上総さん的セカイ考察~雨音村忌憚・弐~
この村の出身でありながら、この村のことを何一つ知らなかった。
でもあんな複雑な、それこそ常識を根底から覆されるような話だなんて思わなかったし。
……やっぱり、非現実的だ。でも、事実なんだ、と。
改めて認識してしまった。
「上総さんって、村について詳しかったりするんですか?」
「……私が……? 主から何か、お聞きになったのですか」
「え、あー……まあ、そうなんですけど」
大きくて伝統的な日本家屋。
その客間で俺が話し掛けた相手は、この家に昔から住み込みで水無月家の世話係をしているという上総という人だった。
綺麗というよりはもう神の彫刻に等しい美麗な顔に、変化の無い淡々とした表情を常に貼り付け抑揚の無い声で話す人である。ちなみに性別は不明。本人が何とも言わないので俺もわからない。
水無月家はかの有名な……と言ってもいいのかどうなのか、しかしこの村では確かに有名な“雨音神社”を管理する宮司が住んでいる家だ。
当主は水無月暦。どう見ても十代半ばかギリギリ後半にしか見えない顔立ちと背格好をした人。
けれどどうやら成人はとうに迎えているらしく、高校生かと一度尋ねた時は大爆笑された。……普通は怒るんじゃないだろうか。
兎に角その水無月家の暦という人は変わった人で、更に言えばこの家自体相当変、なのだ。
何しろ俺が此処を偶然訪れ偶然ばったり彼に出会うまで、この神社は人の姿を見せたことがなかった。
普段は当たり前、新年のお守りや破魔矢を売る時ですらセルフサービス状態。人っ子一人居ないわけだ。
今のご時勢に「お金払ったらどうぞご自由に」なんて神社が何処に在るだろう。全国探したってきっと此処だけだ。断言出来る。
どうして水無月家の彼らが極端に表へ出るのを嫌うのか、詳しい理由を聞いたわけではないから何とも言えない。けれどこの神社と村の関係はかなり昔から“こう”だったらしい。
俺が祖母から聞いた話だから、まず間違いないだろう。
……だから、というか。
本当に偶然が偶然に重なって幸か不幸か、水無月家の彼らを目撃してしまった俺は、当主の計らいで水無月暦の初の客人として持て成されていて、家への出入りも基本的に自由だったりする。
これはまだ誰にも話していないけれど、俺の密かな自慢だ。
「雨音村のこと……ですか……。以前、東雲さんは変わっている、と仰っていましたね」
「俺、大学が村の外というか県外だからかもしれないですけど、常識から結構外れてません? 此処って。暮らしてると気になりませんけど」
……そして。
変といえばもう一つ、神社を昔から深く信仰している雨音村も、雨季が長くひたすら雨が降りやすいという変わった村だったりする。
この雨が降る降らないに関しては一寸信じられない出来事があったりするのだが、あえてそれは振らないでおこう。
水無月暦――俺は暦さんと呼ばせてもらっているから今後もこうしよう――こと暦さんは、村のことや雨の理由について俺が尋ねると少し困ったように笑って、「上総が一番詳しく話してくれるかも」と言っていた。
宮司であり当主でもある暦さんがそう言うのだから、上総さんに聞いた方がいいのだろう。
そんな単純な理由から、俺は自ら話さない暦さんを特にどうしてと問うわけでもなく、目の前の上総さんに話を振ったのである。
上総さんはやはり抑揚の無い声と変わらない表情のまま、「そうですね……」と頷いた。
「東雲さんには、起源からお話した方が宜しいかもしれませんね」
「……話してくれるんですか?」
「貴方には知って頂いた方が良いと判断しました。主の唯一のお客人である貴方には、知る権利がございます」
何とも堅苦しい言い方だが、これが上総さんという人で、更に俺が聞きたい話はかなり時代を遡らなければならないらしい。
長くなりますが、と予め釘を刺されたが、聞いてしまった手前というのと、好奇心が勝って、俺は素直に頷いた。
