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変わる季節を、君と  作者: 喜多彌耶子
クリスマスのお話
3/12

3.放課後の教室は少し寒くて、きみの手はこんなにも温かい。

 手をつなぐ。最近は割りとスムーズに出来るようになったこの行為だけれど、果たして再開前、一番最初にこの手に触れたのはいつだったか、と、記憶をたどる。ぼんやりと浮かぶ情景は、放課後の図書室、茜色に照らされた、冬服の自分たちの姿。ああ、あれはいつだったか。たしかあれは、高校2年か、3年か。おそらく3年の、冬を目の前にした頃のことだった。



 なんとなくつるむようになった友人と、なんとなく図書室に入り浸るようになって、なんとなくつるむメンバーが決まっていって。全員が委員会やら固定した何かに所属していたわけではないけれど、そこらの文化部の幽霊部員たちよりは密な付き合いをしていたと自負する、あの頃。その日も、図書室のメンバーは相変わらずで、じゃまにならない端に居場所を定め、皆勝手に本を読んでいたり、ゲームを持ち込んで遊んでいたり、何やらだべっていたり書いていたり、さまざまだった。


「そういや、今度はどこいってたんだ」


 そういえば久しぶりに顔をみた、聞けば先日来学校を休んでいたらしき友人に問いかければ、こちらを見ながら彼はメガネを上げた。


「ん、南のほう。寒くなるからと思ったけどまだ早かった」


 果たしてその南が、どのあたりやら。よくのせられて、学校登校途中に思い立った友人に誘われるまま、海を見にいくなんて真似をしていたが、さすがに3年になると皆自重を始める。内申点ってやつが、多少なりとも気になるお年ごろだからだ。けれど、彼はそれをこれっぽっちも気にしない。そんな自由さに、次第に周囲もなれたが、教師はそうもいかないらしく、色々と彼は目を付けられている様子でもあり、しかしながらその豪胆さから一部の教師には気に入られているという、なんとも不思議な存在だった。そいつの友人筆頭格ということで、色々とこちらも言われるが、まぁ、必要最小限受け止めてあとは受け流す方向で、平和になんとかやっていた。



「南かぁ、これから寒くなりますしねぇ」


 窓の外の紅葉を見つめながら、本を読みふけっているとばかり思っていた後輩の一人が呟く。その声に、友人がわずかに口元をほころばせるのはいつものこと。さて、こいつらはお互いにわかってるんだろうかと、しみじみ眺めてると、きゃっきゃと数名で雑誌を覗き込んでいた、このグループの中では割りと普通に属する系統の子たちのうちの一人である彼女が、会話を耳にしてかこちらに駆け寄ってきた。なんというか、子犬のような子だな、と眺めていれば、駆け寄ったままの勢いで、こちらに詰め寄ってくる。


「先輩先輩っ、もうすぐクリスマスですよ! どっかいいとこ知りませんか!?」


 こちらに詰め寄ってきているのだが、その質問は自分よりも友人に向けたほうがいいのではないだろうか。首をかしげ視線を友人に向ければ、薄く苦笑いするのがみえた。

 つられるように友人に視線を向けた彼女に、友人はひとつうなづくと、窓へと視線を向ける。


「あそこ。あの山、クリスマス近くなると、綺麗にライトアップされるでしょ。山がクリスマスツリーみたいに。クリスマスの日は、山の頂上付近をライトアップして、かなり良い感じになるらしいよ。標高も地上よりは高いから、ホワイトクリスマスになる可能性もあるし。――まぁ、かなり寒いけどね」


 なるほど、近くにあるあの山は、この近辺の学生であれば一度以上は登山などの行事でいったことはあるだろうが、そういうイベントでいったことはない。


「山ですかー。夜ですよねぇ。うう、厳しいなぁ。でも行きたいなぁ」


 うーうー、と唸るように呟く彼女に、口をついて出そうになったのは、一緒に行く? という言葉。だけど、高校生の身分で夜中の外出はまだ厳しく、そもそもクリスマスに誘いをかけるほど親しくはなくて。その言葉を飲み込めば、彼女が諦めたようにつぶやいた。


「うー、オトナになるまで我慢しますー。いつか、大人になって彼氏に連れてってもらうんだ!」


 ぐっと拳を握る彼女を、無意識に見つめていれば、はっと何かに気づいたように顔をあげる。内心びくりと驚いていれば、まゆがそのままへちょりと下がる。


「あうー、宿題教室に忘れたことに今、この瞬間! 気づいてしまいましたー。私はこれより、教室に寄ります。そんで時間も時間なので、このまま退散しますですー」


 へちょりまゆの横に敬礼のポーズをとり、ではっと頭を下げて友人のもとに向かう彼女を、ぼんやりと見送る。


 何事か友人に声をかけ、カバンを手に図書室を出ていく彼女を見ていると、脇を肘でつつかれた。


 見れば、我が友がこちらを見ている。


「何」


「いけよ。何もないとは思うが、何もないとはいえないだろ」


 確かに、すでに生徒の数も少ない教室棟だ。ふむ、一理ある、と、頷いて、カバンを手に図書室を出る。

 さよならー、とかけられる声にお先に、と返し、友には一度手を振って、教室棟へと急いで向かう。確か彼女は一つ下、ならばと当たりをつけて急ぎ足で向かえば、ラッキーなことに一つ目の教室で彼女を発見することができた。


