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  作者: 堺 由兎
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 雅が消えて三日目。学校に来ず、雅の親と連絡が取れないと東公子が竜樹たちに尋ねてきたのは放課後のことだった。

「貴方達何か知らない?」

首をかしげる東はそのかわいらしい眉をゆがめている。よほど心配なのだろう。

「お父様がなくなられてまだ時間がたってないのに。」

独語めいた東の言葉に竜樹たちは何も言えずただ黙った。竜樹たちですら分からなかったのだった。あのあと竜樹も竜也に事情の説明を求めたが、頑として答えてくれなかった。そう、竜樹の母がなくなった時のような表情で。竜樹はため息を吐いた。竜也が政治記者として活動していた十一年前、父がすっぱ抜いた汚職事件が世の中を席巻していたとき、母は殺された。家に押し入ってきた賊から竜樹と姉の綺沙羅を逃すために殺された母、沙羅。そして、竜樹を逃すために姉は行方不明となった。そのときのことがふつふつと竜樹の中で膨れ上がっていく。なんだかすごく似ていた。そんな感覚だった。

「御堂君?」

不安げに見上げている東に咳払いをして、口を開いた。

「さあ、俺たちは何も。」

知りたいぐらいさ、と口の中で呟いた。

「そう。分かったわ。ご自宅に行ってみようかしら。」

それも東の独語だ。

「じゃ、じゃあ、俺も行きます。お前らどうする?」

光の声に宅耶が頷いた。竜樹も即座に頷く。そして、四人で雅の家にたどり着いた頃にはもう日は落ちていた。何時見ても大きな家だと思う雅の家は今日は死んだように暗い。

「誰もいらっしゃらないのかしら?」

東が鳴らしたインターホンの電子音が鳴り響く。だが、無反応だ。

「田中さんなら不在ですよぉ。ずぅうっとね。」

雅の家を見上げていた竜樹はその声の方に顔を向けた。黒いスプリングコートを羽織った中年の男がにやけ面でこちらを伺っている。竜樹は前に出た。ここでこの三人を守れるのは自分しかいない。そう自負したからだった。

「誰だ?」

睨み付けた竜樹に男はとうとう笑い始める。

「いえいえぇ、そんなに怖がらなくてもぉ。」

「ふざけるな。何者だ。」

笑う男に竜樹はどうしていいか分からない。どうする。自問すると、男の背後から長身の影が姿を現した。黒いキャップを深々とかぶったその影は全身が黒く覆われている。

「おい、さっさと済ませろ。」

その声で影が男であることが分かる。

「へいへい。捕らえなきゃいけないって言うのがつらいねぇ。」

よたよたと前に出てきた中年の男に竜樹は構えた。竜樹たちをどうにかしようとしていることが分かったのだ。おとなしく捕まるわけにはいかなかった。その時、中年の男の肩を持った黒い男が前に出て来た。ぐんぐん竜樹に近づいてくる。その存在感に圧倒される。身構えていたにも関わらず、間合いの中にやすやすと入られた竜樹は一瞬のうちに視界と意識を失った。しまった。そう思ったのが最

後だった。


 おっとりした母から弟の宅耶が帰っていないと連絡があったのは七時半だった。宮原依美子は大学のサークルの部室でその電話を受けた。どんなに遅くても七時には帰っていた宅耶が連絡もなくこんな遅い時間まで出歩くことは無い。依美子は体中を不安が駆け巡るのを感じずにはいられなかった。

「宅耶君帰ってないの?」

幼馴染の親友福宮涼子ふくはらりょうこが心配そうに依美子を覗き込んだ。

「みたい。どうしたのかしら。」

「年頃の男だろ?たまにそういう日があってもいいんじゃねぇの?」

依美子の少し震えた声を笑い飛ばしたのは涼子の交際相手綾羅木優太郎あやらぎゆうたろうだ。シルバーに脱色した頭髪が部室の薄暗い電灯に照らされて光っている。

「宅耶君はあんたみたいに奔放じゃないのよ。それに、何かあるとしたら依美子にだけはちゃんといっていたわよ。ねぇ、依美子。」

涼子の呆れ声に依美子は黙って頷いた。

「どっかで絡まれてたりして。」

依美子の不安を逆なでする言葉は白神龍二しらかみりゅうじだ。龍二も涼子の一睨みで口を閉ざすと誤魔化すように部屋の隅においてあるふるいソファに

座っている阿佐桐誠あさぎりまことに視線を向けた。誠はその視線が合うとすぐに視線を逸らし、我関せずといっているようだった。依美子はこうしていてもしょうがないと思い、携帯電話で宅耶へコールする。ただ遊んでいるのであればそれでいい。出て。依美子は心の中で叫んだ。

