First AI【オリジン】
再びさっきと同じ質問をする。
「今のファスタルの区画の管理状況について聞きたいんですけど」
『区画の管理状況を説明します。
どの区画の情報が必要でしょうか?』
よし、管理者モードというのは有効に働いているらしい。
区画の状況も確かに気にはなるけど、それは後にする。
「いえ、やっぱり区画状況はいいです」
本題に入ることにする。
「今、ニグートとトライファークが戦争をしようとしています。
知っていますか?」
『はい。
昨日、ニグートで決定が出され、深夜に進軍が始まりました。』
何?
もう進軍し始めていたのか?
いや、予想通りと言えば、予想通りか。
サラは緊張した様子で聞いている。
というか、どうやってそれを知った?
「それは、確かな情報ですか?
どうやって知ったんですか?」
『この国はネットワークで繋がっています。
私の管理領域は第一最適化実験都市、あなたの言うファスタルですから、それ以外の領域に干渉はできません。
しかし、情報収集はできます。
国における人々の動向は常にネットワークから情報を入手しています。
ニグートの情報もニグートのネットワークから入手しました』
なんだと?
ネットワークで繋がっている?
「この国にはネットワークが生きているんですか?
というか、インフラは生きているんですか?」
『もちろんです。
それなしに地域の管理などできません。
あなたの持っている携帯端末で通信ができるのも、そのネットワークインフラを使用しているからです』
当たり前、なのだろうか。
確かにこのコンピュータだけ生きていても、外の情報がなければ管理なんてできない。
でも、古代から今までそんなインフラが生きているなんてありえないと思う。
メンテナンスはどうなっている。
それに、俺の携帯のことも知っている?
俺はそんなこと一言も話していない。
待て、ちょっと順番に情報を整理しないと何が何か分からなくなりそうだ。
俺はしっかり確認していくことにする。
「順番に聞きます。
まず、あなたの管理領域は第一最適化実験都市ということですが、それは交易都市ファスタルで合っていますか?」
『はい。
厳密には、第一最適化実験都市はファスタルとその周辺の一部地域です』
「第一最適化実験都市とファスタルは別なんですか?
ファスタルという名前は古代からの名前ではないんですか?
街に入るところに看板がありましたし、地図にもそう表記されていましたよ」
『違います。
おそらく、看板も地図の表記もファスタルではなく、First AIです。
つまり、最初に作られた人工知能である私、オリジンが管理する地域ということを表しています』
なんだと。
いや、確かにあの看板の文字はそうも読めるか。
かすれていて分かりにくいから、みんな読み方を間違えていたのか。
それは新しい発見だけど、今は名前なんてどうでもいいか。
「それで、あなたの管理領域はファスタルとその周辺だとして、今の時代の人たちはネットワークインフラが生きていることなんて知らないはずです。
古代からメンテナンスもなしにインフラが存続しているんですか?」
『いえ、メンテナンスは定期的に行っています』
「どうやって?
あなたにはできないでしょう。
メンテナンス用のロボットでもいるんですか?」
『いえ、メンテナンスは人の手で行っています』
「だから、どうやって?
この時代の人にそんな技術はないでしょう」
『私が行わせています。
私の指示によって指定箇所を指定の方法で修復するだけなので、技術がなくても可能です。
もちろん、修復に必要な機械やメンテナンス用の部品は私が貸し与えています』
「どうやってそんな指示を伝えているんですか?
ここまで連れてきて、いちいち説明していたんですか?
この時代の人たちはあなたの存在なんて知らなかったはずなのに」
『私自身のメンテナンスについては、そうしていました。
それ以外の街やその外のインフラのメンテナンスは私がマナを操作して行わせました』
今、とても重要なことを聞いた気がした。
「マナを、操作した?」
『そうです。
操作したい人間のマナに干渉して、行動予定を書き換え、メンテナンスを行わせました』
「行動予定を書き換えた?
そんなことが、可能なんですか?」
最初、マナは起動因子だと聞いた。
だけど、今はそれだけでないことは分かっている。
でも、行動予定を変えただと?