すると上総さんは「畏まりました」なんて言いながら失礼します、と恭しく一礼して俺の向かいに正座した。今更だがこの部屋は和室で、床の間や違い棚なんかがある本格的な和室だったりする。
ちなみに、この家、洋室なんて一切無いのであしからず。
「東雲さんは、神、と言うものがどういう存在であるかご存知ですか?」
上総さんの話は、そんな突拍子も無いところから始まった。
神。思想によって様々な違いがあるだろうけれど、神といえば絶対的な存在とか、救いをくれる存在とか、万物を決めている存在、なんてありきたりな考えが頭を過ぎる。
「俺は……まあ、多分一般的な論かもしれませんけど、それこそご神体として奉られている存在だったり、まあ、俗的に言えば神頼み、な神様を想像しますけど」
「そうですね。現代の人間から見るとそのように取られてもなんら不思議は無いでしょう。神、という定義は非常に曖昧です。誰も教えるわけでもない、存在を見るわけでも無い。だから象徴的に具現化された神を奉り頼みの綱とするのは当然の行為と言えます」
いつの間に用意されたのか、どうぞ、と差し出された湯飲みには綺麗な色の緑茶が程よく注がれていた。俺は頭を下げて受け取ると、じんわりと温かい湯飲みを両手で包む。
「……かつて日本が倭国、と呼ばれていた時代、倭の国の女王として君臨していた卑弥呼。彼女は人智を超える力を以って人々を率いたとされ、ある種神格化されています。天照大神は卑弥呼ではないか、という説もそこから来ている通りですね。安倍晴明、彼もまた貴方がたの間では有名な人物ですが、陰陽道という特殊な力を持っていたとされる彼も、その実態は謎に包まれていますが確かに認知され、神格化されています。
他に、付喪神、というのもありますね。日本は古来から万物八百万には魂が宿るという思想があります。付喪神はまさに典型でしょう。彼らもまた、神格化されたものです」
「は、あ……」
「神……とは。要するに、それなのですよ」
「……はあ?」
唐突に言われた言葉に、俺は思わず首を傾げてしまった。今の話のどこをどうしたら“それ”になるのだろう。
少し急でしたか、とやはり淡々と語る上総さんはけれどどこかひどく丁寧に丁寧に、俺にわかりやすいように説明をしてくれた。
「要するに神とは、何らかの魂や思念、また、日本には馴染みが無いでしょうが……精霊、そして此方は分かるかもしれませんが、アヤカシ……それらが何らかの力を得、神格化したものを指しています。実際に神々の中には人から忌み嫌われる、人とは違う姿をしたものが神とされる事例もあるように、神格化されるものは人であったり物だけであったりとは限りません。何をもがその可能性を秘めているとお考え下さい。また、神、という呼び方もそうである必要はありません。神格化されているかどうか、です。
神格化されたり、神と呼ばれるようになったそれらは、個から全へと存在を移行してゆきます。即ち様々な“生きている人間”の想であったり考であったり、様々に左右されやすくなるのです。そうして多面性を帯びてゆく。だからこそ、個々が感じる神の姿には誤差が生じるわけですね」
……なんだろう、大学の講義を聴いているような気分になってきた。
講義名はさしずめ「上総さん的セカイ考察」かな……なんてぼんやりと考えている俺を知る由もなく、上総さんは言葉を続けた。
「しかし中には神格化されても個を失わない神が出ることがあります。彼らは己が“人々に認知されてはならない存在”だということを自覚しており、人間が暮らす俗世には一切干渉してはならないと決められているのですが、時々それを破る神も居ます。良く知られている怪奇事件などは殆ど、彼らが関わっていることが多いのです。彼らに属するものが引き起こしていることが大体ですが」
「……要するに……神様は確かに居るけど、それは俺たちが漠然と考えているようなものとは一寸違う……んですか」
「違うといえば違うともいえますし、そうだといえばそうだとも言えます。多面性を帯びるのが彼らの存在意義でもありますから」
