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2.落ちていく世界

「じゃあ私、小河くんのところに行ってくるね!」

 昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ったとほぼ同時に、凛花は弁当箱を持って教室を出ていった。

 小河くんに会えることはもちろん、テストが終わったこともあり、その足取りは軽い。

 凛花の姿が見えなくなると、私は自分の席で一人、弁当箱を開いた。

 席替えをして、窓際の席をゲットしたことで、暖かい日差しを受けながら食べていると、外でご飯を食べているような気分になってくる。

 この瞬間は幸せのようで、でも物足りなさを感じる。

 今まで、凛花の話を聞きながら弁当を食べていたから。

 最初は多賀くんが気を使って声をかけてくれたけど、私はそれを断った。

 男女二人でいれば意図しない噂が流れてしまうことを知っていたし、なにより、その距離感を許してしまうと、また私は同じ過ちを繰り返してしまう気がしたから。

 勉強会の日以来、凛花は積極的に小河くんにアプローチをするようになった。

 ずっと遠目から、まるでアイドルを見ているかのように騒いでいたのに。

 廊下ですれ違うときには、目で追っていただけなのが、積極的に声をかけにいって。

 今日みたいに、四組で昼休みを過ごして。

 あの日の宣言通り、凛花は自分で小河くんとの時間を作っていた。

 最近まで遠くから見ていただけとは思えないくらい二人の距離は縮まっていて、ほんの数日前には多賀くんにするみたいに、小河くんと触れ合っているのを見かけた。

 そうやって小河くんと距離を縮めている効果か、凛花はますます可愛い笑顔で小河くんとのことを話してくれる。

 小河くんと話したことや、連絡先を交換してメッセージのやり取りをしてるとか。

 一緒に帰った翌日は、そのどれよりも嬉しそうに報告してくれた。

 だけど、凛花のキラキラと輝く瞳に、私はぎこちない笑顔しか返せなかった。

 凛花が恋をしている熱が、受け止めきれない。

 その眩しさは、私が目を背けていた私の欠けている部分をどんどん照らし出していくようで。

 恋がわからないことへの劣等感みたいなものが芽生えてきて、逃げ出したくなることが何度もあった。

 教室にいれば、凛花以外の恋バナも聞こえてきて、ますます居心地の悪さを感じる。

 弁当を食べ終えると、私は逃げるように図書室に向かった。

 誰も私には干渉してこない、孤独でいられるここが、今の私の癒しの空間。

 図書室のドアを開けると、カウンター席で本を読んでいる浅木くんがいた。

 ドアの音で視線を上げた浅木くんと目が合う。

 だけど、すぐに無関心に本に視線を戻した。

 この無関心さもまた、私がここを避難場所に選んでいる理由のひとつ。

 多賀くんが言っていた「気持ち悪い視線」でも、凛花が感じた「嫌われている視線」でもない。

 誰が来たのかを確認する程度の視線。

 そう感じるからこそ、二人が言っていたのは勘違いのように思う。

 そして書架に向かい、本を選ぶと、自習スペースで本を開いた。

 教室の喧騒とはかけ離れた静寂は、私の心に溜まったもやもやを鎮めてくれた。

 物語の世界に入り込んだ私を現実世界に引き戻したのは、コンコンと軽く机を叩く音だった。

 本から顔を上げると、そこには浅木くんがいた。

