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  作者: 堺 由兎
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 田中雅たなかみやびはただ、ただ、悔しかった。

父の墓の前で何時間立ち尽くしているだろうか分からない。

父の故郷、愛媛。

そのある寂れた農村だった。

みかん畑が段々になって雅の父とその先祖たちが眠るこの霊園の眼下に広がり、さらにその向こう側には冬独特の灰色を含んだ空の色が水平線で混じっている海が広がっている。

まるで、自分の心の色のようだ。


そう思って雅は舌打ちした。

そんなロマンチシズムを思ったところで父は帰ってこないし、己の悲しみに陶酔しているだけで、そんな自分に吐き気がする。

雅は力いっぱい手を握り締め、そして、手の平にくっきりとついた爪の痕に目を落とした。

この痛みを忘れない、と強く念じた。

陳腐かもしれない。

だが、それでも良かった。

この国に殺された父のためにも雅は今までの自分を捨てなければいけない、否、捨ててやるさ。

雅は心の中で毒づいた。

今までの馬鹿な自分なんか。


 父、ひとしが死んでちょうど一ヶ月が経った。

母はもう朝に目を腫らすことなく雅を学校へ送り出している。

以前のようにまではいかないが笑顔も次第に戻ってきているように雅には思えた。

雅は紺色のブレザーを羽織ると、通学かばんを持っていつものように自室を出る。


父が亡くなる前に買ってくれた最新のパソコンの電源を確認した。

母に知られてはならない、あのパソコンで父の死の真相を嗅ぎまわっているなんて。


だが、父がこの国に殺されたのは間違いなかった。

厚生労働省キャリア官僚だった父。

そのちちがが死ぬ間際の数カ月前から父パソコンで誰かとメールでやり取りしていたことを雅は知っていた。

以前はパソコンを父と共有していたのだ。

その時に、父が消し忘れた厚生労働省の経理簿のような文書ファイルとして添付されていたメールを読んでしまった。

不正経理の証拠だ、とメールの本文はそれだけ。

宛名はH・Kと書いてあった。

雅はその時はたいして興味がなかったので素知らぬふりをしてメールを閉じた。

その後、父はそのメールを見たかとしつこく聞いてきてうざったかったのを覚えている。

あまりにしつこく聞くので雅がうんざりしていることに気がついた父は最新型のパソコンを買い与えてくれたと言うわけだ。

父の死後、父のパソコンをいじってみたが何も出てこなかった。

不自然なくらい整理されている。

雅は父が自分の死期を感じ取っていたのでは無いかと思うくらい綺麗だった。

父のパソコンから情報が引き出せないのであれば自分の手で引き出すしか無い。



父は人一倍責任感が強く、厳格で、だが、優しかった、そう記憶している。

そんな父に反発していた雅は最後までそのままだった。

優秀な父がたまに鼻についたから反発していしまっていた。

死ぬ三日前から言葉すら交わしていなかった雅は父の死の直後は悔いる以外の感情がわかなかった。



そして、自分の感情が落ち着いてすぐにメールのことを思い出す。

さらに、父が巻き込まれた交通事故は父が自殺したものだとすべての責任を父に押し付けた警察の発表された検証結果って後悔は怒り、憎しみに変わった。

必ず、父を殺した奴らを燻り出してやる。



玄関を出る時、見送ってくれる母のさびしそうな笑顔がいつも雅を不安にさせた。

いつでも逝っていいよね、そう雅に問いかけるようだから。

雅は玄関を出るとこの重い不安と共に息を吐き、今から行く学校に備えた。

学校ではこんなことを表に出してはいけない。

いつもどおりに友人としゃべり、勉強をしなければならなかった。

雅の復讐のことなんて気取られるわけには行かないのだ。

首都をくもの巣のように張り巡らされた地下鉄を二度乗り換え、片道二十分の道のりでたどり着いた小中高一貫の私立聖マルコ学園の校門をくぐるともう雅はただの学生だった。


「おはよ、雅。」


友人の一人宮原宅耶みやはらたくやが背後から雅の肩をたたく。


「おはよ、宅耶。」


宅耶の女のようなかわいらしい顔が雅の隣に並んだ。


「おはよ。」


宅耶の隣に並んだもう一人の友人、御堂竜樹みどうりゅうきが不機嫌そうに頭をかいて現れる。


「おはよ、竜樹。」


空手をしている竜樹は宅耶から頭一つ飛び出している。


「な、数学の宿題できた?あれ難しくない?」


宅耶がその整った顔をしかめた。

確かに、昨日出された数学の問題は難しい。

だが、雅はそんなことに時間を掛けたくなかったのでインターネットで検索し、似たような問題の解を写し取った。

後の時間はもちろん復讐のためのものだ。


「出来なかったのか?」


雅は苦笑交じりに聞いてみる。

大体答えは予想済みだったが。


