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変わる季節を、君と  作者: 喜多彌耶子
移る季節を、君と
12/12

エイプリル・エイプリル

「結婚式、富士山でやるっていうのはどうかな」


 真顔で彼がそう呟くものだから、思わずぽかんと口があいてしまう。何をいってるんだろう? と、唖然とする気持ちと、ああ、この人ならそんなふうに言ってもおかしくないな、という気持ち。その両方が綱引きをして、なんだかわけがわからなくなって、じっと彼をみつめる。


 こちらをどこか楽しげに見つめる彼と視線をかわして、それから、どうしようか、と、ぐるりと視線を巡らせる。富士山で結婚式。どこで? 5合目で? 公共交通機関でいけるのってそこまでだっけ? どうだったっけ? 思わず真面目に可能かどうか算段を頭がはじめる中、あれ? と、違和感。その正体を確かめようとして、再び巡らせた視線の端に、電波時計の数字が見える。そして、それからはたと気づいた。


 ああ、今日、エイプリルフールじゃない。


 ほっとした反面、どこか納得いかなくて、むう、と、眉根を寄せたら、目の前でゆうゆうとコーヒーを飲んでた彼が、ちらりとこちらをみてから、ニヤリ、と笑った。その顔が、あまりにも楽しそうで、子どものようで。だから私は、むう、と、拗ねたような素振りをしながら、視線をそらす。釣られて緩みそうになる口元を隠すように、引き締めながら。


 ――ああ、結局のところ、そうなのだ。


 どうしたって、私は彼を許してしまう。そのいたずらも、その行動も、何もかも。彼がもたらすどこか楽しげで破天荒な行動すべてを、最後には楽しみにしている私がいる。そう、結局のところ、私は、彼に、心底惚れ込んでしまっているのだから。


 ずるいなぁ。


 ふう、とため息ひとつ。高校の時に出会って、じわりと惚れ込んで。卒業後に会えなくなって、そして再開して。プロポーズされて、そして双方の両親に挨拶をして。結婚式の準備を始めた今日この頃。焦ることはない、と、いろいろと楽しみながら一つ一つ片付けているけれど、お互い仕事もあるし、今日のようにデートできるのは、週末や日曜日くらい。今日も金曜日からのお泊りで、土曜はお出かけ、今日はおうちデート。のんびりとテレビでもみながら過ごしていた中での、彼の言葉。


『おとこなんて、一生こどもみたいなものよ』


 結婚が決まったあと、そう言って笑っていた母の顔が浮かんで消える。ええ、母さん。男は一生子供かもだけれど、私の旦那様になる人は、普通に輪をかけて子どもかもしれません。――もっとも、ただ子どもっぽいというわけではないけれど。そのぶん、もしかすると十分立ちがわるいのかもしれない。


「……怒った?」


 声に顔をむければ、こちらを首をかしげて見つめる彼の視線。どこか子供じみたその仕草が、彼の癖だって気づいたのはいつからだろうか。どこか心配そうに、だけれどその目はきらきらと、言葉は淡々と、なんともアンバランスな組み合わせのその様子に、ふ、と、唇が緩む。


「そうですね、少しだけ怒りました」


 そう返せば、今度は彼が困ったようにまゆを下げるから、クスクスと口から笑いが溢れる。困ったようにどこかしょんぼりしている彼に、そっと立ち上がって歩み寄る。それに気づいて顔を上げた彼の額に、キスをひとつ。


「エイプリル・フールですから」


 嘘ですよ、と、続ければ、ふっ、と彼が吹き出して、そして破顔した。

 


 ――どこまでも平和で、のんびりとした、ある春の日のお話。



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