A級になったら!
翌日日曜日朝、本格的にキャラクター強化に乗り出した。
朝っぱらゲームをするなんて本当に子供の頃以来であろう。
射撃場や剣道場などチュートリアル会場に下見に行って、今後の方針を肌感覚で立てていく。
最も手ごろに強くなれるのは銃メインの中遠距離タイプだった。
そうやって意気込んで試射したものの、まったく的に当たらずに終わる。
他ゲームでのノウハウを持っているプレイヤーとは違い、ぼくはほとんどゲームをしてこなかった。
Danteがバンバンヘッドショットを決めているすごさを改めて思い知る。
刀メインならあるいは、と思った。
切り抜き動画の華麗なコンボ攻撃は簡単かつ強力に見える。すぐに心が折れた。あの手のコンボ攻撃は「繋げる」のが難しく、結局は対戦ゲームのコマンド入力のノウハウを持つものがいち早く頭角を現すらしい。
ぼくなんか刀に振り回されるだけに終わった。
プロほど簡単そうにやってみせる、というのはスポーツでもなんでも同じなのだ。
そうなると、あとはオールラウンドの、言い換えれば器用貧乏な杖使いしかない。
使い魔というLPV独自のジャンルなら、みんなスタート地点は同じだから先行者利益はないだろう。
それに元は天之常立神目当てで始めたのだ。
今でもちゃんと狙っている。
ひしひしと現実が見えてきたにせよ。
初期装備『二釻真鍮錫杖』でシャドウハウンドを召喚した。
礼儀正しくお座りしている。
名前を付けられるらしく、昔の愛犬ココちゃんをもじって『轟』と名付けた。
「哦亜ッ!」
ちょっとかわいい。
攻撃力はまあまあだが、九ミリ弾一発で溶けるのはやはり心許なかった。
ゆくゆくはもっと強力な使い魔が必須になる。
一通り、手持ちの武器の肌感は把握できた。
初期装備でもやりようによっては通用するようになっている。
シャドウハウンドで索敵しつつ、中距離ではVP9で銃撃、近距離戦になったら越後守伊左衛門で辻斬りにする。
凄腕プレイヤーだったら、この初期装備でどこまで通用するかという検証でもするだろうか、「初期装備だけでA級いってみたwww」とかすでに投稿されていそうだ。
そういう腕がない僕のような初心者は武器の獲得のためクエスト受注から始めなければならない。
ここまでは予想通りだった。
予想外だったのは、自分の心の弱さだった。
予定では、実践がどんな具合か調べるべくランキング戦に潜るつもりだった。
東京駅の集会所の強そうなプレイヤーを前にして――おじけづかなければ。
自分の今の実力が露呈する。
クエスト受注に没頭したのは、多分、それを知るのが怖かったからだ。
最初はCCC級集団クエスト『秋葉原ダンジョン:配電ノード再起動』を受けた。総勢一四人がシャトルに乗っている。参加者の多くがまだサーバー間を移動するだけの資金力がないので、こうして専用シャトルが用意されていた。
シャトルは八重洲の地下ターミナルから中央サーバーへと渡る。そのあと台東サーバーに向かった。現実では千代田区から台東区に行くのにこんな迂回路を使う必要はないが、LPVでは首都高経由でなければ他の区に移動できないので、いちど中央サーバーを通っている。
雨が激しくなってきた。
中央・台東間のプロキシサーバーは灰色の降雨帯だった。
窓の外に目を向ければ、インディアン・モーターサイクルのロードマスターがシャトルを追い抜いていった。たぶん上級プレイヤーだろう、自分のバイクを乗りこなしている。
「……」
何故か、雨音と排気音が周囲の雑談より大きく聞こえた。
雨の幕の先に僅かな電灯が見えた頃には、すでに高架道路は新たな街に入っていたようだ。沈鬱な街並みが広がる。その割にビルが雨雲に霞むほど高いのは、現実の秋葉原にはない摩天楼が密集しているからだ。
秋葉原は未来の電脳都市に化けている。
未来といっても栄えてはおらず、他のエリアと同じく、すでに滅亡して久しい。
大量の雨のせいで街全体が信号機まで水没していた。摩天楼に比して街全体に活気がない。ただ時折、高層ビルの壁面広告が雨の向こうで明滅している。