 がらりと開いた扉の音にびくぅぅぅ! と、リアルに飛び跳ねたように見えた彼女は、こちらをみて、ほっとしたように息をついた。


「なんだぁ、先輩ですか。びっくりしましたよーもうぅ。っていうか、どうしたんですか?」


 きょとん、とこちらを見るのに、ゆっくりと歩み寄れば、不思議そうに首を傾げる。何かざわざわする感情を感じながら、しかしそれをおくびにもでないように押さえ込んだ。


「一応、護衛?」


「なぜ疑問形ですかーっ。ていうかもう、先輩たちって不思議さんすぎる……」


 ふるふると首を振り、机から取り出したらしきノートをカバンに収めた彼女は、ふう、と息をつくと、こちらを見て笑った。


「でも、ありがとうございますー。もう、あれですよ、図書館メンバーの先輩方、地味に紳士過ぎて、惚れそうですよっ」


 惚れてくれればいいのに、と、思ったのは秘密の話。けれど、誤魔化すように手を差し出せば、再びきょとんとこちらを見る彼女。


「帰るよ。手」


「は? え?」


 突然のことに呆然としている彼女の手を、割りと強引に取れば、わたわたとカバンを手に椅子を戻しはじめる。それを見やってから、手を引いて歩き出す。


「あ、あの? 先輩?」


 手とこちらを両方交互に見つめながら、けれど手を振り払うことなく戸惑いつつも後をついてくる彼女に、じわりと自分の耳が赤くなっているのがわかる。何をしてるのか、と、自分でも思いつつ、しかしながら手から伝わる熱が暖かくて、離したくなくて、黙ったまま歩く。しばらくして人の声が聞こえるまで、無言のまま、彼女の手を引いて歩いた、そんな遠き日の思い出。






 そうか、あの時から、自分はもう彼女に惹かれていたのかもしれない。ふと、隣に並んで歩いている彼女を見下ろせば、不思議そうにこちらを見上げてくる。


「なんですかー、先輩っ?」


 あの頃は、制服姿で、長い髪を二つ結びにしていた。今は、肩までの長さの髪をゆるく流し、社会人らしい服装でこちらを見上げている。本気で落ちたのはそのあと、かもしれないけれど。間違いなく自分は、最初から彼女が気になっていたらしい。


 誤魔化すように視線をずらし、遠くに見えるライトアップされた山をみあげる。あの山は、毎年こうしてライトアップされる。そして、クリスマスの日も。


「クリスマス。山、いこうか」


「え、山ですか! クリスマスっていえば、ライトアップされてきれいなんでしたっけ? うっわ、行きたいです、ぜひ行きましょう!」


 楽しそうに答えて、つないだままの手をブンブンと振る彼女が、あまりにも可愛くて。


「ねえ」


 そっと呼びかける。


「はい……っ?」


 不思議そうに首をかしげて見上げてきた彼女に、少しだけ屈んで、唇に小さなキスをひとつ。


「ごちそうさま」


「……っ?! っ! っっ!!?」


 声にならない声を上げ、ぱくぱくと唇を開け閉めする彼女に、そう告げる。真っ赤になった顔も、うろたえた顔も、たまらなく可愛くて愛しくて。気がつけば、満面の笑みでほほ笑んでいた。


「せんぱいぃぃぃぃ……」


 情けない声を上げる彼女の頭を、つないだ手とは逆の手でぽんぽんとたたけば、ますますまゆがへちょりと下がる。ああ、もう、お持ち帰りしたくてしかたがないんだけれど。味見で我慢した自分を、褒めて欲しい。


「ご飯。和? 洋?」


 さり気なく問えば、むううう、と一度きつくまゆを寄せてから、深い深い溜息一つ漏らして、彼女がびし、っと人差し指を立てた。


「和で! っていうか、あそこ、炉端焼きの店! あそこで山芋鉄板と、魚のいいやつ焼いたのと、最後は雑炊でしめるんですっ! 日本酒も、いいの飲んじゃいますからねっ!!」


 その指でこちらをささないところがしつけがいいというべきか。


「了解」


 一つ頷いて、彼女の手を引いて、ゆっくりと夜の街を歩いてゆく。


 願わくば、ずっとこうでありますように。

 そう、静かに願いながら。


 あと少し、あと少し。

 クリスマスは、もう目の前。


サイト名:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/

「きみと手をつなぐ5題」より。

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