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好きな子ほどいじめたい? そんな婚約者不要です、成人したら国外逃亡しますね

掲載日:2026/03/27

地味で目立たない男爵令嬢アデル。

容姿も平凡で、赤毛の橙色の目。背丈は小柄で、お世辞にもスタイルは良いとは言えない。取り柄といえば――幼い頃から没頭してきた錬金術だけ。


そんな彼女には婚約者がいた。同じ男爵家の次男であるレオンハルトだ。

家同士は親しく、いわゆる幼なじみという関係だった。容姿端麗で、背は高く肩幅もがっしりとしている。剣の腕は一流。すでに王立騎士団から声がかかるほどの逸材で、周囲の評価はすこぶる高かった。


「あんなにも完璧なレオンハルト様が婚約者だなんて、アデルは本当に幸せね」


誰もが羨む婚約だと、口を揃えて言った。容姿も才覚も申し分ない、そんな彼と結ばれる未来は、令嬢にとってこの上ない幸福だと。

ーーだが、アデルにとっては最悪な婚約だった。


たとえば――アデルもレオンハルトも通う、貴族の子息子女が学ぶ王立学園でのことだ。

廊下ですれ違えば、わざと周囲に聞こえるような大声で呼び止められる。


「アデル、登校してたのか。気づかなかったぜ」


「……おはよう」


内心むっとしながらも、アデルはそれを押し殺し、かろうじて挨拶を返した。


「おー、はよ。今日も地味だな。背景に溶け込む才能だけは一流だ」


次の瞬間、廊下にどっと笑いが広がった。


「ちゃんといるわよ……」


思わず零れた言葉は、あまりにも小さく、すぐに笑い声にかき消された。


「ははっ、聞こえねえって。小さいのは身長だけじゃなくて声もかー? もうちょい頑張れよ」


軽く肩をすくめるレオンハルトに、取り巻きが調子を合わせる。


「やめとけよ、泣かせたら面倒だろ」

「そうそう、婚約者なんだしな」


止めているふりのその声さえ、どこか楽しげで。

こんなふうにアデルは、学園でことあるごとに嘲笑の的にされていた。


言い返すこともできず、ただその場を立ち去るしかない。くすくす、ひそひそ。遠慮のない視線に晒されて、頬っぺたはじんじんと熱を帯びて、痛みさえ覚えるほどだった。


授業中でも、レオンハルトの態度は相変わらずだった。

それは、アデルの唯一の拠り所とも言える錬金術の時間でさえ、例外ではない。


教室の最前列。教師が手にしたフラスコで、薬液の反応を生徒たちに披露していた時の事だ。

その繊細な変化を見つめながら、アデルは息をひそめるように迷っていた。このまま黙っていれば、波風は立たない。――けれど。


(うーん、先生のやり方よりも……きっと)


彼女は勇気を出して、声を上げた。


「あ、あの……! その反応は、温度を下げるより……触媒を変えたほうが、安定すると思います」


声はか細く、それでも確かに、教室の空気を揺らした。その、次の瞬間。

レオンハルトは待っていたかのように口の端を吊り上げた。


「へえ、そんな理屈があるのか? 聞いたことねえけどなあ。さすがアデル先生だ」


わざとらしく言いながら、彼はぱちぱちと大げさに手を打つ。それを合図に、周囲から笑いが広がった。

誰も、止めない。教師でさえ、ただ曖昧に視線を逸らすだけだった。胸が、ぎゅっと縮む。何かを言い返す勇気はもう何処にもなく、アデルは俯くしかなかった。


舞踏会でも同じだ。学園の生徒たちを集めた舞踏会が開かれ、アデルは婚約者のレオンハルトと共に参加していた。

けれど、最初の一曲だけは形式通りに踊ったものの……。曲が終わるや否や、彼はアデルをその場に残し、別の令嬢と踊り始めた。


「あんな地味な婚約者とずっと付き合ってられねえよ」


酒気を帯びた声で、わざと聞こえる距離で零される愚痴。

「可哀そうにね」と同情めいた声に、アデルは溜息をつくしかない。


「本当はさ、アデルと結婚なんて御免だけど……幼なじみだし、親同士が決めたことだしな。断れねえんだよ」


軽く笑いながら放たれたその言葉が、アデルの心臓をえぐった。


レオンハルトに無碍に扱われる度に、アデルの精神は擦り切れていく。

彼女が「意地悪な事ばかり言うのはやめてほしい」と何度言っても、レオンハルトはへらへらと笑うだけ。


「冗談だろ? 本気にすんなよ」


そんな婚約者に耐えられなくなって、勇気を振り絞って両親へ訴えた。けれど返ってきたのは、困ったような、それでいてどこか微笑ましげな表情だった。


「好きな子ほどいじめたくなるのは、男の子の性分だよ」


「そうそう、だから許してあげなさい」


――は?


