1光年/場末のバーで
私、浅野 梓はどこにでもいる大学生。
バブルと呼ばれた時代の後、いわゆる「失われた20年」の間に生まれた世代。
生まれた年にソビエト連邦の崩壊と日本のバブル経済の崩壊があり、3歳で阪神淡路大震災に遭い、
アメリカに同時多発テロが9歳の時にありTVの朝のニュースが騒がしかったことは良く覚えている。
年金が崩壊するから年金は納めなくてもいい、勉強の足りない『ゆとり世代』だと騒がれ、いわゆる日本が元気だったころなんて全く知らない、暗いことが多かった世代。
台形の面積や円周率は3とかありえないし、学校で教えなくても塾では普通に教えていたので馬鹿にされる謂れは無いはずなんだけど、なぜかする人がいて腹立たしい。
不幸だ、何の優れた才能もいないとけなされ続ける1992年生まれの攻撃は他の世代とはまた何か違うわけではないし、酷いものだと思う。
いつも何かに追われている気がするような、大人たちの焦った背中を見ているうちに親の言いなりで「世間の常識」へ流されている、普通の大学生。
疲れたような顔をして仕事から帰ってくる父や少しでも良い安い物を買ってくる母親の姿を見て感謝しかできない。
いずれ私もこうなるのだろうか。そもそも時代背景的にそれすらも無理かもしれないけれど。
たぶん、いわゆるよくライトノベルとかで「モブ」とか「クラスメイト女1」とか呼ばれるぐらい普通の一般人。背景とかでいたらいい方ぐらいじゃないかな。
そんな私が「なにか特徴は?」と聞かれたら言えることはただ一つ。
「天体観測が大好きです!」 悲しいことにこれぐらいしか言えることはないのです。
私は「一緒にしし座流星群を今晩見ないか?」とか言われると、惚れます。なんかロマンチックでいいじゃないですか?
でも、そのような素晴らしい殿方なんていないんですけどね。
そんなどうでもいいことを頭の中で考える私は、同じゼミの男友達と県の中心地にある私の親戚が経営しているバー「ギャラクシー」に来ていた。
彼がいつものような、大きすぎて滑稽な目標を語るのか、それとも私の好きな音楽演奏会か旅行のお誘いかな、と目の前のジントニックのライムをぼんやりと見ていた。
「なぁ、浅野さん。来週の週末に伊勢にいかない?この前、発見された謎の『金属』ってのも気になるし、内定が出ているなら余裕やろ?」
お誘いをしてきた彼は末広 幸樹という名前で、何かと趣味が合う男性で同じ研究室の友達だ。けっして恋人などではない。
ちょっとズレてる私と珍しく話が合う相手で、この人と話すのは楽しい。
でも、何を考えているのかわからなくて困るときがあるから、もっと話してほしいなぁ。
ああ、そうだ。返事しないと。手帳を開いてスケジュールを確認してみる。
「えっと…大丈夫。この日は空いてるからいけるよ。」
「オッケー。じゃあ朝6時に…国鉄三ノ宮駅で。」
「あ、ちょっと待って。伊勢に行くなら18切符があるからこれでいかない?」
私は財布の中から二回分ほど余った青春18切符を出して、ひらひらと彼の目の前で振って見せる。
お伊勢さんかぁ。お正月よりは人がいない筈だし状況から見て少ない筈だよね。
「じゃあ、それで行きますか。日帰りだから当日は伊勢神宮以外に行きたいところはあるん?」
「う~ん…真珠は別にどうでもいいから、鳥羽水族館がいきたいです!幸樹隊長、よろしくお願いします」
「よろしい、許可するで。じゃあ、お伊勢参りして水族館やな。」
たいちょ…じゃなかった、頼もしい幸樹君はそう答え、私たちの日帰り旅行が決まった。
「二人ともほんとに仲がいいわねー、このまま付き合えば?」
話を聞いていたらしいバーテンダーのお姉さんがからかう。いつもゼミでの活動が終わればここで二人で飲んでいるのでよく知っているお姉さんはよく見ているのだと思う。
「ちょっと、何を言って…」
あわてる私とは反対に、にやけた顔になった幸樹君は、
「それはおおきに。浅野さんとならいいかもしれんなー、はははっ。」
「もーからかうのはやめてよぉー」
「そーいうところが可愛いんやでー」
「むぅぅ。不意打ちは卑怯なり。ばかぁっ!」
肩を叩くがまったく効果がないみたい。なんか悔しい。
悔しいからポコポコと殴ってみる。
「そんな柔なものは聞かぬわ。はははっ。」
これは、幸樹君はおちょくっているに違いない。
ひどいなあ、もう。
「あのー、キャラ変わってません?」
私は聞くが、幸樹君はくくく、と笑っている。
ほら、やっぱり私のこと、おちょくってた!