上総さんはこれまたいつの間に用意してくれたんだろうか、お茶請けである苺大福を俺に手渡しながら言う。
……ホントに完璧だなぁ、この人。
「……なんだか複雑ですね」
「ええ。しかし日本は特殊だと思いませんか? 自国の神々が信仰されている他に様々な他国の神々や宗教が広がっている。自国の神々も、他国の神々ほど力が強いわけではありません。まあ、思想的な問題なのでしょうが……海外の神々が日本に入り広がり、知識として認知されていることは多いですね」
「まあ……外国に比べると結構、思想とかバラバラですよね。イベントとなれば何でも取り入れるし……仏教とキリスト教のイベントが混在してる国なんて珍しいだろうし……」
「良いところ取りの思想とも捉えられるでしょう。悪いこととも言い切れませんが……しかしそもそもこうなったのには原因があります。この国の霊的な意味での“空洞化”です」
正直言って。
こういった思想が伴う話は、俺は苦手な部類に入る。世界の成り立ちや世界をどう考えるかなんて人それぞれだし、神様なんてその際たるものだろう。人それぞれに思いがあって不思議ではないわけだから。
だというのに、俺は上総さんの話に聞き入ってしまっている。
不思議だ、と思うけれど、どうしてだろう。全部が引き込まれるように耳に入ってくるんだ。
「空洞、化……?」
「はい。この国は様々なものが入りやすい。その理由が空洞化、つまり土地を守護する力そのものが弱いと考えられるのです。かつては強い力で守られていたのでしょうが、何らかの形で緩んでしまった。人々の信仰心の問題もあるのかもしれませんね――そう考えるのが妥当でしょう。
だからこそ、様々な“神格化の可能性を持つモノ”が入り込み、根付いたのです。思想に、人に……土地に」
一息つくように上総さんは自身の湯飲みを傾けて、お茶を口にした。俺もなんとなく倣ってお茶を口にする。仄かな甘みが広がって、喉を潤した。
上総さんはお茶の淹れ方がとても上手いらしい。俺なんかが淹れると渋みばかりが勝ってとても苦く感じるというのに、このお茶は甘みが広がるのだから。
「美味しいですね、お茶」
「有難う御座います。今度淹れ方を書いてお渡ししましょうか?」
……なんで俺が淹れるの下手だって分かってるんだろう。
「……お願いします。ええと……すみません、話の腰折っちゃって。続き、聞かせてください」
本当になんというかぽっきりと綺麗な音を立てて折ってしまった話の腰を戻してもらうべく言うと、上総さんは「お気になさらないで下さい」という声と共に湯飲みを置いた。
「此処で重要となってくるのは“土地に根付いた神”です。思想の中や人々の口伝で伝わる神よりも、土地に根付いた神は媒介があり尚且つ土地という変化しないものに根付いている為、人々の“記憶から薄れにくい”性質を持ちます。
神社というものは土地と神を結びつける役目を担った最たるものです。神社がある限り、人はそこに“神が奉られている”のだと無意識にも感じる。記憶から薄れることはないのです。此処まではお分かりになりますか?」
「ええと……なんとなく」
「日本はこの狭い土地で統一されることなくそれぞれが国であるとし、覇権を巡って争っていた歴史があります。この歴史が深く関わっている、としたらどうでしょうか」
「もしかして……それぞれの土地に、それぞれ“カミサマ”が入り込んじゃった……ってこと、ですか」
「その通りです。良くご理解なさっていらっしゃる」
なんとなく、初めてこの人が笑ったような雰囲気を感じた気がする。雰囲気ってだけだから実際に笑ってくれたわけじゃないし、表情は微塵も動いていない。
けれどこう感じたんだから多分何時もよりは感情が動いているのかもしれない。
俺はそんなことを思いながら上総さんの話を待った。もちろん、「ありがとうございます」とお礼もちゃんとそえて。