「そろそろ時間だよ」

「あ、ごめんなさい」

 図書室にはもう浅木くんしかいなくて、私は慌てて本を閉じ、本棚に戻しに行こうと席を立つ。

「それ、借りないの?」

 まさか呼び止められるとは思わなくて、その質問に答えるよりも先に、驚きの声が漏れた。

 私の手元にあるのは、春休みに読んでいたシリーズ本の三巻。

 背表紙にはこれが図書室の物だとわかるシールが貼ってある。

 私が途中までしか読んでいないことは見ればわかっただろうから、浅木くんは私がこれを借りるのだと思って声をかけたのかもしれない。

「うん。続きはまた、放課後に読むから」

 これを借りないことで、図書室に行く理由ができる。

 そんなことをこっそりと思いながら、本を元の場所に戻した。


   ◆


「柚衣、今日は一緒にグラウンド行こ」

 放課後、図書室に行こうとカバンにノートとかを入れていると、久しぶりに凛花から誘われた。

 その表情には緊張が滲んでいて、なんだか今までと様子が違う。

「……うん、わかった」

 練習風景は興味ないとか、昼休みに読んでいた本の続きが読みたいとか、行きたくない理由を並べることはできた。

 だけど、凛花の様子が気になって私は頷いた。

 荷物の整理が終わると、私たちは並んで教室を出る。

「急に誘ってごめんね、今日は誰かについて来てほしくて……」

 凛花らしくない、元気のない声を聞いていると、ますます心配になる。

「なにか、あったの?」

 最近の凛花はいつも楽しそうだったから、凛花は一人で幸せになる道を突き抜けていくんだと、勝手に思っていた。

 だから少しずつ凛花と距離を置いて、私は自分の居場所に閉じこもった。

 でも、そうやって凛花から目を逸らしているうちに、凛花はこんなふうになってしまったのだとしたら。

 どうして凛花の隣を離れてしまったんだろう。

「あったというか……今日、小河くんに告白しようと思ってるの」

「……え」

 凛花の言葉に、階段を降りる足が止まった。

 そして、納得した。

 やっぱり凛花は、落ち込んでなんかいなかった。

 ちゃんと、自分の道を自分の足で歩んでいた。

 ただ今日は、不安が勝っただけ。

 どうして私は、凛花が告白しようとしていることに気付けなかったんだろう。

 少し考えればわかっただろうに。

「柚衣?」

 私が急に立ち止まったことで、凛花も立ち止まって私を見上げている。

 ダメだ、ここで沈黙を作ったら、私が普通ではないことがバレてしまう。

「ごめん……ちょっとびっくりしちゃって。凛花ならもう告白してると思ってたから」

 笑顔で誤魔化しながら、凛花の横に立つ。

 でも、本当はここから逃げ出したかった。

 私は今、ちゃんと歩けているだろうか。

 階段を降りていく感覚が、どこか知らない闇に誘われているような気分になってくる。

「ええ? 私、そんな猪突猛進な感じだった?」

 凛花は少し恥ずかしそうに笑う。

 緊張はまだ残っているみたいだけど、若干和らいだみたいだ。

「でもたしかにそうだったかも。私、いつも騒いでたもんね」

 凛花が一人で納得しているのを聞きながら、ようやく階段を降り切ったことに胸をなでおろす。

「勢いで告白もできたけど、やっぱり怖かったんだよね。私が一人で騒いでるだけなら好きにいろいろできたけど、私の気持ちを小河くんに受け取ってもらいたいってなると、慎重になっちゃって」

