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7.私の世界

 凛花に謝れないまま一日が経ち、放課後になろうとしていた。

 昨日は浅木くんに会うのも怖くて、木曜日だったのに、シーザーグラスにも行けなかった。

 今日もまた、凛花に謝れないのかな。

 そう思いながら、凛花のほうを見る。

 すると、凛花も私を見ていたのか、一瞬目が合い、すぐに目を逸らされた。

 それがまたショックで、私は独りで教室を出る。

「相馬」

 名前を呼ばれ、身体が過剰に反応した。

 その声の主に名前を呼ばれることは、もうしばらくないと思っていたから。

「……多賀くん」

 他人より近くて、友達より少し遠い距離になってしまった多賀くん。

 いや、私がそうさせているのか。

 多賀くんに好意を寄せられていることへの警戒心と、申し訳なさが混同して、次の言葉に対して身構えてしまう。

「一緒に帰ろうぜ」

 それを言った多賀くんの表情は、硬い。距離を見失っているのは、私だけではないみたいだ。

 もしかしたら、友達に戻れるかもしれない。

 そんな自分勝手な願いが、顔を出す。

 凛花も浅木くんも離れていって、寂しくなっているせいかもしれない。

「……うん」

 私が頷くと、私たちは並んで校舎を出た。といっても、ひとり分の隙間を開けているけど。

 いろんな方向から楽しそうな声や部活の音が聞こえてくる中で、私たちは無言で校門をくぐる。

「昨日……倉本と派手にケンカしてたよな」

 多賀くんは私の様子を伺っているのか、躊躇いながら聞いてきた。

 そのことには触れてほしくなかったけど、普通なら、気になるだろう。

「……そう、だね」

「大丈夫?」

 大丈夫なわけがない。

 小河くんと付き合うようになってから、凛花と過ごす時間は減っていたけど、完全に話せなくなったのは、初めてだ。

 私のことを打ち明ければ、解決することはわかってる。

 でも、それができるなら、私は昨日のうちに凛花に謝ってる。

「……大丈夫なわけ、ないか」

 私が応えなかったことで、多賀くんは静かに続けた。

 この緊張感から、はやく解放されたい。

 これは、多賀くんから告白されたからじゃない。

 凛花とのことに触れられていると、そのまま私が普通じゃないことに気付かれてしまいそうで、怖いんだ。

「……浅木は?」

「え……」

 続けられた質問は、私をさらに追い込むものだった。

 私の足は止まる。

 ――浅木くんと付き合ってるんでしょ?

 昨日の凛花の言葉が頭をよぎる。

 それだけじゃない。そのあとの出来事が全部、平常心を奪っていく。

 多賀くんは立ち止まり、ゆっくりと私のほうを向いた。

 お願い、なにも聞かないで。

「浅木と、付き合ってるの?」

 ……どうして。

 どうして、こうなるの?

「いや、なんていうか……昨日、浅木とどっかに行ってたじゃん? その雰囲気がなんというか、恋人なんじゃ……って思って。俺に言いにくいとかあると思うけど、でもやっぱり、ちゃんと知っておきたいというか」