「土地に根付いた神と土地自体は濃密な力関係を築きます。一種の箱庭と考えると分かり易いかもしれません。土地を一つの箱庭とすると、箱庭には須らく神格化した何らかが存在し、大地の気の流れを司っています。この均衡が崩れると、自然災害など目に見える形で異常が溢れるのです」
「力の均衡の崩れ方が大きければ大きいほど、他の“箱庭”や“神格化したモノ”にも影響を与える……?」
「そうです。個でありながら全であり、全でありながら個でもある。神格化したモノはその時点で多面性を帯びた全となりますが、影響力は時に個となる場合も、制御出来ないほどの歪みが生じれば全となる場合もあるのです」
つまるところ、地震とかそういうのは個が大きすぎる力によって他の個に影響を与えてしまって、結果的に全になって広い範囲の土地に影響を及ぼす……と。こんな感じだろうか。
俺はそこまで頭がいいわけでもないし理解力があるわけでもないから上手く言えないが、大体こんな感じだと思う。
「長い前置きになりましたが、此処からが本題です。雨音村は何故、このような天候が多く、且つ閉鎖的なのか――」
「……カミサマに影響を受けてる……っていうことですか?」
「この土地の今の神は……いえ、今の、というのもおかしいですね。既に絶対神となっていますから。
――この土地の神は、錦乃です。加えて言うならば、彼女は生き神と呼ばれる存在になります」
そう告げられた瞬間、俺はぽかんと上総さんを見つめてしまった。今この人、なんて言った?
錦乃……って、言った気がする。俺の聞き間違いじゃなければ……いや、間違いない。
でも、錦乃……さんって。暦さんがそう呼んでいたのは、確か……確か。
「……あの……鯉、が……?」
「ええ。彼女がこの土地――雨音村という“箱庭”における“絶対神”であり、秩序そのものです」
……なんてこった。
そう口にしたかったけれど、きっと俺は音にすら出来ていなかったと思う。
今の話の流れと、そして俺が聴いた暦さんの言葉を加えた総合的な判断をすればなるほど確かに、『錦乃さん』は神様なんだ。
だって言っていたじゃないか、暦さんは。
初めて会ったあの場所で、池に……正確には、金色に輝く鱗を持つあの鯉に向かって。
『――錦乃さんが機嫌を直してくれないと、この雨ずっと降ってしまうんですから』
本当に……なんて、ことだろう。
「本来、神格化されたモノは象徴化されど本来の姿形は人の目には映りません。しかし、錦乃はご存知のようにあのような姿ですから、東雲さんにも見ることが出来る。そして、実際に“生きて”いる。だからこそ、生き神たりえるのです」
「じ、……じゃあ、錦乃……さん、は、ずっとこの村を?」
「この土地で神格化されて数百年……まあ、かなりの時は経つでしょう。彼女が生き神であるのには訳があるのですが――これは、主が直接貴方に話すべきことかと、私は思います」
水無月の家系にも関わることですので、と。
上総さんは纏めて、俺に視線を向けながら「大丈夫ですか?」と問い掛けてくる。
話が分かりましたか、という意味の大丈夫なのか、錦乃さんとこの村の関係を知ったことについての大丈夫なのか、どちらかは分かりかねたけれど、俺は頷いておいた。
本当は頭がごちゃごちゃしているし、理解もきっと半分以上は出来ていない。それでも頷くしか出来ない。
なんだかとんでもない事実を知ってしまった。事が大きすぎて整理が出来ない。
いっぱいいっぱいなのに妙に冷めてて空っぽな感覚だ。
「……非常識、って……言えば、それまでですよね。でも事実で……村人だっていうのに、俺は錦乃さんのこと知りもしなかった」
「かつては常識であったものが、時代と共に変化し非ずとなる。ですから、そう思っても不思議ではありません。そして錦乃を知らなかった事実を恥じることもありません」
言われてしまえば、確かにそうなんだと思う。何せ話は神々の起源のようなものまで遡らなければ分からなかったし、俺が知る由も無いような知識も多くあった。
どうしてそんなことを上総さんみたいな――見た目で決めるのはどうかと思うけれど……暦さんの件もあるし――若い人が、知っているのかも不思議だ。
