誤BANとかふざけんじゃねえぞ!
A級昇格――
これまでとは違う静かな喜びだった。
むしろ緊張してきた自分がいる。
まだ予選通過の資格を得たわけではないからだろうか、いよいよ本当の強者同士の戦いが始まろうとしている。
それ以外に、A級に昇格したら配信してみようという決まりを果たす時が来たのだ。
YouTubeとのアプリケーション連動だけ済ませると、心の準備などお構いなしに機材の準備が整った。
「……」
いざ配信環境が整うと忘却の魔法にでもかかったように何を話すべきか考えられなくなる。
視聴歴だけなら年月を重ねているのに――配信者はいつもどのように第一声を切り出していただろうか。
考えなしに配信を開始する。
タイトルは単に『LPV』とだけだ。
『「LPV」A級杖使いランキング戦に潜ってみた』とか『「LPV」A級杖使い必勝戦術』とか色々考えたはみたものの、サービス開始二か月経った今、もはや珍しくないA級を誇らしげに掲げるなんて痛すぎる。
自慢できるのは、せめてAA級からだ。
だからといって『LPV』とだけは簡素すぎただろう、一時間の配信中一言もしゃべらなかった結果、最大同時視聴二人だった。
ぼくが視聴者の立場だったら、ほかに無料の良質動画が無数にあるなか、こんな、いかにも底辺の動画をタップすることは絶対にない。
「はあ」
初配信、不鮮明なタイトル、中身もなし……これだけ伸びない要素が揃っているのに、心のどこかでは何かが起きるのではないかと期待していた。
自分がはずかしい。
ゲームもうまく、トークも面白い。
結局ひとを集められるのは、そんな配信者だけだ。
それでもプレイ動画を流すだけなら今までと変わりないので、だらだらランク上げの動画を流していたら、ぼちぼち人が増えてきた。
「まだやってて草」
「武器構成教えてください」
「席次いくつ?」
言わずもがな、これは僕の技量ではなく、LPVのネームバリューのおかげだろう。
ランキング戦中はチャット機能がオフになっているので終わった後に振り返りをする。
これが楽しい。
戦闘の意図を説明したり、最適解を教えてもらったり。
そうやってしゃべる話題がちょこちょこ増えてきた。
「『なんで引かねえんだよ』――いや、あそこはヴェールが来てたから早めに強ポジに移動するのが正解だったんだよ! 撃ち負けたのは相手がイカレてただけ」
「『スモーク投げるべきだったな』――そう! でも忘れちゃうんだよ。あの時アタッシュケースにしかなかったし」
凄腕プレイヤーは花形の銃メインに偏りやすく、LPVならではの杖使いのプレイ人口が少なかったのがニッチなニーズを埋めたのかもしれない。
気づけば同接二三〇人を超えていた。
ちょこっと雑談をするだけで一万人もたたき出す大手には遠く及ばないにしても、始めたばかりにしては驚異的な数字ではないだろうか。
忘れてはならないのは、二三〇人の視聴者とは、一学年全員の前でゲームしているに等しいということだ。
そう思えば誇らしいではないか。
そうして予選終了一週間前の二十四日日曜日、やっとAA級への昇格戦がやってきた。
このランク戦に上位まで残れば予選通過の資格を得られる。
「来たか……」
見たところ、同時接続も過去最高だった。
それは単なる数字だけではなく、僕の配信上最高の熱意だった。
「うおおおおおお」「すげえええ」「がんばれええええ」とコメントが流れたのを最後にメイン拠点にシャドウダイブする。
現状最高の装備に袖を通す。
メインアームは、右肩のスーパーレア武器、十六釻銅色錫杖(シャドウベア消費スロットル六、シャドウバイパー二体消費スロットル十)、左肩にはウルトラレア短機関銃MP7A1(タクティカルライト・サイレンサー・ホロサイトのカスタム)、左右のポケットにスモーク(中)とコールドスプレー(中)だけ詰める。
アタッシュケースには八釻銅色錫杖(シャドウイーグル二匹消費スロットル六、シャドウハウンド二匹消費スロットル二)、セカンダリーのVP9、四・六✕三〇ミリ弾の弾倉六つ、コールドスプレー三つ、スモーク四つ、グレネード四つ、ボディアーマーはやや鈍足なレベルⅢ級トレンチコートという構成である。
MP5からMP7にグレードアップさせた意図は日に日にプレイヤーが多少の機動力を犠牲にしても防御力を上げる傾向になったからだ。
四・六ミリ弾なんて珍しい弾丸は現地調達が利かないので一長一短であるが、九ミリ弾ではストッピングパワーが足りず、かといって五・五六ミリ弾の突撃銃だと室内戦が多い近距離戦環境では銃身が長すぎる。何より、反動が大きすぎるせいで扱いが難しい。その中間を埋めるMP7を於いて適任はない。
アタッチメントの紹介をしよう。
レールマウントには集弾率向上目的のホロサイトが詰まれている。
これで多少の遠距離戦に対応できた。
個人的にサイレンサーは活躍した場面を見たことがなかったが、MP7の消音性には企業努力を感じないではない。
簡単に取り外しできるので状況に応じて使い分けている。
さて、一番重要なのがタクティカルライトといえば意外だろうか。
ぼくの得意な秋葉原エリアでは電気が通っていないせいで昼間だろうと思わぬ暗所に多く遭遇した教訓からつけたのだ。