アデルの頭の奥で、何かがぷつりと音を立てて切れた。


(好きなら、優しくすればいいでしょう!?

どうして傷つけられる側が理解を示してあげて、なおかつ耐えなければならないの? 笑ってゆるしてあげるだなんて、そんなの無理!

それが“愛情”だというのなら、あまりにも一方的すぎる!)


そもそも、レオンハルトは本当に自分を好いているのだろうか。

優しさの欠片も見せない彼の態度を思い返すほどに、その疑問は大きくなった。


けれど。

どれだけ抗議しても、婚約は白紙にならない。家同士の約束は重く、未成年の娘に決定権はなかった。


「レオンハルトと結婚するくらいなら、一生独身の方がマシよ……! でも、このままじゃ本当に結婚させられる……」


机に突っ伏しながら、アデルは必死に考える。


娘は親の管理下にある存在。だから自身の意思で婚約を破棄するのは難しい。

けれど成人すれば、戸籍を抜ける権利が生まれる。


(――それまで、逃げ切ればいいのでは?)


ひとつのアイデアが、稲妻のように閃いた。


得意の錬金術。

それは彼女が唯一、自力で掴み取った力だった。その腕を武器に、国外の錬金術研究機関へ留学すればいい。名目は研鑽のため。けれど本当の目的は、結婚を先延ばしにするための時間稼ぎのために。


こうしてアデルは、自分の未来を守るために動き出した。

そして、がむしゃらに勉強をして、留学の推薦を勝ち取ったのだ。


***


レオンハルトは、アデルの留学を快く思ってはいなかった。


国外へ数年。

しかも錬金術の研究だなどと聞こえはいいが、要するに自分の手の届かない場所へ行くということだ。

面白いはずがない。

だが、アデルがわざわざ頭を下げて願い出てきたので、仕方ないから許してやった。


「お願いします。留学を許してください」


そこまで言うのなら、と彼は恩着せがましく頷いたのだ。

帰国後に結婚する、という約束も取りつけた。最終的に自分のもとへ戻るのなら、今は目をつぶってやってもいい。


アデルが結局は自分との結婚を望んでいることを、彼は疑いもしなかった。周りの人間もアデルは恥ずかしがってるだけだと言っていた。彼自身、自分が優良物件だという自覚もあった。望めばいくらでも縁談は舞い込む立場だ。

今は少し反抗的でも、必ず最後には自分のもとへ戻ってくる、と信じていた。


「まあ、家庭に入るまでの自由くらいは許してやろう」


理解のある婚約者を演じる自分に、どこか満足していた。

度量の広い男だ、と。


ーーそう思っていたのに。

約束の年になっても、アデルは帰ってこなかった。


代わりに届いたのは、あまりにも簡潔な知らせ。


成人と同時に籍を抜いたこと。

祖国には戻らないこと。


理由は、ただひとつ。


“愛する人を見つけたので。”


