「お前といると不幸になる」と言われたけれど、不幸体質な貴方を守っていただけなんだよなぁ。
「お前のその力はとても役に立つものだ。だが同時にお前を危険に晒すものでもあるだろう。だからそれは堂々と使ってはいけない」
幼い頃。
難しい顔をしながら父は私の頭を撫でた。
直前に、落ちたシャンデリアの下敷きになりそうだった使用人を助けたばかりだった。
褒められるべきことをしたはずなのに何故父の顔が曇っているのかがわからず、私は目を丸くする。
「何故そのようなお顔をするの? お父様。私は体を張って人を助けただけだというのに」
『この力』の価値に気付いた者達からの悪意や欲に巻き込まれるからだとか、そういう尤もらしい理由ならばいくらでもあっただろう。
しかしこの時の父はとても素直だった。
「だからだ。シェリル」
父は言う。
「他者の為に尽くす事に生きがいを感じるようなお前の事だ。きっとお前は、自分の身すら顧みず――危険に首を突っ込むはずだ」
***
それから十年近い時が流れ。
王立魔法学園へ通う私は……全力ですっ転んでいた。
雨上がりの中庭で、一人の男子生徒を突き飛ばして巻き込むように。
先程、私はこの巻き込まれた生徒の胸にナイフが突き刺さるのを『視た』。
私の死角――背後から目にも留まらぬ速さで放たれたそれによって倒れる生徒の運命が映像として見えた私は、咄嗟に彼を突き飛ばしたのだ。
「っ、だ、大丈夫ですか……!」
「え、ああ……うん」
周りが騒然としている中、私は押し倒した相手の安否を確認する。
相手はぬかるんだ地面にお尻を突き、驚いたように目を瞬かせている。怪我はなさそうだ。
激しく鳴る心臓を抱えながら、私は相手の顔を見る。
端正な顔立ちの男子生徒――基、王太子殿下が私の下にはいた。
「ひ、ひぃ……ッ」
思わず呼吸が止まりそうになる。
咄嗟に飛び出したものの、突き飛ばした相手の事までは見えていなかったのだ。
周囲には私を見てひそひそと囁く声があった。
まずいと思った。
傍から見れば私は突然王太子殿下の前に飛び出した女である。
害意があったと見做されてもおかしくはない。
傍に立っていた王太子つきの護衛も唖然として私を見下ろしている。
せめて引き離してこっぴどく怒ってくれでもした方がこの居たたまれなさは薄れたかもしれない。
「も、申し訳ありません、アルバート殿下……っ、わ、私、前を見てなくて――」
何と言い訳をしたものかと早口で捲し立てながら私は彼の上から離れる。
しかし押し倒された本人は不思議そうに瞬きをしながら自分の後方――恐らくはナイフが飛んでいった方角を見る。
「ああ、うん。それは仕方ないね……大丈夫だよ、気にしていないから」
「あ、ありがとう、ございます」
王太子殿下――アルバート殿下はすぐに立ち上がるといつまでも地面に座り込んであたふたとしていた私へ手を差し伸べた。
「あ、あの」
私は口を開く。
彼は何かに気付いたかもしれないが万が一のこともある。
念の為伝えておいた方が良いだろうかと思い、離れた場所へ飛んでいったはずのナイフのことを何とか遠回しに伝えようと思ったのだ。
「騒ぎにしたくないんだ」
しかしその時、耳元から聞こえる声があった。
アルバート殿下の顔を見れば彼の黄色い瞳が私を映していた。
優しそうに微笑む彼だが、その瞳には何かを確信しているような色が見える。
彼は気付いているのだろう。
そう判断した私は喉元まで出かかっていた自分の言葉を呑み込んだ。
「また『不幸令嬢』か……」
「アルバート殿下がお優しいからよかったものの、あんなご迷惑をお掛けして」
遠くから私を批判するような声が次々と聞こえる。
――不幸令嬢。
それは社交界で囁かれる私の二つ名のようなものだった。
「殿下、お召し物を変えなければ」
「ああ、うん。そうだね」
護衛の提案にアルバート殿下は頷く。
その時だった。
