わせたとか?」
AIに心当たりと聞くのもおかしい気がしたが、意味は通じるだろう。
俺の言葉にマイさんが驚いた顔でこちらを見ている。
俺がトライファークの人間を覚えていたことに驚いているんだろうか。
そりゃ覚えているに決まっている。
自分を探しに来て行方不明になった人がいるなんて、そうそう忘れられるわけがない。
『はい。
把握しています。
一度地下には来ました。
そして、モンスターと遭遇しています。
それから逃げたところまでは確認しています。
モンスターが襲う前に逃げています。
その後の足取りは知りません。
この街のどこかにいるとは思いますが』
その言葉にマイさんはほっとしたような顔をした。
そして、直後に怪訝な表情をする。
『生きているのなら、なぜ連絡に答えないんでしょう』
確かにそうだ。
何か理由でもあるのか。
「その人はモンスターから逃げた後、通信機を使っていないのですか?」
『一度使っています』
「どんな会話をしていたんですか?」
他人の通信記録を聞くなんて、マナー違反かもしれないが、こんな状況だからな。
『分かりません。
通信内容の監視に失敗しました』
「失敗?
そんなことあるんですか?」
『通常はありません。
通信相手の情報を取得しようとしたところで監視が切れました。
理由は分かりませんが、その通信経路へのアクセスに失敗しました』
どういうことだ?
トライファークの人間が俺を探しに来て、地下を見つけて、謎の相手に連絡を取って、自ら消息を立った。
怪しすぎるな。
あてにはならないけど、俺のファンタジー小説知識的には、非常に重要な情報を持っている可能性が非常に高い。
というか、普通に考えて、何もないなんてことはありえないよな。
となると、その人物を探すことによって何かの大きな手掛かりを掴める可能性がある。
足取りは掴めないとしても、向こうも通信機を持っているようだから、呼びかけることはできる。
一応、継続してマイさんから連絡が取れないか試してもらうことにしよう。
重要な情報とかは完全に俺の想像だが、放っておいていいことでもないような気がする。
もしかしたら、既にどこかで亡くなっていて連絡が取れない可能性も十分にあるが。
申し訳ないが、それならそれで仕方ない。
これくらいか。
聞きたいことは大方聞けたと思う。
また、分からないことがあったら聞きにくればいい。
「ちなみに管理者モードっていうのはどうやったら終わるんですか?」
『あなたが私から離れれば自動的に通常モードに戻ります』
よし、じゃあこのまま帰って問題はなさそうだな。
どっちにしても、認証されてるのは俺だけみたいだから、管理者モードのままでも問題はない気がするけど。
「じゃあ、本当に帰りましょう。
急いで行動した方がいいでしょうし」
『ええ、行きましょう』
サラが答えてくれた。
さっきより少し立ち直っているようだ。
なんとなく、何かを決意したような、そんな表情になっている。
それから、俺たちはまっすぐ研究所に戻った。
◇
研究所に戻って、ユラさんに聞いた内容を説明した。
サラと同様、ニグートが操られていることを聞いてショックは受けていたようだが、なんとなく想像はしていたらしい。
そうだったのね、とだけ言って納得していたような顔をしていた。
「これから俺たちはニグートに向かおうと思いますけど、何かその黒幕がいそうな場所って心当たりないですか?」
『そうね。
いるとしたら、ニグートの中心にある要塞だと思うけれど、私はそこでもそういう人は見たことないわね。
というか、それは人なの?』
「分かりません。
でも、俺は違うんじゃないかと思っています。
古代文明の頃からニグートは操作されているって言ってましたから。
そんなに長生きの人間なんているはずありませんし。
ファスタルのAIと似たようなやつがニグートにいるんじゃないかと思っています。
ニグートでそんな装置を見たことはありませんか?」
『私はないわね。
あ、でも、もしかして』
「何か心当たりありますか?」
『分からないわ。
でも、要塞の中に軍事訓練を行う区画があって、そこにニグートの代表者とその側近と軍関係者しか入ることを許されていない場所があるわ。
軍事機密があるって言われていたけれど、地下のAIの話ではニグートで操られているのは、一部の上層部と軍関係者なんでしょう。
だったら、関係があるかもしれない』
関係があるどころか、そこで間違いないんじゃないだろうか。
「そこには、俺たちは入れないんですよね?」
『そうね。
私やサラでも入れないわ。
要塞の地下の奥なんだけれど』
「どうにかして近づけませんか?」
『常に監視の目があるはずだから、難しいわね。
監視を倒していけば辿り着けるかもしれないけど、ニグートの軍が集まる中心だから、それも難しいわね』
そうだよな。
要塞自体がニグートの中心で、さらにその中でも立ち入り禁止区域なわけだし。
どうすればいいか。
『あの、あの布は使えませんか?』
マイさんが話す。
『ファスタルの技術で作ったっていうあの透明になる布です。
あれはニグートの人たちには見破られますか?』
『いいえ、あれを知っているニグートの人間はほとんどいないはずよ。
確かに、あれなら隠れて入れるかもしれないわね』
「なるほど。
サラ、あれは何枚くらいあるんですか?」
『今は5枚です』
「すぐに作ったりすることはできないんですか?」
『残念ながら、できません。
あれには、古代の遺物を使っている部分があって、それがないと新しく作ることはできないです。
たくさんあったんですけど、キュクロプス対策にスライムを作るのに使ってしまって』
まあ、そう都合よくはいかないか。
いや、逆に見た目が透明になっても、大人数で移動したらすぐにばれそうだ。
そういう意味では、少人数の方が潜入には向いているかもしれない。
「その5枚は俺たちが使ってもいいんですか?」
『構わないです。
全部私が持っていますから。
あれを作ったのは私ですし』
すごい。
サラは本当に優秀だ。
「じゃあ、俺、統括、サラ、マイさんかな。
ユラさんはどうされます?」
『私も自分の国のことだから、行きたいんだけれど、ファスタルの役人に色々説明しないといけないから行けないわ。
今日これからこの研究所にファスタルの代表者を始め、お偉方が集まることになっているの。
その人たちに事情を説明しないと。
それに、残念ながらバイクもないから、ついて行けないわ』
昨日、おっさんから事情を聞いて、すぐに動いてくれたらしい。
そういう連絡関係は任せていいだろう。
「分かりました。
いつも連絡なんかを任せっきりですみません。
お願いします。
もう一枚布はあるから、本当は誰か頼りになる人がいたら、ついてきてもらった方がいいんだけど。
確かにバイクはないからな」
『わん』
ルッツが反応した。
俺を連れて行け、と言っている気がした。
「そうだな。
じゃあ、あと一枚はルッツだな」
俺が勝手に決めていいものか分からないけど、誰も文句は言わなかった。
ルッツはいつも一緒に戦ってくれているし、すごく役にも立ってくれている。
立派な仲間だ。
『じゃあ、行くメンバーが決まった所で早速出発するぞ。
AIの話ではニグートは既にトライファークに進軍しているから、それほど時間的な余裕もない』
おっさんの言う通りだ。
ゆっくりしている場合じゃない。
俺たちはそれからすぐにニグートに向けて出発した。