その一文に、レオンハルトは愕然とした。


「は、はあ!? どうしてだ? アデルも俺のことが好きなんじゃないのか――くそ、嘘だろ!」


紙を握る手に、無意識に力がこもる。

脳裏に浮かぶのは、あの日の彼女だ。「いい加減、意地悪なことばかりを言うのを止めて!」と、頬を真っ赤にして抗議していた姿。


……まさか、あれは本気で嫌がっていたのか。なんだかんだ構ってもらえて喜んでいるのだと、勝手に思い込んでいただけなんて、今更になって気が付く。


レオンハルトは、アデルのことを本気で疎ましいと思ったことなど、一度もなかった。

地味だなんて、そんなふうに感じたこともない。

むしろ、彼の目には彼女は誰よりも愛らしく映っていた。


ただ、顔を真っ赤にして怒る、その姿が可愛くて。むきになって言い返してくるのが面白かった。

だから、つい。ほんの少しからかっただけのつもりだったのに――。


一方、アデルの両親もまた、その報せを前にして言葉を失っていた。娘は本心からこの結婚を望んでいなかったのだと、ようやく理解したのだ。


「嘘……もう二度と帰ってくるつもりはないって」


書簡を握りしめた母の指が、かすかに震える。父は何度も同じ一文を読み返し、やがて力なく椅子に腰を落とした。

あのとき真剣に耳を傾けていれば。「好きだから仕方ない」などと軽く流さなければ。


「こんなことで、たった一人の娘を失うなんて……」


けれど、後悔してももう遅い。

彼らの声は届かない、遠い海の向こうにアデルはいた。


***


留学を終えたアデルは、祖国へは戻らなかった。

帰国の船が静かに汽笛を鳴らすのを背に、アデルはその乗船口には向かわず、代わりに選んだのは、さらに遠い異国へ向かう便だった。


――彼と、一緒に。


錬金術の研究に没頭する日々は、想像していた以上に充実していた。

薬品の匂いが染みついた研究棟。夜更けまで灯りの落ちない実験室。同級生たちと理論を戦わせ、失敗に肩を落とし、成功に歓声を上げた。

何より――あの意地の悪いレオンハルトはいない。だからこそ、アデルは心から、大好きな錬金術に打ち込むことができた。


彼――カイセルも、その輪の中にいた。


研究棟にこもる学生たちの一人。白衣の袖を几帳面にまくり、真面目に薬品を量る姿が印象的だった。


カイセルは、もの静かな人だった。

声を荒らげることもなければ、誰かを笑い者にすることもない。


アデルの拙い理論にも、決して途中で遮らず、最後まで耳を傾ける。

実験が成功すれば、自分のことのように目を細めて喜んでくれる。失敗して肩を落とせば、余計な慰めの言葉はかけず、ただ隣に座る。

そして、落ち着いた頃合いを見計らって、次の式を一緒に組み立て直してくれるのだ。


少なからず、彼からは好意を感じていた。大切にされているのだと、確かに思えた。

好きだから意地悪をする――そんな幼稚なことは、一度たりともなかった。


彼はいつだって、「アデル」という一人の人間として向き合ってくれた。


その当たり前が、胸に刺さるほど嬉しかった。

優しく扱われることが、こんなにも安心するものだとは知らなかった。


やがて、留学期間の終わりが近づいていた。

祖国へ戻れば、待っているのは望まない結婚。

アデルに、戻るつもりはなかった。


ある日の夕暮れ、赤く染まる研究棟の前で、アデルは意を決して彼を呼び止めた。


「カイセル!」


振り向いた彼の瞳をまっすぐ見つめる。

鼓動がうるさい。けれど、躊躇ったりしない。


「わたし、あなたのことが……好きっ! わたしと結婚してくれない!?」


勢いのまま放った言葉に、カイセルは目を丸くした。

頬がみるみる赤くなる。


「ほ、本当に? 私も……アデルが好きだよ」


一歩近づき、ぎこちなく、それでも真剣な声音で続ける。


「私から、言わせてほしい……私と結婚してくれ。一緒に故郷へ帰ってくれないか」


そして、留学を終えた日。

すでに成人を迎えていたアデルは、ひそかに籍を抜くための書類を祖国へ送った。あわせて、レオンハルトと両親へも、もう帰らない旨を記した手紙を書いた。


それからカイセルと共に、彼の故郷へと渡った。留学先よりさらに遠く、海を越えた地へ。

元婚約者にも、両親にも、二度と会うことのない場所へ。


ほどなくして、アデルはカイセルと結婚し、妻となった。

彼の実家である首都にある店を受け継ぎ、並んで炉の前に立つ日々が始まる。


火の揺らめきに照らされながら、薬品の香りに包まれて。

失敗に顔を見合わせて笑い、成功すれば子どものように喜び合う。


(本当に、クソな婚約者と結婚しなくて良かったー!)


胸の奥に、遅れて込み上げてくる安堵と解放。

それはもう、誰にも踏みにじられることのない幸せだった。


そうしてふたりは――

愛してやまない錬金術と共に、穏やかで幸福な日々を紡いでいった。


調子に乗った男が痛い目を見る話が好きです!

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レオンハルトというよりも、娘を失った両親サイドの後悔を読んでみたいです 「あの時にもっと親身になって聞いていれば」なのか「だって照れてると思ってたし」なのかは分からないけれど、後悔の仕方もちっょと変わ…
アデル嬢、よく逃げ切った! 毒親やクソ婚約者と縁のない土地でお幸せに! レオンハルトは一体どこにアデルから好かれる要素があると自惚れていたんだ? 笑い物にされて怒ったのを冗談だなんて片付ける時点で好…
小学生のクソガキかってぇのw
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