ひそひそと囁く生徒達の中から一人の男子生徒が姿を現す。
「シェリル!」
彼は私の腕を強く掴み上げた。
「いい加減にしろ! お前はどれだけ俺に恥を掻かせれば気が済むんだ!」
顔や腕に怪我を治療した痕がある男子生徒。
彼の名はハドリー・マクグリン。
我が家と同じ伯爵位の家の嫡男。私の婚約者だ。
「俺の次は殿下か!? この無礼者が!」
「い、いた……っ」
彼はそう言うと私の手を掴み上げる。
その力が思いのほか強くて、思わず顔を顰める。
「アルバート殿下がお優しい方だったからよかったものの――」
ハドリーは更に私へ声を荒げた。
しかしそこへ――アルバート殿下の手が伸びる。
彼はハドリーの手を掴んだ。
「あ、アルバート殿下……っ」
「ああ、彼女を責めるのはやめてくれ。本当に気にしていないから。この件で彼女が悲しい思いをするのは、僕が嫌かな」
その言葉のお陰でハドリーは怒りを治め、手を離した。
……まだ私を睨んではいたが。
その後、アルバート殿下は周囲の野次馬に解散を命じ、自分も着替える為に護衛と共にその場を離れた。
ハドリーも私を睨んで去っていく。
私はナイフの事が気掛かりだったけれど、アルバート殿下がそれに気付かないふりをしているという事は、私もそれに倣うべきだろうと判断してその場を後にした。
――私には他者に降り掛かる危機を予見する力がある。
幼い頃からそうだった。
誰かが怪我をしそうな瞬間に遭遇するとその未来に勘付き、その度に何とか助けようとして来た。
けれど未来が見えてからそれが発生するまではどれだけ遅くても三秒程度しかない。
見えた瞬間には行動していなければ助けられない……という焦りの中動くせいで大抵は上手くいかない。
相手の怪我は避けられるけれど、大抵その代わりに私が転んで怪我をしたり、ぶつかって何かを壊してしまったり、本来相手が受けるはずだった危険を肩代わりしてしまったりするのだ。
器用な人間ならもう少し上手く立ち回るのだろうけれど、生憎私は元々そそっかしい側の人間である。
そしてそんな事が繰り返された結果、つけられたあだ名が――『不幸令嬢』。
派手に転んだり、怪我をしたりという事が続いたせいで、不幸体質な令嬢であると囁かれるようになってしまったのだ。
そもそも、何故そのような不名誉極まりない名前が出回る程に私の周りで危険が発生しているかと言うと……またこれには原因があるのだが。
兎にも角にも、こうして私は気が付けば社交界から孤立していた。
まぁ、傍から見れば誰かを巻き込んで怪我をするような女だ。仕方がないとは思う。
私も放っておくことが出来ればいいのだけれど、相手が怪我をするとわかっていて動かないというのは中々寝覚めが悪いものだ。
見て見ぬふりをするくらいなら自分の評判を落としてでも行動に出た方がマシだった。
要は、『誰かの為』ではなく『自分の為』である。
「シェリル・バートレット! お前との婚約を破棄する!」
さて。
そんな私だけれど、王太子殿下を押し倒してしまった日の放課後に大勢の生徒の前でそんな事を言われた。
言い出したのは勿論、ハドリー。
彼は別の女性、グラディス男爵令嬢を連れている。
ハドリーは最近、グラディス・スターキーといる事が多かった。
要は浮気である。
「お前は自分の不幸によって俺に恥を掻かせ続けた! 俺を泥だらけにしたり転ばせたり……っ! しかも王太子であるアルバート殿下にすら同じことをするなど……! 婚約者である俺の格を下げるような事ばかりする、お前のような女と婚約などごめんだ! 俺は真に愛しているグラディスと婚約する!」
要約すると「お前といると不幸になる」とのこと。
それ以外にも彼はグラディスを虐めたなどという冤罪を吹っ掛けて来たが、勿論その全てが冤罪。
要は、婚約破棄の正当性が欲しかったのだと思う。
ここで私が婚約破棄を拒絶しようとも、彼の気が変わる事はないだろう。