これがないと、明るい場所から暗い場所に入った瞬間の、本当に二秒程度だけ視覚が完全に失われる。この二秒の差のおかげで何度キルされたことか! ということを視聴者相手に語ったら「きも」と一蹴された。
「あはは!」
うんきもい、と共感する。
視聴者との距離が縮まったと思ったのは勘違いではないだろう。
うれしい。
Danteの視聴者のように、ぼくも視聴者とは言い合える関係を作りたかった。
ステージはお馴染みの秋葉原――
オープンワールドで地形変動が頻発するせいで充てにしていた道が消えていたりするものの、基本的には長時間プレイのおかげで地の利があった。
いよいよ残り一〇人というとき、事件が起こった。
完全に死角だったにもかかわらず、ヘッドショットの一撃キルを決められたのである。
「え? なにいまの?」
武器構成を切り替えるために小部屋に引き籠っていたところを撃たれたらしい。
リザルト画面の相手視点を見たところ、使用武器はM82バレットという大口径狙撃銃だが、通常あり得ない場所から狙撃していた。
雑に撃った・五〇BMG弾が運悪くコンクリートを貫通したということだろうか、などと思いきや、その謎のプレイヤーはまたしても室内にいるプレイヤーめがけてBMG弾を放ち、みごとヘッドショットを決めていた。
「あれ! こいつやってない?」
疑惑の趨勢を見守っていたところ、案の定チーターでしかありえない狙撃ばかりだった。
おそらく透過チートであろう、あのプレイヤーには建物越しに敵が見えているのだ。
C級のくせにヘッドショットを決めてくる辺り自動エイムを併用しているかもしれない。
もしかしたらLPV初のチーターではないだろうか。
LPVはXcoreのデータスケールが従来型とは比にならないほど巨大のため、市販のパソコンでは接続しても情報処理に時間がかかりすぎる。
それが結果的にチーターの出現を抑制していたはずなのに、よりによって昇格がかかっている試合に限って遭遇するとは、なんたる不幸であろう。
絶対に報告してやる。
そうやって復讐心を燃やしていたところ、突如シャドウワールドのヴェールが赤色に染まった。
「え?」
全参加プレイヤーが再び戦場に強制シャドウダイブされた。
緊急事態発生、とアナウンスされる。
ビービー、と警告音がけたたましい。
次の瞬間、赤色のヴェールがひび割れると、三機のAH64アパッチ、そして無数のCH47‐Jチヌークが飛来した。
アンドロイドがパラシュート降下する。
ベトナム戦争映画『地獄の黙示録』のワルキューレの騎行を流されるベトコンはこんな気分だったろうか。
チーター含め、大口径狙撃銃を持つプレイヤーが着地前にカモ撃ちして何体かは仕留めたものの、到底すべてを打ち落とすには至らなかった。
アンドロイドが次々にプレイヤーを捕縛する。
アパッチがプレイヤーを滅多打ちにする。
捕まったプレイヤーは錫杖によって強制シャドウダイブされた。
まずいことが起きたに違いなく、大勢のプレイヤー同様、ぼくも摩天楼を逃げ惑う。
ビル内の廊下を走りながら窓の外に視線をやれば、あのチーターがアパッチめがけて狙撃していた。
なんと三機を瞬く間に撃墜する。
もはや疑う余地はない、あれはチーターである。
アンドロイドをして手を焼いているらしく、チーター優勢に思われた矢先、今度はC2大型輸送機のお出ましだった。
いままでと違ったのは、今度の降下はたった一体のアンドロイドだったことだ。
そのまま重力に従って降下するかと思いきや、なんと手足からジェット噴射することで空中移動を開始した。
ごつい。
その分厚い腕の武装から閃光弾を立て続けに五発発射、チーターの視界を奪うと、重力を乗せた鉄拳を無防備の頭上に叩き込む。
一撃でキルされたチーターはやはり強制シャドウダイブされたようだった。
ぼくもすぐキルされる。
チャット機能が復活すると、元々の視聴者に野次馬が加わって同接三〇〇人になっていた。
ちょっとおいしいカモ、なんて呑気に思っていたら、シャドウダイブ先がなぜか秋葉原の集会所ではなく、見たこともない無機質な畳部屋になっていた。
そこが囚人を収監するための雑居房だというのは鉄檻を見れば明らかであった。
「えー! どういうこと?」
見れば、なんと装備が全解除されている。
あれはドロップされたのか? ちゃんと返却されるのか?
不安になりながら檻の外を見やると、さっきのサバイバル戦に参加していた全プレイヤーが同じように収監されていた。
アンドロイドは何も語らない。
意味がわからないが、思い当たる節はさっきのサバイバル戦以外にない。
どこからか轟いたこんな怒声はいまのプレイヤーの心情を代弁していた。
「出せー! 誤BANとかふざけんじゃねえぞ!」
そう、これは誤BANである。
さっきのチーターに関わった全プレイヤーに疑惑の目が向けられているのだ。
それにしても収監されてすぐ、そんな犯罪者然とした怒声を出せるなんて、ちょっと面白いではないか。
そのあまりに入り込んだ怒りに呼応して、他のプレイヤーも「出せー!」とあらんかぎりに訴えている。
ぼくも「物資返せ!」と叫ぶ。
そのうち判明したのは、原因はやはりチーター絡みの誤BANであること、疑惑が晴れるまで収監という名のアカウントロック、そしてそれには最低でも十日間かかるということだった。




