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出会った時の印象(東雲秋人の場合)

オリジナルサイトからお引っ越しさせたものです。

数年前からプロット段階で止まっていたもの。和物で不思議テイストな噺が書きたかった模様。

タイトルはまだ仮タイトルの状態。正式なタイトルがつくのはいつのことやら。

本来はきちんと纏まった話の長篇だった筈が、気が付いたら短篇連載と言う形に。

時系列は話の通り、とは限らないです。過去話が来て、現在話が来て、また過去話が来て、などあります。

完全創作なので地名とか村名とか全部フィクションです。おかしなところがあってもご愛嬌でお願いします(!)。

登場人物は主にふたり+α。文章形式は短篇連載なのでその時々により違ったりします。



 あの人の第一印象を語れと言われたら、まず間違いなく俺はこう答える。

 ――変すぎるくらい、変な人。





 雨音村あまねむらと呼ばれるこの村はその名の通り、一年を通して雨季が長い。

 梅雨前線とか秋雨前線とか、雨季と言えばそういった前線の活動が活発になって時期的に多く雨が降るのが一般的だが、この村は違う。本当に年中雨が降っていてもおかしくはないのだ。

 生まれ育った村人たちは当然の如く常識だと思っているようだが、俺からすれば非常識この上ない。

 一年の約半分が雨季って異常だろう、どう考えても。

 念の為言うが、俺はこの村で生まれてこの村で育っている、れっきとした村人だ。

 だというのに文句を言うなんて筋違いなんだろうが、やっぱりおかしい。

 小中高と村の中で育った俺が外に興味を示して、親が微妙に渋りを見せていたことをさらりと無視して村、はっきり言うとすでに県が違う大学を受験し外を知ったのはあながち間違いではなかったとしみじみ思うわけだ。

 ちなみにその大学には約二時間半、毎朝四半時に起きて通っている。……なんでそんな早いかというと単純に電車が無いからだ。乗り換え時間も含めて、四時半に起きる。

 最初は部屋でも借りて一人暮らし……と考えていたのに、母親がそれだけはと言ってきたものだから諦めた。

 過保護だと思われるかもしれないが、ある意味これが村では常識だったりする。やっぱり変だなぁと思うのだが、仕方ない。

 ……早く一限の講義なんて無くなってしまえば良いと思う。切実に。


 えらく話がずれてしまったが本題に戻すと、この村は変だ。本当におかしい。

 中でも特に目立って変なのが、この村の外れの筈なのに村人からは中心だと信じられている“とある神社”だ。

 その名も『雨音神社』。村の名前がそのままついた神社は、ずいぶんと古くから存在しているらしい。

 神社では一般的な鎮守の杜に囲まれ佇む其処は確かに、俗世とは違う雰囲気を醸し出している。

 俺はあまり神社に近寄る方ではなかったけれど、初詣や受験祈願だけはしっかりと行っていた。

 都合の良い時だけ神頼みするのは俺だけではなかったと思いたい。

 俺の祖母が若い頃にはそれなりに皆信仰心があり栄えていたらしいが、此処最近では村の人間も一部を除いて俺みたいな若者が増えた所為か、神社は中心ではありながらもひっそりと佇む、という形がしっくり来るようになっていた。

