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  作者: 堺 由兎
2/8

 放課後。

昔ながらの頭の固い教師連中の授業もちらちらと花畑が見え隠れする東先生の現代文の授業も無事終わった。



雅は素直に帰らずに地下鉄を途中下車し、いつも通う駅前のネットカフェに立ち寄る。

復讐するにしても雅には先立つものが何も無かった。

銃の知識があるわけでもなく、ましてや竜樹のように体術を心得ているわけでもない。

そう考えながらもやはり父を殺した犯人探しに考えが行ってしまう。

今日もハッキングの知識を収集して家路についてしまった。

もっと計画的にしないと、と思いながらも自分にそこまでの能力がないと感じている。

どうしたらいいんだろう。

誰か、仲間か協力者を探さないと駄目なのか。

そう落胆して駅へと向かった。


「雅。」


振り向くと雅の肩に手を置いた制服姿の宅耶と竜樹、そして光がいた。


「なんだよ。用事ってネットカフェかよ。」


先ほど遊びの誘いを断ったことを抗議する光に雅は苦笑で誤魔化してみる。

まさか見られるとは思わなかった。


「さては家のネットはフィルタリングがかかってて見たいものも見えないって言うのか?」


光のいやらしい顔つきにも雅は苦笑で答えた。

さすがにそれを不審に思ったのだろう三人は互いの表情を見返していた。


「宅耶、さっき言ってた断られたお友達?」


「そうだよ。田中雅。」


宅耶にそっくりなかわいらしい表情の小柄な女性が宅耶の隣に立った。

その表情同様かわいらしいピンクのワンピースが印象的なこの人がうわさの、と雅は頭を下げる。


「はじめまして、宮原依美子みやはらえみこです。雅って名前だから女の子だと思ってたけど、男の子だったんだね。」


「姉貴、それ本人に言うべきことじゃねぇと思うぞ。」


「え?」


目を丸くした依美子に悪気が無いのはよく分かっていた。

雅自身、名前で女に間違われるのはいつものことなのであまり気にしていない。


「だから家の馬鹿姉貴は能天気なんだよ。」


「こら、宅耶、お姉ちゃんのこと馬鹿とかいっちゃ駄目でしょ。」


「自分でお姉ちゃんなんて言ってちゃ世話ないよ。ったく、そんなんだから阿佐桐さんに相手にされないんだ。」


阿佐桐という名前を聞くと依美子の白い顔が見る見るピンク色になっていった。


「あ、阿佐桐君は関係ないよ。」


「へぇ、だからいつまでも友達にすらなれないんだよ。」


宅耶の辛辣な言葉に依美子は泣き出す寸前の表情だ。


「雅、どうする?依美子さんの友達とかいるけどこのカラオケで遊ばないか?」


目の前にあるカラオケ店を指差し、光が雅を誘った。

だが、と雅は母のさびしそうな表情を思い出すのだった。


「悪い。母さんが心配なんだ。ここも学校で自習してるってごまかしてるから上限二時間までなんだ。」


「ああ、そっか。そうだよな。」


「だいぶ立ち直ってきてはいるけど、まだ心配なんだ。」


長時間の孤独が負の思考を発生させるようになるかもしれない。

そうなれば。


「悪いな。」


「いや、俺らも悪かったよ。ここのことは黙っとくよ。」


意外に気が利くのが光の良いところでリーダーの資質のようなものを雅は感じてしまう。

そうして、光たちに苦笑を送りながら雅は手を振って四人と別れ、電車に乗った。



それから電車に揺られること十分で自宅最寄の駅に到着する。

そこからは歩いて五分ほどで自宅だった。

定期をかばんの中に収めながら歩いていると肩が誰かの体に軽く触れる。

そちらの方を見ると紫色のスカジャンに身を包んだ色白の男が雅を見下ろしていた。

百八十センチ近くはあるだろうその男は口を固く結び、鋭い両目を雅に向けている。

容姿端麗ではあるが服装がやくざのようで雅は身構えた。

だが、ここで子と構えても仕方がない。


「す、すみません。」


雅が頭を下げると男は何も言わず雅から離れていった。

緊張と不安をため息と一緒に静かに吐き出すと雅は家路に戻ることにする。

今回は関係がなかったが、まったく体が動かなかった。

というよりも、余裕がなかったと言った方がいい。

いざ、父を殺した者たちと対峙した時、雅は動けないということを露呈してしまったのだった。

やっぱり駄目だな。

落胆に胸が締め付けられ、不甲斐ない自分へ心の中で毒づいてた。



そうしているとあっという間に家の前にたどり着いく。

