5光年/ 航空母艦「信濃」
2014年9月17日 日本時間22:57
――――引き続き、NNNが臨時ニュースをお伝えします。
「・・・・先ほど入りました情報によりますと、先日、9月15日14:30頃に伊勢沖に現れた浮遊している空母らしき物体に自衛隊の派遣を内閣は決定しました。
日本政府は明日、18日の朝7時に緊急記者会見を行うそうです。」
私は何かの悪いジョークかと思い、チャンネルを変える。
――――皇国放送から国民の皆様に日本政府からの緊急速報をお伝えいたします。
先日、三重県志摩市沖に現れた第二次世界大戦の空母に似た浮遊する船のような物体について、明日の朝7時に日本政府が緊急記者会見を開きます。
なるべく多くの国民の皆様に聞いていただきたいので――――――
再び、チャンネルを変える。
討論番組のようだ。日本では厳密に言えば討論番組なんてほとんどないようなものだし、ひな壇に座った芸人がお題に対して素人意見を述べる番組ばかりでどうも真剣に考えていない気がする。こういう討論番組がないことと、娯楽番組の延長でこんな形の番組しかないところが日本は他国に比べると負けているのかもしれない。
この番組もひな壇芸人がいっぱいだ。
眼鏡をかけたひょろひょろの40代ぐらいのおじさんが熱弁している。
「…ですから、あれは第二次世界大戦時に建造され、熊野灘に沈んだ日本帝国海軍の航空母艦「信濃」です。
このように太平洋戦争時までに帝国海軍が所持していた戦艦や空母には菊の御紋があるので間違いないと思います。
それに、現在の物体、否、『空母』がある位置は信濃が米国の潜水艦に沈められた位置なのです。」
「日本は空母を建造することで軍国主義の野望を具現化した!日本帝国主義の復活だ!他にも兵器を開発しているちがいない!賠償するべきだ!」
韓国の人かな?
「中国の空母に対抗するために日本が極秘裏に建造したものに違いない。アジアの平和を壊す行為だ!」
中国系の人かしら?
「日本が空母を持ち、世界の安全保障を受け持つためにNATOに参加するのであれば、我々は歓迎す―――――――
もう見てらんない。テレビを消した私はお風呂に入ることにした。
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日本国東京都千代田区永田町 首相官邸
自由党総裁・現97代内閣総理大臣の土御門 総一郎は思考を巡らせていた。
そもそも、彼はタカ派と言われるぐらいの右派。
自らの経済政策で貧富の差が開くことには気が付いたが、今まではそれどころではなかった。
隣国の中国と朝鮮半島の国は国家予算を福利厚生よりも軍事費に費やし、増長していた。
昨今の苦境はすべて日本の前政権期の失策によるもので、これらをカバーしようとすると領土の保全が難しくなってきていた。
マスコミの報道により世間から批判されることは多い。しかし、上の立場に立つ者として仕方がない。
国民の安全を考えるのであれば、防衛費を上げるしか残された道はない。
いくら批判されても、これだけは譲れない。
健全な経済を保つには、その国の軍隊が最低でも隣国の脅威を防ぐことのできる軍事力の保持によってその国の領土が守られていなければ、経済を発展させるどころか維持すら難しいのだ。
何も安全保障の無い国が現在の日本のように発展することは難しい。極端なことを言えば、今の贅沢を捨てて中国に奴隷として支配されるか、アメリカと組んで日本の軍事力を上げていく方針に変えて、現在の生活を更に発展させるのとどちらがいいか、という話である。
そもそも、前回の戦争時みたいに本土の安全保障の為にあった満洲国や朝鮮半島がない。
他国軍に本土を直接攻撃され、蹂躙された上に侵略される恐れがあがっているのだ。
対馬を一時的に占領され、北九州や本州に攻撃を受けたときのために下関市や福岡市、熊本市、鹿児島市を重点的に道路の拡張工事を行い、更に地元の支持基盤を得るために土木建設業にその開発事業を発注していた。
港に最新式の10式戦車どころかロシアの重戦車とまともに戦える90式戦車が入っても大丈夫なように高架道路の橋げたをかなり強いものにしたり、護衛艦の停泊できる港の建設は重要なのだ。
この点は太平洋戦争の敗戦前の日本が東北地方や北海道・礼文島、沖縄などに施した道路整備などのインフラ整備事業となんら変わらない戦略だ。
防衛拠点となる地方都市を強化しておくと前方の戦線に必要物資の流通や生産を補いやすくなり防衛しやすくなるのだ。
そして、差し迫る中国の脅威に対抗するために外交をしておく必要があった。
海洋国家として島国を抑え、環太平洋で貿易圏さえ築いてしまえば少なくとも、防衛という分野で国益を得ることが出来る。
日本は現在、お金の力つまり経済力で国際社会での影響力を保っている。
ここ数年の政権交代などの政治的要素の不安定さで影響力は低くなってしまった。
現在は、アジアで唯一の先進国としての立場はまだもっているが、この先、独立国としての矜持と明確な意思を持たなければ危うい、と土御門は考えていた。
国家100年の計が無ければ衰弱あるのみなのだ。
現在のアメリカに依存した防衛体制ではなんらかの異変があれば、いずれ中国の影響下に入る恐れがある。
歴史を顧みても、島国であるという点で国内の統一しやすく、文化を持続させやすいシーパワーの国が日本だ。
ランドパワーの国である中国から離れ、シーパワーとランドパワーの両方の力を持つアメリカ、シーパワーで最強国家になったことのある英国と同盟や文化を導入することで日本は繁栄してきた。
つまり、日本はシーパワー勢力である方がいい。
しかし、せっかく頑張って作り上げた外交政策の成果を、伊勢沖に出現したこの船らしき物体は台無しにしてしまった。
自衛隊や防衛庁、技本などに問い合わせても、「そんなものはいくらなんでも極秘裏に開発していない。予算がただでさえ少ないのにあんなものは開発は出来ない。むしろ、できるのであればこっちがあの技術を知りたい」との返答がきた。
科学技術や経済知識のアドバイザーとして内閣が雇っている御用学者たちは科学的に船が浮遊することはないと断言していた。
自衛隊の出動を命じた彼は、自らが一世一代の判断をすることが近い、と感じていた。
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航空母艦「信濃」は大日本帝国海軍の大和型三番艦の戦艦を戦局の変化により建造途中で空母として改装して生まれた当時としては世界最大の航空母艦である。
艦名は旧国名の信濃国から採られ、未完成のまま回航中に米潜水艦「アーチャーフィッシュ」の魚雷攻撃を受けて、一度も実戦に投入されることなく沈没した悲劇の船である。
北緯33.07度 東経137.04度 潮岬沖
信濃が沈んでいた、海の中で墓標とされていた場所である。
しかし、今そこには海の中には鉄の墓標は存在しない。
なぜなら、そこにはネズミ色に光る「信濃」が浮いているのは、駆けつけた海上保安庁や自衛隊、在日米軍の軍人たちがしっかりと確認しているぐらいなのだから。
これは、その場にいた誰の目で見ても明らかだった。
参考文献:ウィキ「信濃」の項目(2014/9/20 22:09 23)より
軍艦たちの眠る場所 より