 まあ、それでも他所よりはずっと神社を奉っている方だとは思う。


 普段は誰も居ず、静まり返った神社。

 年末年始は忙しそうにしているだろうと思えば、実はそうでもない。

 そう、この神社がおかしいのはまずそこだ。本当に人が居ないのだ。

 例え年末だろうと。年始だろうと。

 神社と言えば年始はお守りとか破魔矢とか、そういったものを初詣に来る参拝客に売るのが普通だ。でも、それがない。

 賽銭箱と、ぺんと置かれたお守りや破魔矢。持っていってくださいといわんばかりに置いてあるだけなのだ。

 世間一般、物取りや万引きという物騒な事件が相次いでいるこの時代に、セルフサービスな精神旺盛の神社が何処に在ろう。いやまあ、此処に在るのだが。

 昔からそうだったらしく、村人は律儀に……まあ、当たり前なのだろうけれどお守り代と破魔矢代、そしてお賽銭を入れてそれらを家に持ち帰るのだ。

 常識から外れている、と普通は思うだろう。けれど、村ではこれが当たり前。

 神社もこれが当たり前。


 そうなった起源はどうやらこの村に独自に伝わる信仰があるらしく、そういえば昔に祖母から聞かされた記憶があるけれどすっかり忘れてしまった。

 単純に変だなぁと感じていたからこそ、俺は神社にはあまり近寄らなかった。

 ――近寄らなかったのだが、あることを目撃してしまったが最後、俺はこの神社との関わりを断ち切るどころか、深めてしまうことになったのだけれど。




***




 その日、傘をうっかり忘れてしまった俺は、雨音村の雨の制裁を余すところなく受けていた。

 前の日が雨で、今日の朝は晴れていた。折り畳み傘は乾かす為に庭先に干されたまま、俺は四時半に起きていつも通り五時過ぎの電車に間に合うよう家を出たのだが、それが間違いだった。

 講義を受けて、もうすっかり日も暮れた時刻。がたんがたんと揺れる電車で村唯一の駅へと続く線路を走っていた電車に、ぺちん、と何かが当たる音がした。

 ふいに手元の本から視線を窓へ向けた時見えたのは、まるで境界線のように広がる雨雲。

 雨音村に入るトンネルの、その向こう側とこちら側ではっきりと分かれた、それ。

(……怪しすぎるだろこの村。呪われてるんじゃないかってか俺傘持ってねぇ……)

 生まれ育った村に生まれて初めて明確な嫌悪感を抱いたのはこの時だったかもしれない。

 雨具は無い。しかし電車は降りなければ家に帰りっぱぐれるワケで、仕方なく車内放送と共に開かれた扉をいつも通り出た時、俺の周りはしとしとと降る雨の音しかしなかった。

 無人駅を、備え付けてある切符入れに切符を放り込んで出る。駅の建物と呼べるのかも分からない木製の、申し訳程度の屋根からのぞく空は灰色で、絶対に止まない雨を象徴付けていた。

 此処から家まで、歩いて軽く三十分。ちなみに雨が多いこの村で、舗装もされていない砂利道を自転車で疾走するなんて自殺行為は誰もしないから、もちろんそんなものはない。

 雨に打たれることを覚悟で三十分歩くしか、選択肢は無いワケで。

 家に電話して迎えに来てもらおうかと考えても、生憎父親は仕事で居ないし母親は車の免許なんて持ってない。

(……諦めて濡れて帰ろう)

 ものの数分でそこに行き着いた俺は、仕方なく一歩を踏み出した。

 じわじわと衣服に水分が浸透してくる感覚はあまり気持ちの良いものではないが、慣れてしまえばどうってことはない。

 風邪くらいはひいてしまうかもしれないが、熱を出さなければいいだけの話。

 家に帰ってすぐに熱い湯でも浴びれば、きっとそれも無いだろう。


 兎にも角にも早く家に帰りたかった俺は、近道を通ることにした。

 その近道と言うのは普段寄り付かないあの『雨音神社』を経由する道だった。神社を抜けて真っ直ぐに道に出れば、実はかなりの短縮になるということに気付いたのはつい最近のことだったと思う。

 単なる近道として神社を使うなんて罰当たりな、と思うことなかれ。普段なら絶対にしない。今回は、緊急事態だ。

 ばしゃばしゃと水溜りに足を入れるたびに跳ねる水と泥をなるべく無視しながら漸く着いた神社は、やはり静かだった。

「……失礼しまーす……」

 まるでよそ様の家にお邪魔するような台詞を口にしながら、俺は神社の敷地内へと入った。

 しんと静まり返った別空間のような場所は、雨の音すらまるで防音壁でもあるかのように感じさせない。ともすれば少し、異様だ。

 さっさと抜けてしまおう。早急に結論づけて、俺は足早に敷地を駆けた。


 …………ぱ  しゃ、ん


 ふいに水音が耳元に聴こえた時、心臓が飛び出してしまうかと思った。


 驚いて振り返った俺の背後には何も無い。それなのに、その水風船を割ったかのような音は何時までもいつまでも聴こえる。

 水溜りを勢いよく踏んだとしても、こんな音、出ない。

 