「いつもどおり、姉貴に教えてもらったんだけど、あの姉貴、頭の八十パーセントは花畑だからかなり時間かかったんだよ。雅は?できた?」


宅耶の姉依美子は誰もが認める天然ボケの女性でシスターコンプレックスを持つ宅耶の悩みの種でもあった。

姉のことが大好きなくせにわざといじめたり、馬鹿にするような言動をするのは宅耶の性格がややサディスティックだからだろう。


「とりあえず。竜樹は?」


「俺も一応やったけど。」


端正な顔を少し歪めて竜樹はぶっきらぼうに答えた。

別に雅のことが嫌いと言うわけではなく、彼はあまり喜や楽の感情を出さない性格だからだ。

竜樹が敵意むき出しで話すときはこんなものではない。


「おっは。原君、登、場。」


俄かに三人の前に現れた小麦色の肌を持つ健康的な少年は原光はらひかるだった。

光も三人の友人でこの四人でよくつるんでいるのだ。


「なあ、宿題見せてくれよ。」


朝から元気の良い光は人懐っこい笑顔と両手を三人の前に差し出した。


「自分でやれ。」


と眉間にしわを寄せて差し出した両手をはたいたのは竜樹だ。


「どの宿題?まさか全部とは言わないよね?」


口の端をいやらしそうに釣り上げていやみ口調になったのは宅耶だった。


「うぅ。俺の味方は雅だけだ。雅、全部見せて。」


わざとらしい泣き声と共に光は雅にすがりつく。


「や、やめろよ。」


自然と苦笑がでる。

宅耶も竜樹もいつの間にか苦笑混じりにそれを見ていた。

そう、これが雅の日常なのだ。


「こら、堂々と宿題の話をしてるんじゃない。さっさと教室に入りなさい。」


俄かに三人の背中に掛けられた声は担任の東公子あずまきみこのものだった。


「やっべ、天然教師だ。」


光の驚嘆の声に小柄なかわいらしい若い女教師は両眉を吊り上げた。


「こら、誰が天然なの?天然じゃないよ。」


「そ、そうっすよね、いやぁ、すみません。でも、今日はいい天気ですねぇ。」


「そうだね。日向は案外ぽかぽかだよね。」


光の口車に乗せられた公子は幸せそうな笑顔を作る。

雅にはその周りに花がふわふわ飛んでいてもおかしく無いように思えた。


「じゃ、俺らは教室に直行しましょう。」


雅達三人の背後に回った光は背中を押して、まだ幸せそうな笑顔の公子から逃げ出すことに成功したのだった。




「東先生って花畑率八十三パーセントだよね。」


教室に入っての宅耶のうんざりしたような第一声だ。


「お前の姉ちゃんとかわんねぇな。」


愉快そうに光が笑った。


「三パーセント違うよ。」


「どういう差だ。」


依美子をよく知っている竜樹の突込みに宅耶は腕組みをした。


「五十歩百歩だろ。」


「それ言われると悲しくなる。」


竜樹に鋭く言われて宅耶は首を垂れて落胆する。


「本当にいいよな。お前らは兄弟がいて。」


光が落胆する宅耶の肩に手を置いた。


「俺と雅は一人っ子だぜ。」


確かに雅は一人っ子だったが、実は兄がいた。

この世に生を受けた瞬間に死を迎えることとなったから表向きは雅は一人っ子だった。

詳しくは父も母も話してくれ無かったが、そういう兄弟がいたという事実があり、この雅という名前もその子につけるはずの名前だったと言うことは聞いている。


「いいもんか。天然ボケ姉貴の世話役なんてつかれるだけだよ。すぐ泣くし。」


宅耶のため息混じりのぼやきだが、どこかうれしそうなのは宅耶らしい。


「宅耶の姉貴と一緒にするな。」


完全に不機嫌になった竜樹がぼそりと呟いた。

そういえば竜樹に姉がいるらしいことは聞いていたが六年前から行方不明と言うことで深くは聞いたことは無い。


「そういや、竜樹の姉貴ってどんなの?ってきいていい?」


「聞かないほうがいいんじゃない?」


光の少し気を使った質問に宅耶が意味ありげに呟くので雅の人間の好奇心が刺激されるのだった。


「なんだよ。どんな人?」


着席している竜樹に興味津々に両目を輝かせて光は迫った。


「美人?ってわかんねぇか。」


「美人に決まってる。」


えらくはっきりした口調で竜樹があっけにとられた光を見据える。


「俺の姉貴は美人でしっかりしていて、料理は天才的、優しくて申し分ない姉貴だ。」


一気に言い終えた竜樹は満足そうに椅子の背もたれに体を預けた。

光は口をパクパクさせてまるで金魚のようだ。

宅耶は呆れたように竜樹を見ていた。

つまり、竜樹もシスコンと言うわけで、こっちは恐ろしく狂信的な。

光が何度目かの口の開閉が済むと同時に始業のベルが鳴った。

いつもクールな竜樹の意外な一面が見れたことを雅はとてもうれしく思って席に着く。

今日も無難に普段の生活を出来ればよい。

雅はそう思った。


ずいぶん昔に描いた作品です。

自分も読み返す意味で投稿しました。


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