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  作者: 堺 由兎
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「あの人は心配なのさ。」

穏やかにスカジャンの男が言う。

「君が駆け出しの頃の自分に似ているから。」

その表情は男の者とは思えないくらい優しい。

「時間はかかるかもしれない。だけど、あの人に任せてくれないか?必ずあの人は松丸に関わる全ての疑惑を暴露する。あの人は松丸と戦っているんだから。」

「戦っている?」

「ああ。松丸はでかい。だから、もう少しまってくれ。どうしても待てないようだったら俺に連絡をくれ。俺は高崎たかさきだ。」

差し出された紙に書かれた電話番号に目を奪われていると高崎は煙のごとく消えてしまった。まるで白昼夢でも見たかのように。

「雅。」

息を切らせた声が雅を現実に戻した。竜樹、宅耶、光だった。

「大丈夫か?」

「あ、ああ。」

先ほどの出来事が夢で無い唯一の証拠、高崎の電話番号をポケットに押し込むと、雅は息を整えている三人を見た。雅にとって日常の象徴の三人が目の前にいる。日常に戻るか。だが、父を殺し、母を悲しませた犯人は自分の都合がよくなったことに満足して今も生きていた。そして、雅の存在が少しでも都合の悪いものになるのであれば迷わず父と同じ運命をたどらせようとしている。そんな奴を雅は許せなかった。たとえ、母と縁を切り、仲間と別れ、己の命がなくなろうとも。

「あのな、親父が。」

「もう良いんだ。」

竜樹の言葉をさえぎると、もう最後かもしれない三人を見渡した。

「悪い。もう、あえなくなる。じゃあな。」

「ちょ、ちょっと待てよ。説明してくれ。」

踵を返した雅の肩を掴んだ光を雅は振り払った。

「わかったんだ。こんな中途半端な状態じゃ俺は何もできないって。だから、さよならだ。」

そういって雅は駆け出した。そして、駆けながら携帯電話を取り出す。ある程度走って、私鉄の高架橋トンネルの中間辺りに背を任せる。こちらを伺う者があればすぐにでも分かる。先ほどの紙の通りにダイヤルした。

『さっそくか?』

「分かったんです。何の犠牲もなしにやろうとするのが甘いって。」

電話の向こうで高崎のため息が聞こえる。

『先輩、田中雅です。どうします?』

『ん?火に油注いじまったか?』

『完全に。』

高崎はHKを先輩と呼んでるようだった。遠くに聞こえる二人の会話を雅は根気強く待つ。

『ヒジリ、頼めるか?』

『ええ。先輩に従います。』

最初はセイ、次にヒジリ。高崎聖と言うのか。雅は焦燥の中にも五感と頭を研ぎ澄ましていた。

『分かった。しばらくそいつに張り付いていてくれ。俺はそいつの親族をどうにかする。』

『はい。』

雅は心臓が踊った。完全に失念していた。雅には母だけでは無いのだった。

『今どこにいる?』

高崎の声に雅は位置を告げる。

『すぐに向かう。話はそれからだ。』

そういって電話は切れた。雅はもう、後戻りできない事を実感し、携帯電話をコンクリートの地面に叩きつける。破片を散ばらせた携帯電話を雅は思い切り踏みつけた。


 「高崎ヒジリさんですか?セイさんですか?」

雅の質問に高崎は持ってきた缶コーヒーを雅に渡しつつ眉を微動させる。

「別にどちらでもいい。先輩は先輩で使い分けているだけだ。」

「あ、すみません。」

雅はもらった缶コーヒーに口をつけた。まだ高架橋トンネルから移動する気配を見せない高崎を雅はちらりと見る。その横顔はやはり男のものとは思えないくらい綺麗だった。

「目星はついているのか?」

高崎の問いに雅はとっさに反応できなかった。

「お前の父親の殺害命令を出した奴だ。」

「あ、いえ。それが、何も。父は仕事の事を全く話さなかったので。隠し持っていた日記にも松丸とNMのことしか。」

「そうか。」

正面のコンクリートの湾曲を見据える高崎の横顔は何かの思案をしているように見えたが、何を考えているかはわからず、雅はコーヒーを煽った。

「で、どうする気だ?」

雅は正面を見据えたままの高崎に視線を移した。

「これからだ。覚悟ができているのはいいが、どう行動するかにも寄るだろう。」

「あ、えっと。」

全く考えていなかった。痛いところを突かれた。

「とりあえず、この資料を見直します。」

日記や資料をもっと冷静に見直せば何か出てくるかもしれない。という短絡的な考えに高崎は不満に思うだろうかと、横顔を見つめるが、大して表情を変えずに雅を見た。

「分かった。先輩が用意した隠れ家がある。そこに行くぞ。」

そういうと高崎は雅に背を向け、歩き始めた。その背中に刺繍された竜が見開いた両目で雅を威嚇しているように見える。雅は威嚇されつつその背中についていった。そして、あの高架橋トンネルより三十分。湾岸に並ぶ倉庫の列の一つの外階段を上り、手馴れた様子でその中に入った。中は事務所然としている。予定表が当然のように書かれていて普段どおり物流倉庫としての役目を果たして土曜になったと言った印象だった。