 そう教えてもらっても、私にはその感覚がわからなかった。

 そのせいで、「そっか」なんて変な相槌を打った。

「今日もね、告白しようって決めたのに怖くなっちゃって。だから、柚衣に見守っててほしくて」

 下駄箱に着くと、凛花はこっちを見て微笑んだ。

 私にできることなんてなにもないのに。

 でもきっと、凛花はなにも期待していない。

 ただ近くにいてほしいだけ。

 それくらいなら、私にもできるだろうか。

 そう思う反面、恋する気持ちがわからない私がそこにいていいんだろうかと思った。

 気の利いたことなんて当然言えないし、共感してあげることもできない。

 もっと適任者がいるはず。

 心の中に住んでいる私がそう警告してくるけど、凛花を一番近くで応援したいと思う私もいた。

 そのためには、ネガティブな私は絶対に気付かれてはいけない。

 凛花の友達として隣に立つことを決めて、私も靴を履き替えて校舎を出た。

 五月も後半に差し掛かったことで、日差しが少しずつ強くなり始めていた。

 そんな中でも、サッカー部はもちろん、ほかの運動部は懸命に練習している。

 グラウンドを囲っている緑色のネット越しに、私たちはサッカー部の練習風景を眺める。

 凛花はときどき声を出しながら、小河くんを追っている。

 さっきまで弱気な様子を見せていたとは思えないくらい、楽しそうだ。

 対して、私はやっぱり楽しさを見いだせていなかった。

 頑張れと思う気持ちはあれど、凛花ほどではない。

 サッカー部の練習が終わるまで図書室で待っておくと言えばよかった。

 そんなことを考えながら、私は校舎を見上げる。

 すると、図書室の窓の向こうに浅木くんがいた。

 私が知っている周りに無関心な表情ではなく、険しい表情をして。

 もしかして、凛花が言っていた嫌われてると感じる視線は、あれのことだろうか。

 凛花を嫌っているというよりも、浅木くんが苦しんでいるというような感じがする。

 でも、どうしてそんな表情でグラウンドを見下ろしているのかわからない。

 不思議に思いながら凝視したせいで、浅木くんと視線が交わってしまった。

 浅木くんは私に気付くと、そのまま窓から離れていく。

「柚衣? どうかした?」

 凛花に呼ばれたときには、浅木くんの姿は見えなくなっていた。

「……ううん、なんでもない」

「そう?」

 凛花の関心はすぐに小河くんに戻ったけれど、私はまだ図書室から視線が逸らせなかった。

 ううん、浅木くんのことが気になって仕方なかった。

 でも、どうしてそんなつらそうなの?なんて聞ける関係ではないことは重々承知しているから、私は後ろ髪をひかれる思いでグラウンドに視線を戻した。

 そして練習が終わりに近づいてくると、凛花に緊張が戻ってきた。

「柚衣、手握っていい……?」

「……うん」

 嫌だ、なんて言えるわけがなかった。

 私が頷くと、凛花は私の左手と繋いだ。

 凛花の手は驚くほどに冷たい。

 こうして触れ合っている時間は苦手だけど、凛花を勇気づけたくて、少しだけ凛花の手を握り返した。

 私からこんなことをしたのは初めてで、凛花は驚いた顔で私を見た。

 そして、嬉しそうに笑う。

「ありがとう、柚衣。私、頑張ってくるね」

 私から手を離すと、凛花は片付けが終わった小河くんの元へ駆け出した。

 その背中を見つめながら、私の心に影が落ちていくのを感じた。

 これは、凛花が離れていくことに対しての寂寥感なのか。

 それとも、恋愛感情がわからないことからの疎外感なのか。

 グラウンドの隅で凛花が小河くんに声をかけるところを眺めながら、そう思った。

 凛花たちの声は聞こえない。

 だけど、告白の行方がどうなったのかは、こちらを向いた凛花の表情を見れば明らかだった。

「柚衣ー!」

 走って戻ってきた凛花は、その勢いのまま私に抱き着いたため、私は後ろによろめいた。

 凛花が私の胸元で顔を上げたことで、近すぎる距離を実感してしまう。

 この距離は、耐えられそうにない。

「付き合うことになった!」

「……おめでとう」

 凛花が幸せを掴んだことは嬉しい。

 その気持ちに偽りはない。

 だけど、それを包み込んでしまうほど大きく黒い感情が、私の笑顔を歪める。

「でね……今日、小河くんと帰ってもいいかな」

「もちろん」

「じゃあ、また明日!」

 凛花は私から離れると、小河くんの元へ戻って行った。

 また、明日。

 明日は、私は凛花に心からの笑顔を見せることができるだろうか。

 そんな不安を残しながら、私は一人で帰路についた。

 

   ◆

 

 翌朝、私の足はやけに重かった。

 昨日の夜は上手く寝付けなかったのもあるのかもしれない。

 凛花が小河くんと付き合えたことは嬉しいことのはずなのに、どうしてこんなに気持ちが落ちているんだろう。

 その疑問は、すぐに解決された。

「柚衣は好きな人、いないの?」

 当たり前のように、私の前の席を借りている凛花。

 昨日の小河くんとのやり取りを一通り話したあと、凛花は弾んだ声で聞いてきた。

 その目はかつて小河くんに片思いしていたときと同じように輝いている。

 どうやら、自分の恋が叶ったことで、凛花の恋愛興味は私に移ったらしい。

「えっと……」

 正直に答えてもいいのだろうか。

 好きな人がいないどころか、誰かを好きになる気持ちがわからない、と。

 でも、自分が人として欠けていることを認めるようで、言いたくなかった。

「あ、もしかして」

 凛花が小さく手招きするから、私は恐る恐る凛花に近寄る。

「柚衣の好きな人って、多賀くん?」

「え……」

 周りに聞こえないような小声で、信じられないことを言われた。

 高校生になってからは、異性との距離感を気をつけてきたはずなのに。

 こういう勘違いを産まないように、近付きすぎないようにって。

 それなのに、どうして凛花がこんな勘違いをしているの?

 まさか、私は気をつけているつもりになっていただけ?

 私が動揺しているのに、凛花は好奇心と期待を宿した眼を向けてくる。

「柚衣、多賀くんとは話してるでしょ? ほかの男子とは全然話さないのに」

 そんなふうに受け取られるなんて、思ってなかった。

「……違うよ。多賀くんは友達」

「えー?」

 凛花の疑いの目は変わらない。

 なんて言ったら伝わるんだろう。

 でも、信じてもらえる?