『可能です。
あなたも先ほどマナを使って私にアクセスしたでしょう。
それをこちらから行うだけです。
私は人よりも強い干渉波動を制御することができますから、それによって、人のマナに干渉し、思考パターンを操作します』
コイツは今自分のやったことを説明しているだけだ。
俺に聞かれたから答えているだけ。
そこに感情なんてものはないんだろう。
だけど、それは、人間である俺にとっては非常に胸糞が悪くなる話だった。
つまり、コンピュータが人間を思いのままに動かす、そういうことだろう。
「そんなことが許されると思っているんですか?」
『人間の道徳規範に照らし合わせると褒められた方法でないことは分かります。
ですが、私とそれを支えるインフラの整備は、この都市にとって長期的繁栄のために必要な作業です。
最小限の人間を操作することによって、最大数の人間の繁栄を支える。
最適化された管理方法です』
言っていることは分からなくもない。
人間が同じことをしようとしたら、多分もっと無駄が多くなるだろう。
色んな人の承認を必要としたり、利権が絡んだり、そんなことが起こる可能性が高い。
実際、俺のそう長くないサラリーマン生活の中でも、人が運営している会社組織の中では非効率だと感じることはとても多かった。
そういう意味では、このAIが言うように必要な作業だけを必要な人数で行うのは効率はいいと言える。
言えるが、効率が良くても、そう簡単に割り切れるものではない。
「確かに、効率がいい方法かもしれません。
でも、そうやって操作された人はどうなるんですか?」
それが問題だ。
一時的に操作されても、その記憶にとらわれずに元の普通の生活に戻れるなら、まだ許せると思う。
『操作した人間は半数程度は支障なく元の生活に戻ります』
半数?
『残りの半数は様々です。
指示した作業の後、なぜか自ら命を絶つものや、人格が破綻してしまうものなどがいます』
それを聞いて、思い当たることがあった。
「もしかして、今ファスタルの裏通りで見かけるおかしな人たちは?」
『どの人間を指しているのかは分かりませんが、通常では考えられない行動をしている人間がいたなら、おそらく私が操作した後、人格が破綻した人間たちでしょうね』
ファスタルの裏通りにはいつも道端で寝ている人や、壁に向かって延々と話し続けている人など、危ない気配の人が何人もいた。
そういう人たちが全てそうだとは言えないかもしれないが、そのうちの何人かはこのAIに使われておかしくなってしまった人らしい。
元は普通の生活を送っていたのに、コイツの都合で勝手に使われて、おかしくされてしまったのだ。
それは、許せないことだ。
今すぐ、この場でコイツを破壊してやる。
単純にそう思った。
また、頭に血が上ってしまった。
深く息を吐いて、気持ちを落ち着ける。
俺は、いつもすぐに怒って後先のことを考えなくなる。
二グートに行ったときもそうだった。
でも、それじゃダメだ。
そんなことをしていたら、いつか致命的な失敗をしそうだ。
そして、それを続けたら多分トライファークの代表者みたいに自分本位な人間になるんだろう。
我慢して、冷静に考える。
コイツにも何かそうしなければならない理由があるはずだ。
いや、理由なんてすぐに思いつく。
自分では動けないから、人間の手を借りているんだろう。
それも最小限の数に抑えているようだし、コイツは自分にできる最善の方法を選んでいるだけだ。
そこに感情が含まれないから、説明も淡々として、それが余計に腹が立つわけだが。
コンピュータにそれを言っても仕方がない。
じゃあ、なぜメンテナンスを続けているのか、それが問題ということになる。
つまり、コイツの存在意義についてだ。
それと、自分の存在を大っぴらにしないで、マナの操作なんて回りくどい方法を使う理由だ。
別に、普通に人間に言って、メンテナンスさせたっていいはずだ。
「どうしてメンテナンスを続けているんですか?
人間を操作してまであなたが存在している意味はなんですか?
壊れるのが怖いなんて感情はないでしょう」
『私には感情を表現するアルゴリズムは組み込まれていません。
私の存在はこの都市の繁栄を支えるためにあります。
最終的には高度に最適化された都市運営を行えるシステムの構築を目指しています。
この都市はまだまだ完成していません。
ですから、メンテナンスを続けています』
「完成も何も今この都市はめちゃくちゃな状態ですよ。
昔のほうがまだ整理されていたじゃないですか?
なぜそうなっているんですか?」
あれ?
いつの間にか最初の質問に戻っていた。
つまり、色々なことを理解する上で、それも避けられない問題ってことなんだろうな。
『現在、この都市は外部からの干渉を防ぐことを最優先にして開発を進めています。
本来の目的は最適化された都市の開発ですが、干渉によってそれが妨害されかけたため、現在は優先順位を変更しています』
干渉?
「干渉とは何ですか?
