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変わる季節を、君と  作者: 喜多彌耶子
クリスマスのお話
1/12

1.手をつないだ。きみに一歩近づけた気がした。

 今年のクリスマスは雪になるらしい。

 本当になるかどうかすらわからないそんなフレーズを、毎年聞いているような気がするのは気のせいだろうか。


 天気予報では雪、ホワイトクリスマスだという今年、さてどのように過ごそうか、と、窓の外を眺める。ホワイトクリスマスをありがたがる風潮というのもよくわからない。が、お祭りごとは嫌いではない。むしろ大好きだ。それを考えれば、雪のクリスマスはなかなかにいい。学生時代、夏のクリスマスを体験したいという友人に連れられ、ふらりと飛び回り南半球まで出向いたのは、懐かしい思い出だ。思えばお祭り好きの根っこは、この友人に引きずられるうちに作られたような気もしないでもない。


 その友人は最近、世界を飛び回っていた生活から、日本に根を下ろしたようだ。なんでも誰ぞ後輩と引っ付いたとか引っ付かないとか噂は事欠かない男なのだが、先日の同窓会で聞いたような気もする。


 久しぶりに参加した同窓会は、どこかよそよそしいようでしかしながら、我らが世代にお祭り好きやらとんでもないのがそろっていたせいか、割と楽しく参加することができた。「あの」○○先輩、と、冠が付くのは、かの友人のせいであり、自分個人のせいではないと、声を大にしたいところだが、さて、どんなものだろうか。


 ふむ、と、カレンダーを眺める。



 同窓会、といえば。


 そうだ、と、不意に思い出し、携帯を取り出す。しばし考えていくつか打ち込んだ言葉短い言葉を、さっさとメールする。


 せっかくだ。彼女に会いに行こう。


 先日の同窓会で、久しぶりに会って、懐かしさといろいろな感情で押せ押せののち、アドレス交換することができた、後輩の顔を思い出し、笑みが浮かんだ。




「うっわ、思い出し笑いですか、しゅにーん」


「余計なこというな。ほら、終わったのか修正」


「いて、まだです、すぐやりますって、もー横暴だなー」


 目の前で書類の微修正をかけていた部下の言葉に軽く拳骨をくれてやれば、携帯が震える。ぶーぶー文句を言う、それこそ違った意味でお祭り男、ついでに言えばクリスマスに浮かれまくりで相手探して合コン三昧らしい直属の部下の声を無視して、メールの画面に映る彼女の返事に、思わず笑いを漏らしながら、再び仕事に戻るのだった。





「もー、先輩! 意味不明すぎますよ!」


 待ち合わせの場所でのんびりとライトアップされた木を眺めていれば、息を切らせて走ってきたらしき彼女が、そのままの勢いで叫ぶ。


「ああ。……ごめん?」


「って、なんで語尾が疑問形ですか。なんですかそれは、もうもうもうー! 『飯。19時』って、なんですかあれは! 用事があったらどうするんですか、来なかったらどうするんですかー! もう!」


 きぃぃぃ、と、まるで子ザルのように暴れる彼女は、はたしてもう成人すぎて四捨五入でアラサーよりとはこれっぽっちも思えない。小柄なせいか、全身でじたばた暴れる様は、まるで子供のようだ。


「あー、来なかったら? 家に帰る?」


「そういうもんだいじゃ、なーい! もー、先輩ってば、先輩ってば、もぉぉぉぉ」


 相変わらず見飽きない生き物だと思ってしみじみ眺めていれば、満足したのか、否、諦めたのか、大きく息をついて、それから、少しばかり身長が高いがゆえに小さ目の彼女からはかなり上の一にあるこちらの顔を、にんまりとした笑顔で見上げながら、首を傾げた。


「まぁ、あれですよ。急な呼び出しだったけど、許して差し上げます! ということで、ご飯、もっちろんおごりですよねー。あーおっなかすいたなーっ」


 にっこにこと笑いながら、ご飯を連呼する後輩は、もしかせずともこちらのことを、便利なお財布とでもおもっているのか。いや、それよりはどちらかというと、おいしいものを食べさせてくれる存在、というところか。まぁ、飯で呼び出したのはこちらなので、仕方がないか、と、苦笑いを浮かべつつ、そっと手を差し出してみた。


「……なんですか、この手」


 じと、っと、その手を睨み付けつつ、彼女が言う。


「寒いし、君小さいから。迷子なっちゃダメでしょ。だから、手」


「もぉぉぉぉ! 子供じゃないんですから! 子供じゃないんですからぁぁぁ!」


 きぃ、と、彼女が牙をむく。威嚇する子猫のようだ。うん、かわいい。まぁまぁと宥めつつ、その手を取って、そのまま自分のコートのポケットへ。目をむいてぱくぱくと口を開け閉めする彼女は、金魚のようで、これもかわいい。


 ああそうだ、自分は、あの同窓会の日から、いや、高校生の時に、彼女のあの涙を見た時から、きっと彼女にべたぼれなんだ。


「タルト。好きだろ。おいしいとこ、あるから。当然、料理もいけるよ。君向き。二人でおなか一杯コース」


 その言葉に目の輝きが変わる。うむ、餌付けは有効か。痩せの大食いを地でいく彼女だ、どこに入るのかと不思議なくらいによく食べる。その食べる様も、本当に幸せそうにおいしそうに食べるので、これがまた悪くない。だからこそ、あの同窓会の後から時折、こうして呼び出しても来てくれるようになったのだが、毎度毎度おいしそうに食べる姿をみるのは、たまらなくこちらの癒しでもある。このままじわじわとせめて、クリスマスには自宅で手料理でもふるまってやろうか。それも悪くないかもしれないな、なんて思いながら、ポケットの中で握りしめた小さな手の温もりを、そっとかみしめる。


 伝わる温もりが、どこか、二人の距離を縮めてくれたようで、思わず緩む顔を引き締めるのに必死だった。


 まだ、ただの先輩、かもしれないけれど。

 おいしいごはんを食べさせてくれる存在、でしかないかもしれないけれど。

 まだまだ、これから、これから。逃がすつもりは、もうないから。



 クリスマスまで、あと何日?




サイト名:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/

「きみと手をつなぐ5題」より。

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