深遠の闇に愛されし夜の魔女 ステラ視点
何百、何千年たっても、人は変わらない。
相変わらず、人々は闇に畏怖し、拒絶している。
少しずつ浄化していっても、人々の魂に刻まれた闇の女神の悲しみの影響は簡単には拭えないようだ。
姿を変え、住む場所を変え、長い年月を生きてきた。再び『彼女』に出会えると信じて・・・。
そう、信じているのだ・・・。
ただ、あまりにも長い孤独に、神経がおかしくなってしまったのだろうか?
もう出会えない。どこかで諦めてしまいそうになる我がいるのも事実だ。
希望はある。
紅の戦士が生まれ変わってきたのを感じた。
『彼』の血を吸った『我』は、彼の気配を細かに感じ取れるようになってしまったようだ。
あの戦列かつ、眩いほどの紅の『彼』が生まれ変わったなら『彼女』も生まれ変わるかもしれない。
しばらく、『彼』の近くにある森に定住することにした。
幸い、近くに猟師小屋もある。今までの暮らしを振り返れば、雨風を凌げる環境はかなりいいほうだ。
間を置かず、金の盾と銀の盾の気配を感じるようになった。
彼らも無事生まれ変わったようだ。
だが、いまだ『彼』と『彼女』の気配は感じられない。
もう生まれたくないのか?
全てに絶望しているのだろうか?
この森に定住してから何度か人間に姿を見られたが、ほとんどの人間は我の姿を見ただけで恐れおののいて逃げていった。
なかには、銀の魔獣の物珍しさから、我を捕獲しようとする物好きな人間もいたが、我の威嚇に同じように逃げていった。
あれから何年、いや何十年たっただろうか?
久しく忘れていた人間の気配に気付いた。人間の女だ。
小屋の中に入ってきたようだ。
歩き回っているのだろう、古く痛んだ床板がギシギシと悲鳴を上げている。
やれやれと体を起こし、追い払う為に人間の女の前に躍り出た。
「女!ここは我の住みかだ!立ち去れ!」
狭い小屋に、我の声が響きわたる。
突然の声に驚いた人間の女は、あわててこちらを振り向いた。
そこにいたのは一匹の銀の魔獣。
そこにいたのは闇を纏った1人の少女。
この世でたった一つの色彩を纏う少女。
見間違うなど絶対にありえない。
何よりも美しい、闇を纏う我の愛しい『あなた』。
何故、こんなに近くにいるのに気付かなかったのか・・・。
だが、見つけてしまった。誰よりも愛しい『あなた』。
我の威嚇に、恐怖で固まってしまったのだろうか?
我は、言葉も無くそのまま少女を見つめていた。
「なんて綺麗な銀色・・・」
突然、聞こえてきた声に体が震えた。
生まれ変わっても、あなたは、『あなた』だった。
魂は変わらない。今も昔も。
『美しい銀ね。あなた、私と一緒に来ない?きっと楽しいわよ?』
今も残る、愛しい『あなた』の残響。
「おまえ、我が恐ろしくないのか?ここによく来ていた人間共は我の姿を見るなり大慌てで立ち去ったぞ?」
「銀色とても綺麗。瞳も銀色なのね!とても美しいと思うよ?なぜ恐ろしいの?」
・・・・・・・、我の愛しい『あなた』。もう少し危機管理能力もってください。
本物の危険な魔獣だったらどうするのですか?