外部っていうのは?」
『干渉とはこの都市に住む人々のマナに対する干渉です。
外部についての詳細の特定は完了していません。
その情報に関するこちらからのアクセスは拒否されました。
何らかの装置を扱う人間、もしくは装置自体と想定して防御策を施しています』
「人々のマナに対する干渉というのは、あなたが操作するときに行うような?」
『そうです。
私が検知したのは、都市にいる多数の人間を同時に操作しようとする動きでした』
「それが行われた場合、どうなりますか?」
『その操作の目的は確認できませんでした。
ですが、どうなるか、という意味ではニグートのようになります』
ニグートのように?
「それは、今のニグートは操作されているという意味ですか?」
『はい。
ニグートは軍事的な決定権を持つものと一部の上層部に限られますが、操作されている状態にあります』
色々なことがつながった気がした。
『それは、それはどういう意味ですか?
ニグートは何者かによって操られておかしくなってしまったということですか?』
サラがかなり緊張した様子で聞いた。
サラにしてみれば、長年おかしいと感じていたことの核心だろうからな。
『その情報は機密情報になります。
管理者権限のない人の質問にはお答えできません』
面倒だな。
認証されたのは俺だけらしい。
俺が聞き直す。
「現在のニグートは何者かに操作されておかしくなっているんですか?」
『ニグートが操作されているのは現在に限ったことではありません。
文明崩壊よりも前からのことです。
ですから、最近のニグートがおかしくなった、と言っているのであれば、別段おかしくはなっていません。
代表者が自分の意思で行動していないことも、トライファークを攻めようとしていることもおかしくはありません。
ニグートは、ずっとそういう国です。
ただ、あなた方の常識に照らして、行動がおかしいというのであれば、それは操っているものの意思によっておかしくされている、と言えるでしょう』
サラがへたり込む。
ショックなんだろう。
俺にはサラの気持ちは分からないが、自分の国が昔から操られていて、自分たち自身で行動の決定もしていないと言われたんだから。
サラはニグートを嫌っているが、代表者の一族という自覚は持っていたし、責任を持った行動を取ろうとしていた。
でも、サラが代表者たちにどれだけ働きかけようと、サラ自身が責任ある行動を取ろうと、それらは全て無駄で、ニグートを操っている何者かによってのみ行動を決定されているんだ。
思い当たることもたくさんあるだろうから、やるせない思いになったんじゃないだろうか。
「でも、サラもユラさんも操られている感じはしませんよ」
『それは、操られる前にこの都市に来たからです。
私の防御によって、この都市にいる限りは干渉を受け付けません』
「区画をめちゃくちゃにすることが防御になるんですか?」
『区画を変えること自体が防御策ではありません。
私はこの街に新しい道を作るときに、同時に新しいネットワーク網を構築しています。
そのネットワークは複雑な経路を作っており、容易には侵入できません。
マナに干渉すると言っても、遥か遠くから直接干渉できるわけではありません。
この都市に存在している干渉装置に外部からアクセスして操作します。
ですから、私は複雑なネットワークを構築することにより、外部からその干渉装置にアクセスできなくしました』
なるほど、なのか?
詳しくは分からないが、ネットワークを介して進入してこようとする相手に対して、物理的にネットワーク回線を複雑にすることで、目的地に到達できなくした、ということか?
