異界邸宅 第9話
――――チッ。
翌朝、監視カメラのスピーカーから、突如として電子音が鳴り響いた。
「2日目になりました。今日も元気に肉体関係を持ちましょう」
レンヤはベッドの上で目を覚ます。
朝から不快なアナウンスを聞かされたおかげで、気分は最悪に近かった。
「……カメラにスピーカーが付いていた理由はこれか」
嫌悪感で満たされそうになる意識を切り替えようと、目頭を指で押さえる。
その後レンヤはベッドから起き上がり、顔を洗うために洗面所へ向かった。
考えるべきことは多い。ぼやけた頭をスッキリさせなければ、正しい判断などできはしない。
この家での判断ミスは、死に繋がる可能性があるのだから。
レンヤは身支度を整えた後、キッチンで朝食の用意をしていた。
しばらくすると藍歌も合流し、お互いに挨拶を交わす。
「おはようございます、レンヤさん。なかなかユニークなモーニングコールでしたね」
「ああ、悪い意味でな」
2人はダイニングルームで朝食を食べながら、今日の行動について話し合った。
「それで、レンヤさん。今日の予定はどういたしますか?」
「まずは他の適性者たちと連絡を取る。何か状況が変わっている可能性もあるからな。その後の行動は、彼らの話を聞いてから考える」
「なるほど、とても無難な選択ですね」
藍歌は紅茶の入ったカップを口に運びながら感想を述べる。
レンヤは現時点で藍歌のことをある程度は信用しているが、原作の彼女の性格を考慮すると、藍歌が本心では何を考えているのか分からなかった。
朝食後、レンヤと藍歌の2人は昨日と同じようにアンティーク調の電話を使用し、他の適性者へ状況確認を行う。
順番はCを抜かして、A、B、Eの順だ。
◇◇◇
《適性者A 2日目》
――――プルルルル……ガチャ。
「……Dか?」
Aの声は相変わらず冷静だったが、昨日よりも明らかに疲れたトーンだった。
レンヤは一先ず、BやEに連絡した際の印象や、Cがおそらく死亡したことをAに伝えた。
「……なるほど。どうやら信用できそうな適性者は、Dだけのようだな」
「今度はそっちの状況を聞かせてくれ。なにか進展はあったか?」
レンヤが問いかけると、Aは短く溜め息をついた。
「召喚した」
「誰を?」
「『碧彩の凪』という作品の『筒香 紫遠』だ」
「碧彩の凪……。確か魔術師同士の戦いを描いた作品だったな」
「そうだ。この家の扉や窓は、物理的には破壊できない。ならば魔術や超能力的な面からアプローチできないかと思ってな」
確かにAの言う通り「召喚したキャラクターの能力を使用して、扉や窓を突破できないか?」というのは、レンヤも考えていたことだった。
「それで、上手くいったのか?」
「筒香を召喚してから、ろくに会話もできていない。こちらを完全に見下している。好感度がマイナスだということは知っていたが……想像以上だった」
Aの声には苛立ちが滲んでいた。
「とにかく、俺は筒香と慎重に関係を築いていくつもりだ。無理をして墓穴を掘りたくない」
「分かった。なにかあれば遠慮なく電話してくれ」
「お前もな」
――――Aとの会話、終了。
「レンヤさん。筒香 紫遠という方は、どのような人物なのですか?」
「俺も『碧彩の凪』について、そこまで詳しく知っているわけじゃない。だが筒香に関しては、イラストを見た感じプライドが高そうな印象を受けたな。ただ、悪人ではなかったはずだ」
「なるほど。Aの『魔術的な視点でアプローチする』という発想は、悪くないと思います。上手くいってほしいものですね」
「ああ」
レンヤは藍歌の言葉に同意する。
やはり召喚はキャラクターごとの性格や能力をよく考えないと、相応のリスクが有ると再認識した。
ましてAの召喚した筒香 紫遠は魔術師だ。
当然、戦闘能力も備えているだろう。
「本当に、上手くいってほしいんだが……」
レンヤはAの無事を祈りつつ、次の連絡先であるBの電話番号「2222」とダイヤルを回した。