4.ミシェル
早朝、ホテルとその近くの空き地で爆発が発生した。
そのことで町は騒然となっていて、その事件はスリィの耳にも何度も入っていた。
サニーとナーレスが帰ってこない、ということは恐らく二人はこの事件に何らかの形で首をつっこんでいるとスリィは思っていた。
過去の経験上、大きい事件には何かと首を突っ込みたがるのがナーレスである。
ステアに留守番を頼み、スリィは爆発事故の起きた現場に足を運んだ。
ホテル周辺には人だかりでできていて、中の様子をうかがうのは難しかった。
スリィは人だかりの中にサニーとナーレスがいないかどうか探したが、ついに見つけることはできなかった。
「ったく、自分勝手な二人だわ。」
スリィはため息をつきながら、今度は空き地の方に向かった。
こちらはホテルとは対照的に野次馬はいなかった。
「KEEP OUT」のテープは張られていたものの、周りには人も少なく、スリィは空き地に入り、様子をゆっくり見ることが出来た。
空き地には機械の残骸が落ちていた。
恐らく、人の身体の一部の形をしたものが落ちていてスリィは一瞬ぎょっとしたが、よくよく見るとそれも機械であることに気づいた。
まるでロボットが自爆したよう、とスリィは思った。
「お嬢さん、それに触らないでください。一応、手がかりの一つとして回収しなければならないからね。」
ふとスリィの背後から声が聞こえた。
振り返ると白衣を着た男性が、手の形をした機械の破片をひらひらと振りながら立っていた。
「医者?」
「残念。科学者です。」
科学者だという男性は持っていたビニール袋にその手を入れ、スリィの近くに落ちていた指を拾った。
「なかなかよくできてますよね、最近の人工生命体は。思わずぞっとしますよ。」
「やっぱり人工生命体なのね?最近の通り魔事件と同じ奴?」
「わかりませんね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。聞きたくても本人は爆発してしまったみたいですしね。記憶データを検証しましたが破損が何もわかりませんでしたよ。」
科学者はがっかり、というようにため息をついた。
「聞きたいことがあるんだけど、事件については極秘なの?」
「いいえ全然。この騒ぎでそれどころじゃないんで、僕の知っていることであれば教えて差し上げましょう。僕もそろそろ破片集めに飽きてきたところなんで女性と話ができればこれ以上の暇つぶしはありません。」
「……変人?」
「よく言われますが、違います。科学者です。」
どう違うのよ、スリィは心の中で突っ込みつつ、あえて口には出さなかった。
彼から情報を聞き出せれば、ナーレスとサニーについて何か手がかりがあるかもしれない。
「あの爆発事故はやっぱりこの破片の人工生命体が犯人?」
「でしょうね。通信機器の付いたスイッチが発見されています。」
「……ここって、その真犯人が自爆したところなんでしょ?何で、そんな重要な場所をあなた一人での対応なの?」
「まだ爆発物が残っているかもしれないから、怖〜い☆とかいう腰抜けばかりでしてね。とりあえず、変人扱いの僕で対応しているわけです。安全が確認されればここも野次馬だらけになるでしょうね。」
「そんな危険なところに一般人がいて、注意しないの?」
「もうすでに安全は確認しているけど、警察がきたらうざいので、もうしばらく言わないつもりです。」
「……。」
科学者はもくもくは破片を拾い集めながら、天気の話でもするかのようにスリィに話した。
「そうそう、名前を言ってませんでしたね。僕はミシェル。一応、検察官もどきをやってる科学者です。」
「あたしはスリィ。見ての通りメイドさんです。」
「で?本当に聞きたいことはご主人の居場所ですか?」
「!」
スリィは驚いたようにミシェルを見た。
彼は特に表情を変えることなく、機械の破片を眺めながら言った。
「実はここの現場に来たとき少年が一人倒れていましてね、町の中の病院に搬送されて行きましたよ。ごく普通の少年でメイドさんのいるようなボンボンには見えませんでしたけどね。」
「一人…だけ?」
「僕たちがここに来たときは一人だけでしたよ。」
「そうなの……。」
少年、と聞けばとりあえずサニーだろうか?
でも、だとしたらナーレスはどこに行ったのだろうか?
いや、そもそも二人とも一緒にいるとは限らないんだから、サニー一人でも不思議ではない。
「その病院でどこにあるの?」
「あそこに見える縦長の建物がそうです。」
スリィはミシェルの指差す方向に振り向いた。
確かにそれらしい建物がある。
「とりあえず、行ってみるわ。どうもありがとうミシェル。破片拾い、がんばってね。」
「どういたしましてスリィ。しばらくの間は調査でここにいたりいなかったりだから、暇つぶしにでも来てください。」
ミシェルはにこやかに手を振り、走りさるスリィを見送った。
そして、自分の手に持っていた破片に視線を落とした。
「やれやれ、こんなに木っ端微塵になってしまって、どうするつもりだいランスロットくん。」
ミシェルそう独り言をつぶやいて、破片拾いを再会した。
スリィはミシェルに教えてもらった病院に着いた。
受付で話をすると、すぐに運ばれた少年のいる部屋に案内された。
少年は……ブルームだった。
怪我の具合は大したことないようで、腕や頭に軽く包帯が巻かれているだけだった。
彼はベッドに座り、腕を組んで何かを考えごとをしているようだった。
「何を考えてるの?」
「よぉ、スリィ。久しぶり。ナーレス知らない?」
「こっちが聞きたいわよ。」
スリィはブルームのベッドに座った。
「何があったの?」
スリィの問にブルームはホテルで見たすべてを話した。
ナーレスが町でオスカーという男を通り魔の人工生命体から助けたこと。
オスカーのホテルにその人工生命体が来て、ホテルを爆破し、自らも自爆したこと。
爆発の後、気が付いたらすでに病院だったこと。
そして彼の中にいるはずのサニーがいないこと……。
「じゃあ、今のブルームは…」
「久しぶりのただの人間。」
「そっか。気分はどう?」
「何かすっきりしないな。もやもやしてる。」
「なぜ?」
「わからない。」
ブルームはふてくされたように再び考え事を始めた。
スリィは彼の考え事が終わるまで黙って待とうとしたが、あっと何かを思い出して口を開いた。
「そのオスカーって人はどうなったの?生きてるの?」
「そういえば……。」
ブルームは立ち上がる。
「ちょっと怪我大丈夫なの?」
「大丈夫。動けるならとっとと退院しろって言われてるから行くぞ。」
「行くってどこに?」
「オスカーの生死を確認する。」
ブルームは早歩きで病院の廊下を歩いていく。
スリィが慌ててあとに続いた。
病院の休憩室で乱暴に臨時の新聞を取ると、机の上に広げた。
ホテルの爆発事故の見出しが一面に広がっていた。
そして、その中に「ホテルのオーナー行方不明」の文字を見つけた。
「これじゃあわからないね。」
「だな。やっぱり、ナーレスたちを探そう。」
「うん。」
二人は病院を後にした。