LPVの天候は現実に連動しているのを秋葉原エリアはいつも雨季になっていた。高架道路以外の道路という道路が雨の海に沈んでいるため、街ではボートを使うことになる。
みんなフードを深々と被った。
クエストに従い、北西エリアの電気インフラを復旧させに行く。地上が水没しているせいで、ビル間に突貫された足場板の頼りない橋を渡らなければならない。
まるで鉄のジャングルだった。
プレイヤーとアンドロイドによって破壊と再生が繰り返されているため、昨日使えたルートが今日は使えない、という珍事が頻発している。
アンドロイドを先頭に、問題なくクリアできた。
ちょっとしたハプニングがあったとしたら、初心者狩りに襲撃されたことくらいだ。
パーティメンバーの誰かが楽しげに叫んでいた。
「陰キャなことしてんじゃねえぞ!」
まったくもって同意見だった。
初心者なんて物資も少ないのに、これではいじめではないか。
この手のゲームの醍醐味とはいえ、いざ自分が標的にされるとびっくりする。
すかさず動いたのが、リーダーのアンドロイドだった。
不届きな初心者狩りに袈裟斬りを浴びせる。
「つええ……」
公式クエストの受注者たるプレイヤーはアンドロイドにとって部下であると同時に保護対象なのだ。受注者がここぞとばかりに便乗する。
「ばーか!」
死体撃ちは本来マナー違反だが、今回は自業自得であろう。丸裸の襲撃者が影に溶ける。参加者のひとりに声を掛けられたのは、そうやって物資を漁っていた時だった。
「災難でしたねえ」
ネームは、伍長だった。
渋谷在住の二十一歳とのことだが、老け顔のせいで二十代半ばに見える。
「わっか!」
本心など見せないで驚いて見せると、「え? 同じくらいですよね?」と聞いてきた。苦笑いしながら「いやいや、余裕で三十いってますよ」と返したら「え! 見えなっ」とおべっかを言ってくる。
「めっちゃイケメンですよね。何してる方なんでしょ」
その辺の下っ端ですよとはぐらかした。
今度は僕が「若いのにいいな~」と話を振ってみたところ「まあまあまあ」と歯切れが悪かった。若くして渋谷に住んでいて、しかも娯楽品に百万も出せるのだから何かしているのだろう、あんまり深入りするべきではない。
年の差にもかかわらず、不思議と馬が合った。
「東承太郎が好きなんですよねー」
おお! と相槌を打つ。
東承太郎といえば、登録者二百万人の最大手配信者だった。積極的に見こそしないが、Danteとも昵懇なため、ぼくも企画物なんかでは見知っている。
エックス交換しましょうよ、と溌溂に言ってきた。
若いなー、と思いつつ断る理由もなかったので相互フォローしてあげた。かるく見たところ、なかなか女好きなようだ。伍長もぼくのプロフィールを流し見しつつ、こう提案してきた。
「え~配信すればいいのに~」
アハ、と一笑に付す。僕なんかじゃ恥晒すだけですよ、と肩をすくめると、満更でもないとみて「美形だから需要ありますよ!」とよいしょしてきた。
じっさい満更ではない。
しかしDanteをはじめ、すでに知名度をたっぷり持つ凄腕プレイヤーや、そうでなくともトークスキルによって視聴者を楽しませてくれる投稿者と比較して、ぼくには売りがない。
「プレイもトークも下手糞な三十代のゲーム動画なんて誰も見ないでしょ」
そうとも限りませんよ、と伍長が諭してくる。
むしろ三十代だからこそ、同年代視点の動画を作れるとのことだ。
そこまで言われては反することができない。
なにがきっかけでバスるかなんて誰にもわからないからだ。
興味がないでもないし、配信機材はXcoreを購入した時点で全て揃っている。ちょっと照れ臭くはあるが、
「A級になったら!」
お気楽な笑顔を作ってみせる。
A級まで昇格したら、それをきっかけに配信してみよう。
またとないビッグタイトルの、それも上級プレイヤーとなれば、それだけで一定の視聴者を獲得できるに違いない。




