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  作者: 堺 由兎
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どうやら日記のようで一ページ上下段に五行ずつになって分かれている。

『十二月二十四日H・Kを見つける』

一ページ目の内容が雅が欲しがっていた情報であることを物語っていた。

『十二月二十五日H・Kよりメール。指示通り手書きで内容を保存後、削除』

『十二月二十六日H・Kへ指示通りの手順で情報を渡す。』

日記にはこのようにその日にH・Kに関して何をしたかが簡潔に書かれていただけだった。そして、茶封筒の中にその受け渡し情報が入っていたのだった。H・Kからの情報の受け取りはメールだった。いつも違うメールアドレスでやってきたようだ。プリント時の情報残りを恐れてもらったデジタル情報は絶対にプリンタで印刷するな、受信メールはその日のうちに削除しろ。そちらの情報は夜中に郵便受けに入れておけば受け取る。等、細かく書かれた情報交換方法、規約。それから、今まで交換したであろう情報。NM株式会社と厚生労働省の癒着の証拠。接待の領収書のコピー、NM株式会社の認可許可一覧表。これだけの証拠があって何故父は告発しなかったのだろう。雅は再び日記をめくってみる。

『五月三十日H・Kより告発はまだ後にするように念を押される。許可したタイミングで行え、と。』

『六月三日NM株式会社の営業員が松丸株式会社の名前を口にする。松丸の意向に沿わないとNMが動けないことを聞き出し、H・Kへ流す。』

『六月四日松丸には手を出すなとH・Kよりの達し。独自に調べると松丸は米。松丸からは手を引く。しかし、このままではNMは松丸の威光を頼りに告発が出来ない。H・Kのタイミングとはこれか?』

雅はすぐさまインターネットで松丸株式会社を検索した。引っかかったのはいわゆる軍需産業最大手の松丸株式会社だ。雅にしてみれば松丸もNMと同じで防衛省を宿木とする寄生虫だった。何か、違うのだろうか。さらに松丸の情報を探しては見るが何も得るものは無かった。落胆のため息を吐いて再び茶封筒の資料に戻った。先ほど領収書などを見たときにちらりと見た写真の資料を取り出した。てっきり証拠の隠し撮り写真かと思っていたが見てみると雑誌の数ページだ。再びため息を吐こうとした時、その内容を見てため息が引っ込んでいった。

『松丸株式会社と防衛庁』

このタイトルで雅はその切り抜きを読み始める。そこには松丸株式会社と防衛庁だった頃の防衛省の癒着と持たれ合いが書かれていた。そして、記事の最後の方になると松丸の背後の巨大組織の存在を匂わせている。そして、記事の最後に

『K・K』

と書かれていた。誰がこの記事を書いたか一発では分からなくしていた。だが、雅にはすぐに分かる。全てこのパソコン一台で済む話だった。まずこの記事の出版社を検索。そして、当時の社員の中からK・Kに当てはまる人物を探し出せばいい。そうすると、この記事は結構有名だったようで、記事自体の逸話が多数ヒットした。この記事を書いたのは古虎浩介ことらこうすけ。書かれた十八年前当時、敏腕記者として名を馳せていたらしい。この当時の正義のジャーナリストととして三人が伝説となっている。古虎浩介、堀部政也ほりべまさや御堂竜也みどうたつや。その名前を見て、雅は目を止めた。御堂竜也。それは竜樹の父親の名前だった。古虎浩介、堀部政也は既にこの世を去っている。そして、御堂竜也も当たり障りの無いコラム雑誌の編集長としてジャーナリストとしては死んでい

た。H・Kへ繋がる最も近い道はK・Kたる古虎浩介をまずは調べることが先決だ。そう思った雅は全ての資料を通学かばんに入れ、パソコンと電気を切ってベッドに潜り込んだ。訝しがられるかもしれない。だが、竜樹の父親、竜也と接触して何かしらの情報を得なければ。雅は冴え渡る目を閉じた。

 

 祖父母に会いに行くという母の誘いを断った金曜日、母は夕方の新幹線で愛媛へと旅立って行った。一週間は愛媛で祖父母のみかん畑でも手伝って来たら良いよ、と言った雅に母は一週間分の荷物を持って出て行った。雅は土曜日の昼前に御堂家の入り口の前に立った。都内の平均的な狭い一軒家を見るたびに雅は自分が恵まれた家庭に生まれた事を実感するのだった。雅の家の庭は十坪くらいはある。今目の前にある家の庭は多く見積もっても三坪だった。インターホンに手をかけると年老いた女性の声が応対してきた。そして、玄関から深緑のTシャツとジーパンの竜樹が顔を出す。

「悪い。無理言って。」

「いいや、いいけど。親父の記事に興味あるって珍しいな。」

訝しげな竜樹に雅は愛想笑いで誤魔化した。

「やっほー。」

玄関に立つとリビングらしい部屋の入り口から光が顔を覗かせる。雅は面食らった。

「お前が俺の親父に会いたいって言ってるところ目撃したらしいぞ。」

憮然とリビングへ向かう竜樹の傍から宅耶の顔も覗く。まずい。唯でさえ竜樹をどうしようと思っていたのに。通されたリビングは十二、三畳位で銀縁のめがねをかけた竜樹の父、竜也が笑顔で迎えてくれた。奥にのびるダイニングキッチンとあわせると二十畳ぐらいだろう。ダイニングテーブルでお茶を飲む老夫婦に挨拶をして、竜也の向かいに座った。

