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屋根系命  作者: 竹子


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5/5

サイドストーリー : APART

文学部で静かに文学を愛する詩織にとって、啓一は夜空に輝く一等星のような存在であった。洒落たカフェを好む詩織と、少食だと偽り、食事に消極的な啓一。それでも詩織が啓一に惹かれたのは、彼の持つ「自分の時間を何よりも大切にする」揺るぎない姿勢と、その根底から溢れる圧倒的なポジティブさ、そして一緒にいて心が弾むような楽しさがあった。

啓一は、まるで自分の人生を愛おしむように、孤高の時間を守っているように見えた。彼はいつも楽しそうで、その明るさが詩織の心の奥の陰りまで照らした。

「啓一くんは、いつも元気で、周りの雑音に耳を貸さない。一緒にいると、まるで世界が二人だけのために回っているみたいに、楽しくなれます」

詩織は、啓一の屈託のない明るさに、理由もなく未来への希望を感じていた。実際は、啓一が屋根系ラーメンを食べる 「命のノルマ」を果たすための時間を確保し、その悲惨な運命を悟られないように、狂おしいほどにポジティブを装っていたとは知らずに。


時折見せる啓一の奇行に、詩織は戸惑った。ニンニクとライスの山。そして、あの異様な「スイカ丸飲み」の儀式。

啓一:「うおっ!?し、詩織!こ、これは……最近ハマってるアートだよ!『屋根系後のスイカ・クレンズ!』あはは、なんか元気出るだろ?」

滑稽な言い訳も、啓一が笑って見せれば、たちまち二人だけのジョークのように思えた。意味はわからなかったけど、それでも。


運命のあの日、武壱屋。修羅場は、二人の秘密を暴き、愛の形を残酷に変えた。

詩織:「誘いを断ったのに、元気にライスまでおかわりしてるってどういうことでしょうか?」

啓一の二股が発覚した瞬間、そのポジティブさの裏に隠された裏切りに、詩織の心は砕け散った。

詩織 : 「啓一くん、最低です。」

店を飛び出した詩織の耳に、友人の健太が叫んだ

「おい!全然食べてないじゃん残すなよ。食べないと生きられないんだろ!!」という言葉が、遠い雷鳴のように響いた。

呼び止め、問いただす詩織。啓一の告白。そして、詩織の告白。

詩織:「そう……私も同じなんです。正確に言えば、『極端な栄養吸収不全』。私もあなたと同じ、超高濃度複合栄養素N-3を毎日摂取する必要があります」

啓一は絶句した。

「最低です...」と言い放った後、詩織は静かに背を向け、去っていった。しかし、彼女の心は、欺瞞という怒りから、同じ地獄を、笑って生きようとした戦友への深い愛と悲しみに変わっていたが、それは彼と別れた後であった。


修羅場の後、啓一は精神的なショックで食欲を完全に失った。彼の命を繋ぐはずの「N-3」が喉を通らない。いや通るはずがない。啓一のポジティブさの源が、今、愛という名の飢餓に崩壊していることを、詩織は自分自身の痛みから察していた。

「あの人は、私のために、いつも明るく、楽しそうに振る舞ってくれていたのですね」

詩織は衝動的に、愛する人を救いたいという純粋な願いを胸に、自転車に乗り、夜の街を走り出した。彼女は啓一の命の灯を探して、彼の動向を気にかけていた、あの"啓一がスイカを丸呑みしていた"公園のベンチを目指した。


日付が変わる直前、23時57分。詩織は遠くの街灯の下、ベンチで倒れている啓一の姿を見つけた。

詩織は自転車を投げ捨てたが、その反動で自分も倒れてしまった。それでもすぐに立ち上がり、啓一の元へ駆け寄る。彼の身体は冷たかった。彼の顔には、安堵とも絶望ともつかない、穏やかな微かな笑みが浮かんでいた。