「本当によろしいのですか」
なので代わりに聞く。
「その様な言葉で、俺が躊躇するとでも思っているのか!? お前のような、不幸を呼ぶばかりの女と関係を切ることに躊躇いなどある訳がないだろう!」
彼がそう言った時、私には未来が見えた。
大仰な振る舞いで腕を振り回し、私を指すハドリーがバランスを崩して転倒する瞬間を。
冷たくかたい石畳に後頭部をぶつける瞬間が見えた私は溜息を吐きながら走り出す。
「な、何だ急に――」
私は振り回し掛けていたハドリーの手を掴んで止める。
幸い今回は別の事故が発生する事もなかったようだ。
私は間近で彼の顔を見ながら告げる。
「婚約破棄は構いません。ただ……怪我には、くれぐれもお気を付けくださいね?」
「お、脅す気か……!?」
「いえ、注意力散漫なハドリーに助言してあげているだけですよ。それでは」
お前には言われたくないと言わんばかりに彼は顔を歪めたが知った事ではない。
私は彼から手を離すとさっさとその場を去った。
***
「シェリル嬢?」
それから数日して婚約破棄が成立した頃。
私は学園で呼び止められる。
振り返ればそこには白髪の美青年――アルバート殿下が立っている。
「少しいいかな」
王太子の誘いを断る訳もないので、頷く。
彼は私を人通りの少ない裏庭へ呼んだ。
「先日はありがとう。僕のお願いを聞いてくれたみたいで」
「お願い?」
「騒ぎにしたくない、と伝えただろう?」
私はアルバート殿下を押し倒した後の事を思い出し、ああと頷く。
「それと、すまなかった。あの場では周囲の誤解を解く事も出来なかったし……その後、君は婚約を解消されたと聞いてね」
「婚約解消については恐らく時間の問題ではありましたから、お気になさらず。けれど……誤解、ですか」
私は未来予知について明かすわけにはいかない。
この力が公になれば私を利用したり、逆に排除しようとする者が現れても不思議ではないことは理解していたから。
アルバート殿下はその口ぶりから、恐らく私が彼に向かって放たれたナイフに気付いて動いた事を察している。
もしかしたら何かを悟られているのかもしれないけれど……明言さえしなければそれはあくまで不確定な要素に留まる。
そこで私は白を切ることにした。
「君は良く噂で耳にする不幸体質ではない、と思ったのだけれど。違うかな」
「怪我やうっかりが多いのは、事実かも知れませんね……」
アルバート殿下は私の反応を窺っていた。
それに対して返答を濁せば、黄色い瞳が細められる。
「ハドリー・マクグリンの怪我が最近絶えないのは知っているかい?」
「初耳ですね」
嘘である。
すれ違う度、彼の怪我が増えているところを見たし、何なら大怪我になってべそべそと情けなく半泣きになっている事もあった。
そしてそれは――私が予想していた事でもあった。
……彼は注意力が散漫すぎる男だ。
自分の感情のままに動くせいでよく怪我のきっかけを招く。
これまでは婚約者という近しい立場にあった事もあって彼の怪我を防いでいたけれど、彼がグラディスに浮気して私から距離を置くようになってからはそれも殆どできていなかった。
彼は私のせいで自分が不幸になっていると言っていたが、実際は逆だ。
注意力がない者が怪我をする。
至極当然の因果関係ではあるが、敢えて不幸体質という言葉を用いるのだとすればそれは――彼にこそふさわしい肩書きだろう。
私が不幸体質と言われるようになる程頻繁に危険の排除を行っていた主な要因は彼に他ならないのだから。
今後の彼はきっと気付いていない自分の短所によって苦しめられる事になるだろう。
「そうかい」
しれっと嘘を吐いた私を見て、アルバート殿下は肩を竦める。
――その時だった。
フッと、未来の光景が過る。
銀色に光るナイフがアルバート殿下の眼前に迫る幻影。
「……っ!」
驚いた私は彼に手を伸ばす。
その時だ。