「平日の昼間は地下の部屋を使用するんだ。サーバ機から何から揃ってる。夜はここから出入りできる。外出は夜行う。昼は地下から出られない。普通に営業している倉庫だからな。」

そういうとパイプ椅子に腰を落した高崎が雅を見上げる。雅はワンテンポ遅れて父の資料を取り出した。全てに一通目を通しているはずだ。広げた資料を無造作に取ると高崎はその鋭い視線を紙に突き刺していた。雅もこの数日で何度読み返したか分からない日記を広げる。H・Kとの出会いから死ぬ間際まで。H・Kとの情報交換の様子が書かれているだけだ。もしかしたら、父を殺した犯人は一人では無く、複数。しかもこの国を牛耳る人たちだとしたら。否。雅は首を振った。そうだとしても、雅はもうやるしかないと日記の空白の頁を見た。書かれる筈だった頁が白くした奴らを雅は絶対に許さない。その時、書かれているはずの無かった頁に文字が書かれてあった。

『あれが、翼。恐ろしい。私は負けるのか。』

その一行の後、雅は自分の見落としを悔いた。

『翼を利用するのは不可能だ。いつか吉松は殺されるだろう。私が死した後であろうと。』

「吉松。」

呟いた雅に高崎が顔を上げた。

「翼、それに吉松。見落としてました。」

「翼?まさか。」

高崎が両目を鋭くさせると携帯電話を取り出した。

「すみません。まずいことになりました。もしかしたら、田中均の実行犯は翼かもしれません。」

H・Kだろう。高崎の声はいっそう低く響いた。

「はい。あと、名前が出てきました。吉松。」

高崎のその両目が父の日記を突き刺した。

「はい。分かりました。ええ。大丈夫です。俺は、先輩を信じてます。」

言葉の後半になるにつれて優しくなる高崎の声と表情に雅は少し見とれてしまった。本当に綺麗だったから。電話が終わると高崎はばつが悪そうに咳払いをすると口を開いた。

「翼に関しては今のところはおいておいてくれ。吉松の方を当たろう。」

「え?どうしてですか?」

「守られているって言う事を忘れるな。吉松を探すんだ。たぶん官僚か政治家辺りだろう。」

押し切られた雅は引っかかるものを感じながらもパソコンのあるといっていた地下への入り口をたずねた。

「こっちだ。」

立ち上がった高崎は慣れた様子で倉庫方向への扉を開けると、そのさびた鉄階段を下りていった。雅は再びその背中に続く。倉庫の突当たり、積み上げられたダンボールの外面の印刷を見る限り、食品の倉庫であることが分かる。インスタントラーメンやレトルト食品の銘柄がところ狭しと並べられている。そのにさら隅に進むと高崎は置いてあったダンボールをどかした。その地面には正方形の入り口が刻印されたように存在している。手馴れた様子でそれをあけると雅を先に誘導する。高さ二メートルほどのはしごを降りきると中は暗闇だった。上空から降り注ぐ光の中で高崎がダンボールを動かしているであろう音が聞こえる。そして、それを終えると外見どおりの身軽さで高崎ははしごを飛び降りた。完全な闇がしばらく支配すると、俄かに光が全てを覆った。その明暗に付いていけなかった両目が慣れてくると、コンクリートの壁の中に簡素な長机が正方形の部屋の三辺に張り付いて、計六台のモニターと、その足元にその倍はあるであろうパソコンが並んでいた。数台は稼動中のようで唸り音が鳴っている。正

面の天井近い壁にある換気扇が常時動いているのだろう部屋の中は少し暑いくらいだ。

「全部ネットが繋がるらしい。俺はそこら辺は良く分からないから、適当にやってくれ。」

そういうと高崎は机についになるようにあるパイプ椅子の一つに腰をかけた。雅は既に稼動中のパソコンに目をやると、その上の机に乗っているモニターの電源をつける。椅子に腰をかけてマウスを動かすと、雅の知っているOSの画面が顔を現した。デスクトップのブラウザを起動させる。やってやる。雅は心の中で叫ぶと、キーボードへと手をかけるのだった。

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