「そんなことないでー、ほら、かかってきな?」
この時、私たちはのんきにギャーギャーと騒いでいたが、その横で歴史という大きな歯車が動き始めていたことにまだこの時は気づけていなかったのである。
※ ※ ※ ※
話が変わるが、この日本という国は皇紀2674年も続いているらしい。
多少の政変はあれど、天皇陛下の権力のもとに国を一つにまとめ上げてきた歴史は世界的にも珍しい。
全国各地の神社は天皇陛下に集まる信仰を束ね、「天皇」のもとに国民意識を作り上げたともいえる。
中国から独立を真の意味で果たしたのは聖徳太子が小野妹子に持たせ、隋の皇帝に送った
「日出処の天子、日没処の天子に~」という書物が読まれた時点からかもしれない。
よくよく考えてみたら、最新鋭の技術を持ち、宗教司祭が「皇帝」であり続けているこの国はファンタジーのようなすごい国だと思う。
「富士山はこの国の龍脈の起点で、皇居は龍脈の出口という龍穴というパワースポットで、東京や大阪の環状線は『鉄の輪』で悪い気を封印するものだ」とか討論したり、富士山を浅間神社で祀られているように「霊峰」と信仰を集める横で、産業用ロボットが自動車を作り、他国に押され気味とはいえ、紙みたいに薄いテレビやスマートフォンの生産がある。
まったくもって奇妙な国である。
ファンタジーでいうなら、ロボットが普通に友人として会話し、大きな火の玉や雷や氷塊が唱える魔法を扱う宗教司祭がまとめる国…、何とも言い難い強そうな国である。
あえて名前を付けるなら「○○皇国」とか「△△帝国」、「××神聖帝国」とかかもしれない。
他の先進諸国がいわゆる西洋であるにも関わらず、日本という東洋にある国が先進国になれたのも国土が山が多く、川は急峻で平野は少ない上に洪水などの水害、地震、竜巻に噴火と災害のオンパレードで工夫しないと生き残れない場所だったからということが理由の一つではないかと思う。
そんな国だからこそ、困難に当たった時に他の国には考えられない奇手を編み出すかもしれないと私は考える。
朝鮮出兵、白村江の戦、源平合戦、元寇、桶狭間、関ヶ原の合戦、明治維新、世界恐慌、太平洋戦争の敗戦、バブル崩壊とこの国は何かにつけてイベントについてはありすぎる国だ。
そんなダイナミックなこの国が私は好き。
私たち「ゆとり」と呼ばれる世代はバブルが崩壊した時代に生まれ、ちょうどソビエト連邦が崩壊したあたりの年齢だから、日本の景気が良かったころなんてわからない。
でも、そんな平和で安定的な日本しか知らない私たちがこの後、とんでもないことに巻き込まれたのはひょっとしたら、先祖代々、脈々と続く日本人のDNAの影響で、その後起こった事件を解決できたのはこの日本人の習慣や考え方のおかげだったのかもしれません。
登場人物や団体等はすべて存在しない架空のものです。
実在しないことを前提にしてお楽しみください。