でも。事実は、事実なんだと。上総さんの顔を見れば分かる、この人は嘘を話していない。大体嘘を話したところで何のメリットもないだろう? 特に錦乃さんのことなんて、神様なら神社が守るべき存在だ、嘘なら俺に話す必要なんてない。
錦乃さんについては暦さんに聞けなんて言葉も、出る筈がない。
「しかし、今、貴方は確かにこの村に触れた。今後どうされるかは東雲さん次第ですが、事実に触れたことによって認識が変わった今の貴方は、今までの何も知らなかった貴方ではありません。知らなければ、知れば良いこと。知っている者に無知を明かし、あるがままの己を見せた貴方に、私は好意的な印象を持ちましたが?」
「そ、そんなんじゃないですよ、俺。ただ暦さんに気になったから聞いただけだったし……評価して貰えるようなこと、してません」
「それでも、です。ご自身が住まう土地に興味を持つこと、それを知り得そうな者を的確に見定め尋ねること。十分評価されるべきかと存じます」
上総さんの物言いは相変わらずだし、俺も混乱したままだったけれど。
やっぱりどこか柔らかい雰囲気のままそう言ってくれた上総さんに素直にありがとうございますと言えたのはきっと、間違いじゃないと思う。
それにしてもトンデモな事実を知ってしまった。この村の神様があの『錦乃さん』だったなんて。
……上総さん、錦乃さんのこと『彼女』って言っていたような。そうか、雌……じゃなくて、女の人なんだ、あの鯉……。
じゃあ、『錦乃さん』と言葉を交わしていたように見えた暦さんもまた、やっぱり特別な人なんだろうか。
まさかあの人も『生き神』なんてことは――あれ、でも初めて会った時、確か言ってたよな。僕の代では、とかなんとか。
だとすると暦さんは代替わりしているってことだし、この神社の人間は、神ではなく人なんだろうか。
疑問に思って上総さんに迷惑ついでに尋ねてみると、整った眉が少し顰められた。
あれ、不味いことだったんだろうか。
「主の件に関しては、主本人にお尋ね下さい。私が独断で話して良いことではありませんので……申し訳ございません」
頭を下げられてしまった。
「うわ、ぜ、全然構いませんよ! 上総さんは何も悪く無いですから謝らないで下さいっ。俺、きちんと聞いてみます、暦さんに。駄目だったら駄目だったで無理に聞き出したりしませんから」
安心してください、と、良く分からない言葉を連ねてみると上総さんは頭を上げてくれた。
そして――今度こそ。
「主は……良い方に出会えたようですね」
これでもかというほど綺麗に、本当に少しだけど、良く見てないと分からないくらいだけど。
確かに、微笑ってくれていた。
とりあえず雨音村が……というよりも土地と神の関係がどういうもので、影響力は絶大だということと。
村の神様があの『錦乃さん』という鯉であることを知ることが出来た。
変だ変だとは思っていたけれど、此処まで常識では理解出来ないような内容ばかり出てくるとは思わなくて、俺としてはめげてみたい気持ちが八割方。
でも、もっと詳しく知りたいと思ってしまったのは、多分、
『上総が一番詳しく話してくれるかも』
……と、教えてくれた暦さんの困ったような笑いが、今になってみれば――少し、寂しそうに見えたから。
話してくれるかどうかも分からない……結構重要な秘密なんだろうし。
けど、俺たちは出会ってしまったわけで。色々と、見てしまったわけで。聞いてしまったわけで。
今更都合良く「訳分からないし変なんでさようなら」なんて出来る筈も、ないんだ。
決意をかたく秘めたところで、俺は徐に湯飲みに手を伸ばし、中身を啜る。どうしてかな、何時の間にか注がれていたお茶は仄かに甘く、程よく温かく。
「……おいしいですね、ほんと」
「今度、は無粋ですね。今、淹れ方をお教え致しましょう」
何とも和やかなムードを上総さんと二人、作ってしまっていた。
本日の講義、これにて終了。