3光年/出現
2014年9月16日 海上保安庁第4管区伊勢航空基地――――
海上保安部監視部部長、宮野 義彦は頭を抱えていた。
彼が頭を抱える原因になったのは、お昼休憩から戻った時にレーダーに映った大きな艦影のせいであった。
「三重県志摩市熊野灘より南方海域166海里付近に謎の艦影が出現。国籍は不明。
しかも空中を静止状態で浮遊。空母のような艦影だが大きさはかなり大きい。
デザインは第二次世界大戦の…空母か? 外部からの観測・探知班以外は臨検に向かえ」
すでに首相官邸と自衛隊には連絡をしてあるものの、対処が仕切れない。
何せ、急に何もない大海原に出現したのだから。
はじめてみたときは、レーダーの故障を疑ったが、われわれ伊勢にある尾鷲基地のレーダー以外に名古屋や潮岬などの観測所でも同じ出現を感知できていたのだから大慌てだった。
まず、はじめに出現ポイントに近いわれわれの海上保安庁の巡視艇「すずか」が現地に到着して現況を報告している間に、伊勢市明野にある航空自衛隊の駐屯地からOH-1などの観測ヘリが出動していたみたいだ。
そもそも、どの言語で勧告してみても応答は無し。
近づこうにも近づけないし、相手は見かけは軍事用大型艦艇だ。
発砲しても効果がない上に何か透明な壁のような物に阻まれて近づくことすらできない。
われわれ、海上保安庁などの海上にある艦艇はもう用済みだろう。
臨検しようとしたが、すずかでは近寄れず、おそらくヘリですら接近は厳しい。
間違いなく音速で飛ぶ戦闘機など論外だろうし、自衛や戦争で使うような観測機も高額だからうかつに飛ばせない。
結局、海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」にヘリを着艦させるしか見張る方法がないというわけか。
宮野は首相官邸と自衛隊に連絡を入れ、気を引き締めなおして調査の指示を行い始めた。とんでもない事態だ。
ふざけているにも程がある。
われわれもほかの管轄エリアの巡視活動があるため、仕方がない。
しかも、われわれには対処できそうにないのがなんとも心苦しい。
そんな、悔やむ気持ちを抱きながら、海面に映る大きな影を見ていた。
「宮野部長!報告があります!」
船に備え付けられた無線に連絡が入ったようだ。
報告にきた若い保安官を見つめてうなずき、話の先を促す。どうやら、自衛隊の航空機隊・輸送艦「おおすみ」と在日アメリカ軍・第7艦隊からミサイル艇「カウペンス」・「ステザム」が派遣されることになったらしい。
いきなり自衛隊に派遣要請したのは、もうすでには我々、海上保安庁だけでもなんとか解決できる案件ではなかったからだ。
先ほど、我々は臨検を試みたが近づくことすらできなかった。
なにか透明な壁に阻まれてその特定海域に近づくことすらできない。
残念ながら海上警察である我々の手には負えない為、悔しいが自衛隊の派遣を要請したのだ。
恐らく、米国も一枚かんでくるだろう。おそらく、横須賀から来ると推測はできる。
昨今は中国や朝鮮とのいった隣国との軋轢があり、国際政治情勢も重なってさすがに空母「ジョージ・ワシントン」の派遣は無いそうだ。
目の前に見える艦艇は空母に匹敵する大きさなので気になる。
中東にあるアメリカ第5艦隊が本国へ帰ってくる時期であれば、演習と称して沖縄に配置してくるのかもしれない。
やっかいなことになった、と宮野はため息をついた。
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その後、日本政府は世界に向けて「謎の物体の出現」を発表した。
アメリカは「『日米安保条約』に基づき、調査に協力する」との所信表明をし、調査船数隻と第7艦隊を派遣。
ロシアは表向きには「協力する」との所信表明があり、調査船を派遣。
一応、日本政府から許可は得ているものの東アジアに軍事艦艇が派遣されているようだ。
ウラジオストクに太平洋艦隊を集結させ、動きがあやしくなっていた。
EU諸国はアメリカと同じく「協力する」と所信表明。イギリス、ドイツ、フランスはそれぞれ独自の「調査船」を派遣。
中国は「協力する」と、いいつつ、沖縄近海に艦隊を展開、「調査船」を派遣。
オーストラリアは「協力する」との所信表明、調査船を派遣。
この物体の出現で、国際情勢が変わり始めたことをそれぞれの国の政治家たちは感じ始めていた。