 多賀くんは一気にまくし立てる。

 私が否定する暇もなかった。その瞳は、私を捉えているようで、なにも見ていない。

 きっと、私がなにを言っても信じてくれないだろう。そう思うと、余計になにも言えなくなった。

「頼むよ、相馬。はっきりと」

 多賀くんが一歩踏み出したのに伴って、私は一歩下がる。

「ストップ!」

 私が困惑していると、背後から誰かが割り込んできた。

 彼女の背後しか見えないけど、私には目の前にいる子が誰なのか、すぐにわかった。

「凛花……?」

 凛花が間に入ってくれるなんて思ってなくて、驚きで名前を呼んだ。

 どうして、凛花が助けてくれるの? 私は昨日、あんなことをしたのに。

 戸惑いつつ、こうして私のところに来てくれたことが嬉しかった。

 だけど、凛花は私のほうを見てくれないから、不安も襲ってくる。

「多賀くんさ……気になるのはわかるけど、柚衣の顔、見えてないでしょ」

 その声色は鋭かった。

 私の、顔。

 凛花だって見えてなかったくせに。

 そんなふうに思ってしまった私が、自分でも怖かった。

 凛花に気付かれないようにって、誤魔化していたのは私なのに。

 私は、凛花には気付いてほしかったのかもしれない。

「ごめん、相馬……」

 多賀くんの声がして、私は現実に引き戻された。多賀くんは、申し訳なさそうに視線を落としている。

 それを見て、私は首を横に振った。

 すると、凛花が小さく息を吐き出していることに気付いた。

 私はまだ、凛花に嫌われてない。

 そう思うと、安心した。

「……じゃあ、また明日」

 そう言って多賀くんが去っていく姿を見て、ひとつの緊張感から解放され、少し息ができるようになった気がした。

 それなのに、またすぐに不安に襲われた。

 凛花が、なにも言わずに帰ろうとしているのが視界に入ったから。

 やっぱり私は、嫌われてしまったの? ねえ、凛花。このままなんて嫌だよ。

 私は慌てて、凛花の服を掴んだ。

「ま、待って……凛花、あの……話が、したい」

 凛花は静かに振り向いた。

 やっと見れた凛花の向日葵のような様子は、どこにもいない。

「話って?」

 凛花の声は低く、小さかった。その表情や声色の理由がわかっているからこそ、息が詰まる。

 でももう、逃げてられない。今逃げてしまうと、金輪際、凛花と話せなくなってしまうだろうから。

 といっても、ここでは話せそうにない。

「……移動、しよう」

 私が言うと、凛花は頷いた。

 そして私たちは並んで歩き始めたけど、言葉を交わすことはなかった。

 私と凛花の足音が響くだけ。

 歩けば歩くほど、空気が薄くなっていくような気がして、苦しかった。

 昨日、凛花とこのままなのは嫌だって、凛花に啖呵をきったのに。浅木くんが言っていたように、理解されなかったら……受け入れてもらえなかったらどうしようって恐怖心が消えない。