詩織は、啓一の冷たくなった手を両手で包み込み、涙を流しながら、心の底からの、永遠の愛の誓いを絞り出した。

「啓一くん……」

彼女の瞳から大粒の涙が流れ落ち、啓一の頬を濡らす。

「私はね、あなたの、その『自分の時間を大切にしているところ』、そして、どんな時もポジティブで、一緒にいて楽しかったところが、大好きでしたよ。知っていましたか?私、最低なあなたでも、それでも……それでも、あなたがこの世界に生きていることが、私の唯一の愛であり、救いでした」

詩織の言葉は、啓一の自分の時間を大切にする」姿勢と「ポジティブさ」が、命を繋ぐための必死の努力であり、悲劇を愛という名の喜劇に変えようとした、彼の最期のロマンスだったという、美しくも皮肉な真実を称えていた。

時計の針が、カチリと24時00分を指す。啓一の命が尽きた瞬間だ。

詩織もまた、啓一と同じく、N-3のノルマを達成できていなかった。彼女は、愛する人がいなくなった世界で生きることを拒絶したかのように、自分の生命維持を放棄していたのだ。

詩織は、啓一の胸に顔をうずめ、まるで永遠の眠りにつくかのように、静かに目を閉じた。彼女の最期の記憶は、愛する啓一の、冷たい温もり。そして、二人の愛が、運命を超越した瞬間だった。


「先生ったら一体どこへ…!原稿は明日までですよ...」

夜が明け、アパートで待機していた千葉灯は、不安に耐えかねて公園へ。街灯の下、抱き合って倒れている二人の姿を見つけた。

灯は、その光景を一目見て、真実を悟った。啓一先生が、最後まで選び、愛したのが、詩織さんだったこと。そして、その命がけの愛が、二人をこの悲劇的且つ美しい、美しすぎる結末へと導いたことを。密かに灯は啓一のことが好きであった。彼女が2人いると言ってもどちらもあやふやな関係で本当に好きなのかがずっと疑念であった。一緒に作業をしていく中で灯は啓一と一番通じあえていると思っていたのだ。

「……あ、あぁ……」

灯の口から、声にならない嗚咽が漏れた。膝から崩れ落ち、アスファルトに手を叩きつけた。

「先生……!嘘でしょう……、嘘でしょう!?どうして……!どうして、私に何も話してくれなかったんですか!私は……!先生の秘密を、一番理解していたのに!こんな…こんな…」

灯は、愛する人の最期が、自分ではない女性との完璧なロマンスで終わったという現実に、断ち切れない深い悲しみと絶望を味わった。啓一の手には詩織の手がしっかりと握られており、そのロマンティックな抱擁が、灯の胸を永遠に引き裂いた。


『屋根系・デッドマン・ライフ』の原稿に、アシスタントの千葉灯がペンを入れる。啓一が遺したメモには、詩織と啓一が愛し合う運命にあると書いてあった。

灯は、悲しみを奥歯で噛み殺し、「これはフィクションだ」と、何度も自分に言い聞かせた。二人の死は、物語としてはあまりにも美しく、ロマンティックな悲劇だ。しかし、それは灯にとって、血の通った、耐えがたい現実だった。

「先生……!馬鹿みたいに大ヒットですよ……!

皮肉なことに、あなたたちの死は、この漫画を不朽の名作にしたんですから。」

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「でも、もう、誰も笑えないじゃないですか……」

灯は溢れてくる涙を拭い、愛と死によって昇華された詩織を、光り輝くメインヒロインとして描き上げた。ギャグ漫画家にとって悲惨な現実というのは致命傷なのだ。だからメディアの取材に応じても全てが妄想であると灯は答える。千葉灯だけが知る本当の屋根系デッドマンの運命。しかしあくまでもフィクションという体である。『屋根系・デッドマン・ライフ』は最後に大どんでん返しで泣ける、名ギャグ漫画である。

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