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可哀想な妻の話  作者: 高月水都


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本編

 自分は人間として壊れているのは自覚していた。

 公爵家の三男という恵まれた環境に生まれ、()()()()()()公爵子息としての及第点を維持しているが、それだけだ。


 兄二人はそんな壊れている自分を見て、労わるような声を掛けをしているが、自分たちの地位を脅かさない存在と認識して、次期公爵の座を争い合っている。


 長男が継ぐと決まっていないし、父は実力主義だったから余計争いは続いている。まあ、足の引っ張り合いではなくどちらが国を……領地を豊かにするかの争いなので誰も不安を抱かないのだろう。


 そんな争いとは無縁の自分は公爵家子息という身分で多くの人が集まったが、すぐに彼、彼女らは去っていった。


 人間失格とか。でくの坊とか。あれは、観賞用とか言われたが心が痛まなかった。


 事実であったし。


 そんな自分は学園を卒業したら早々に領地の一部をもらい、父の持っていた伯爵の地位を得て、さっさと分家になり下がった。


 そんな自分を周りは変人と言っていたようだが、事実なので心は痛まなかった。

 




 ()()()()として、すべきことを成しながら日々過ごしているとある日、

「そろそろ結婚しろ」

 と父に言われて、婚姻が決まった。


「は……初めまして……」

 婚約期間もなくいきなり結婚。いきなり身一つで現れた妻は、()()()()()()()()()()というものだろう。


 サイズの合っていない服を無理やり自身のサイズに合わせてずっと着続けていたのかぼろぼろな恰好。

 食事をまともに取っていなかったのだろう服から見えるのは細すぎる腕と足。

 体裁だけ整えた化粧は全く似合っておらず、指を見るとかなり荒れていて、水仕事などをしていたのがよく分かり、日焼けをしていた。


「どう言う経緯で妻になることになった?」

 不思議に思い尋ねると、彼女は躊躇いながらも家族に言われたからと言葉少なく告げてきた。


「そうか」

 それ以上は深入りせずに、自分のしたいことに没頭する。しつつも、伯爵の伝手で妻の家庭事情を調べるように部下に指示をする。


 調べるとすぐに出てくる妻の家庭環境。

 元は子爵家の令嬢だったが、母が亡くなり、父が喪が開けないうちに、愛人と再婚して自分と同じ年齢の少女を腹違いの妹と紹介した。


 そこからはいわゆる典型的な冷遇。妻は下働き同然の扱いをされてきた……。


 公爵家から自分の結婚の打診は、あっちからすればいらない娘を問題のあると評判の公爵家三男に押し付けられると思ったようだ。


 うちの両親はどんな判断でそう決めたのか疑問だが。




 妻――リリラーナに好きなことをしていいとだけ伝えると、侍女にリリラーナのことは任せておく。


「禁止事項とかは……」

「無いな。私も好きに過ごしているから君も好きに過ごせばいい」

 それだけ告げて、リリラーナが生活に困ることが無いようにと侍女に頼んでおく。


 そんな新婚と言うべき生活はリリラーナが常にびくびくしていたが、自分としては変化はなかった。

 ただ、食事を忘れていない時は共に食事をするものが居るというだけ。


 いつものように伯爵としてすべきことを行うと自分の時間に没頭。白いキャンバスと向かい合っているとそこに浮かんでくる何かを捉えて、それに色を付けていく。


 そんな自分に最初は近付かなかったリリラーナは自分の服が絵の具で汚れているとか、食事を忘れて没頭している様が心配になって、簡単に手で食べられる食事を持ってきた。


「すご……い」

 リリラーナがじっと見つめる先には自分の趣味で描いた花の絵。


「綺麗ですね……って、すみません!!」

 声を掛けたことを謝罪される。だが、謝罪される理由が分からない。


「気に行ったのなら持っていけばいい」

「えっ⁉ ですが、そんな、勿体ないっ!!」

 勿体ない? よく分からない反応をされて戸惑う。


「えっと……絵を描くのが好きなんでしょうか……?」

 緊張した面持ちで尋ねられる。


 絵を描くのが好き?


「いや、最初は白いのが気に入らなくて、何かでその白を消し去りたかったんだ」

 壁が白いのが気になって、お菓子や泥で汚していたのが始まり、そんな自分を家族は気味悪いものを見たという視線を送っていた。


 そんな自分がおかしいことを、壊れていることを悟ってから品行方正の貴族子息のように振る舞ったが、それもどこかおかしかったのか周りに人が居なくなった。


「公爵家の三男という恵まれた環境だったからな。そんなおかしい自分にキャンパスと大量の絵の具を与えられた。それからは落ち着いた」

「……………」

 キャンパスを見ていると浮かんでくるものが見えるので、それを自分以外にも見えるように絵の具で塗りたくっていく。


 それをしていると自分の気持ちが落ち着くので貴族としてすべきことを行った後は必ずこの時間を作り上げた。

 

 ここまで饒舌に話が出来るのはいつ以来だろうか。話を振られたことは数多くあるが、この話になるといつも誰かに遮られて、その話を聞いた人は去っていく。


 去っていく人は必ずおかしい人だと自分に向けて告げていた。

 それを聞きながら、自分が壊れているのを何度も認識させられた。


「イルヴァニアさまは」

 リリラーナが口を開く。


「絵を描いておしゃべりするのですね」

「………?」

「絵が雄弁です」

 意味が分からなかった。だが、書いている途中のキャンパスの余白に白を残していい気がした。


 それからリリラーナは黙って絵を描いている自分を見つめている時があった。

 場合によっては、食事の代わりにとお菓子や飲み物を持ってくるようになって、程よい栄養は脳を活性化させる事実に今更気付き、いつもよりも色を付ける行為が集中することで区切りがつくのが早くなってきた。