 こんな感情のまま二人で話していると、私はきっと、言葉に詰まる。凛花の反応を恐れて、逃げ出してしまう。

 少しでもその恐怖心を和らげたくて、私は話し合う場所として、シーザーグラスを選んだ。

 あそこなら、すべてを包み込んでくれる。私の甘えた心すら、許してくれる。

「ここは?」

 シーザーグラスに着くと、凛花は看板をじっと見ている。

 私が初めてここに来たときみたいで、微笑ましい。

「しー……なんて読むの? これ」

「シーザーグラスだよ。私の……癒しの場所」

 逃げ場所、とは言えなかった。ううん、きっと言わなくていいんだ。

 ここは日常から切り離された場所だけど、保健室の先生が言っていたみたいに、私は居場所を見つけただけ。

 そう言い聞かせながら、ドアを開けた。

「いらっしゃい、ユズさん」

 私に気付くと、マキさんは優しく出迎えてくれた。

 今日はマキさんのパートナーである、仁さんもいるみたいだ。

「こんにちは」

「今日はお友達も一緒なのね」

 マキさんが微笑んでいるのを見ながら、私たちはカウンター席の端に、並んで座った。凛花は初めての場所を、興味津々に見渡している。

「ご注文はどうしましょうか」

「ココアをお願いします」

「私は……メロンソーダかな」

 私たちがそれぞれ注文すると、マキさんは「かしこまりました」と言って、カウンターに移動した。

 凛花は、まだ店内を観察している。

 どうやって、話を切り出したらいいんだろう。どうやったら、凛花に拒絶されないんだろう。

 考えれば考えるほど、わからなくなっていく。

「お待たせしました」

 そのとき、マキさんが飲み物を運んできてくれた。

「ごゆっくりどうぞ」

 大丈夫。

 マキさんが微笑んでいるところを見たら、そう励ましてもらえたような気がした。

 凛花に、伝えたいことを全部、正直に伝えよう。受け入れてもらえないかもしれないけど。ここなら、私の味方がいるから。

 私はゆっくりと深呼吸した。

「凛花……この前は、ごめんなさい」

 そう切り出したものの、私は凛花の顔が見れなかった。

 凛花は、静かにコップを手にすると、何口かメロンソーダを飲んだ。コップを机に置く、コトン、という小さな音が、やけに大きく聞こえる。

「……あれが、柚衣の本音でしょ? 私こそごめんね、柚衣が嫌がってるのに気付かないで騒いじゃって」

 凛花の声が、泣きそうになっているように聞こえた。

 まさか、泣いてる?

 そう思って顔を上げると、凛花は表情を歪めていた。申し訳ない、というよりは、諦めた、という感じの表情。凛花は、どれだけ自分のことを責めたのだろう。どれだけ苦しんだんだろう。

 もっとはやく、謝ればよかった。

 私の恐怖心なんて無視して、ちゃんと凛花に全部話しておけば。こんなに、凛花を深く傷付けることはなかったのに。

「違う……違うの、凛花……私……」

 言え。全部話すって、決めたでしょ。

「私……無性愛者なの」

「無性愛者?」

「他者に対して、恋愛感情を抱かない人のことを言うんだって」

 凛花の世界には、無性愛者という存在がなくて、あまりピンと来ていないみたいだ。

「……誰かを好きになる気持ちがわからないから……ときどき、凛花の話を聞くのが……」

 しんどかった。

 そんな直接的な言葉を使うのは抵抗があった。

「……耐えられなかった?」

 それなのに、凛花が私の言葉の続きを言った。

 私はそれを、否定できなかった。

「で、でも、凛花に幸せになってほしいって応援してた気持ちは、嘘じゃないよ」

 凛花が笑顔を作るから、この気持ちがちゃんと伝わっているのか、不安になってしまう。

 だけどもう、信じるしかなさそうだ。

「……それでね、それだけじゃなくて……私……」

 この告白こそ、凛花を傷付ける。

 わかっているけど、秘密にしていることのほうが、凛花を悲しませることになるって知ったから。

「……誰かに触られることが、苦手なの。男の人とかじゃなくて……誰で、も……」

 凛花の瞳が揺れ動くのを見て、私はそれ以上言えなかった。

 抱きしめられるのも、手を繋がれるのも、少し触れ合ってしまうのも。そのどれもが苦手だって言ったら、ますます凛花を悲しませてしまうから。

「私……なにも知らないで、ずっと柚衣のこと苦しめてたの……?」

 凛花の声は震えている。

 やっぱり、言わなければよかった。私は、自分が楽になることだけを考えて話してしまったのかもしれない。

 私は、小さく揺れるココアの水面しか見つめることができない。

「……昨日だけじゃなくて、好きな人のことではしゃいでるときも、柚衣に触ったときも、ずっとずっと、柚衣に無理させてたってこと?」

 違う。

 勢いで否定しようとしたけど、そんな説得力のないことをしても、信じてもらえるわけがない。

 だから、無言の肯定になってしまった。

「……ごめんね、柚衣」

 その言葉が聞こえ、ココアから視線を逸らすと、凛花の頬に一筋の涙が流れているのに気付いた。

「私、親友失格だ……柚衣が苦しんでたの、全然気付けなかった……それどころか、柚衣にも幸せになってほしいからって、私の価値観を押し付けて……傷つけてたなんて……本当、ごめん……」