「もしもし。」

弱弱しい宅耶の声が電子音のあとに続いた。

「宅耶。今どこ?お母さん心配してたよ?」

「姉貴、頼みがある。」

潜めた声の宅耶に依美子は消えかけた不安が復活していくのを感じる。

「GPSをONにしてるから、警察に俺たちの居場所を教えてくれ。あと、竜樹と光の親にも場所を教えてくれ。」

「どういうこと?警察って。」

「いいから、姉貴は絶対来ちゃ駄目だぜ。」

押し切るような宅耶の言葉に圧倒されかけたが依美子は息を飲んでそれを抑えた。

「えっと、御堂君と原君も一緒なの?」

「宅耶、切れ。」

御堂竜樹の潜めた声に続き、ノイズが響き、そして通話が切れた。どうして、と依美子は胸をわしづかみにした。

「どうした?」

いつの間にか背後に立っていた誠が依美子を見下ろしている。白い肌に冷静そうな表情は依美子を少し興奮させる。

「あ、あの。」

誠の前では言葉すらうまくしゃべれない。だが、宅耶とのやり取りを伝えた。

「もしかして、誰かに捕まってるとか?」

「ありうるな。」

龍二が顎に手をあてて考える素振りをすると誠がいつもどおりの冷静な表情で答える。

「じゃ、俺ら犯罪調査同好会の出番じゃねぇの?」

能天気に笑った優太郎の頭を涼子が叩いた。

「ばか、そんなこと言っている場合じゃないでしょ。その御堂君と原君?その二人の親御さんに連絡しないと。」

「その前に位置確認したら?」

誠に携帯電話を指差されて依美子は位置情報サービスにあわててアクセスする。すぐに出てきた情報は大学から程近い港の倉庫の中を示していた。

「なんだ、近くじゃん。」

誠と同じように携帯電話を覗き込んでいた龍二が明るい声を上げた。誠、龍二共に空手の有段者で腕に自信があるからこのような発言に繋がっているだろうことを依美子は知っていた。優太郎も腕に自信があるようで皆で行こうと言う雰囲気を男性陣が出している。依美子はとても困った。御堂君と原君の連絡先など知るわけもなかったし、警察にどういう風に助けを求めたら良いのか分からなかった。

「多分、警察は動いて二、三人がせいぜいじゃね?」

確かに。龍二の言葉に依美子は頷く。依美子の話を信用してくれたとしてもそれくらいの人数しか動いてくれなさそうだった。

「とりあえず、途中の交番で一人ぐらい引っ張って皆で行こうぜ?駄目?」

こんな時の優太郎の明るい表情が少しの救いになる。涼子はそんな優太郎に惹かれたのだろう。依美子はパニックになりかけた頭で深く頷くと、薄暗い部室を後にし、静まり返った大学を出た。自然と駆けてしまう自分に合わせるように皆走ってくれている。言ったとおり、優太郎は途中にあった交番で中年の警察官の捕獲に成功した。港に到着したときは全員息切れをしながら辺りを見渡していた。

依美子は再び携帯電話を取り出し、星印の表示されている突き当たりの倉庫とその一つ手前の間の通路を目指した。何も考えずにその通路に飛び込んだ依美子は何か硬いがやわら

かい物にぶつかった。それが通路の真ん中に仁王立ちしている男だと言うことにすぐに気が付く。肩越しに振り返った男は誠ほどの長身の銀縁めがねをした中年だった。中年といってもその表情は若々しい。

「ああ、ごめんね。大丈夫?」

「す、すみません。大丈夫です。」

頭を下げた依美子に男は優しい笑顔を向けてくれた。

「ああ、君達、ここら辺で聖マルコ学園の男子生徒見なかった?」

「あ、あの、もしかして御堂君か原君の。」

「おや、君達もかい?」

男の笑顔に依美子は深く頷いた。

「宮原依美子です。弟の宅耶がお世話になっています。」

「ああ、君が。私は御堂竜也。竜樹の父だよ。」

噂の、と言わんばかりの竜也の声に宅耶が依美子の事を広めまわっている事を改めて知った。天然だと言って広めている。先日初めて会った田中雅ですら同じような声だった。

「しかし、宅耶君の携帯電話の反応はこの場所から出てるんだが、誰もいないんだ。」

竜也が自分の携帯電話を覗き込むので依美子もまねをする。きっと宅耶の携帯電話で竜也にも連絡をしたのだろう。すると、不満げにつれてきた中年の警察官が咳払いをした。

「私はもう返っていいかね?勤務中なんだよ。」

「はあ?ふざけてんじゃねぇよ。これも勤務だっつうの。国民の一人がもしかしたら危険な目に遭ってるかもしれないんだよ。それを助けるのがテメーらポリ公のお勤めだろうがよ。」

警官の胸倉を掴みあげた優太郎の後頭部に涼子の平手が炸裂する。依美子は良く分からないが優太郎は元々不良だったようでいつもは優しく面白いが今回のように気に入らないことがあるとスイッチが入ったように不良のような口調に戻る。

「しっ。静かに。」

俄かに人差し指で静寂を命じた竜也に全員が従う。

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