我の銀の瞳をじっと見つめ、首を傾げながら疑問を口にしている少女をじっと見つめた。
「我は魔獣だ。人を喰らうかもと思わないのか?」
「食べるなら声などかけて警告なんてしないでしょ?はじめまして、私は夜の魔女を運命にもち、闇色を纏いし者ヨル・セラス・セラヴィーンと言います。あなたのお名前は?」
我は零れんばかりに目を見開いた。
(あなたは・・・)我は少女の、ヨルの美しい闇色の瞳を見つめた。
今は失われた『あなた』が瞳の奥にいた。
あぁ、長かった。でももう一度出会えた。
また、一から始められる喜びに体が歓喜に震える。
「アノ?ダイジョウブデスカ?」
我の行動を訝しげに伺いながら、ヨルが尋ねてきた。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
これからは、あなたと共に生きられる。もう1人ではない。
興奮で感情が高ぶり、こらえきれなくなった。
「クッッッッ!!!・・・あっははははははは!!死ぬ!笑死にしそう!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・(怒)」
予想外な我の大爆笑に、ヨルは少しお怒りのようだ。
漸く笑いが治まったので、我はヨルに近づき、目線を合わせるように顔を下げた。
「闇と夜を統べる魔女、ヨル・セラス・セラヴィーン。あなたと契約を交わしたいと思うのだけどいかが?」
ヨルは、何を言っているのかよくわからないといった顔で固まった。
それはそうだ。我は、ヨルに魂の契約を持ちかけたのだ。
死ぬまで共に。それが我の願い。
喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、これからは共に・・・。
戸惑っているヨルの答えを、じっと待つ。
「と、突然何?契約?まさか私と?」
「もちろんあなたと。私、あなたがとても気に入ったの。共に生きてみたいと思うくらいにね。」
「そんな、出会ったばかりだし、それに、私は・・・闇色で、不吉なのに?」
ヨルが不吉という言葉を出すと、毛が逆立つほどの怒りを感じた。
「不吉っ!!?その美しい、夜を写した瞳を!髪を!不吉だと言うの!?」
「育ててくれたお母さん以外の人はみんな不吉だって言うし、近づいてこないよ?それに、契約は一度したら死ぬまで縛られる。簡単な気持ちでしてはいけないと教わったわ。」
そうか・・・まだ、『あなた』の悲しみはこんなにも世界に影響を残しているのか。
だからか!世界に『あなた』が『いる』から、ヨルが生まれてきた気配を感じれなかったのか。
世界には・・・、いや世界そのものが『あなた達』だったのだから。
ならば、『光』も同じように生まれてきているのかもしれない。
いや、確実に生まれてきているはずだ。『光』は『あなた』が誰より大切なのだから。
我は大きなため息を吐いた。
「人間は、あなたの美しさに気付かないのね。大丈夫、私があなたと生きてみたいと思ったことは簡単な気持ちではないわ。出会ったばかりとか関係ない、ここで出会えて、確かに今あなたと私の間に絆が生まれた、それで充分よ。それに、一緒にいればきっと楽しいわよ?」
昔、『あなた』に言われた言葉を、今度はあなたに問う。
我はヨルに向かってウィンクをして見せた。これも、『あなた』に教わった事。
意を決したのか、ヨルが真っ直ぐに我の瞳を見つめた。
「・・・私の、家族になってくれるの?」
「ええ、もちろん。さあ、契約をしましょう!『我が名はステラ!』」
我の、『あなた』が付けてくれた大切な名。
もう一度、今度はヨルに呼んでもらいたい。
ヨルが契約の呪文を言霊に乗せる。
呪文が大気に溶け、世界に広がる。
「我は夜の魔女を運命にもち、闇色を纏いし者ヨル・セラス・セラヴィーン。契約に基づき、銀の魔獣ステラに我が色を、夜の魔女ヨルにステラの『色』を与えることを運命の女神に請う」
ヨルと我の足元にそれぞれ闇色の魔方陣が出現し、ゆったりと回転している。
契約の証ともいえる印を、どこに刻むかヨルが聞いてきた。
「ステラ、どこに刻む?私の色を。」
我は最初から決めたいた。迷うことなくヨルに告げる。
「瞳に。あなたの、夜を写した美しい瞳を私にも写して欲しいわ」
「・・・じゃあ私は、ステラの色を手の爪に写すね」
「ありがとう、ステラ。我とステラに色を刻まん!」
闇の魔方陣は、我とヨルの頭上にも現れ、上と下でクルクルと回りつづける。
やがて下の魔方陣と上の魔方陣が近づき、我とヨルをそれぞれ包むように球体になったかと思えば一気に霧散した。
「はい、終り。ステラ目を開けて?」
契約が終了して開いた我の瞳は、ヨルの『夜』が写されている。
誰よりも美しい『あなた』の色。美しい夜の瞳。
ヨルの爪には、我の銀が写されていた。
「改めて、ステラ?私の家族になってくれてありがとう。これからよろしく」
「こちらこそ、ヨル。私の大切な片割れ。これからよろしくね」