 凛花が涙を流しながら訴える姿を見て、涙が溢れてしまった。

 私は、なにを恐れていたんだろう。

 凛花は寄り添ってくれる人。それは、ずっと一緒にいた私が一番知っているはずだったのに。

 それなのに私は、一人で抱え込んで、勝手に恐れて。無意味に凛花を傷つけた。苦しめた。

 もっと凛花を信じて、本音を打ち明けられていたら、こんなことにはならなかった。

「私のほうこそ、ごめん……」

 私がそう言うと、凛花は笑い声を零す。

「もう柚衣、泣きすぎだよ」

 そう言いながら、凛花は手を伸ばした。

 その瞬間、私の身体は身構えて、また反応してしまう。

 結局、話したところで私の体質は変わらない。

 そのことに嫌気がさした。

 だけど、凛花の手は私の頬に触れる前に、不自然に止まった。

「……っと、ごめん、ついクセで」

 私が、他人に触られるのが苦手だって言ったのを思い出したらしい。

 凛花は私に伸ばした手で、自分の涙を拭う。

 その様子がおかしくて、私はつい、笑ってしまった。

 私は本当に、凛花に大切に思われている。それが心から嬉しかった。

「ありがとう、凛花」

 すると、凛花は満面の笑みを見せた。

 そこにいたのは、いつもの、向日葵のような凛花だった。

 そして私たちは、店を後にする。

「それにしても、よくあんな素敵なところ、知ってたね」

 凛花は、満足そうに言う。

 私たちが話し合う場所としてシーザーグラスを選んだのは、正解だったな。

「……浅木くんが、教えてくれたの」

 そう伝えながら、昨日の浅木くんの様子を思い出す。

 ――相馬さんなら、わかってくれると思ったのに。

 あのつらそうな表情。

 昨日は私が傷付けたと思ったけど、なんだか違う気がしてきた。

 浅木くんも、誰かに寄り添ってほしかったんじゃないかな。私が今、凛花に受け入れてもらえたみたいに。

「柚衣、聞いてる?」

 ぼんやりと考えていたら、不満そうにする凛花が視界に入った。

「え?」

「だーかーら。結局、浅木くんとはどういう繋がりなの?」

 昨日みたいな好奇心は、そこにはない。だから、妙な緊張感はなかった。

 だけど、どう話せばいいのだろう。

 私のことはいくらでも話せるけど、浅木くんのことは、言えない。

「……恩人、かな」

 私の説明に、凛花は首を傾げる。

 まあ、無理もないか。

「そっかあ。だから昨日、浅木くんは柚衣のヒーローみたいに現れたんだね」

 凛花の中で、また現実離れした妄想が繰り広げられていそうだ。

 私の冷たい視線に気付いたのか、凛花は咳払いをして誤魔化す。

 ……浅木くんがヒーロー、か。

「柚衣? 浅木くんとも、なにかあったの?」

 なんだか、凛花が鋭くなった気がする。

 私が隠してきたことを全部話したからだろうか。もう、なにも隠しごとはできなさそうだ。

「……相馬さんにはわからないでしょって、言われちゃった」

 笑って見せるけど、きっと、上手く笑えていないだろう。

「……へえ」

 詳しく聞かれるかと思ったけど、凛花は低い声でそう言っただけだった。


   ◆


「柚衣、おはよ」

 翌朝、今までよりも軽い足取りで学校に行くと、凛花が昇降口で私を待っていた。

 その表情は笑っているように見えて、目の奥が笑っていない。

「おはよう……」

「ちょっとついて来て」

 戸惑いながら挨拶を返すと、凛花はそう言って、歩き始めた。

 なにが起きているのか。いや、起きようとしているのか。

 なにもわからないまま、私は凛花を追った。

 そして連れてこられたのは、浅木くんと話した外廊下。そこには不服そうな浅木くんが、小河くんと並んでそこにいた。

 どうして、浅木くんが? ……まさか、凛花がこの状況を作ったの? なんのために?

