幕間 あの子
次のお話からの布石となる短いストーリー…というより、やりとりです。
説明不足、かもしれませんが、よろしくお願いします!
周りの音が完全にシャットダウンされた部屋の中。
会長の仕事机の上に3㎝の厚さになった書類を置きながら、京子が聞いた。
「良かったんですか」
「ん、何が?」
たった今持ってこられた書類に軽く目を通しつつ、パソコンのキーをたたく。
「あの子、です。」
「新菜ちゃんかな?」
わかっているくせに。
一見、温厚で人畜無害な人間に見えるがとんでもない。
京子は知っている。
この男、アラベル・フォン・サクタ全霊会会長が時に冷酷であり、また残虐でもあることを。
「あの子、死にますよ?」
言った瞬間会長が嬉しそうな顔をした。
にやり、と。
笑みが深まる。
「あの子には見込みがあるからね。
それに密くん。あの子が一緒にいれば平気だと思うよ?
Sからランク上げしてはないけど、本当は“騎士団”にだって入れる実力なんだよ。」
「騎士団……。
S+の中でも選りすぐりのメンバー、今は5人しかいませんね。」
そう、と言って会長は椅子に体を預けた。
「密くんは実力はピカ一なんだけど、ちょっと正義感が強すぎて+をあげるにはリスクが高いんだよねぇ。」
「確かにそうですね。」
「協会に牙を剥かれたら厄介だし。」
京子の強い視線を感じて会長は視線をあげる。
「ん?」
「鈴堂新菜は何者なのですか。」
新菜のランクはC。
標準より、やや下という具合だ。
しかし、その守護霊である蒼柳のランクはS+。
守護霊制では霊魂自身が、自分が守るべき“主”を選ぶ。
だからランクの差異はあまり出ないはずなのだ。
自分が認めた存在であり、また自分の霊力と“主”の霊力がうまく噛み合う。
それが守護の関係を成立するための必要最低条件なのだから。
鈴堂新菜という存在は、守護霊制上の矛盾なのだ。
「僕が考えているのは2つあるんだ。
1つは彼女が『無転生』なんじゃないのか、ということ。
不安定な『無転生』なら霊力が一時的に上がることもあるからね。」
無転生、とは死んでも生まれ変わらない魂を持つ者のことだ。
無転生はいわゆる、魂の構造の不具合だから、魂自体の形が安定せずに、霊力も日によって増減する。
「……でも、無転生であればもっと力の変動が大きいのでは?
鈴堂新菜はCランク位で安定しております。」
よく気づいたね、と会長は手をたたく。
京子は表情ひとつ変えずに無言で続きを促した。
会長は苦笑して続ける。
「もうひとつ、考えられるのは故意的な力の抑制だね。」
会長は眼鏡を押し上げると、帥に目配せをした。
「(鈴堂新菜を要観察に指定しているのは知っておるか?)」
その視線を怪訝そうに見た京子とその霊魂、無花果を諭すように帥が口を開く。
二人は静かに頷いた。
「(要観察、とは本来性格に問題がある者や裏切り行為が疑われる者につける。
)」
もちろん、新菜はそのどちらでもない。
「新菜ちゃんは何者かによって霊力を封じ込められてしまった可能性がある。」
何者か。
浮かび上がるのは、何故か協会の活動を阻止しようとする2つの集団だった。
「巫女集団……」
「まだそうとは決まってないけどね。
もしそうだとしても、黒い奴か白い奴かわからない。」
「だから鈴堂新菜が危険な目にあえば敵が見える、と。」
京子の質問に、会長は答えなかった。
ただニコニコ笑っているだけで、感情はつかめない。
「君は優秀だ。
密くんとは違ってね。」
ぞくり。
背筋に悪寒が走る。
この人はやはり、冷たい。
それでも京子は無理矢理にも笑みをつくるのだ。
「おまかせ下さい。」
「新菜ちゃんの要監察レベルを2段階上げる。」
「要監察レベル3、ですか?」
監察レベル3は「対象者に何があっても監察だけを続ける」。
これで任務中の新菜がもし危険な目にあっても、協会は助けないということになった。
やりすぎでは。
京子は会長を敬愛しているが、今回はいつも以上だと思う。
「鈴堂…」
彼女は何者なのだろうか。
肩口で髪を揺らしながら軽やかに協会を出ていく人物を見つめながら、京子はぐっと拳を握りしめた。
幕間 終
読んでくださり、ありがとうございました!
お気づきの点があれば、指摘してくださると嬉しいです。
2話目も頑張りますので、よろしくお願いします!