 自分のような壊れた人間に気を遣うなんてリリラーナは聖人だと思いつつ、聖人がゆえにこんな不遇な待遇にされたのは本当に哀れだと思う。

 こんな自分と一緒にいて楽しいわけないだろうに。


「退屈ではないか?」

 お菓子を用意して、お茶を用意しているリリラーナにキャンパスに色を付けながら尋ねる。


「えっ? 見ていて楽しいですよ。もしかして、見られて集中できないのでしょうか……」

 不安げに尋ねられるが、そんなことはないので首を横に振る。


 逆に退屈だと去っていく人たちとか、気持ち悪いと言ってくる人ばかりだから気になっただけだ。

「――それならいい」

 リリラーナが楽しいのなら構わない。

 それだけ告げて後は無音。


 そんなある日。いつものように白いキャンパスに視線を送るとあるものが見えたので色を付けていく。


「まあ……」

「すごいですわ……」

 たまたま見に来た侍女たちが歓声を上げる。リリラーナの反応はない。


 キャンパスに描いたのはリリラーナの姿。リリラーナが真っ白いドレスに身を包んだもので、それを描いていたらふと、

「この絵と同じドレスをリリラーナが着ているところを見たい。……リリラーナはこういうのは好きか?」

「えっ、はっ⁉ はいっ!!」

「そうか。――この絵が乾いたらすぐに服飾店に持っていって、この絵のドレスを作ってもらうように頼んでくれ」

「分かりましたっ!!」

 侍女の声が弾んでいるように感じたのは気のせいだろうか。


 その日を境に、リリラーナの絵を次々と描き出して、絵で着ている服を実際のリリラーナに着せたいと思って用意させるようになった。

 リリラーナが戸惑っていて困っているのを感じたが、自分の思い付きに振り回されて可哀そうだと思ったがやめるつもりはなかった。





 そんな替わり映えのない日々を過ごしていたら。

「旦那さま。旦那様の今まで描いていた絵を展示する場所を作りませんか?」

 侍女が話しかけてくる。


 ……公爵家にいた時から仕えてくれている自分のような壊れた存在の傍にいる変わり者だと噂されている侍女の言葉に少し考える。


「こんなものを見たがるものが居るのか?」

 壊れている自分。変人だと言われている自分の描いたものを見たがる酔狂な者がいるとは思えない。


「はい。――奥さまの絵も飾られるとよろしいかと」

「そんな、恥ずかしいですっ!!」

 リリラーナが顔を赤らめて恥ずかしそうにしているのを侍女はじっと見つめていたが、

「奥さまの魅力を皆に見せたい。侍女の我儘です」

 と言い出す。


「……………」

 侍女には世話になっている。彼女が居なかったら生活もまともに出来なかっただろう。


「――分かった」

「イルヴァニアさまっ!!」

「執事と相談して決めてくれ。その手のことは分からないからな」

 告げるといつもは物静かな侍女やメイドたちが喜びの声をあげていく。何が嬉しいのか理解できないが、リリラーナの絵が飾られる状況はリリラーナは羞恥に耐えられないことだろう。


「……………」

 リリラーナの絵は飾るなと告げることも出来たが、それを言わずにこのまま放置しておく自分はやはり壊れているのだなと再認識をする。

 そんな壊れた夫を持つ妻が哀れだと思ったが、直しようもないので放置しておく。





 絵を飾る場所をわざわざ作り、そこに大量に運ばれていく。


 壊れていると評判の自分とそんな自分に嫁がされた哀れな妻――。

 

 そんなモノが描いた絵だどんなに酷いものだろうかと見に来た貴族が多かったが、執事たちの情報によると評判がいいとか。


 理解できなかった。世辞を言う者たちではないのは理解しているが気を使っているのだろうか。


「では、実際に見に行かれてみては」

 執事の言葉に侍女も頷き、リリラーナにドレスを用意する。最初にリリラーナの絵を描いた時のドレス。


 リリラーナを慣れない手つきでエスコートして、その絵を飾ってある美術館に足を踏み入れる。たくさん飾ってあるのは今まで自分の描いてきた絵。こんなにたくさん描いていたのにこれでもまだ一部と言われた。


 そんなに描いていたと言われても覚えていないのも多い――。


「あっ、イルヴァニアさま。ありました!!」

 リリラーナが指差した方向にはリリラーナの絵。今着ているドレスに身を包んでいる柔らかい笑みを浮かべている一枚の肖像画。


 その絵を見ている人たちがこちらに気付いて何か言っているがよく聞こえない。だが、こうやって絵を見ていると。


「リリラーナの表情は絵よりも実際の方が綺麗だったな」

 と呟いてしまい、リリラーナが下を向く。


 悲しませたのだろうか、絵と比べられたら嫌だっただろうか。

 よく分からない。


 だけど、こんな壊れた自分はそんなリリラーナを手放したくない。


 うん。リリラーナは可愛そうな妻だ。こんな自分に執着されているのだから――。

これはあくまで主人公の視点。

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