 “好き”がわからないなんて。

「じゃあ、図書室にいるの? 最近、昼休みも放課後も、図書室に行ってるし」

 もう、なにを言わなくても、全部恋愛に繋げられてしまう。

 だったら、曖昧に相槌を打つことで誤魔化して、凛花の好きなように想像させておいたほうがよさそうだ。

 そうしたら、深くは追求されないだろうから。

 私が欠けていると、勘繰られないから。

 それにしても、図書室に逃げていたこともそんなふうに思われるなんて。

 まあ、逃げていた理由を聞かれたくなかったから、好都合と言えば好都合だけど。

「昨日も、図書室見てたし……」

 凛花はまるで探偵にでもなったかのように、顎に手を当てて存在しない私の好きな人を当てようとしている。

 昨日の図書室。

 それを聞いて思い出すのは、やっぱり浅木くんだ。

 浅木くんの落ちた視線と、なにかに傷ついているような苦しそうな表情。

 どうしてあんな表情をしていたのかというのは気になっているけど、間違いなくそれは、凛花が期待する答えではないだろう。

「ねえ柚衣、聞いてる?」

「あ、ごめん……」

 凛花に呼ばれて意識が現実に戻ってきたタイミングで、始業を告げるチャイムが鳴った。

 私にとっては、救いの合図。

 だけど、凛花は頬を膨らませながら席を立つ。

「好きな人ができたら、絶対に教えてよ? 次は私が応援するんだから」

 去り際のそれを聞いて、腑に落ちた。

 凛花は、私の恋バナを聞こうとしていたんじゃなくて、私がしたみたいに応援しようとしてくれていたんだ。

 だとしても、少し強引な妄想をしていたけど。

 そう思うと、さっきまで憂鬱だったはずなのに、嬉しくなってくる。

 それと同時に、凛花の話に乗ってあげられないことに対しての申し訳なさが込み上げてきた。

 どうして私は、凛花みたいに恋をすることができないんだろう。

 誰かを好きになることができないんだろう。

 私が普通だったら、こんなふうに思うことはなかった。

 普通じゃない自分を疎ましく思いながら、曇り始めている空を見上げた。


   ◆


 昼休み、凛花はいつものように小河くんのクラスへ向かった。

 午前中の休憩時間は、小河くんとの惚気と私の好きな人についての話題が半々だったから、解放されたと思ってしまう。

 一人の昼休みには、すっかり慣れた。

「え、もうキスまでしたの!?」

「しー、声大きいって」

 近くの女子たちの会話が聞こえ、居心地の悪さは健在だけど。

 誰かを好きになって、告白して、付き合う。

 その次はデートで手を繋いだり、キスをしたり。

 凛花と手を繋いだことすら抵抗があった私が、異性と手を繋げるとは到底思えない。

 むしろ、気持ち悪い。

 そんなふうに感じてしまうことを誰にも気付かれたくなくて、急いで弁当を食べ終えると、私は図書室に逃げ込んだ。

 ドアを開ければ、静寂が迎えてくれる。

 ゆっくりと心が落ち着き、自分の世界を守るように、図書室のドアを閉めた。

 今日は水曜日だから、カウンター席に浅木くんはいない。

 そのことに、妙に寂しさを覚える。

 ――私以外の人と話さないで!とか思ったことない? あとは、その人だけ輝いて見えるとか。ちょっと気になるな、とかでもいいよ。

 記憶の中にいる凛花が、そんなことを言う。

 浅木くんに対して“気になる”と感じていることが、凛花の言う“好き”なのかもしれない。

 一瞬そう思ったけど、なんだかしっくりこない。

 浅木くんのことは“好き”だから気になっているんじゃなくて、“仲間意識”があるから気になっている。

 きっとそうだと思いながら、私は書架に向かった。

 昨日の続きを読もうと目的の本を探したけど、見当たらない。

 よく見れば、二巻もない。

 四巻があるけど、やっぱり三巻を読み終えてから、読みたい。

 どうしようかと悩んでいると、どこからか足音が近付いてきた。

「そこの本、昨日の放課後に借りられたよ」

 横から声が聞こえ、視線を動かすと、浅木くんがそこにいた。

 二日連続で浅木くんから声をかけられるなんて思っていなくて、驚いてしまう。

「そう、なんだ……」

 それにしても、読みたい本が借りられるなんて、想定外だ。

 これでは、図書室に来る理由がなくなる。

 別の本を探してみようか。

 そう思いながら、浅木くんと目が合う。

