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変わる季節を、君と  作者: 喜多彌耶子
年越しのお話
6/12

除夜の鐘が聞こえる

 クリスマスイブに彼氏ができた。

 クリスマスにプロポーズされた。


 嬉しいな、っておもうんだけど、でも、でも。


 少しだけ唐突すぎませんか? せんぱい。



 仕事にも慣れてきはじめて、ちょっと余裕ができたころ、ちょうどみんな同じように思ったのか連絡が回ってきた。久しぶりにみんなで同窓会行こうよ! と、高校時代の友達からの連絡に、それもいっかな、なんて、そのくらいの気持ちで参加を決めた。


 同窓会に参加するのは、実は卒業以来だったりするから、たまのメールとか、暑中見舞いとか年賀状とかで連絡はとりあってたけど、会うのは超久しぶり、ってひとがたくさんで、結構たのしかった。

 なかでも、図書館組、と、当時呼ばれていた図書館入りびたりグループのメンバーは、それこそ、当時からある意味破天荒さで有名だった先輩と、その相棒な先輩が参加してて、超もりあがっていた。私も、嬉しかった。高校時代のあの時、数名で入り浸った図書館の、あの先輩後輩の入り混じった不思議な雰囲気そのままに、楽しく過ごせたから。――少しだけ悲しい思い出もある高校時代だけれど、だけど、それを払しょくするほどの想い出と、さらにいうならば、それ以上に強烈な思い出を残してくれた先輩がいたから。


 二人並んでお酒片手に語り合う先輩たちを眺めて、その片方、相棒と言われてた先輩の方を見つめてしまう。――覚えてますか? わすれてしまいましたか? 私は、あなたに助けられたんです。隣に座る友達ときゃっきゃと話しながらも、意識は先輩に向かってて。気が付けばばちり、と、会う視線。そして――気が付けば、先輩と連絡先を交換していて、さらに言えばちょくちょくと呼び出されるようになったのが、クリスマスのひと月ほど前。


 ――今思えば、再会から2か月とちょっと。


 少しくらい不安に思っても、おかしくないと、思いませんか?





「大晦日。出かけるよ」


「っ、せんぱーいっ。出かけよう、じゃなくて、出かけるよ、って、るよ、って、なんで確定ですか―っ」


 クリスマスのあと、照れくさいながらもまぁ、恋人としてデートしようね、みたいな雰囲気になって、年末の仕事納めのあと、飲みに行こうと誘われた居酒屋で。まあ、うん、先輩セレクトのお店は、ご飯がおいしいので、そこは最高なのです。というかせんぱい、食道楽の傾向アリアリです。このお店、山芋鉄板がおいしすぎる。


 じゃなくって! 


「……ダメ?」


 首を傾げないでください。そろそろいい年のくせしてなんでそんなに、あなたの仕草はかわいいんですかー! と内心で叫びつつ、首を振る。予定はない。一応一人暮らしだし、実家帰省予定もないし。……元旦二日から仕事だからね! 世の中世知辛いよね! でも年末30日から元旦まで休みあるだけましよね! と、脱線しつつ、ふう、とため息。


「大丈夫です、ですけどもっ。もうもうもう、せんぱいっ、どこにいくんですか?」


「ひみつ」


 人差し指を唇に当てて、嬉しそうに笑った。――ああ、もう、いつも負けっぱなしです、私。



 そしてその日はお泊りなしで(そうそうしょっちゅうお泊りなんて、いろいろ私が持ちませんから!)帰宅して。大晦日って明後日じゃん! とか、とりあえず明日大掃除して、と、予定を組みつつ、今できる片付けからー、なんて手を付けてれば、ぴるぴるとメール。うん、私のメール着信音、ぴるぴるなんだ。みると、せんぱいから。『あさって、ぬくいかっこうで。20時ごろ、迎えいく』


 ……なんということでしょう、年越しですか、年越しですね。ということは、荷物も作らないと。ああ、少しは洋服もちょっとちゃんとしたやつを、っていうか、ええ、何を用意したらいいのー?! と軽くパニックになりつつ、支度を少しずつ整えて、片付けをして、で、迎えた大晦日。


 日中は片付けの残りをして、夕方までかけてなんとかピカピカに磨き上げた部屋で、やっと新年を迎える気分になって、それから、それから、ほこりっぽいままじゃダメだよね、と、急いでシャワーを浴びて、それなりの格好をして、ああでも、新しい服買えばよかったかなぁ、でも、うう、結婚するならお金ためておきたいし、と、そこまでかんがえて、ぱたりと、手が止まって。


 ――けっこん、ほんとうに、するのかな。


 プロポーズはされたけど、指輪ももらったけど、せんぱいのことだいすきだけど。急展開すぎたからかな、どこかまだ信じきれない自分が、いて。一度頭を振って、とりあえず気合い入れて着替えて、指輪を付けて。それから、荷物を用意してたら、玄関のチャイム。むかえにきたせんぱいに、変な顔みせたくないから、笑顔全開で、扉を開けた。


 ――ふつうのつもりだったそれが、せんぱいにはいろいろばればれだった、なんて。


 ネタバレされるまで気づかなかった私は、別に鈍くない、と、いいたい。たぶん。


「じゃ、いこっか」


 手を差し出される。当たり前のように当然のようにそうされるようになったのは、いつからだろう。そして、それをあたりまえのように握り返せるようになったのは。ぎゅ、と握り返せば伝わる温もり。自分の手より大きな、手。なんだかほっとするような切なくなるような、この気持ちが、嬉しくて、少し切ない。