「じゃあ、僕はこれで」

 私が混乱しているうちに、小河くんは教室に戻っていった。どうやら、浅木くんを呼び出す役割だったらしい。

 そして、凛花はいきなり浅木くんに詰め寄った。

「柚衣に謝って」

 浅木くんは困惑した表情を浮かべながら、後退りをする。

「ちょ、ちょっと、凛花?」

 唐突すぎて、私も困惑してしまった。

 凛花は、ただ真っ直ぐ、浅木くんを睨みつけている。

 すると、浅木くんは面倒そうにため息をついた。

「どうして僕が、相馬さんに謝らないといけないわけ?」

 その通りだ。

 私が謝ることがあっても、浅木くんに謝ってもらうことなんて、ないはず。

「一方的に期待して、失望して、柚衣を傷つけたでしょ。だから、謝って」

 凛花がそう言うと、浅木くんは私のほうを見た。

 その目は“僕のこと、話したの?”と語っている。

「……浅木くんのおかげで、自分のことがわかったって……あとは、ここで話したことを少しだけ」

 まさか、こうして浅木くんに直接怒鳴り込みのようなことをするなんて、思ってなかったけど。

 私の答えを聞いて、浅木くんは大きなため息をつく。

「くだらない。友情ごっこなんかに付き合ってられないから」

 そう言い放った浅木くんは、私がよく知っている浅木くんだった。

 誰も寄せつけない、孤独に埋もれた姿。

 私なら、それに気付けたかもしれなかったのに。

「そうやって、自分は私たちとは違うって態度とるの、やめたら?」

 すると、凛花は信じられないほどに鋭い言葉を投げつけた。

 ……ダメだよ、凛花。その言葉は、逆効果でしかない。

 浅木くんが苛立っているのは、その表情を見れば明らかだ。

「実際、違うでしょ。僕も相馬さんも普通じゃ」

「一緒だよ」

 凛花は、浅木くんの言葉を強く遮った。

 すると、浅木くんは目を見開いた。遮られたからというより、凛花に同じだと言われたことが信じられないみたいだ。

「私もアンタも、柚衣に自分の価値観を押し付けて、柚衣を傷つけた。一緒でしょ。てか、普通ってなに。柚衣は柚衣だもん。普通じゃないとか決めつけて、苦しめるな!」

 凛花を止めないと。

 そう、思っていたのに。

 凛花のその言葉に、涙が止まらなかった。

 私は、私。

 それを、私が一番わかってなかったんだ。

 みんなと一緒じゃないといけないって思い込んで、普通の枠に収まろうとして。それは本当にちっぽけなことだったんだ。

「私は、無意識でも柚衣を傷つけた私を許せない。だから、意図的に柚衣を傷付けたアンタのことも許さない。ぜっ……たいに許さない!」

 凛花の泣き叫ぶ声をきっかけに、私たちの間には沈黙が流れた。

 私たちの間には、私と凛花の鼻をすする音が響く。

 そんな沈黙を破ったのは、浅木くんだ。

「……相馬さん、ごめん。寄り添えていなかったのは、僕だったみたいだ」

 私は首を横に振った。

「私のほうこそ、ごめんなさい……誰かに受け入れてもらいたいって思うのに、それが怖いってことが、わかってなかった」

 私がたった数日感じた、不安と恐怖心。

 それを、何年も抱えてきた浅木くん。

『みんなと一緒に咲くことはできない。だけど、どんな場所でも咲くことはできる。私の人生は、それでいい。私らしく生きるために、私はみんなと一緒を諦める』

 私が借りた『光の届かない場所で咲く花たちよ』に書かれていた言葉。

 浅木くんは、それを私におすすめしてきた。つまり、浅木くんはその言葉を胸に、日々を過ごしてきたんだろう。

 だから私が凛花と仲直りをしたいって言ったとき、あんな表情をしていたんだと思う。

 きっと、今から言おうとする言葉は、同じことを繰り返してしまう。

 そうわかっていても、伝えなければならない気がした。

「……それでも私は、わかりあえないって初めから諦めるんじゃなくて、わかりあえるようにしていきたいって思うよ。もちろん、浅木くんとも」

 浅木くんの瞳が揺れ動く。

 私の言葉が、少しでも彼に届いた気がした。

「ごめん……ありがとう」

 そして浅木くんは、柔らかく微笑んだ。

 もうその表情を向けてもらえないと思っていたから、喜びで私も微笑み返した。

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