家の明かりを確認、そして、防犯のためにしていた鍵を開けようとブレザーの左ポケットに手を入れた。

そこにはいつも通り家の鍵、そしてそれと一緒に覚えのない紙切れが入っているのに気がついた。

雅はとりあえず、母の確認が先だと紙をポケットに戻し、鍵を開る。


「ただいま。」


家の中に入って口を開くとゆっくりと、だが、少し強く心臓が鳴った。

雅は鍵を掛けながら母の返答を待つ。


「おかえり。ごはんできてるわよ。」


「うん。すぐ着替えるよ。」


母の優しい笑顔がリビングから出てくると同時に夕食のにおいが雅に伝わってくる。

安堵のため息を飲み込むと雅は二階の自室に入った。

かばんを机のそばに置きつつ、左ポケットから件の紙を取り出す。

丁寧に四つ折りにされた紙を開いた。


『メールを送った。』


この一文がワープロ文字で書かれているだけだった。

この犯人はあの駅でぶつかった男だと思う。

雅はかばんの中の携帯電話を確認した。

だが、それらしきメールは入っていない。

パソコンの方か。

気にはなったが、長々と母を待たせるわけには行かなかった。

紙を細かく破り捨ててベッドに母が用意してくれていた私服に着替えると一階へ降りる。

この一ヶ月でさらに小さくなった母の背中が二人には広すぎるダイニングで雅を出迎える。

少しやつれたな、と口には出さないが向かい合うたびに思うのだった。



食事を済ませると母が就寝するまで入浴以外は一緒にいなければ心配だ。

雅は母の就寝を確認すると自室のパソコンに向かった。

確かにフリーメールに見慣れないメールアドレスからの新着メールがある。

ウィルスを疑ったがこのパソコンが壊れても父のパソコンがまだある、とメールを開いた。

メールはウィルスではなく、ただのメールだった。


『警告。これ以上はもうやめておけ。』


それ一文だった。

雅にはこの送り主が誰であるか検討が付きだす。

H・K。

この名前が頭を掠めたとき、雅はメールの返信をしていた。


『H・K?』


とだけ入力したメールだ。

すぐに受信メールが届く。

雅のメールが送信エラーとなったというフリーメールからだった。

アドレスがもうない。

H・Kがいったい何者かは知らないが、もしかしたらパソコン知識を持つ者、しかもものすごい技術を持っているのかもしれない、と雅は帰ってきたエラーメールを睨みつけた。

あのスカジャンの男がH・Kならば雅のことを、そして、何をしようとしているかを知っているということだった。

雅の目的にとって一番良いのはH・Kと接触するということだ。

だが、H・Kがどこの誰で父がどういう風に出会ったのかすら知らなかった。



手詰まり感からくる息苦しさを深いため息で払おうとするがうまくいかない。

父は元々アナログ人間だった。

そんな父が珍しくパソコンに熱心だったのでてっきりパソコン内にすべてが入っていると思っていた。

だが、パソコンの中身は当たり障りのない日記ばかり。

インターネットブラウザの履歴やダウンロードされたファイルは全て消されていた。

ハードディスクの復元でもしてみるか。

そう思った時、思い出した。

遺品整理の際に見た父の書斎のデスク、二番目の引き出しには手書きの雑記帳がある。

当たり障りのない内容のハードカバーの雑記帳、ただそれだけだった。

几帳面だった父の引き出しらしく、気にも留めなかったが今になって考えたら少し違和感がある。

雑記帳のみにそんなスペースを割いて机の上に仕事で使うであろう資料や書類が綺麗に置かれていたのだった。



雅は父の書斎に入る。

隣の部屋では母が眠っていた。

母を起こさないように問題の引き出しを引く。

雑記帳のみが置かれたその引き出しを凝視した雅は違和感にとらわれた。

引き出しを抱えて机の上に置くと、その違和感の正体がわかる。

引き出しの底が外側から見て浅すぎだという正体だった。

雑記帳をどかして底板を爪で引いてみる。

引きはがされた底板の先には雑記帳と同種類のハードカバーの本が一冊とその下に分厚い大判の茶封筒が入っていた。

雅はその二つを取り出す底板と雑記帳を元の位置に戻すと、引き出しを机にはめなおした。

少しこもった、だが、軽快な動きで元の位置に戻ってくれた引き出しを一瞥して雅は自室に戻る。

はやる気持ちを押し込みながらまずはハードカバーの本を開いた。


文章の変更などをしました。

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