私の動きに目敏く気付いたアルバート殿下は伸ばした私の手を掴んで素早く横抱きにすると大きく飛び退いた。
同時に、私達が立っていた場所に剣を持った男性が飛び込み、目にも留まらぬ速さで二本のナイフが弾き返される。
その光景に驚いていると剣を振るった男性――アルバート殿下の護衛はナイフが飛んだ方向へ駆け出し、木の裏へ飛び込んだ。
直後、呻き声が聞こえ……少ししてから一人の男を縛り上げた護衛の方が姿を見せる。
「殿下」
「うん、捕まえたね。そのまま連れていってくれるかい」
アルバート殿下は涼しい顔をしたまま指示を出し、それに従った護衛が捕らえた男性と共にその場を離れていく。
「護衛なら他にも控えているから安心してくれ」
二人の姿が遠ざかるのを見ながら、アルバート殿下は小さく囁いた。
「急にすまなかったね」
「い、いえ……」
「もう具体的な話をしても大丈夫だろう」
彼はそう言うと私を地面に下ろした。
「あの日、僕は何者かに命を狙われていた。ただあの時、その脅威に気付いたのは……何故かナイフが飛んだ方向から背を向けていた君だけだった」
私は身をかたくする。
アルバート殿下はそんな私の顔を見ながら微笑んでいる。
「あの場で脅威に気付かないふりをしたのは、犯人を泳がせて確実に捕まえる為だった。勘付かれたと思わせなければ同じ方法を使ってくるかもしれないと思ってね。ただ……唯一、あの場で脅威に気付いた君は警戒されてもおかしくないと思っていたんだ。だからこっそり様子を窺わせてもらっていたのだけれど」
彼はナイフが飛んできた方へ視線を移した。
「どうやら、自分に迫る危機には気付けない様だね」
あの一件以降、疑念を持って私を見ていたのだとすれば、最早確証に近い結論を持っているという事だろう。
おまけに私は先程、未来視で彼を再び助けようとした。
「君は、未来が見えるんじゃないか」
ここだけを聞くならば、突拍子もない発言。
けれど黄色の瞳は真剣そのものだった。
これ以上誤魔化しても意味はないだろう。
そう判断した私は小さく頷く。
「……うん。君は不幸な人なんかではなく――誰かを幸福にしてくれる人だったんだね」
何故だか、彼のその言葉に私の心が揺れる。
不幸体質という言葉に何かを思っていた訳ではない。
けれど、普段謂われ慣れている言葉とはまるで正反対の……これまで向けられた事のなかった言葉を与えられて、純粋に嬉しかったのだと思う。
「あまり話したくはない事だったろう。教えてくれて……そして何より、助けてくれてありがとう」
それから彼は、私に手を差し出す。
「打算的な考えが混じっている事は否定しないけれど……それでも、命をかけて守ってくれた君に報いたいという気持ちから、ある提案をしたいのだけれど」
完全な善意ではない、と告げた事はきっと彼なりの誠意だったのだと思う。
「僕と婚約してくれないかな」
「……未来視による危機管理ができるから、ですか」
「今述べた『打算的な考え』についてはそうだ。けれど何より……誰かの為に身を削る人が報いられることなく、寧ろ蔑まれるなんて事は見過ごしたくない。君が誰かを幸せにするなら、僕が君を幸せにしたいと思った」
きっと、深い意味はないのだと思う。
ただ、だからこそその……ただのプロポーズにすら聞こえそうな程真っ直ぐすぎる言葉から誠意を感じる。
きっとこの手を取った事を後悔したりはしないのだろう。
そう思えるだけの説得力が彼の言葉や物腰には確かにあった。
「……わかりました。よろこんで」
私はその手を取る。
とくとくという鼓動が少し速い気がしたのは……気のせいではないのだろう。
この小さな予兆通り、少し先の未来で私は彼を深く愛し、また同じだけの気持ちを注がれる事になるのだけれど。
……この時の私はまだ、知る由もなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!




