汝、有衆に示す(3)
『汝、有衆に示す』
最初に出てきたのは、等身大の自分自身の姿だった。
三十代の、普通のおっさん。
他人からはこう見えているんだ。
思った以上にスタイル悪いカモ。
なんて思いつつ、キャラクターネームをつける。
これはすぐに決まった。
ぼくはLINEを始めSNSでは苗字のイニシャル『F』を名乗ることにしている。その御多分に漏れず、LPVでも簡単に『F』とだけ設定した。
次に、キャラクターデザインに入る。
体格によっては性能差は出ない、とご丁寧な注意書きが出てきた。
どれだけ筋肉ムキムキだろうとも花のように華奢だろうとも一様に同じ性能ということだ。
初期設定が終了する。
かつてDanteがそうであったのと同じく、初期装備獲得の効果音が連続してきた。
(銃)VP9をたまわった!
(刀)信濃守伊左衛門をたまわった!
(鎧)レベルⅡAクラス防弾コートをたまわった!
(杖)二釻真鍮錫杖をたまわった!
(箱)アタッシュケース(中)をたまわった!
(家)ロッカー(千代田サーバー)をたまわった!
ちくしょう、わくわくしますやん。
視界が開けると、現実世界に戻ってきたのではないかと一瞬うたがう程にリアルな、ありきたりなロッカールームに座っていた。
「おお」
外に出たところ、なんと拠点はミッドタウン日比谷に割り振られていた。
現実と同じ複合商業施設型の、拠点とショップが集約される好立地である。
活況に釣られるまま目につくものを追っていった。
現実と連動した十二月十八日土曜日の正午、お昼の清い日光からは日陰になっている丸の内仲通りにはプレイヤーがわんさと往来している。
アイテムを品定めしたり、よそのパーティと打ち合わせしたり。
その肩に突撃銃なり日本刀なり物騒な武器を背負っているのに諍いが起こらないのは、治安維持のアンドロイドが目を光らせているからだ。こんな群衆の坩堝で戦闘をおっぱじめたら一発アウトだということをすでに弁えているのだ。
ぶらりとショップに入ってみれば、現実ではJil SanderやLoeweなどハイブランド店がダニエル・ディフェンスやガイズリーなど高級銃器メーカー店になっていた。
アンドロイドが身振り手振りだけで挨拶してくる。
NPCは例外なくジェスチャー以上の意思疎通能力がないので代わりのセレクトバーが虚空に出てきた。
「HK416A5八十万、SCAR‐H九十万……」
たっけ~とひとり苦笑いする。
他に日本刀や錫杖、ボディアーマーを見て回った。
ショップ巡りだけでプレイ六時間が経とうとしている。
あと三〇分で強制ログアウトがかかるとアナウンスされた。
「もうそんな時間?」
気づけば、もうオフィスビルが半分だけ薄闇に沈んでいた。
ビル陰の向こうのガラスファサードに夕焼けが切なく反射している。
光に導かれるまま御幸通りに出てみれば、西の空に虚ろな余白が広がっていた。
「……」
さっきの喧騒とは裏腹に、向こうは静寂に包まれている。
NPCショップもなければ、プレイヤーの拠点もない。
だから、用がない。
それがかえって奇妙な存在感を際立たせていた。
不思議な名残惜しさと共にログアウトしたら「クールタイムは一時間です」「次のログイン時には最寄りの拠点に戻ります」などなど注意される。ログインした時には正午だった現実は灰色の雨模様になっていた。
「……」
現実に戻って最初に抱いたのは、この六時間で何ができただろう、という虚無感だった。
教養を深めることだって、人と会うことだって、部屋を掃除することだってできた。
それをゲームなんて無意味なことに費やした。
いい大人が、こんなことをしていていいのだろうか?
といって、この現実世界を有意義を振る舞ったところで「だからなに?」と言われれば、それはまったくその通りだろうけれども。
クールタイムのうちに食事と入浴を済ませた。
Danteの配信を見る。
ちょうどいま千代田サーバーにいるとのことだった。
「へえ」
え、会えるじゃん! とひらめいた。ぼくのLPVとDanteのLPVは当たり前に同じゲームである。そのはずなのに、会う、という発想が欠片も沸いてこなかった。
これから郊外に出るらしく、東京駅改札口で待ち構えていれば会えるかもしれない。
別エリアに移動されるよりさきにログインすると、期待通りにDanteがやってきた。
「ハニーバジャーはよ実装しろ~!」
いつものダウナーな声が直に聞こえてきた。
スマートフォンで見た通り、YouTubeライブを配信している。
いつもなら「負けたお前が悪いんだろ甘えんな」的なコメントを残していただろうか。何千人もの視聴者が背後にいるであろう中、さすがに挨拶する厚かましさはなく、改札口の向こう側に消えていくのを力なく見送った。
「……」
なんというか、感動した。
僕はリアルイベントには参加しないのでDanteを直に見たのはこれが初めてだった。
いや、正確には直ではないが、ほとんど直同然といっていい。
本当に実在してるんだ、なんて月並みの感想を抱きながら、いつか、僕も有名プレイヤーになってDanteに認知してもらいたいな、ずっとファンだったことを知ってもらいたいなと夢見た。
これはぜひとも、共感してほしい。
いわゆる推しをじかに見た感動を知っている者なら誰であれ。