 もう用は済んだはずなのに、浅木くんが動く気配がない。

 私は首を傾げて浅木くんを見た。

「あの、さ……次に読む本、決めてる?」

 すると、浅木くんはためらいながら言った。

「決めてないけど……」

 浅木くんが会話を続けてきたことと、その質問の意図が見えないことで、私は若干混乱しながら答えた。

「……相馬さんにおすすめしたい本があって」

 若干どころじゃない。

 他人には興味なさそうな浅木くんが、私の名前を覚えているなんて。

 それどころか、私におすすめしたいって。

 ――柚衣、多賀くんとは話してるでしょ?

 異性に対してのイレギュラーのは、そういう目で見ていると判断されてしまう。

 凛花とそんな会話をしたせいで、私は浅木くんが私を好きかもしれない、なんて妄想をしてしまった。

 それなら、浅木くんとは距離を置くべきだ。

 変な誤解や勘違いを生んでしまう前に。

「……誤解しないでね。多分、僕は君と同じだから」

 私が戸惑いを隠せなかったことで、私の被害妄想が浅木くんに伝わってしまったらしい。

 というか、同じって、どういうこと?

「じゃあ、放課後、教室に来て」

 それを言うと、他人に無関心な浅木くんに戻って、浅木くんは私に背中を向けて離れていった。

 ますます浅木くんのことが気になってきたけれど、やっぱりこれは、凛花が言う”好き”とは違うだろう。

 浅木くんの背中が見えなくなるまで浅木くんを見つめながら、そんなことを思った。


   ◆


 放課後になると、凛花は跳ねるようにグラウンドへ向かった。

 私は、浅木くんを訪ねるところを誰かに見られると意図しない噂が流れてしまうだろうから、ほとんど人の気配を感じなくなるまで自分の教室で今日の授業で出された課題に取り組みながら、時間を潰した。

 二組の教室は私だけになってから、荷物を片付け始める。

「相馬」

 その途中で名前を呼ばれ、顔を上げると、ドア近くに多賀くんが立っていた。

 やけに緊張した面持ちで、なんだか嫌な予感がする。

 だって、その表情は記憶に新しいから。

「今、時間いい?」

「えっと……」

 急ぎの用事はないけれど、多賀くんが言おうとしていることを思うと、頷くことに抵抗があった。

「ごめん、すぐ終わるからさ」

「……わかった」

 私の返答をきっかけに、多賀くんは教室の中に入った。

 私たちの距離は少しずつ近付き、多賀くんは教卓の前で立ち止まった。

 室内は沈黙に包まれていく。

 秒針が動くたびに、空気が薄くなっているような気がしてくる。

 はやくこの時間が終わって。

 でも、なにも言わないで。

 それを聞いてしまったら、私たちは友達に戻ることができなくなってしまうから。

「俺……相馬のこと好き、なんだよね」

 だけど私の願いは、多賀くんの勇気には敵わなかった。

「なん、で……」

「なんでって……倉本と話してるときの相馬が可愛かったから、というか……」

 多賀くんは照れ臭そうに、視線を逸らす。

 私が聞きたかったのは、そんなことじゃない。

 でも、なにか答えないと。

 ――勢いで告白もできたけど、やっぱり怖かったんだよね。私が一人で騒いでるだけなら好きにいろいろできたけど、私の気持ちを小河くんに受け取ってもらいたいってなると、慎重になっちゃって。

 昨日、凛花はそんなことを言っていた。

 凛花が緊張で潰されそうになるところも、勇気を振り絞るところも見た。

 それを知っておきながら、冷たく断ることなんてできない。

 だからと言って、その気持ちを受け取ることもできない。

 中途半端に受け取ったふりをしても、きっと傷付けるだけ。

 でも、だったらなにを言えばいいの?

「……急にこんなこと言って、困らせてごめん。でも、俺と付き合うかどうか、考えてくれると嬉しい」

 多賀くんはそう言い残して、去って行った。

 ……どうして、こうなったの?

 あのころとは違って、ちゃんと近付きすぎないように気を付けていたのに。

 私はまた、間違えたの?

 いつの間にか降り始めた雨音に包まれながら、後悔の底に沈んでいった。

 そして浅木くんと約束していたにも関わらず、私は浅木くんの元に行かずに校舎を出た。

 冷たい雨は私を濡らすばかりで、後悔を洗い流してはくれなかった。

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