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変わる季節を、君と  作者: 喜多彌耶子
移る季節を、君と
8/12

七草を、君と。

 土曜日は休みだ。故に、金曜日の夜、食事で彼女を誘い出し、どこかで食べるか部屋で鍋なぞするぞと誘いかけて、彼女をお泊りさせるのが習慣化してきた今日この頃。


 朝、うでの中でふにゃふにゃと眠る彼女を眺めて、うむ、これはかなり幸せな感じだ、と、一人頷く。そして、ふと時計を見て今日が何の日かを思い出したから、彼女を起こさないようにそっと布団から出ると、台所へと向かった。



「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ」


 お経のようにキッチンに座った彼女が、指でリズムを取りながら呟く。


「すずな・すずしろ。これぞ春の七草」




 続けて言えば、むう、と、まゆを寄せた彼女が、こちらを身長差故に上目になる目で睨んでくる。可愛いからやめなさい。思わずゆるみそうになる表情を気合で引き締める。


「せんぱい、私、ずーっとずーっと不思議なんですけどっ」


 わずかに身を乗り出した彼女に、おお、と、わずかに身を引く。


「ん。なに」


「なんで春の七草は食べられるのに、秋の七草は食べられないんですかっ?」


 ……思わず首を傾げれば、彼女もつられたか、首が傾く。子犬みたいでかわいいじゃないか。しかし、だ。


「さぁ」


「うう、なんか不公平だと思うんですよ。子供の頃に、春の七草知ったあと、秋もあるって聞いて、私、いったんですよ、母にっ。『おかーさん、私、秋の七草もたべたいっ』って。そしたらもう、母も父も大爆笑。ひどいですよねっ、だって、食べられると思うじゃないですか、春が食べられるんだから! 」


 むう、と、頬をふくらませる彼女に、湧き上がる笑いを必死でこらえる。うん、ここで笑ったら、きっとスネる。彼女はスネる。


「そうかな」


「そーですよ! 食べられない秋の七草が悪いんですっ」


 むむっ、と、目の前の七草がゆを睨みつける彼女に、苦笑が溢れる。


「七草がゆに罪はない。さめるよ」


「あうー、いただきますー」


 レンゲをとりあげて、彼女が粥を食べる。ふうふう、と覚ます口元。それから、ゆっくりと唇に含まれる、れんげ。そして、ふにゃり、と緩む、表情。


「おいしいー。おかゆがおいしいとか、先輩ひどいー」


 文句を言いながらも、顔は緩んだままで。


「今年も元気で。秋には秋の七草を見にいくよ」


 そう告げれば、ふにゃりと緩んだ顔のまま、彼女はひとつうなづいた。



 ささやかな約束が、何よりも愛しいと。

 言葉にはしないけれど、しみじみと思うのだった。





 余談。


「秋の七草は山上憶良が詠んだ2首の歌がその由来」


「そうなんですか?」


「と、ヤツがいってたきがする」


「……先輩ですか」


「うむ。ちなみに食おうとしたこともあるらしい」


「……恐るべし先輩」



秋の七草: ハギ · キキョウ · クズ · ナデシコ · オバナ(ススキ) · オミナエシ · フジバカマ



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