「はじめまして。田中雅です。」

「はじめまして。御堂竜也です。記事の話をしたいって?」

「あ、えっと。はい。」

優しいその笑顔は竜樹が年をとった顔そのもので、聞いている実年齢より十歳ぐらい若く見える。眼鏡越しのその両目は優しくも探るように見えるのは雅が後ろ暗い思いを持っているからだろうか。

「はは、ごめんね。つい癖で。」

見透かされていた。雅はどきりとした。

「人を疑り深く見るなかなか抜けない癖で。」

「政治記者時代のですか?」

思い切って聞いてみると竜也は苦笑で答えてくれた。

「そうだよ。調べたんだね。」

雅は口を硬く閉ざした。どう切り込もう。傍では竜樹たちの両目が光っているように見えた。

「いいんだよ?」

めがねをはずした竜也は雅を見据えてきた。

「何を聞きたいんだい?記事のことは名目なんだろ?」

はっきりといわれて雅は持っていたかばんからK・Kの記事を突き出す。

「古虎浩介さんについて教えてください。」

そういうと竜也はその口元から笑顔を消して雅を見据えた。

「理由を、聞かせてくれないかい?」

「言わなければいけませんか?」

そう突っぱねると竜樹が割って入ろうとすする。それを手で制した竜也はため息を吐いて口を開いた。

「失ってはじめて気が付くんだよ。自分の好奇心や正義感が大切な人を失わせる。何があるかは知らないが古虎についてかぎまわるのは絶対にしてはいけない。」

「H・K。知りませんか?」

雅はありきたりな説教で引くことなんてもうできなかった。言ってしまって宅耶や光がいることを失念していたことに後悔したが、半ばやけっぱちだった。

「松丸株式会社は。」

「田中君。」

竜也の強い口調で制された雅は一旦口を閉ざす。

「君はお父さんの事を。」

「知ってるんですか?」

「やめるんだ。」

竜也の声は怒りを含んでいた。まるで父が雅を諌めているかのごとく。

「駄目だ。もう、諦めるんだ。」

首を横に振られて雅は率直に反発を覚えた。以前、父に抱いていたように。

「たいして情報も持っていないくせに偉そうに言うな。」

出てしまった怒声に雅は出した資料を取り、そのまま竜樹の家を飛び出してしまった。もういい。こうなったら堀部政也から切り込む。

地下鉄の駅前で息を弾ませながら切符売り場の前にたった。その時、雅の肩が強く引かれ、回れ右をさせられる。それはあの紫のスカジャンの男だった。

「こい。」

ぶっきらぼうに言うと男は雅を睨みつけている。雅は逃げ出そうにも男との距離が一歩半ほどしかないことに気が付き、さらに、肩を掴まれたままだった。雅は引かれる様に男に付いて行くことしかできない。周りの怪訝そうな目を見ながら、誰も助けない事を確信していた。この国は何時だってそうだ。誰かが苦しんでいても誰も助けない。危うきには近寄らずだ。連れて行かれたのは小さい汚れた公園だった。誰も手入れをしていないのだろう、植物が覆いかぶさるように公園を薄暗くしている。その所為か、痴漢注意の看板が五つもたってあった。公衆トイレの存在感が大きい公園には遊具も無く、隅っこに申し訳なさげにベンチが二つ鎮座している。それ以外は何も無い。その公園のど真ん中に背中を向

けて仁王立ちする男が独り。スカジャンの男よりもさらに高い背丈がこちらを振り向くとそこにはサングラスをかけた顔がにやりと笑った。

「サンキュ、セイ。」

「いえ。」

にやけ顔をスカジャンの男、セイに向けた後、そのままで雅を見た。

「警告無視するのは結構。だがな、俺に頼るな。」

その言葉に雅の頭で何かがはじけたような衝撃が走った。

「H、K?」

「K・Kを探るな。松丸に近づくな。それができないようなら俺も妨害させてもらう。」

「俺も?」

雅の声にHKは鼻先で笑った。

「っは、情報妨害されてたことすら知らなかったのかよ。お前の家のネット環境は遮断されまくりなんだよ。さらに、今日だって尾行のオンパレード。俺が尾行を撒いてやらなきゃお前は御堂竜也の家にいけなかったんだぜ?」

雅は絶句した。この男の話が本当ならば雅は転がされていたと言うわけだ。父を殺した犯人の手の上で。

「いいか。お前が死ぬのは結構。どうでもいいさ。自業自得なんだからな。だがな、母親を巻き込むなよ。じゃあな。」

そういってHKは踵を返していった。雅はその言葉に呆然となった。竜也に言われた内容と大して変わりないのに何故か痛い部分を抉られたような気がしたからだった。

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