 …………ぱ  しゃ、ん


「……なんだ、よ」

 変だと思うから近寄って居なかった神社。よもやそこに偶々この近寄ってしまったことが運の尽きだったのだろうか。

 俺の鼓膜に確実に振動を与える音は、まるで俺を威嚇しているような、呼んでいるような、不思議なリズムを奏でていた。

 その時、どうしてだろうか。

 突き止めてみたい……などと、思ってしまったのは。

 人間は、自分が許容出来ないほどの出来事が起こると、真っ先にそれを否定する為に己の目で見に行くという性質がどうやらあるらしい。この時の俺は、まさしくそれだった。

 ふらふらと、家とは全く反対の方向へ――神社の裏とも言うべき場所へ、俺は向かった。

 音はどんどんと大きくなる。間違いなく原因があると、確信した。

 怖いとか、気味が悪いとか、その時は不思議と感じていなかった。今からして思えばずいぶんと度胸のあることをしたものだと思う。

 やがて辿り着いた先に、大きな池と、佇む人を、見つけた。


 その人は、雨が降り注ぐ中じっと池を見つめていた。

 着物姿、と言ったらいいのか、宮司……そうだ、神社の宮司が来ているようなあの袴姿で、まるで京傘のような傘をさして佇んでいる。周りには誰も居ない、その人だけだ。

 けれど、なにやら話し声が聴こえる。

 もう少し近寄ってみれば聴こえるかもしれない、と、俺はまるで絵のような空間に一歩だけ近づいた。

 はっきりと聴こえてきた声は、男にしては比較的高い、なんとなくまだ少年と呼んでもいいんじゃないかな、と思えるような若い声。

 持ち主はおそらく立っている宮司のものだろう。近寄ってみると結構小さい人物だということが分かった。

 でも何処をどう見ても、話し相手なんて居ない。

 彼は池に向かって一生懸命何かを話している、ワケで。

(…………危ない人?)

 だからこの神社、誰も対応に出なかったのか? と、そんな疑問がむくむくと湧き出る。

 もう少し、と近づくと、今度は何を話しているのか、内容が聴こえてきた。


「……錦乃さんはまたすぐそうやって怒るんだから……ああもう、ゴメンなさい。僕が悪かったですよ。だから機嫌を直してください、ね? 錦乃さんが機嫌を直してくれないと、この雨ずっと降ってしまうんですから」

(……は?)

「え、そ、そうじゃなくて……ち、違いますってば、錦乃さん、僕はそういう心算で言ったんじゃないですよ。そりゃあ確かに上総のお咎めは怖いけど……ってあぁぁあ、そうじゃないんですって! 機嫌直してくださいよー……」

(……え、はい? どういう、こと、)


 独り言とも取れるそれがしかし会話として正立しているような間を持っていることは何よりも。

 彼が話しかけている池に、この雨の原因がある、という言葉があまりにも衝撃的過ぎた俺は、


「…………何をしている」

「っひぎゃ!」


 ぽむと強く叩かれた肩に思わず悲鳴を上げ、あまつさえ尻餅をつくという失態をしてしまったのだった。




「……主、村の人間が紛れ込んでいる」

「へ? あ、……本当、だ……」


 そんな気の抜けるような声に、俺は漸く別次元に吹っ飛んでいた意識を取り戻した。

 気が付けば背の高い……けれど何とも中性的で男なのか女なのか分からない人に腕を掴まれ立たされる。

 とんだことに巻き込まれたかもしれない、と、漠然と感じ取ったのは本能だろうか。

 背後に立って俺の逃走経路を塞ぐ中性的な人と、目の前には先ほどなにやら独り言を呟いていた宮司。

 その宮司は思ったとおり俺よりもずっと小さくて、一見高校生ほどに見えた。

 背後の人はあまり観察出来ないが、目の前に立つ彼はじっくりと俺を見ていたから、俺も観察する時間が出来た。

 髪は、漆黒。言うなればこれが本当の烏の濡れ羽色というのだろう、綺麗な黒だ。

 長すぎず、短すぎず、清潔感と簡素な印象を与える切り揃えられた髪が縁取る顔は、小さめで色白い。睫毛なんてかなり長いんじゃないだろうか。

 本当に男かと疑いたくなるが、どうやらやはり男らしい。着ている着物が男物というか、巫女が着るようなそれではないし。

 遠目ながらに性別を見分けていたが、間違いは無いようだった。

 大きな目はツリ目よりはどちらかといえば垂れ目かな、という感じ。変に垂れているわけではなくて、バランスが取れた穏やかな目、と言うのだろうか、まあそんな表現が一番しっくり来る。

 瞳の色はやはり黒い――かと思ったがなにやら違っていて。

 表現するとするのなら、蜂蜜色。いや、もっと深い黄金こがね色? でもそれ以上に驚いた。

 正直言って結構人間離れした色をしていると思った。だってそうだろ?