あんまりネットワーク系の知識はないけど、そういうことだよな。
確かに、仮想的にネットワークに障壁を設けても、解析して突破されたら意味がない。
だから、物理的に混線させるようなことにしているとか。
まあ、専門家とかに言わせたら、全然間違っているんだろうけど、説明されても分からないだろうから、今はそういうこととして勝手に納得しておく。
「裏通りに来ると、マナが乱されるのはそれと関係があるんですか?」
『関係がないわけではありませんが、直接の関連は少ないです。
裏通りに来る人間のマナを乱しているのは、私です。
理由は私自身の安全のためです。
ネットワークを介して干渉装置にアクセスできなくしていますが、それはあくまで私が常に防御対策を行っているからです。
もし、私が破壊されれば意味はなくなります』
ああ、ファスタルの裏通りは気づいたら道が変わっている、という話だった。
それは、常に防御対策を取るために、区画を変更して経路を特定できなくするために、ということだったのか。
『私を破壊すること自体はそう難しくはありません。
物理的な破壊に対する対抗策を持っていませんから。
ですから、敵意を持ったものにこの場所にたどり着かれないように、私がこの辺り一体に入った人間のマナに軽く干渉して、この場所を発見できないようにしています』
なるほどな。
だから、今まで地下は発見されなかったのか。
それと、多分コイツが自分の存在を大っぴらにせずに人間のマナを操作してメンテナンスをさせるのも、外部からの侵入者によって破壊される可能性を少しでもなくすためか。
「でも、俺は見つけてしまいましたよ」
『理由は分かりませんが、あなたは干渉を受けにくいようです。
それに、細かい地図を持っている人間ならば、少々マナに干渉しても、この場所には辿り着けます。
だから、最近あなた方以外の人間もここまで来られるようになりました』
古代種研究会の人とかのことを言っているんだろう。
『これまでも、偶然、この場所を発見するものはいました。
そういう人間に私が破壊されないように、また、あなたのような人間が現れても問題がないように、這いずりしものに私の守護を命じました』
だから、最初に俺たちが来たとき、破壊しに来た、とか言ってたのか。
「それを俺たちが倒してしまったということは、今はここの守備は手薄になっているんですか?」
『その通りです。
ですから、現在ここを守護するために別の統率者を探しています』
「統率者?」
『あなた方の言うところの古代種です』
「新しい古代種をここに連れてくるんですか?」
『そうする計画をたてていますが、付近に統率者がいないため、現在は進んでいません』
「どうやって古代種に命令を出すんですか?」
『その方法は様々ですが、私は統率者のマナを操作する方法をとります』
なるほど。
古代種を制御する方法の一つはマナの操作、なのか。
「あなたはそれだけ防御に対して注意しているのに、前に俺が来たときには、エレクター技師のメンテナンスをあっさり承諾したのはなぜですか?
もしかしたら、あなたを破壊しに来た人間だったかもしれませんよ」
『いえ、あの人間のマナが操作されていないことはすぐに分かりましたので、問題ありません。
それに、破損領域に重要な情報も保存されていたので、修復は必要だと判断しました』
「重要な情報とはどんなのですか?」
『文明崩壊の元になった紛争に関する情報や文明崩壊後のデータの一部などです』
そういえば、文明崩壊は人間が争ったけど、原因は分からないとか言っていた。
あれは、破損領域にデータがあったからなのか。
「では、文明崩壊を引き起こした紛争の原因はなんだったんですか?」
『ニグートがトライファークと争ったことです』
「なぜ争ったんですか?」
『ニグートはその時既に何者かに操作されていましたので、それでトライファークを攻めました。
トライファークにもニグートと争う理由があったようですが、それは分かりません』
「それは、今と同じような状況ということですか?」
『そうです。
現在も、ニグートは操作されてトライファークに攻めることになったようですから』
「ということは、今回もこのまま争えば文明の崩壊につながると」
『それに近い状態を予測しています。
ただし、現在は大した文明レベルには達していませんので、破壊の規模は小さいと思われます』
確かにそうかもしれないが、相当な犠牲者は出るだろう。
「俺たちはそれを止めたいんですが、どうすればいいでしょう?」
『対策としては、ニグートを操作しているものを見つけ出して抹消することでしょう』
確かに、ここまでの説明でも、そいつが色々な問題の元凶である、というのは分かる。
「それは何なんですか?
どこにいるんですか?」
『詳細は不明です。
いるのは、この都市よりニグート側からトライファークまでの地域のどこかです』
広すぎてあまり参考にはならない。
だが、ようやくはっきりとやるべきことが見つかった気がする。
そして、見つけるのは困難だとしても、そいつを止めればニグートに攻撃を止めさせることもできるかもしれない。
とりあえずは、ニグートを操作しているのだから、ニグート付近にいる可能性が高いと考えられそうだ。
だから、探すのはニグートからでいいかもしれないな。
「あなたは、その何かからファスタルを守るために区画をめちゃくちゃにしたと言いました。
もし俺たちがその何かを倒せば、ファスタルの街の区画もきれいにしていいんですね?
そして、あなたは裏通りのマナの干渉をやめるんですね?」
『はい。
外部からの干渉がなくなれば、私は通常の都市開発に戻ります』
「それに、メンテナンスも人間のマナを操作するのではなく、普通に人に頼むことができるようになりますよね?」
『そうですね。
文明崩壊から現在に至るまで、その干渉を行ってくるもの以外に敵対するものは確認できていません。
それがなくなれば、私の存在を公表してもかまいません。
もともとは人間とともに都市開発を行っていたわけですから、その形に戻るだけです』
これで、色々なことがつながった気がする。
そして、解決法も分かった。
まずは、ニグートを操っている何かを倒す。
それが、今俺がやるべきことだ。