 手をひかれるまま、ゆっくりと歩いて家から近い繁華街へ。割と仕事場にも繁華街にも歩いていける距離にある我が家、せんぱいの部屋もそう遠くない。ふらりふらりと歩きながら、ついたのはお蕎麦屋さん。せんぱいをみれば、うん、と頷く。


「まずは、先にそば。ここうまいから」


 つれられるままに入ったお蕎麦屋さんは、少し寂れてるように見えたけど、お客さんは結構いて。あったかいエビののったお蕎麦をおいしくいただいて、ほっこりぬくもったところで、またせんぱいに連れられて出発。


「せんぱい、どこにいくの?」


 時間は、22時。お蕎麦屋さんで少しお酒をいただいて、ゆっくりしてたからこんな時間。ちらりと時計を見た先輩は、うーん、と考えるそぶりで、少し早いかなぁといいつつ、私の手を引いて歩いていく。


 どこにいくんだろ、と、思いながらも、手をひかれていると不安ではないことに気づく。うん、せんぱいだもんね、ふりまわされてもしかたないかんじだよね。でも、うん。こうして握られた手の温もりと、共に歩くスピードがゆっくりなことを考えると、なんだか、彼に大切にされている、というのはすごく感じられるから。不安に思うことなんて、ないよね、なんて、歩きながら考えてたら。


「ついた」


 目を上げると、この辺では割と大きなお寺さんだった。


「お寺さん?」


「そう。こっち」


 手をひかれるまま進めば、受付、じゃないけれどテントみたいなのがあって。どうぞーって差し出されたのは、キャラメルとミカン。……キャラメルとミカン? と首を傾げてると、いいからいいから、って先輩が先を促す。そのままつれられていけば、見えるのは大きな鐘と、そこに向かって並んでる人たち。


「あ……除夜の鐘」


「ん。ここ、鐘付かせてくれる。場所によっては、女性NGとかあるけど、ここはフリー。あ、お酒もらえるけど、いる?」


 首を振ってこたえつつ、貰ったミカンを両手で包む。ん? とよくみると、カイロもあったからそれをありがたく使わせてもらう。


「ちょっとまだ早いから、あったかいの、貰おう」


 そういってせんぱいは、お茶を貰ってきてくれて、ふうふうしながら二人で、飲んで。――そしたら。


「あのね。本気だからね」


「……はい?」


 唐突すぎて、思わず聞き返す。


「年明けたら、実家にご挨拶いくから。都合聞いておいて」


「あ、え? はい?」


 ふう、と、どこか緊張したようにため息をついた先輩は、こちらを向くとじっと視線を合わせてきた。


「急だったから、不安だったんでしょ。泣きそうな顔してた」


 断じてそんな顔を見せた覚えはないのだけれど、もしかすると扉を開けた時にこわばった顔をみられてそうおもわれたのかもしれない。小さく苦笑する。


「なきませんよ。不安だったのは、否定しないですけれど、でも」


「うん。一人で泣かせないから。泣くときは、僕がいるところで。決定。だから、ずっとそばにいてもらう。だから、早くご挨拶して、早く結婚しよう」


「って、えぇぇぇっ、せんぱい、ちょ」


「……いや?」


 だから首かしげないでください……っ。いやなわけじゃない、いやなわけがない。あの時、高校の教室で、泣いてる私をみつけてくれたときから、いえ、その前から、ずっとずっと心の中でせんぱいを慕い続けていた。会えなくなっても、どこかで慕い続けてきた。だから、ちょっとだけ、こんな急展開で、夢みたいな展開があっていいの?! って不安なだけで。


「いや、じゃないですよっ。もうもうもう、はぁぁぁ……しかたない、か。せんぱいだもんね」


 くすくす、と笑いがこぼれる。と、ゴーン、と大きな鐘の音が響き始めた。煩悩の数だけ響く鐘の音。並んでいたから、割と早い段階で、順番がきて。先輩が先で、私があと。鳴らして、まだ次々と響く鐘の音の中、ふう、と深呼吸。


 ま、いっか。こんな人だってわかって、唐突な人だとしっていて、慕い続けたのは自分。それに、彼は振り回す人だけど、いい加減ではない。誠実な人。だから、きっと、大丈夫。


「せんぱい」


 くいくい、と、袖を引いて、少し屈んだ先輩の耳に、内緒話。


 一瞬、驚いたように目を見張った先輩は、次の瞬間には、蕩けるように幸せそうに、笑ってくれた。


 やがて、鐘の音が、静かに静かに響き渡り、やがて最後の鐘を、お寺の方が鳴らして。気が付けば、周囲で始まるカウントダウン。


 一緒になって、せんぱいと、大きな声をあげて。


「あけまして、おめでとう」


「今年も、いいえ、これからずっとよろしくお願いします」


 二人で顔を見合わせて、そっと笑った。



 ――高校の時から、ずっと、ずっと、慕ってたって、知ってましたか?



 今年も、来年も、そしてその先も。


 振り回したり振り回されたり。


 そんな風に、彼と過ごせたらいい、と、寒空の下、彼に寄り添いながら、そう思ったのだった。



 fin


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