 もう片方――俺から見て左目だから、相手にとっては、右目。その色が違っているんだから。

 オッドアイ、と言う言葉があることは知っていたけれど、実際に、しかもこんな非現実的な色を見るとは思っても見なかった。

 片方は、黄金色。

 もう片方は、翡翠色。

 薄桜色の頬に、薄紅の唇がまるでそこいらの女の子より綺麗な、けれどなんともこの宮司には似合っているような気がして。

 細いシルエットとか、うーんと悩む時に出す声とか、正直もう一度性別を疑いたくなった。

 というか、俺のコト見すぎだろうこの人。そう思ったからこそ、「あのう」と声を掛けたのは間違いじゃないと思う。


 止まっていた時が、一瞬だったのか、何十分もだったのか。

 はたと数回瞬きをした俺の目の前の宮司は、何とも慌てた様子で「すみません」と口にした。


「何分お客様なんて初めてで……ああ、いえ、僕の代になってからは、と言う意味なんですが……すみません、じろじろと。ご気分、害されましたよね……」

「え、い、いや、そうじゃ……なくて。無断で侵入したのは俺の方ですから……その、謝らないで下さい」

「……ありがとうございます。お優しいんですね」

 いや、うん、どう考えても俺が悪いんだからそう素直に礼を言われても逆に俺は素直に喜べないんですが。

 俺の心の内を知ってか知らずか、背後の人がとつ、と告げる。

「主、……とりあえず、“戻した”方がお客人も不思議と思わず済むのでは」

「……へ? あ、あぁぁあ! す、すみませんっ!」

 会話の内容はよく分からなかったけれど、途端に慌てた宮司は突如ぺちんと手を瞼に当てて何かを呟いた。

 もう一度目を開いた時、はめ込まれていた瞳はあのオッドアイではなく……灰色っぽい、黒。

 ……あれ? 黒い……?

「な……な、なっ……」

「……どうやら余計混乱させてしまったみたいなんですけど……上総」

「…………私も、人間ひとと交流したのは非常に久しいことだ、何とも……」

 状況を飲み込めずに慌てふためく俺を尻目に、背後の人はやはり淡々と、けれどなんとなく困ったような声音で呟いた。

 妙な間が出来てしまったその場を引き戻したのは、ばしゃん、という水の音。

 そうだ、俺はこの音を聞いて此処まで来てしまったんだと、原因であるらしい池に眼を向けた。

 ……鯉が跳ねていた。まごうことなく、鯉が。なにやら金色の模様を持った、鯉が。

「錦乃さん……? え……あ、あ! ちょ、貴方濡れてるじゃないですか確かにそういえばっ」

「うあっ、え、あ、今!? 今そこ気付いたの!?」

 ……なんだこの漫才。

 そう思ったのは俺だけではなかっただろうと信じたいが、あの場にいたのが何しろあの面子だったから確証は何一つ無い。

 というか、『錦乃さん』って鯉のことだったんだろうか。そう考えれば池に話しかけていた理由も納得がいくけれど、変だ、妙だ。

 何で鯉に、人語が通じるんだ。

 しかし目の前の宮司は確かにあの鯉を『錦乃さん』と呼んでいて、しかもどうやら会話が成立しているらしい。

 俺がずぶ濡れ濡れ鼠の状態を彼に伝えたのは間違いなく、その『錦乃さん』なのだ。

 そしておそらく……俺を威嚇か呼ぶかなにかしていたあの音も。

「えーっと、兎に角ウチに上がってください、すぐにお召し物を用意しますから! その前に湯浴みをした方がいいかな……だーもう上総! ボーっとしてないでその方をお連れしてくださいっ!」

「……承知した、主」

 

 あれよあれよと言う間だった。

 神社とは別の建物のこれがまた立派な屋敷に連れ込まれた俺は、これでもかというほど手厚い歓迎を受けたのだけれど……。

 長くなってしまうので、一先ずそれはまた別の話にしようと思う。




 まあなんというか……不思議な縁だ、と思う、我ながら。

 俺はこうして、その後の俺自身の人生をなんとも変な方向へと変えてしまった人物と出会ったのである。

 第一印象を問われれば、間違いなく、何度でも俺はこう答える。

 ……変すぎるくらい、やっぱり変な人。


 それが俺の中の一番初めの、『水無月暦』という人の、印象。




のらりくらりと綴れたらと。

こういう感じのお話も書くのは好きです。

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